>>61
ケンカを売る気は全くないが
それは「宗教の理解」という言葉の定義による。
内部の人間(つまりは信者)の視野狭窄っぷりは外部人からは明らかだが
内部人からすれば、教徒でない者はその宗教を「理解していない」わけで。

>そもそもの始まりには、切実な、決断があったはず
これもあまりに特殊で普遍性がない。幼児に親や祖母などから刷り込まれた
だけの素朴なケースも多いし、気の弱り目に勧誘されてハマる場合もある。
世界的に見ればなおのこと、入信時に決断などないのがマジョリティ。

篠田節子について言えば、
宗教の比較人類学のようなマクロ視点と
個々人の愚かしさ弱さ悲しさへの暖かい視線
その両方を兼ね備えた希な作家だと私は思っている。

そして私から見れば、「宗教とは何か」を理解してないのはあなたの方だが
あなたから見ればその逆であることもまた疑わない。