( ..)φいつも正しい人( ..)φ

「いつも正しい人」は「うるさく干渉する人」に似ているが、何にでも首を突っこんでいちいち文句をつけるわけではない。
それほど口数が多いわけではないが、一旦これが正しいとなったら絶対に譲らない。
自分の正しさを証明する情報だけを採用して守りを固め、違う意見を述べる者を徹底的にやりこめる。
飽くまでも自分が正しくて相手は間違っているのだ。
異なる見解は絶対に認めない。

自分が興味のない事柄については中立的だが、自分が決定を下さずにはいられないことについては非常に頑固である。
「何が」正しいかより「自分が」正しいことの方が重要なのだ。
普通の人なら誤りを認めるような時でも、自分の考えが事実と矛盾している時でも、何かしら理屈をつけて正当化する。
何が間違っていようと、自分だけは正しいのである。

「うるさく干渉する人」と違って、「いつも正しい人」は相手に意見を言わせないわけではない。
但し、相手の方が正しいと判明しても知らん顔をしている。
そんなことは元々大したことではないかのように無関心を装う。
そのくせ、もし相手が間違っていようものなら、ここぞとばかりに責め立てる。

「いつも正しい人」と一緒に暮らしていると、不満や怒りが募ってくる。
何ごともその人の都合のいいように捻じ曲げられてしまうからだ。
絶対に自分の非を認めないなんてずるいと思う。
だが、もっと危ないのは、その人の「正しさ」を信じるようになった時だ。
そうなると、「うるさく干渉する人」と暮らしている場合と同じように、自分の考えに自信が持てなくなってくる。
何しろ、自分の考えはどれも「正しくない」のだから。

実際には、いつも正しい人などいないし、いつも間違っている人もいない。
誰でも正しい時もあれば、間違う時もある。
相手が間違っている時には許し、正しい時には有り難く受け入れるのが健全な人間関係である。