(>>412のつづき)
メディアが触れないもうひとつの事実は、この女児にはどこかに実の父親がいること
です。ここでも誤解のないようにいっておくと、「父親を探し出して責任を追及しろ」と
いいたいわけではありません。

日本では、夫婦が離婚するとどちらかが親権をもつことになります。これが「単独親権」
ですが、考えてみれば、離婚によって親子関係までなくなるわけではありませんから、
これには合理的な理由がありません。そのため欧米では、夫婦関係の有無にかかわらず
両親が親権をもつ「共同親権」が主流になっています。

共同親権では、子どもが母親と暮らしていても、別れた父親に子どもと面会する権利が
保障されると同時に、養育費を支払う義務が課せられます。ところが単独親権の日本では、
ほとんどのケースで父親が親権を失うので、義務感までなくなって、2割弱しか養育費を
払わないという異常なことになっています。

虐待への対処でむずかしいのは、公権力はプライベートな空間にむやみに介入できない
ことです。子どもが家で泣いていたら近所のひとに通報され、いきなり警察や児相がやって
くるような社会では、誰も子育てしたいとは思わないでしょう。

しかし実の父親なら、面会を通じて子どもの状態を確認できるし、子育てにも介入できます。
子どもが危険にさらされていると判断すれば、保護したうえで公的機関に訴えることも可能でしょう。

今回のような悲劇をなくそうとするのなら、いたずらに行政をバッシングするのではなく、
「子どものことを真剣に考えるのは親である」という原点に立ち返る必要があるのです。

参考:マーティン・デイリー、マーゴ ウィルソン『人が人を殺すとき―進化でその謎をとく』

『週刊プレイボーイ』2018年7月2日発売号 禁・無断転載

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橘玲 (たちばな あきら, 1959-)  
作家。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。