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CHIMNEYTOWNのスタッフにブチギレた話(Q&A回)(*要旨書き起こし)

[4:05] 《えんとつ町のプペルブロードウェイミュージカルの、プロデューサー交代劇の経緯を詳しく教えて下さい》

・もともとプペルのミュージカルをやろうって言い出したのは僕じゃない。
 サロンメンバーだった元劇団四季の小野功司さんが、「ミュージカルをプペルでやりたい」。
 「あ、どうぞどうぞ、やって下さーい」みたいな。なので僕は原作・脚本を提供するっていう関わり方だった。

・で、そこから日本公演をやるって事になったが、演出家が見つからない。
 そりゃそうっすよね! お前ら大したモン作れるのかって話じゃないですか、何の実績もないんだから。
 だいぶナメられてたし、だいぶイジメられてたんすよね、今思うと(笑)。

・で、妥協案で「しょうがないじゃん、西野がやるしかない」ってことになった(笑)。
 東京公演はすごくうまく行ったので、ニューヨークでやるつもりだったのがコロナで止まってたのを再開させて、
 CHIMNEY TOWN USAって会社を作った。
 そこの代表であるセトちゃんがプペルミュージカルのプロデューサー、小野さんはアシスタントPみたいな感じで。

・その二人で回してたんだけど、セトちゃんが「ちょっとこれ続けるのがキビシイっすね」ってなって。
 それはしょうがないじゃないじゃないですか、別に。
 CHIMNEY TOWN USAとプロデューサーを辞めたから、一回、宙ぶらりんになった。で、どうすんのって(笑)。
 他のスタッフもいるわけだから、「これスイマセン、白紙になりまーす」とは言えない。
 
・その流れで、「しょうがないから西野がやるしかないんじゃね」って。
 次のプロデューサーが見つかるまでは西野がやるってことで、メッチャ一生懸命やったよ。
 何回もNY来て、いろんな人に会って、いろんな人に頭下げて。もうメチャクチャやった。

・で、無事に次のブロードウェイのプロデューサーが見つかった。今はその人にバトンを渡した感じ。
 この辺の話はオンラインサロン見て下さい。どんだけエグかったか。
 今もエグいけど、特にこの2~3ヶ月のエグさっていうのは、人生2周分ぐらいの苦労や痛みがあった。
 引き継ぎっていうのはムズいんですよね。