京極夏彦 Part.89
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妖怪作家・京極夏彦を語るスレ
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※コテハン荒らしは徹底放置・絶対に触れない事。
コテハン荒らしに構っているレスは全て荒らしの自演です。
釣られて反応しないようにしましょう。 京極堂は霊魂自体を否定してないんだったっけ?
ただそれが肉体から離れて、地縛霊になって浮遊霊になったりするのを否定してるだけで
肉体にあるゴースト自体の存在は否定してなかった気がする 仁秀さん「百年修行しても、悟りを開くことができない。何故だ」
↓
臨済禅師「仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。
父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん。」
↓
仁秀さん「仏とか祖師とか羅漢とかを殺せば、悟りを得られるんやな」
↓
了稔さん「儂は昨日、豁然大悟した」
仁秀さん(悟りを開くチャンスや、ボコッ)
↓
仁秀さん、悟りを開いた坊主を三人ほど殺す。
↓
仁秀さん「拙僧が殺めたのである」
山下さん「悟りを開くために悟った人を殺した?何だろう、犯行動機が理解できない」 ある・ないとかいう低俗な次元では語ってないだけ
「死後の世界は生者のためのものだ」って言ってるでしょ
妖怪も怪異も、それが必要な人にだけ出現するって認識なんだよ
ただオカルトに科学を援用することだけ極端に嫌うな
科学もメカニズムとしては妖怪と変わらない
科学的に証明されない云々ってのは全く根拠にもならない
そんなものは近代的迷信だと斬って捨てている >>393
>霊魂も現在の科学では解明できない存在、
現代の科学では
「霊魂と呼称される大脳以外の自我認識機構の
肉体内における実在は証明されてない・よって存在していないと見るべき」が答えです 中禅寺が知らないだけで世の中に不思議なものがあるのかもしれない 昔ガキの使いのトークに「この世は不思議だらけやでがモットーの松本さんに質問です」っていう葉書が来てたけど、あれは京極堂のセリフのパロディだったんだろうな でも、ゴースト、フロイトのいうエス自体を否定してる科学者もいないでしょ
いまどきそんなバリバリの機械論的な科学者いるのかね
京極堂は、「幽霊は存在するよ。見れるし、触れるし、臭いもある。ただし実在はしない」みたいな言い方だったね
ちょっと存在と実在をどう区別するかの定義的な問題になりそうだけど
魍魎の箱のとき、機械で人間の身体を作る行為をなんか愚かな行為だと否定的に見てたから、生物は複雑な機械の集合体みたいな機械論的な生物観は持ってはいないと思う
機械と生物には大きな質的な差異があるみたいな語り口だった >>398
一番不思議なのは、関口君の頭の中身だよ。 「異世界にはいけるよ。チートスキルも習得できるし、ハーレムも作れるし、建国もできる。ただしなにも実在してない」
ってことだね >>403
異世界は少なくとも、ライトノベルの文章とかゲームのデータとしては存在している。
>>404
○○はない、というのは、いわゆる「悪魔の証明」で、証明が難しい。 >>400
「いや、幽霊はいるよ。見えるし、触れるし、声も聞こえるさ。しかし存在はしない。
だから科学では扱えない。でも科学で扱えないから、絵空事だ、存在しないという
のは間違っているよ。実際いるんだから」
幽霊に対しては姑獲鳥でこう言ってるな みんなよー覚えてるね
流石に小説引っ張り出して読み直してレスしてるんだよね? >>406
>「いや、幽霊はいるよ。見えるし、触れるし、声も聞こえるさ。しかし存在はしない。
>だから科学では扱えない。でも科学で扱えないから、絵空事だ、存在しないという
>のは間違っているよ。実際いるんだから」
京極堂及び京極夏彦らしいレトリックだが
「存在はしないが、見えるし触れるし声も聞こえる」幽霊って実は科学で扱えるんだよね
それには、幻覚とか幻聴とか言う名前があります >>409
そこだけ抜粋して揚げ足取ったつもりになられても困るね
そのセリフのもう少し前から読むと科学という概念を中禅寺がどう定義していて
なぜ科学では扱えないと言っているのかが解るよ 京極堂のいってることは一見詭弁のようにも聞こえるけど、ようするに、幽霊は自然科学的に存在ないしないけど、社会科学的には存在するということでしょう
幽霊は「観察」できないけど、「了解」できる
例えば、インクで書かれた日本語の文字は、自然科学的にはインクの沁みに過ぎない。外人にはなにが書いてあるのかチンプンカンプン。
しかし、日本語を理解できるものにはそれは文字となって読める。
だから文字は自然科学的には存在しない(観察できない。あくまでも、どこまでいってもインクの沁みに過ぎない)けど、社会科学的には存在する(了解できる)
幽霊も呪いも、それといっしょで、共通の言語や文化を持った人間の間では、社会科学的に出現するということでしょ
式神の式は数式の式
数式は自然科学的には存在しない(二つのりんごは存在しない。ただ一個のりんごが二つ並んでるだけ)けど、共同幻想としては存在するってやつでしょう
当時はマルクス主義的唯物論が猛威を振るっていて、いわゆる自然科学にあらずんば科学にあらずという自然科学万能の時代だった
将来的には、社会科学も、政治経済も宗教も芸術も全部自然科学(大脳生理学)で説明できると本気で考えている人が大勢いた
京極堂は自然科学で社会科学(幽霊や呪い)を説明しようとする行為を、カテゴリー錯誤であり、バカバカしいと笑ってたんでしょ
京極堂は共同幻想という言葉を使ってたけど、まあ、あの時代はまだ吉本隆明の共同幻想論発表前だから、あの時代の用語としては少しオーパーツだけど
まあ、京極堂が吉本より前から用語として使っていたと考えればそれでいいけど
憑き物を説明するには、共同体の共同幻想という概念を使って説明するのがいちばん簡単だからね
共同幻想と自己幻想の区別がつかなくなってる状態がいわゆる憑き物、シャーマン状態だから 戦後すぐだしそれこそ天皇周辺の言説とか
大東亜共栄圏とかの共同幻想論が解体された直後だし
吉本隆明以前に似た言説自体は産まれてたかもね オーパーツって言えば、京極堂の存在そのものがオーパーツだけどね
正確な年代はかかれてないけど、京極堂シリーズは戦後のおそらく1950年代前半でしょ
テレビもほとんどなく、お隣では朝鮮戦争とかやってた時代でしょ
もちろんネットなんかないし、紙の本だって貴重だった時代だ
ネッシーやUFOだってまことしやかに語られてたし、うさんくさいカストリ雑誌全盛で、未来は鉄腕アトムの時代になると信じられてた時代だ
あの時代にあそこまで社会科学的な知見と、理路整然とした理論分析を持ってる人間なんかいないよ
京極堂のいってるオカルト分析が社会科学的に認知、整理され始めたのは、もう少し後になってからでしょ
吉本の共同幻想論だって1968年なんだし、1970代ぐらいのポストモダンが生まれ始めたあたりの水準の話をしている 大入道、砂かけばばあ、一つ目小僧についてはいるだろう。故ジャイアント馬場さんなんか
時代によっては大入道として扱われても不思議じゃない。もっと大きい人もいるし。
ばばあは砂さえかけてくれば成立するし、一つ目の人も稀にうまれてくる。 京極堂が、肥田式強健術の創始者、肥田春充のことをどう思っているのか知りたいね。
伊豆の八幡野へ行けば、晩年の肥田春充に会えたはず。
会った上でなおかつ、「世の中に不思議なことなどない」と言い切れるかどうか。 >>409
>それには、幻覚とか幻聴とか言う名前があります
幽霊は幻覚、幻聴とも少しちがうでしょ
京極堂もいってたけど、いわゆる霊体験は「死んだ人に会いたいという脳のわがまま」が生み出すものだから
まずそういう強い欲求があって、幽霊を見るものだよ
幻覚、幻聴をなぜ幽霊と解釈したのか、その理由の方が重要だ
例えば太陽を見た後、目をそらして、目をつぶればまぶたの中に光の残像が見える
でも、それを見てまぶたのなかが光ってるとか、あるいは心霊体験だと思う人はいない
ただの残像現象だとわかっているからだ
ただの幻覚や幻聴なら、入眠幻覚やただの疲労状態、あるいは麻薬などの意識変容状態でも見るものだ
普段なら、疲れていたんだろうとか、薬のせいだろうと解釈するのに、どうしてそれを霊的なものと解釈し、喜んだりおびえたりするのか
心霊体験の本質は、「幻覚」という知覚の問題ではなく、死んだ人に会いたいとか、人を殺してしまった自責の念とか、あるいは単に怖いもの見たさの好奇心とか、そういう「幻想」性でしょう 死神が「俺は偉いし良心の呵責なぞ
無いから幽霊なんぞ見ても怖くないわ」と
豪語してたのに実際見たらビビり
散らしてたあたり幽霊に対する感情は完全に理屈で
制御できるタイプじゃないってのが根本に有りそう NHKの心霊番組でやってたんだけど、昔まだカメラが珍しかったころアメリカで、心霊写真屋というのが流行ってたらしい
ただの昔のしょぼい合成技術で、死んだ家族や友人の写真を使ってインチキ心霊写真を作るだけなんだけど、それで大ヒット
昔にもオカルト嫌いの大槻教授みたいな人がいて、その心霊写真屋は詐欺師として起訴されたらしい
でも、裁判に出廷してきた本来被害者である心霊写真屋のお客は、みんな、「いえ、あれは間違いなく本物の心霊写真です。この写真に写っているのは間違いなく私の息子の霊です」と証言したらしい
まあ、まだ迷信深い時代だから素朴に幽霊を信じていた人もいたのかもしれないけど、なによりも死んだ家族や友人が幽霊として自分たちを見守っていると信じたかったらしい
なかなか考えさせられる話で、例えば、嘘でもいいから、娘を失った親に、「娘さんは天国でいつもあなたを見守ってますよ」
あるいは、母を失った息子に「お母さんは守護霊となっていつもあなたといっしょにいますよ」といってくれた方が、遺族は救われる
悲しみにくれる遺族に、面と向かって「天国なんかないんだよ」「死んだ人間は、魂もなくなる」「守護霊なんているわけないだろ、バカバカしい」といったりはしない
もともと宗教はそういう遺族へのカウンセリング、上手な嘘として生まれたもの
京極堂も「宗教というのは死者のためではなく、生者の為にある」といっている
死者を思う遺族の気持ちがある限り、宗教はなくなったりはしない
それはまた自然科学とは別の問題なのだから 騙し屋だな
戦時中に国家神道で占領地を洗脳する方法論を学んだ事が生きてきたか >>420
むしろ血液型の性格診断とか未だに信じてるんだから、迷信深いほうでしょ >>416
典型的なオカルト、カルトじゃねーかw
まあネタで言ってるんだろうけど
不思議なことはないってのは、怪異や奇蹟は起きないって意味じゃない
何事にもそれが発生する文脈やメカニズムってものがある
それを時代によって神や妖怪で解釈したり、科学で解釈したりするだけ
構造がある限りそれを不思議とは(京極堂は)呼ばない >>383
血縁関係があるのかはわからんが河童の二回目に出てきた小山田刑事のモデルはASIOSの小山田浩史ってオカルト研究家の人らしいよ それに対して堂島大佐は「起源は簡単に忘却されるんだから
世の中は不思議なものだらけになるよ」的な警告をしてたりする
起源は忘却されて伝統の手法だけが取り残され不思議不思議だと皆が喚く時代が来ると 幽霊の話もいいですが、
みんなの京極の怪談絵本のお話も聞いてみたい
買った人いる?
ゴンゲさまとかすごい迫力だったよ 内容は言えないけど、子供が読んだらきっとお化けなんてみたくなる内容の、面白い怪談絵本だった。
四冊くらい買ったけど、子供はホラー好きだから、きっとはしゃいでお化けと会いたがる。
お化けというより、神様が騒ぐ姿が詳しく書かれていて、お化けみたいな感じがする
後半の、遠野物語のほうは。 俺たちだって幽霊や妖怪みたいなもんじゃん
江川卓なんて怪物くんってあだ名だったんだぜ >>423
百鬼夜行シリーズには、榎木津のような超能力系が登場するので、
榎木津のパワーアップバージョンが登場しても不思議ではないw
それと、ネタとして戦前の霊術を取り上げてほしいですね。
戦前は、健康法、運動法、呼吸法、瞑想法、精神集中法、気合術、催眠術、
鎮魂帰神法、その他を一まとめに霊術と呼んでいて、
大正末期から昭和初期にかけて、この霊術が大層流行った時代があった。
(肥田式強健術もこの霊術の一種)
これは、京極堂の世代が青春を送った時代とだいたい重なる。
中禅寺は、こう言った分野の専門家なので、主だった霊術家については、
当然調べているだろうし、
関口は、うつ病を克服するために精神医学や薬学を学んだ人なので、
何らかの健康法、運動法、呼吸法、瞑想法などを学んでいても不思議ではない。
霊術は、戦後どうなったかというと、霊術という名前を使わなくなっただけで、
似たような技法は、現在でも使われているのです。 小説宝石に掲載されてた短編が談シリーズにありそうな話で面白かったぞ >>433
あれよかった! 時代掛かった表現で幻想的なお話、京極先生の真骨頂な 談シリーズにありそうな話なら全然ダメじゃん
ろくにストーリーもアイデアもなくて何となく文字が並んでるだけ
文章や文体より字面を優先させる京極の、悪い意味では確かに真骨頂
あれに比べたら妖怪絵本の方がまだ読めるわ 初京極ですよろしく
ブックオフでやたら存在感あったから
2冊買ってしもた >>437
ストーリー性が希薄とかレイアウトの優先度が高いのって、善し悪しじゃなくて個性では?
あとアイデアが弱いとは思わないし、文章は計算されてると思うけどね。『談』シリーズ >>439
魍魎の匣 と 姑獲鳥の夏
ここの人は全部読んでるん? >>438
存在感があったってことは分厚いのか装丁がゴテゴテしてるかどっちかだな
とするとあれかもしれないしこれかもしれないな >>441
順番通りだね
姑穫鳥から読むと良い!
ここは京楽堂シリーズは前作読んでる人ばかりだと思うよ >>443
マジありがと
魍魎は買ったはいいがごっついので
よめるんかな〜
と不安だわ 姑獲鳥の夏
読み始めたけどなんかおもろいわー
文体がなんかあってる このスレを読み直すとネタバレあるから遡らない方がいいよ ネタバレはよくねえが まあ大昔の作品だから語るについてはネタバレにつながる
こともあらぁな 未読の人は読まねぇ方がいいやなぁ きっと読み進められたらまた来るね
来なかったら……そういうことだね まだ読み始めたばかりだけど
メシ食いに出た帰りにまたブックオフよってもて
鉄鼠を ... 明慧寺というのは、犯罪を犯した僧とか、問題を起こした僧とかを隔離するための、
坊主専用の流刑地ではないか?
そんなものは、仏教全体にとって恥だから、記録から抹消された、とか。 順番が違うよ
いわくつきだから抹消されたんじゃない
記録にない謎の寺だから調査に僧たちを送った
そしたらミイラ取りがミイラにという流れだったはず いや謎の寺になった理由の話じゃないの?
まあそんな流刑地や刑務所みたいな寺なんてあり得ないけど
破戒僧は普通に破門されるだけだし 「元いた寺は連絡を一方的に絶たれた」らしいが
様子を見に行くぐらいは出来たんじゃないかなぁとは思う まあ普通に考えて外部から完全に途絶してたら
寺の経営というか生活が成り立つわけないしな…
税金その他で国が見逃すわけもないし 明治に和田智稔が発見するまで1000年以上謎っていうのがなぁ……
京極さんのことだからギリギリ納得できる設定があるとは思うけど、作中では明かされてないね 修道院(まあ間違いなく、「薔薇の名前」やってみた、だよね、あれ)的な禅寺とはいえ
檀家とかゼロってことはないと思うんだけどね
それとも完全に物理的にも自給自足の世界って設定なんだろうか >>454
>まあそんな流刑地や刑務所みたいな寺なんてあり得ないけど
百鬼夜行シリーズは、あり得ないはずのことが、あり得る世界なんですよw >>455
了稔さん
「この寺には、禅宗秘法記という
空海が書いたとされる幻の禅籍がどこかにあってな、
それが発見されたら、日本の禅の歴史が書き換えられる」
様子を見に来た僧は、明慧寺に残ることにした。 >>457
>京極さんのことだからギリギリ納得できる設定があるとは思うけど
明慧寺が成立した理由について、
京極さんは納得のできる設定が思いつかなかったので、
謎の寺が成立した事情については謎ということにした。
百鬼夜行シリーズには、そういうふうに読者にブン投げた部分が結構ある。
明慧寺が成立した理由については、
オレは明慧寺=流刑地説ね。 もっと興味をもった古寺から学者引き連れて大挙して押し寄せてたら……無理か流石に 確信が無いわけだし
檻を破りかねないから一番興味を持つであろう空海直系の真言宗の僧侶は意図的に呼んでないし
仙石楼には治平さんが関わってる様なほのめかしがあった気がするけど流石に巷説シリーズにはもう繋げないだろうな 昨日、ブックオフで 姑獲鳥の夏 買ってきて
今読んでるもんだが、諸先輩方にできればお聞きしたい
全部読んでみたいと思っているが、
読んだ方がいい順序みたいなものはあるんだろうか?
ちなみに手元にはあと魍魎と鉄鼠があります FAQ:京極堂シリーズはどれから読めば良いの?
執筆順に読むのが吉だが
どうしても順番を変えたいなら、以下の点をご参考に。
・姑獲鳥を飛ばして魍魎を先に読んでも、特にネタバレはない。
・狂骨では魍魎の犯人がネタバレ
・鉄鼠は姑獲鳥を読んでいなければ理解しにくいネタ多し。関係者の重複も大
必然的に姑獲鳥のネタばれになっている。
・絡新婦は魍魎の事件と関連あり。魍魎を読んでいないとわからないネタあり。
こちらも魍魎のネタバレあり
・塗仏はそれまでの五作のオールスターキャスト。
当然ネタバレもあれば前作とつながるエピ ソードも多い。
・陰摩羅鬼は姑獲鳥さえ読んでいればオケーかも。
・邪魅の雫は塗仏以降(百器〜含む)を予め読んでおくとベスト。
・百鬼夜行〜陰〜は塗仏まで読んでから読まないと意味不明。
特に魍魎と絡新婦のネタバレあり
・百器徒然袋〜雨〜は塗仏の後日談あり。一部ネタバレ。
・今昔続百鬼〜雲〜はネタバレはないからいつでもどぞ。
・百器徒然袋〜風〜は雨と絡新婦のネタバレあり。
昔のテンプレ 執筆順に
そりゃそうですよね
ぐぐれやおめー って感じですよね
失礼しました
ttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/京極夏彦 >>461
いやそんな訳ないでしょ
確かに茜の父親とか、明言されないネタはちょいちょいあるし
インタビューでは、本文に書いてないことは「ないんです」とかいう作家だけど
書かれてないだけで、考えてないはずはない
明慧寺の由来は謎だけど、可能性段階の推論ならいくらでもできる
建立時から密造で誰も知らないか後から記録を抹消されたかの二択
寺の規模からいって前者は考えにくいから後者だとして、理由はまあ致命的な矛盾がなければなんでもいい
あなたの流刑地説でも別に問題ないよ
でも、その程度の想像力で取り敢えず埋まるような謎を京極夏彦が思い付けなかったっていう判断はないんじゃない?
多分、明慧寺の由来は鉄鼠の檻という小説に必要なかったから書かれなかっただけでしょ
必要になったら言及される時が来るかもしれない。ヒトでなしシリーズとかで
>>467
ギリっていうか、実際に症例あるからね 会社員の左遷じゃあるまいし
自分から宗旨替えならまだしも仮にも宗教家が
いかに問題児であれ同門の僧を別の宗派の寺に島流しは無いわ
ムスリムのうち約9割占めるスンナ派が不祥事起こしたら
残り1割のシーア派の寺院へ追放ぐらいありえないよ >>468
「その程度の想像力」とかわざわざ書かなくても良くない? ちょっと本読んでる程度で全部わかってるような気でいる京極夏彦の傲慢さが鼻につく
わざと難しい漢字を使うとか、考えが幼稚すぎる >>470
そうだね反省
「その手の想像で〜」って書けばよかったわ
流刑地説の着想は実は嫌いじゃない、説得材料がしっかり書ければ十分いいオチだと思う
明慧寺は最初からもともと檻でしたっていうね。テーマも揃って百鬼夜行シリーズっぽいし
>>471
>ちょっと本読んでる程度で全部わかってるような気でいる京極夏彦の傲慢さが鼻につく
これは事実じゃなくて、あなたの解釈に対するあなたの感想でしょ
>わざと難しい漢字を使うとか、考えが幼稚すぎる
あれはわざわざ講座を開いて、文面調整やその他のための必然っていってる訳だし
徒に漢字を乱用してるんじゃないよ はいはいおまえが正しい正しい
よかったな
もう来んなよ でしょの人は、ずっとIPアドレス変えて、同じ人が書き込んでいるように見えるけど、
仕事しているの?仕事の合間に書き込んでいるの?それともいろんなでしょさんがいるんの? でしょ君は噂の長文さんだから
これ書くと次から対策してくるからあんま言いたく無いけど
「でしょ」と「まあ」が好きなのが特徴
特に「まあ」は「まぁ」では無く「まあ」と書くから凄い分かりやすい
んで、「その程度の想像力」とか余計な言葉を入れる
マジで「まあ」は大好きだよな >>476
本当にそう思ってるならそもそも掲示板に書き込む必要がない
勝手に自己完結してりゃそれでいいはずでしょ
共有されたいから不特定多数の目に触れる場所に書いてるんだよ
しかしちょっと小難しい字や表現使っただけで幼稚ってすげえ発想だなw
「お前の母ちゃんデベソ」並に意味がないイチャモン
まともに文句言う能力すらねえのかよ >>475
>明慧寺は最初からもともと檻でした
蔵を調べていた京極堂は、そこの資料を調べた結果、
明慧寺の歴史がだいたい分かる。
↓
京極堂
「江戸幕府の宗教統制令『諸宗寺院法度』
この明慧寺は、もともと、法度に違反した僧侶を送り込むため、
江戸幕府が作り上げた僧侶専用の檻だったのです!!」 >>468
>多分、明慧寺の由来は鉄鼠の檻という小説に
>必要なかったから書かれなかっただけでしょ
僧侶に対する憑き物落としには必要。 鉄ネズミの寺のことを知らないでお坊さんを送り込むのも不自然だよな
そこの説明をしていない >>468
知ってるよそんなこと
おつむが残念な奴だな >>479
噂の長文さんではないつもりなんだけど、自分たしかにちょいちょい長文書くからなぁ
あと、感動詞ならともかく副詞の「まあ」は通常「まあ」と表記すると思うけど?
まあたしかに「まあ」は多用するね >>435
彼岸にまつわる話で面白かった
いい意味で地に足がついていない人を書くのが本当にうまい >>484
それぞれの宗派にとって、
明慧寺は、問題児を引き取ってくれる
ありがたいお寺なんだよ。きっと。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています