中学生のころ江戸川乱歩はふつうに読んでいたのだけど、横溝正史の作品はちょっと難しくて挫折した。
結局、そんなわけで横溝作品を読むようになったのはわりと最近のことで、電子書籍で本を読むようになってからだった。

今だから分かるのだが、横溝正史の文章には漢語の語彙や文語のリズムがけっこう残っている。
そのため、本陣や獄門島などの作品をスラスラ読める人は、それなりに文学作品を読み慣れた人のように思う。
とくに古い文献を紐解くような記述は、そうした文章が苦手な人には、かなり堅苦しく読みにくいものがあるのではないだろうか。

自分の年齢になってみると、逆にそういった要素も横溝作品を読む楽しみのひとつとなっているわけなのだが。