田中宏輔専用スレッド
文学極道で活動している田中宏輔さんが日記を書くスレッドです どうやったらユリイカの新人を授賞できるのか?
でも影響力は現代詩手帖賞の方があるからなあ……
とりあえずやってみよう! どうやったらユリイカの新人を授賞できるのか?
でも影響力は現代詩手帖賞の方があるからなあ……
とりあえずやってみよう! どうやったらユリイカの新人を授賞できるのか?
でも影響力は現代詩手帖賞の方があるからなあ……
とりあえずやってみよう! 地方詩人は報われない。
やはり活動するなら東京だな。 >>326
空集合をφと表記するのは誤り ほんとに数学の先生? >>326
空集合をφと表記するのは誤り ほんとに数学の先生? >>326
空集合をφと表記するのは誤り ほんとに数学の先生? 鼎談のときもそうだけど
わざと間違えているのかどうなのかが不明で怖い。 んほお・・・ピザアップルパイおまあああああああああああああああああああああ なんなんだ何を書いているのだ?
ラッキーストライク吸いすぎておかしくなっているんか?
もやお? 詩も小説も、そんなに違いはないのねっていうのが、奇想コレクションの一冊、ジョン・スラデックの短篇集『蒸気駆動の少年』を半分まで読み直した感想。
いつものことながら、一作も読んだ記憶がない。
すさまじい忘却力。
固有名詞が頻出で頭が痛くなる小説でもある。
でも、詩には、そういうのがないね。 ジョン・スラデックの短篇集『蒸気駆動の少年』
難解というわけではなく、読みづらいという感じ。
でも、まあ、奇想コレクションの読み直しをしようという計画を立てたのだから、さいごまで読み直すけれど。
いまのところ記憶にあるのは2作のみ。
なんという烈しい忘却力。
いまは57歳。
もうじき58歳。 ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』を買ってきた。
むかし、読んだ翻訳者とは違う翻訳者の新しい訳だそうだ。
内容は、ぼくにはめずらしくも、しっかり覚えているのだが、手元にむかしの訳本がなくて、がまんできなくなって買ったのだった。
すばらしい小説だった。
スラデックを中断してさきに読む。 いままでツイートを見てて、ハイボールを2杯飲んでた。
なんだろう、この高揚感は。
おいしそうな食べ物の画像を見たこともある。
そのうえに、これからSF小説の傑作、ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』を読めるという期待の気持ちからもだろうか。
すばらしい詩や小説は、ぼくを高揚させる。 ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』を読み終わった。
むかし読んだときには感じなかった感慨がある。
さいごがうまくいき過ぎかなと思えるが、それを除くと、たいへんおもしろい作品だった。
これから、ウィンダムの『海竜めざめる』を読む。 ひさびさに、ぼくの詩集『Still Falls The Rain。』(書肆ブン・2018年4月刊)が売れたようだ。
買ってくださった方にとって、おもしろいものでありますように祈っています。 ジョン・ウィンダムの『海竜めざめる』の再読が終わった。
きのう読み終わったウィンダムの『トリフィド時代』もそうだったけれど、希望で終わらせているのが、57歳のぼくにはいい。
暗澹たる気持ちで終わらせてほしくない年齢になったのだろうと思う。
これからスラデックの短篇集のつづきを読む。 死ぬまでに再読したいSF小説3作。
ニコラス・グリフィスの『スロー・リバー』、
マイクル・スワンウィックの『大潮の道』、
T・J・バスの『神鯨』
いますぐにでも再読したいのだが、
まだ寿命がありそうなので、寿命が尽きそうに思えたときの楽しみにとっている。
再読したいSFは、ほかもあるしね。 いま Amazon で価格を調べたら、
『大潮の道』と『スロー・リバー』が1円で、
『神鯨』が91円で売られていた。
傑作なのにね。 スラデックの短篇集『蒸気駆動の少年』を読み終わった。
さいごらへんで、ようやくスラデックの文体に慣れたような気がする。
つぎに読み直す奇想コレクションは、
マーゴ・ラナガンの『ブラックジュース』である。
かなりおもしろい短篇集だったような気がする。
一つだけ物語を憶えている。
魔女の話だ。 友達から教えてもらった嘘みたいに金の生る木を作れる方法
参考までに書いておきます
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね
RV6 今鹿 仙さんから、詩集『永遠にあかない缶詰として棚に並ぶ』を送っていただいた。
ポイントが大きく、そこにまず驚かされたけど、読むと、詩句の流れのスムーズさと音調的なすべりのよさに驚かされた。
それにしても、表紙がすばらしい。
ことし目にした本の表紙のなかで、もっともすばらしいと思った。 舟橋空兔さんから、詩集『アナンジュバス』を送っていただいた。
ふつうの日常的な詩句のあいだに、魔術的な詩句というのか、そういった詩句が散見する。
不思議な作品たちだ。 ここひと月ばかり、
LGBBTIQの詩人たちの英詩の翻訳を再開していたのだったのだが、
きょう訳していたものが、いちばん難しかった。
9つ目だ。
あと20作ちょっとを翻訳しなければならない。
きょうの訳はまだ手を入れなければならないだろう。
翻訳では頭脳を総動員しなければならないので疲れる。 田中は自分で詩集をかわずにもらってばかりだから
詩を読む力がつかない
コメントのバカさ加減に呆れる 阿賀 猥さんから、『豚=0 博徒の論理』を送っていただいた。
カラーページがとてもきれいで、描かれた絵がかわいらしかった。
詩という枠を超えて、エンタメしてらっしゃると思った。
というか、詩の本かどうかっていうのは、それほど大事なことじゃないのかもしれない。
ペソアの断章を思い出した。 片岡直子さんから、詩集『晩熟』を送っていただいた。
よく見かけたお名前なので、ユリイカの投稿時代(30年まえ)が思い出された。
片岡さんの詩句は、落ち着いた円熟したものに思われ、詩集のタイトルの『晩熟』と通じる、大人らしさが感じられた。 いま一時間くらい本棚を探してたら、ルーシャス・シェパードの『緑の瞳』がなかったので、Amazon で買い直した。
傑作だったので、手放すことなどなかったはずのものだったのに。
仕方ないね。 もう一度、本棚を探してみるか、と思って、探したら、
ルーシャス・シェパードの『緑の瞳』が見つかった。
なんという、なまくらな目をしているのだろうか、ぼくは、と思った。
きょうから、この『緑の瞳』を読み直そう。
奇想コレクション・シリーズの読み直しは中断して、こちらの方をさきに読み直そう。
この本の主人公は、自分が詩人だったことを憶えている、詩人ではなかった者だった。
ぼくの記憶違い。
ゾンビ―になると、生前と違った記憶を持つことになるのだった。
きょうは、そこくらいまでしか読み直せなかった。
つづきは、あした以降。 桑田 窓さんから、詩集『メランコリック』を送っていただいた。
適切なレトリック。
過剰でもない、不足してもいない、まさに的確なレトリックの使い方をされているなと思われた。
とてもていねいにつづられていく詩句に、作者の目の確からしさを見たように感じられた。
難解なところはまったくない。 小林 稔さんから、詩集『一瞬と永遠』を送っていただいた。
詩句の言い回しが知的だと思った。
それに描写がこと細かく具体的だ。
知的なのに抽象に赴かない詩は稀だと思う。
ていねいに知的な言葉が重ねられていく様を目にした印象が強く残る詩集であった。
それが風格というものだろうか。 2014年に思潮社オンデマンドから出た、ぼくがLGBTIQの英語圏の詩人たちの英詩を翻訳した『LGBTIQの詩人たちの英詩翻訳』が、Amazon で売れたようだ。
うれしい。
LGBTIQにとって切実な詩や、
かっこいい詩や、
かわいい詩など、
いろいろ訳した記憶がある。 松屋で晩ご飯を食べるまえに、西院のブックファーストで、ルーシャス・シェパードの『竜のグリオールに絵を描いた男』を買ってきた。
短篇集で、本のタイトル作品のシリーズが収録されている。タイトル作品だけは、短篇集『ジャガー・ハンター』に入っていたので既読だが、ほかのものは未読だったのだ。 まだやっていたのか。
あっちょん怒りのきんつばセブイレ買いWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW 安田 有さんから、詩文集『昭和ガキ伝』を送っていただいた。
二十八年ぶりの詩集ということである。
状況のよくわかる適切な描写であった。
穏当な詩句がつづられている。
長いあいだに書かれたものを目にしたためか、
ぼく自身のここ30年というものに思いを馳せた。 小川三郎さんから、詩集『あかむらさき』を送っていただいた。
収められている詩は、小説で言うならば、奇譚の部類に入るもので、
詩句の運びは、ひっかかるところがまったくない流暢なものであった。 洗濯物を取り込んで重ねていただけなのだけど、ひとに見えた。 みっぺは宇宙人かもしれない。
ママのペンとリップをつかって、顔面は非対称。
うん。
みっぺは宇宙人にちがいない。 毛毛脩一さんから、詩集『青のあわだつ』を送っていただいた。
ブレスの長さが、ぼくと比べて、2倍くらい違っていて、息の長い詩句がつづく。
息の長さは、なにかに比例しているような気がした。
そのなにかというのを明確に書き表すことはできないけれど、
情の深さ、念のようなものとかとかとか思った。 いま、ルーシャス・シェパードの短篇集『竜のグリオールに絵を描いた男』に収録されている第3篇目「始祖の石」を読んでいるのだけれど、
ロバート・エイクマンやコッパードやダンセイニの短篇集とかで読んでいないものがあって、気になったので Amazon で検索してた。
いや検索してたら、出てきたのか。 ちょっと浮気をして、
宝物としている、ジェラルド・カーシュの短篇集『壜の中の手記』を読み直そうかな。
カヴァーの裏に値札を剥がした剥がれ跡があるのだけれど、
この本は、ブックオフの105円(だった)コーナーに置いてあった本で、手に入れたものベスト3のなかに入る3冊の本の中の一冊である。 ちなみに、ベスト1は、
付き合ってた青年が、ぼくにプレゼントしてくれた、
デューン・シリーズさいごの3冊
『砂丘の大聖堂』1,2,3巻。
各巻105円で買ってくれたらしい。
当時は古書値として5000円くらいするものだった。
ベスト2は、古本市場で105円で買った『エミリ・ディキンスン評伝』 たくさんの本を昨年手放したけれど、傑作をまだまだ本棚に残しているのだなあと思った。
憶えているものもあるけれど、記憶していない作品もたくさんある。
死ぬまでに何度も読み直すだろうけれど、忘却力が烈しくなってきたので、
読むたびにまた新刊本を読んでる気分で読めるのだった。
得な性分だなあ。 Amazon で、いま、『砂丘の大聖堂』シリーズ3巻を買おうとすると、いくらくらいするか調べたら、
第1巻、第2巻は300円から600円で買えるみたいだけど、
第3巻は4000円してた。
いまだに入手困難なものなのだなあと思った。 文学極道の詩投稿掲示板に、作品を投稿しました。よろしければ、ごらんください。
→
http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=10855 ルーシャス・シェパードの短篇集『竜のグリオールに絵を描いた男』を読み終わった。
これから、寝るまで、シェパードの処女長篇『緑の瞳』のつづきを読もう。
それとも、マーガ・ラナガンの短篇集『ブラックジュース』のつづきを読むか。
クスリをのんでから決めよう。
おやすみ、グッジョブ! ひさびさに、2014年に思潮社オンデマンドから出した『ゲイ・ポエムズ』が売れた。
うれしい。
詩人で翻訳家のジェフリー・アングルスさんに、『ゲイ・ポエムズ』の一部を英訳してアメリカの雑誌に掲載していただいたものがある。これね。
→ https://queenmobs.com/2016/11/22392/ ブライアン・オールディスは、ぼくの大好きなSF作家である。
数年前に買った『寄港地のない船』を、きょうから読む。
ルーシャス・シェパードの『竜のグリオールに絵を描いた男』より
ずっとまえに買った本だけれど、同じ竹書房文庫から出た本だけど、
きょうから読むことにする。
おやすみ、グッジョブ! 長尾高弘さんから、『抒情詩試論?』を送っていただいた。
著者とはネット上の付き合い以前からのお付き合いで、いろいろお世話になっている。
詩のタイトルがページはじめの中ごろにかかれてあって、新鮮だった。
作品は、穏当なものが多く、落ち着いて読めた。
「報い」など、こころにしみるものが多かった。 ああ、蟻とか羽虫とか昆虫のタイトルの詩を書いたことがあったな。
まだ文学極道に投稿していなかったな。 手近の本棚に、なにがあるのか(昨年、多数、ひとに譲ったので、なにが残っているのか正確には知らないのだ)
見ていると、フレドリック・ブラウン編のSFアンソロジー、『SFカーニバル』があったので、
なつかしくて、つい読み始めたのだった。
まださいしょのものだが、読んだことだけは憶えていた。
いま38ページだ。あと7ページで読み終わる。
結末は憶えていない。けれど、雰囲気はよさそうだ。というか、いま
そのページを額の脂で汚してしまった。
ときどき、そういうことになる。
不器用な自分を呪う。
まあ、いいか。ずっと手元に置いておくつもりの本なのだから。
クスリをのんだ。
ねる。おやすみ。 齢を取ったらやりたかったことが、いま57歳と9カ月でできている。
というか、57歳は、齢を取ったことになるのかな。
好きな本を読んで、じっくりとその作品を味わいたいという気持ちが満たされている。
このうえない喜びだ。
もっと齢を取ったら、すべての時間をそれに注げることができる。
楽しみだ。 2014年に思潮社オンデマンドから出た
田中宏輔のベスト版詩集『ゲイ・ポエムズ』がまた売れたようだ。
うれしい。
収録作の半分が既出の詩集未収録作品である。 神経科医院の待合室で数時間、ブライアン・オールディスの『寄港地のない船』を読んでいた。
で、診療のあと、まだ読み終わらなかったので、待合室でさいごまで読んだ。
大好きな作家の処女長篇である。
よかった。
帰ると、注文していた、チャールズ・シェフィールドの『ニムロデ狩り』が届いていていた。 『ニムロデ狩り』はまだ読まない。
昨年、ひとに譲った小説だったので(自分の本棚を軽く見てなかった本なので)
買っただけの本である。
本って、いつ、どんな金額になるかわからないので、
買っておいたのだ。
むかし読んだとき、B級SFで、
でも、おもしろかった記憶があるので、買っておいたのだった。 『ニムロデ狩り』を、なぜ手放したかというと、
たぶん、カヴァーが気に入らなかったんだと思う。
でも、きょう届いた本を見ると、手放さなくてもよかったのではないかというくらいの出来のカヴァーだったので、
これが、ぼくのカヴァーの評価軸の基準線なんだな、と思った。
きょう見たら、よかったのだ。 イギリスSF傑作選『アザー・エデン』をひさしぶりに手にしてみた。
冒頭に収められている、タニス・リーの『雨にうたれて』を読み直した。
放射能汚染が軸にあり、その影響下にある人々のあいだに、汚染度の違いによる階級差が生まれている国家の物語だ。
現代日本のある都道府県のことが頭に浮かんだ。 海東セラさんから、同人詩誌『グッフォー』の69号と70号を送っていただいた。
69号に収められた海東セラさんの「ドールハウス」も、70号に収められた「塊」も散文詩で、言葉が流れるようになめらかだった。
よどみがないというのは、海東セラさんの文体のようなものを指して言うのだ思った。 パソコンのない時代に、
自分の全作品を2冊の私家版の詩集にして50部ずつつくったことがあった。
『陽の埋葬』と『ふわおちよおれしあ』である。
A4サイズで電話帳のように分厚いものだが、
ぼく自身がある意味、辞典として利用している。
中原中也や村野四郎や会田綱雄の詩のパロディーを書いたものが文学極道の詩投稿掲示板ではまだ発表していなかったので、
それを電子データにしておこう。
未発表といえば、
未発表の「陽の埋葬」もたくさんあった。
面倒だが、そのうちそれらも電子データにしておこう。 きのう寝るまえに、イギリスSF傑作選『アザー・エデン』に収められている、
クリストファー・エヴァンズの「人生の事実」を読んで眠った。
作品は、女権が異様に貶められている惑星のなかで、
ひとりの少年が取る言動を通じて、
人間について考えさせるものだったのだが、
差別というものの気持ち悪さに、
ぞっとさせられた。
ぞっとさせるのが目的に書かれたであろう、その着想に、作者のイノセントさがあるのだろうが、
あらゆる差別について、気持ち悪い、ぞっとさせるようなものがあるのだなと思った。 きのうは、イギリスSF傑作選『アザー・エデン』に収録されている、2篇、
M・ジョン・ハリスンの「ささやかな遺産」と、
イアン・ワトスンの「アミールの時計」を読んで眠った。
いま、両方とも、読んだ記憶が吹っ飛んでいる。
内容がまったく思い出せない。
ちょっと読み直そうかな。
ものすごい忘却力。 きのうは、寝るまえに、イギリスSF傑作選『アザー・エデン』に収録されている、ブライアン・オールディスの「キャベツの代価」を読んで寝た。
時間SFによくあるウラシマ効果を扱った作品で、近親相姦を採り上げたもの。
わかりやすかった。
イギリス作家らしい、書き込みの濃い叙述のSF小説だった。 東寺のブックオフで、SFマガジン・ベスト1『冷たい方程式』を108円で買ってきた。
もってるものより、状態がいい可能性があったからである。
帰ってきて、本棚から『冷たい方程式』を出すと、もってるもののほうがきれいだった。
108円、損しちゃった。
ほかの本でも買えばよかったのにね。 あたらしく編集し直されたSFマガジン・ベスト1『冷たい方程式』には、キャサリン・マクレインの「接触汚染」が入っていないのだが、
これは冒頭におかれるほどの傑作だった。
きょうから、こっちを読み直そうかな。 日知庵からの帰り道、
丸善で、
ハヤカワSF文庫の『冷たい方程式』を買った。
これは、
昼に、ブックオフで買った『冷たい方程式』と異なる、
新編集版のSFアンソロジーであり、かぶっているのは2作だけで、
7作が新訳だそうである。
きょうから、新編の『冷たい方程式』から読んでいこうと思う。 イギリスSFのアンソロジー『アザー・エデン』の重苦しい描写からうってかわって、
ロバート・シェクリイの「徘徊許可証」が冒頭に収められている新版のSFアンソロジー『冷たい方程式』を読むと、
なんとのどかな雰囲気なのだと呟かずにはいられない。
イギリス作家の重苦しい描写も好きなんだけどね。 いま、アシモフの「信念」を読み終わったところだ。
冒頭のシェクリイの「徘徊許可証」とアシモフのまえに置かれた、ウォルター・テヴィスの「ふるさと遠く」と、ジョン・クリストファーを除くとアメリカ人作家だったことに気がついた。
読みやすかった。
アシモフとテヴィスは再読か再々読の短篇だった。
『アザー・エデン』は、ひじょうによい短篇集だったが、叙述も内容も重苦しかった。
イギリス人作家は大好きだけど、読むと、ときどき、へとへとになる。
アメリカ人のSFは読みやすい。
まあ、だいたいのところで、例外はあるけれど。 それはよくあることだった。
外部の刺激、この場合は音だったのだが、
それが原因で目が覚めるのだが、
夢のなかで、その音が出てきて覚めるのだった。
ホテルのなかで、「パイナップル」と連呼しながら太った男が二階から一階に階段を下りてきたのだが、
現実世界でうえの階のひとが「パイナップル」と連呼するCDをかけていたのであった。
このことを記憶しておこうとして、ぼくはふたたび眠り、
ホテルの4階の自分が泊まっている部屋に行くイメージを頭に描いて横になって、
ふたたび夢のなかに没入し、部屋においてあるパソコンをあけて、スイッチを入れたのだった。
とそこでふたたび目が覚めてしまったのだった。 ミンちゃんが、SF小説にはまりだしたようだ。
この間、ブックオフで買ってダブってしまった、
SFマガジン・ベスト1の『冷たい方程式』を
プレゼントしよう。 今のゴミのような詩壇
その中では悪くはない田中
そこでつげ上がってはあかん
本物の詩はさくっと晴れやか
李白、白楽、定家はそろそろ現れるかしらん
俊太郎、最果、、、、所詮草野球の四番 今のゴミのような詩壇
その中では悪くはない田中
そこでつけ上がってはあかん
本物の詩はさくっと晴れやか
李白、白楽、定家はそろそろ現れるかしらん
俊太郎、最果、、、、所詮草野球 パンを食べている映像を見て、おなかも空いていたので、
セブイレに行って、パンを買ってきて食べた。
ひとが食べていると、自分も食べたくなるのは、どうしてだろう? 新編のSF短篇アンソロジー『冷たい方程式』を読み終わった。
わかりやすい作品ばかりだった。
いちばん好きなのは、ウォルター・テヴィスの「ふるさと遠く」だった。
アイデアもすばらしいし、叙述もすばらしい。
「ふるさと遠く」は、そのタイトルのテヴィスの短篇集ももっていて、既読ではあったのだが。 旧版のアンソロジー『冷たい方程式』(ハヤカワSF文庫)を読みながら寝よう。
冒頭に収められた、キャサリン・マクレインの「接触汚染」は、ほんとに傑作だと思う。
新編には収められていないのだが、版権の関係だと思うんだけど、新版に収録されていないのは、ほんとに惜しい。
おやすみ、グッジョブ! 若いときに書いたものを、文学極道の詩投稿掲示板に投稿した。
30代だったろうか。
はてさて40代か。
ぼくは、自分のすべての作品を一つのストーリーにまとめようとしていたのだった。
愚かな試みだったと、いまでは思っている。
わざわざそんなことをしなくても、もともと一つのストーリーだったのだ。 この数週間ばじゃり、錯乱状態であった、
まともに読書もできていなかった、
短篇を読むので、せいいっぱいだった。
齢をとると、こうなるのか。
ぼくだけのことなのだろうけれど、きょうから気を強くもって、読書に挑みたい。 花狂う
四季の星
土星の大気のように
冷めた朝
蕾のひとつが
落ちる
夢をみる
みていた夢に貪る手
人の手
人の手首に備えられた
人の手
花狂う 夏野 雨さんから、詩集『明け方の狙撃手』を送っていただいた。
まだまだ新しい言葉の組み合わせがあるのだなあと思った。
作者の現実はうかがい知ることができなかった。
作品の目的が別のところにあるからだと思った。
言葉運びは、なめらかで、うつくしい。
しかも的確だ。
かわいらしい表紙が印象的。 松田悦子さんから、詩集『Ti amor━君 愛しています』を送っていただいた。
詩句を読点ではなく、一行空白にてほぼ分節化してある、独特のフォルムだ。
また、その個所で体言止めになっている個所が多く、そのことも独特の雰囲気を詩句にもたせることになっているのだと思われる。