自尊心を破壊されるキャラはインシテミルにも出てくるし、
古典部の映画の話もそう。
うろおぼえだけど夏季限定もそんな話だったような。
自尊心を破壊されてダメになるというのはドストエフスキーの小説にもあったが、
米澤がこういう話にこだわるのは、ちょっと頭でっかちなんじゃないかという気がする。
女の子の胸さわったり、殴り合いの喧嘩したり、ひたむきにスポーツに打ち込んだり
するような俗物的な(健全な)主人公を描きたくないんだろうな。
なにしろひねくれてる主人公ばっかりだから。