架空の車両形式・番台スレ 23次車 [無断転載禁止]©2ch.net
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>>69
金沢所属の車両も521系投入後、廃車となったが、
毎年8月に行われる金沢総合車両所の一般公開では、展示車両として人気となっている。 サハE233-901
JR東日本が1両だけ試作的に製造した「チタン電車」。
車体がチタン合金で出来ている。
鉄より固く軽いが、製造費がとんでもない事になってしまい結局量産化は見送られた。 >>71
なんか終戦直後のジュラ電と180度逆のコンセプトだなw >>72見て思いついた、特定の形式じゃないけど。
「勿体無いから溶かして再形成しました工法(仮称)」
車齢が新しいうちに余剰・事故廃車になったもの限定(形式会社不問)でそれを解体・溶解した
材料で強引に製造、成分が一定しないと屁理屈こねる輩がいたが、そこは今の技術なら>>72
よりはまともなものができると説得した。 >>69
クハ450-500番台
クハ153-500番台を451系に編入したもの。
パッと見クハ451と見分けが付かないが、台車がTR59である。 >>69>>70
後年、金沢で保留車状態だったクハ450だが
その後、交流検知アンテナを撤去し湘南色に塗り直され、元のクハ153に復帰し
京都鉄道博物館で展示されることとなった。 東京メトロ1000系第41編成特別仕様車
東京地下鉄道旧1000形ではなくライバルの東京高速鉄道100形をモチーフにしたものである。
前照灯の位置が多少異なる他白熱灯タイプの室内灯が特徴でつり革も普通のタイプである。
また当時100形はMGがあってセクション通過時の瞬間停電はないため39Fにある
瞬間停電ギミックや補助灯はない。
塗装は東京高速鉄道時代のベージュにグリーンで車体に東京高速鉄道の社紋がつくなどかなり凝った設計。
また製造も当時の親会社らしくJ-TREC横浜で作られた。 キロ120
JR西日本でキハ120をグリーン車に改造したもの。
ローカル線に押し寄せる鉄道ファンからグリーン料金をむしり取る事で増収を図った。
座席は1+2のリクライニングシートに変更された。
主に青春18きっぷシーズンに連結される。
グリーン車は基本的に自由席で、専属のグリーンアテンダントが乗務し、無人駅から乗車した場合でもグリーン券の購入は可能。 キヤ49形気動車
>>51と同様、JR東海がJR西日本へのN700系の技術供与の見返りに、
315系=225系と同様、キヤ143形をベースに設計・新製された高山本線用の除雪用ラッセル気動車。
キヤ143形との相違点は一部のカラーリングが東海のコーポレートカラーのオレンジとなってるところと車名プレートが国鉄書体(すみ丸ゴシック)となっている。 キハ31形500番台
キハ31形の北海道仕様。地域性を考慮し乗降扉を引き戸に変更、客室窓は二重窓とした。冷房装置は装備しない。
排雪走行のためエンジンはインタークーラーを追加して出力を向上させ、
変速機も高出力に対応してクラッチ周辺を強化する対応がされた。
台車は廃車発生品の流用であるが、粘着性能確保のため動台車を2軸駆動に改造している。
当初からワンマン運転にも対応しており運賃箱と表示機を装備する。
キハ54形と同様2000年代初頭から機器更新が行われ活躍を続けている。 キニ120
JR西日本でキハ120を自転車積載用に改造したもの。
トイレと座席が全部撤去され、自転車固定具が取り付けられたため「キニ」になった。
ローカル線活性化の一環としてサイクルトレインを実施するために導入。 京阪6000系増備車(6015F以降)
輸送力増強のため1990年に登場した6000系の増備車
車体が7000系と同一のものに変更された
1992年までに8編成が製造されている >>69ほか
クハ454
一両だけの珍車
クハ153のうちクハ164に改造されていたものが、やはり交直流化される事になり
登場した。クハ450が常磐、北陸等で使用されたのに対し、抑速マスコンのついた同車は
東北、仙山、奥羽、磐越西線等で使用されている。
クハ450-100番台
事故廃車を埋める形で急きょ改造された、これまた一両のみの珍車
こちらはタネ車がクハ155であることから非冷房、コイルバネのままでマニア以外からは
不評を買ったものの、他のクハ450と同時期まで生き延びることになった。 クハ166
事故廃車となったクハ167-2の代替としてクハ165-3が入る予定であったが、車両の
確保が困難になったために急遽クハ153-502から改造されることになった。
167系版クハ164であるが、高運転台車であったためにTR58以外には塗装も合わせられるなど
一見見分けがつかない。
元々新快速・阪和快速色であったために転入時は湘南色3両に新快速のグレーに青帯という
混色編成だった。
車両更新を行った唯一の153系となったが、角型ライトへの更新は見送られたために
ほぼ原形を維持し、この際台車はTR69に取り替えられた。 >>83続き
大垣夜行に投入されるなど田町の波動用の一員として2003年まで使われた。
引退運転では修学旅行塗装の167系の3両にこの車両のみ婿入り前の新快速色でヘッドマークに
前面幕に西明石や米原などを表示してラストランを行った。
167系のみ廃車となったが、碓氷峠鉄道文化むら又は鉄道博物館への展示前提に整備されて
鎌倉総合に保管されていた。
しかし貴重な153系でかつ阪和線新快速・京阪神新快速の残党であったことと転属前は鳳及び宮原所属だったために
JR西日本が京都鉄道博物館開館に際して寄贈してほしいと打診があり、
仮台車で保管されていたTR59に戻してグレーに青帯にした上で京都鉄道博物館に
保存されることになった。
現在153系時代の大型ヘッドマークに「西明石」の前面幕表示で展示されている。 >>69
元々はつくば万博輸送でエキスポライナーに充当するために改造され、万博終了後は廃車する予定だったが何故か計画が変わり北陸や仙台に転属しJR東日本に承継されたという。 キハ123・128
JR西日本が製造した225系の気動車バージョン。
ハイブリッド方式を採用する予定だったが、コスト低減のため液体式となった。
エンジンは520PSを1基搭載。
芸備線に投入。
キハ381系
JR西日本が製造した287系の気動車バージョンで、ハイブリッド仕様である。
エンジンは700PSを各車両1基搭載している(2基搭載案も検討されたが、バッテリー搭載スペースが無くなるため超大馬力1基となった)。
車体は287系と同等だが、機器室があるため客室が犠牲になっている。
287系と併結可能。
特急「きのさき」「こうのとり」を浜坂まで延長するために導入。 サロ110-381
先頭車化改造されず余剰となっていたサロ381を、東京口113系用グリーン車に
編入改造したもの。当然のことながら、振り子機能は停止
奇しくも車番は381を名乗ることに キハ160-100番台
JR北海道が製造したキハ160のステンレス車体バージョン。
キハ130が塩害で腐食し短命になったため前代未聞の「ステンレス製の軽快気動車」となった。
その特殊性から新潟鉄工では製造が出来ず、やむを得ず川崎重工の2シート工法を採用している。
川崎重工で構体を製造して苗穂工場で艤装を行った。
しかし製造費が高かったためにキハ130を全て置き換える事が出来なかった。 キハ185系500番台
国鉄・JR北海道が製造したキハ185系の北海道バージョン。
ドアが引き戸に変更されている。
正面から見るとキハ183-500番台とそっくりである。
キハ56・27を置き換え特急格上げ用に投入。
エンジンは四国用と同様にDMF13HS(250PS)×2で、変速機はTC2/DF115である。
冬季の排雪抵抗対策と石北本線常紋峠対策でキロハ186もエンジン2基である。
最高速度は当初110キロだったが、後年変速機を交換し120キロに引き上げられた。
更にエンジンをN-DMF11HZD(355PS)に交換してブレーキを増圧し130キロ運転も検討されたが、費用対効果の面で見送られた。
キハ400・480・56・183系と併結も可能。
導入当初急行「天北」に充当され、天北線を走行した事がある。 >>88
ステンレス車体のNDCはキハ120-0/300やキハ11-300などがあるけどな
新潟鉄工はアルミ車体の製造には対応していないがステンレス車体は普通に作れる
キハ261の件で何か勘違いでもしているのか?
いくら妄想スレでも考証が雑すぎるのは如何なものかと DD51形2000番台
JR貨物が1988年から製造したDD51の改良版。
前照灯と標識灯がEF66-100番台のように一体のケースに収められた。
旅客会社に貸し出しブルートレイン牽引にも使用された。 京葉臨海鉄道KD80型
コンテナ需要の拡大から急遽投入されたDD51タイプの臨海鉄道最大機。
昭和55年に作られた4両のグループと昭和60年に新たに追加した3両とに分かれる。
昭和55年の4両は元々国鉄が成田空港燃料輸送列車用の追加に製造していた1806〜1809に
なる予定の半完成状態の注文倒れをほぼ格安で購入したもので、やはり1800番台を基本とした
ものを3両を昭和60年に新造した。
2009〜12年に機関更新を施工したが、一部機関や変速機は解体されたJR貨物のDD51の
再利用部品を使用した。そのため大宮以外に北海道で改造された車両もある。
現在1〜4は京葉久保田〜千葉(タ)〜蘇我間で、5〜7は小名木川線移管に伴い、
東京レールセンター〜新小岩(操)の牽引用となったが定期的に機関車交換はあるため
1〜4も都内に充当される場合もある。
なお8・9が874 888から改造される予定だったが、見送られた。
2018年度より千葉県・千葉市・市原市・袖ヶ浦市が出資してHD300型ベースの
HKD60型ハイブリッド機が投入されるが、一部は岩手開発鉄道と衣浦臨海鉄道への譲渡を検討中。 415系2500番台
JR九州が製造した415系で、1500番台がベースであるが、JR東日本と番号が重複しないよう2500番台となった。
台車は811系と同様のDT50QA/TR235QAを搭載。
変圧器が60Hz専用となった。 要らぬことだけど、九州では423系1000番台とした・・・でもいいよね。 国鉄とJR西日本は、福知山線宝塚以北の電化・複線化を完全に放棄し、武庫川渓流を眺める風情のある路線が残った。
JR発足当時は、宝塚以北は気動車と客車列車、宝塚以南は電車列車で対応していたが、北摂ニュータウン計画により沿線人口が増えた事、片福連絡線開通に伴い宝塚以南の運転本数が増やす事となった。
輸送力増強に迫られたJR西日本は、片福連絡線用の207系電車との性能と併せた福知山線用の高性能通勤型気動車を製造する。
キハ207−0番台 :運転台付片側3扉のロングシート、トイレ付
キハ207−1000番台 :運転台付片側3扉のロングシート、車端部にボックス席、トイレ無し
キハ206−0番台 :運転台無し片側3扉のロングシート車端部にボックス席、トイレ無し
加速性能は207系電車に若干劣るが、JR西日本の青い帯と気動車を示す赤い帯を巻いた車両は最高速度120kmで福知山線を走行した。
篠山口以南の快速、普通列車は全てキハ206・207系気動車となったが、世界的に有名となる大事故を起こす車両となることはまだ誰も知らない >>94
JR東日本も途中で50Hz専用になってるが403系になってないな 415系1800番台
JR東日本が七尾線電化用に113系を415系に改造したが、種車が枯渇したため新製に踏み切った。
415系1500番台をベースに3両編成(クモハ415-モハ414-クハ411)に変更。
耐寒耐雪構造となっており、半自動ドアスイッチがある。
車内は211系0番台と同様のセミクロスシートを採用。
製造費が高かったため少数で製造が打ち切られた。
415系800番台や413系、475系と併結可能。
前面方向幕のつらら割損対策はポリカーボネートを採用する事で対処している。
最近になって体質改善工事が行われ、521系と同様の転換クロスシートになったが、窓割りと合わなくなってしまった。 >>97
七尾線がJR東日本の管轄だったらの世界なんだ
JR東海、3セク、JR西日本でも代用が利くんだ >>95
ディーゼルカーがマンション特攻したらエンジンが爆発炎上してとんでもないことになるぞ。
スピンドル従業員は救助作業なんていいから逃げろ! えちぜん鉄道MC8001形
神戸電鉄での6000系増備によって廃車となった1300系を2両1ユニット、2扉セミクロスシートに改造。
MC7001形とともに、平日の朝夕を中心に運用されるが、冬季を除く土曜・休日と夏休み期間中の平日は
勝山〜三国港直通急行で運用。 西成線列車脱線火災事故(にしなりせんれっしゃだっせんかさいじこ)
1940年(昭和15年)1月29日に大阪府大阪市此花区の鉄道省西成線(現在のJR西日本桜島線)安治川口駅構内において発生した列車脱線転覆火災事故
被害列車数1 (ガソリンカー3両編成) 死者189人 負傷者69人
定刻3分遅れの列車が脱線転覆
JR福知山線脱線事故(ジェイアールふくちやませんだっせんじこ)
2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故
被害列車数1(7両編成) 死者107人 負傷者562名人
塚口駅を定刻より約1分12秒遅れて9時18分22秒ごろ通過した列車は、制限速度70km/h の事故現場の右曲線(曲線入口上り1k949m)に速度約116km/h で進入
列車は、9時19分04秒前後にマンションにぶつかり停止
>>99
現実世界でも、衝撃によりマンションに駐車していた乗用車が破損しガソリンが漏れていたという
流石に事故後の空想は辛くなった >>95>>99>>101
もし仮にそうなってたらと思うと
史実以上に悲惨な事になってただろう... 神鉄の車両は特殊過ぎて他社に譲渡w
幅は2,700 mmと狭く構造が特殊だし、違和感感じる
えちぜん鉄道なら、むしろ近鉄から貰ってきた方が良さそうな
幅2,800mm 421系1000番台
国鉄で北陸本線のフリークエントサービス向上のために九州で余剰となっていた421系を耐寒耐雪化改造して転用。
ドアが半自動化されており、ベンチレータが箱型に交換されたがグロベンの台座を流用したため千鳥配置ではなく真っ直ぐになっており、かつ6個しか搭載されていない。
先頭車はクハの先頭を切り取ってモハに接合しクモハ化したため低運転台車が一部で存在する。
当初非冷房であったが、JR化後WAU102で冷房改造された。
塗装は当初小豆色だったが、七尾線開業時に415系800番台と同じ塗装に変更された。 JR貨物 EL500形901号機。
JR貨物が開発したL級(12軸)の超弩級マンモス電機。
全長39000mm(軸配置[B-B-B]-[B-B-B])、自重201.6t、出力6780kwを誇り、3200tの貨物列車の牽引を可能とした。
しかし、いざ試運転してみると、速攻で変電所を破壊してしまうという致命的なウィークポイントが露呈したため、あえなく
開発は断念された。 AH200
JR貨物が開発した原子力機関車。
原子炉を搭載する事で強大なパワーを生み出す事に成功した。
しかし原子炉のメンテに手間が掛かるのと沿線住民の猛反発から量産化は見送られた。 101系2000番台
国鉄が富山港線に投入した101系。
ドアが半自動化されている。
2両編成とラッシュ用のクハ101が在籍していた。
転入時に特別保全工事が施工され、JR化後更に延命NA工事が行われた為2001年まで生き延びた。
機関車牽引で松任工場へ入場回送するため、尾灯掛けが取り付けられている。 >>95
片福連絡線(JR東西線)の地下区間に気動車を走らようとする時点で無理がある
付随車に発電用エンジンを積んだEDCにすればまだ幾らかリアリティがあるかな >>109
宝塚以北で単線なんで運転本数は1時間当たり最大3本程度が限度だったと思う
現行のダイヤでもラッシュ時に大阪方面は4本以上あったと思う
平成5年あたり製造なんで蓄電池の性能w >>109-110をふまえて仮に片町線の長尾〜木津が国鉄時代に全線電化されていたら
113系1000 1500番台片町線仕様車
当初の予定を前倒しし、昭和58年に長尾〜木津が電化の運びになり、当初103系の配備が検討
されたが、片福連絡線構想で地下線になるとにらみ、東京地下駅の対応がしてあった
113系の1000 1500番台を追加して充てることにした。塗装は湘南色である。
基本4両はクハ111-1506・1606から モハ112/113は1524からの続番 長尾方となる付属3両は
1000番台の続番で1500番台仕様とし、クモハ113-1500番台が新形式に追加した。
コンプレッサーは115系同様のC2000仕様となり、通風器は角形の押込型。
連結部はロングのセミロングシート車で先頭117名中間車135名定員。
トイレは当面片町線のみのため準備工のみ。
7両編成7編成が淀川電車区に配備された。 >>109
JR東西線はドクターWESTが入線する事がある
名鉄名古屋駅とか新千歳空港駅とか地下駅に気動車が入った実例はあるが強力な換気装置がいる? JR東西線にJR北キハ201系は勘弁かな
成田空港第2ターミナル駅にキハ58、キハ181は如何です?
昭和60年には205系とか、221系が登場している
>>111の並行世界でGO
205系3000番台
この車両は、昭和61年4月1日京橋〜北新地が開業に合わせて淀川電車区に配置された
205系0番台量産車をベース新造しており、地下鉄線走行用として運転台に貫通扉が設けられている
また、側面の窓は固定窓で連結面の窓が開閉できる様になっている
福知山線宝塚以北の複線電化構想が潰えた原因は片福連絡線の早期開を目指した為であった 313系9000番台
JR東海が製造した313系の永久磁石同期電動機試験車。
JR東海は電装品を全て東芝製で統一していることから、比較的容易に採用できたという。 東武2000系(2代目)
70000系の就役で余剰となった20000系の内、モハ238x0形〜モハ268x0形を流用された。
モハ238x0形とモハ268x0形は先頭車化されていて、霜取用のパンタグラフも搭載している。
主要機器はPMSM(0.5M方式)とSiCハイブリッドモジュールの主回路装置に一新されている。
パンタグラフのシングルアーム化(20070型ベース車体も換装)及び上昇検知装置の増設、
車外表示器のフルカラーLED化、増粘着材噴射装置の追加、冷暖房機能の強化、床材の張替、
TOBU FREE Wi-Fiへの対応、車内照明のLED化、パッとビジョンの設置等も実施された。
座席は、ドア間がシートピッチ1500mmのボックスシート(※窓側に折畳式テーブルとPC電源有り)、
車端部はハイバック仕様のヘッドレスト付きロングシート(※席間に肘掛とPC電源有り)となっている。
全車両に車椅子スペースが導入されており、先頭車にはバリアフリー対応トイレを備えている。
本形式の登場によって6050系の車体更新車は全廃されることになり、2020年に姿を消している。
東武2050系・2070系
70000系の就役で余剰となった20000系の内、
2050系はクハ21800形、モハ22800形、モハ27800形、クハ28800形、
2070系はクハ21870形、モハ22870形、モハ27870形、クハ28870形を流用している。
2000系のワンマン化仕様だが、全席がローバック仕様のロングシートでトイレも備えていない。
800系と850系の後継だが、久喜〜館林間でも運用される。 クモユ445・クモニ444
国鉄が開発した交直両用郵便・荷物車。
当初は1両にする予定だったが、床下機器が多すぎて1両に入りきらず仕方なくクモユとクモニがペアを組む構成となった。
車体はクモヤ145に準ずる。
郵便・荷物輸送廃止後は事業用車代用でJR東日本とJR西日本とJR九州に承継されたが、2両固定で使い勝手が悪く早々に廃車されてしまった。 サハ205-5000・5100番台、モハ205・204-5073〜
JR東日本で武蔵野線の6M2Tの205系を保守性向上のためVVVFに統一するべく改造したもの。
真ん中のモハユニットを電装解除し、残りのモハをVVVF化した。
サハ205-5000番台はモハ205から、5100番台がモハ204からの改造。
走行機器は主電動機は従来通りMT74であるが、インバータ装置が世代が変わって阪急1300系に似たような音になった。 クモハ84300番台
80系の短編成化と地方転用に伴い、モハ80に運転台取り付け改造を施して登場した
後期になって改造された為、タネ車が全金属の300番台のみが充てられた関係で300番台を名乗った
したがって、後にクモニ83から改造された0番台とは生い立ちを異にする。
顔はクハ85とほぼ同様。当初は貫通路を設けることも検討されたが、クハが全て非貫通車である為、
設置を見送られた。
これによって80系も1M1T及び2M1Tの組成が可能になり重宝されたが、新性能化の進行により短期間で
全廃になった。 東武鉄道60070系
西武鉄道が有料座席指定列車S-TRAINと同時に東武鉄道も有料座席指定列車TJ-TRAINとして
参入するために投入されたもの。
アーバンパークライン用60000系を基本に座席を回転式リクライニングにしたもの。
運転は平日は豊洲〜森林公園(一部川越市) 土休日は豊洲〜小川町で西武との違いは
夜間もTJライナーとして運転する列車もあること。
10両編成10本が森林公園に配備される他に本線の北春日部にも6本が配備される。
北春日部の本線配備車は臨時快速と南栗橋行ききりふり 春日部行きけごん しもつけを
100系・350系から置き換える。なお発着は浅草から押上となり、しもつけは新栃木行きとなる。
(将来的には清澄白河発着を予定)
なお東急が興味を示せば本線の有料座席指定列車参入もあり得る。
その場合平日は清澄白河〜東武動物公園 土休日は中央林間〜新栃木と伊勢崎が濃厚で
さらに下今市行きも浮上している。(下今市より連絡列車で東武日光・新藤原接続) >>116 の並行世界
この車両、車歴は浅くJR西が見逃さなかった
早々に国鉄事業団に返却された車両を旅客改造することとなった。
改造後の形式番号は、クモハ420+クモハ421となり北陸本線や山陽本線のデットセクションを跨ぐ列車として運用される事になる
早朝には、広島発小倉行の普通列車が運行されるなど18キッパー苦悩の列車となった サハ205-1000番台
JR西日本が大阪環状線に投入した205系。
8両固定編成である。
外観は阪和線の205系1000番台と同一であるが、帯の色がオレンジ色である。
323系投入に伴い阪和線に移籍したが、4両編成にするべくサハ205を先頭車化改造しクハ205・204-1100となったが、JR東日本とは異なり普通鋼ブロックを接合する工法を用いたため見た目が不細工になってしまった。 JR北海道キハ263系
キハ183系の置き換え用にローカル線用電気式気動車をベースに開発。
なお車体断面は733系電車ど同様の物を採用する。 キハ202
JR北海道が製造した通勤型気動車で、733系の気動車バージョンかつキハ201の廉価版ともいえる車両。
733系と同一の車体である。
エンジンは520PSを1基搭載した。
最高速度は120キロである。
電気式案も検討されたが、結局オーソドックスな液体式となった。
731・733・735系との併結運転は可能ではあるものの、出力の違いから電車がキハ202を強引に引っ張る格好になってしまうため非常時にしか行われない。 20系3000番台
国鉄で20系客車を北海道用に改造したもの。
改造内容は以下の通り。
・ドアを自動の引き戸に交換
・暖房能力を強化
・青函トンネル対策で電源車に自動消火装置取り付け
・冬季の滑走多発が懸念されたのと北海道内では95キロまでしか出さない事から増圧ブレーキを撤去(青函トンネル開業後は焼結合金制輪子に取り替えて110キロ対応にした)
当初は暫定的に急行「利尻」「天北」「大雪」「まりも」に投入されたが、青函トンネル開業後は急行「はまなす」で本州に乗り入れたり、臨時で上野発の寝台急行「エルム」に充当されたりした。
全車がJR北海道に承継されたが、1997年に全廃された。 HB-E210形900番台
JR東日本が開発したプラグインハイブリッドカー。
見た目は普通のHB-E210と同一だが、パンタグラフを搭載しており架線から充電可能。
充電は直流・交流どっちでも行えるが、充電時に大量の電力を消費するため架線溶断事故防止の観点から直流区間での停車中の充電は石巻駅構内の一部を剛体架線にする事で対応し、それ以外での停車中の充電は禁止されている。 DD54形機器更新車
DD54でその精緻さゆえに故障が頻発した機関と変速機を国産品に換装したもの。
DE50形で採用されたDMP81Z、DW7B(DW7にあったハイドロダイナミックブレーキ機能を省略)を搭載し、
信頼性向上と保守の合理化を図った。
山陰本線等で使用されたが民営化前に全車廃車となった。 E7系・W7系1000番台
E4系置き換え(E7系1000番台)及び北陸新幹線増発用件つるぎ用(W7系1000番台)とし、8両分割型に変更して導入。
外装は塗り分けについては基本番台をベースとしながらも、黒地に基本番台の銅色の部分が上越ピンクに、青色の部分が北陸パープルに変更。
内装はGENBI SPIRITSというコンセプトのもと、グリーン車を現美新幹線11号車を担当した松本尚がプロデュースし、普通車が現美新幹線13号車キッズルームを担当したparamodelが担当する。
内装の色調は基本番台と逆でグリーン車が暖色(ダークレッド×ダークブラウン、リネンは黒)系、普通車が寒色(アズール×グレー)系とする。 JR九州BEC611系
JR九州では比較的短距離かつ電化区間と接続のある非電化区間はDENCHAで置換えていくこととした。
若松線に次いでDENCHA導入となったのは電化区間に挟まれ最長60kmとBEC819系の能力で対応可能かつ
一部駅での架線強化のみで導入可能だった大村線と長崎本線旧線(及び後藤寺線・原田線への拡大)で、
その次の導入となったのが香椎線と唐津線・筑肥(西)線となった。
運用の関係から西戸崎及び宇美・伊万里駅に市中電源を用いた充電設備を整備する必要があるのと
(烏山線烏山駅に設置されているものと同じ仕様;EV-E801系への技術提供の見返り)
唐津地区が直流電化であることから交直両用となった。
唐津車両センターに2連12編成24両、直方車両センターに2連15編成30両が配置され、
唐津車で唐津線・筑肥西線の全列車と筑肥東線の前原以西区間列車を、
直方車で香椎線全列車と出入庫の間合いで福北ゆたか線に充当される JR九州BEC819系3000番台
熊本地区に投入されるDENCHAで、純粋にJR東日本のEV-E801系を
技術提供してそのまま九州仕様にしたもの。熊本地震が導入の背景になった。
最初は三角線をこれに置き換えたのを皮切りに、阿蘇を越えない運用で
豊肥線にも導入され、これにより熊本〜水前寺間は特急以外の普通列車はDENCHAとなった。
肥薩線の八代〜人吉も検討されたが、少なからず急勾配があるなど使いにくく
熊本県部分の肥薩線には使われなかった。(但し鹿児島県部分の吉松以南の使用は後述)
宮崎・鹿児島にも配備が検討され、鹿児島線末端部と日豊線の佐伯からの末端部を
これに置き換える予定で比較的急勾配がない吉都線と肥薩線の吉松〜隼人にも使われる予定。 E903系
JR東日本が開発した車体収納式電車。
車体が二重構造になっており、ラッシュ時に内側の車体を引き出し編成の長さを2倍にする事が出来る。
その構造から「マトリョーシカ電車」と呼ばれる。 阪急6300系6331F〜
阪急電鉄が製造した6300系の2両増結バージョン。
床下機器は6330Fに準ずる。
朝ラッシュ時と行楽シーズンで10両編成を組むために増備した。
稀に2+2+2+2で代走することもあった
しかし6300系の本線撤退に伴い他の6300系共々嵐山線用に改造され、現在は行楽シーズンの増結用や予備車(主に2+2で代走)として活躍している。 >>130
さすがに現実的にあり得ない車両の妄想し過ぎでしょ?
そのうち「空を飛べる」とか出て来そう 山万2000形
山万が導入した新型車両。
冷房装置搭載である。
車体はオールステンレスを採用。
制御装置もVVVF化されている。 キハ123・128
JR西日本が開発した225系ベースの気動車。
エンジンは520PSを1基搭載している。
ラッシュ対策で3扉となっているが、中央扉は朝ラッシュの車掌乗務時のみ使用する。
キハ123が両運転台で、キハ128が片運転台。
非電化ながら輸送量が割合多い津山線・吉備線・芸備線に投入。 >>134
津山線では快速ことぶきでも運用される。 >>132
トレインオントレインを応用すればマトリョーシカ電車は可能だが親車体の内側に子車体が入る格好になり子車体がどうしても小さくなる
車両留置時のスペース節約にはなるかと ED75形1300番台
国鉄で九州で使用されていたED75形300番台を東北地区に転用するべく50Hz用に改造したもの。
番号は+1000。
耐寒耐雪構造に改造された。 京急1000形2200番台
同形1800番台と併結して6両編成を組むために登場した京急1000形の2両固定仕様車。
1800番台を2両固定編成にしたような外観となっており、幌を繋いで貫通編成にすることも可能。
本来ら1000番台を名乗らせたかったものの、1000番台が満杯であったためやむを得ず空いていた2200番台を名乗らせる事とした。
これまでに2両編成3本が製造され、当初の目的である1800番台と組んだ6両編成の他 、ごく稀に2200番台のみでの4・6両編成も見られる。また、工事用貨車等の牽引に使われる事もある。 東武鉄道 16系客車
導入した12系・14系客車の老朽化、部品調達困難が深刻であったため、恒常的な列車運行を目的に
新たに製造された。
日立A-Train標準車体を採用し牽引車の負担軽減を考慮して軽量なアルミ車体とした。
青い車体に白い帯を纏わせ、窓配置などの意匠を14系客車に極力近いものとしたが、
乗降扉はバリアフリー対策のため幅1000mmの片開き扉とした。
走行区間が全て直流電化区間の為、サービス電源はパンタグラフから集電した直流1500VをSIVにより
交流440Vに変換し供給している。
また屋根全周を張り上げ仕様にし、パンタグラフや空調機器が目立たない仕上がりとした。 阪急8010系
1995〜1997年に輸送力増強用に登場した8000系のマイナーチェンジ車
機器は8200系と同一の個別分散制御で、主電動機出力向上によりMT比率が8000系の4M4Tから3M5Tに変更された
8010〜8015Fまでの6編成で増備は打ち切られた >>139
東武鉄道 モヤ650形
>>139のサービス電源供給及びバックアップ用として6050系モハ6173・61102から改造された。
塗装を青色とし、両運転台化した上でサービス電源用SIV等を搭載する。
改造種車の中に野岩車が宛がわれたのは快速 区間快速が廃止になるため
6050系の運用減に伴うもので野岩鉄道より61102Fを東武鉄道が買い上げた上で改造した。
その見返りに大樹の会津高原尾瀬口直通が行われるが、長大トンネルが多数あるため、
野岩線内は会津高原行きはDE10復路は蒸機を連結する新藤原までモヤが先頭による牽引となる。
また事業用も兼ねており、本線・東上線車両の移動時の牽引車にも使われる。 京阪10000系10021〜10024F
10000系の7両版として2003年と2004年に2編成ずつ導入
当初はこれを大量増備して2200・2400・2600・1000・5000系を全廃する予定だった(1900系は10001〜10006F導入で全廃)
しかし現3000系の構想が立ち上がったため、4本のみで打ち切られた キハ124・129
JR西日本が製造したアルミ気動車。
アルミ合金製の気動車の製作事例が過去にあまり例が無かったため、試験的に製造。
車体は225系をベースに日立A-Trainを採用。
排ガスで汚れる問題は車体に特殊コーティングを行う事で解決。 モシ285・モラ284
JR西日本で「サンライズエクスプレス」を団体臨時列車として運転できるように新製した食堂車とラウンジカー。
ノビノビ座席のモハネ285-200・3200番台と差し替えて運用する。
モシとモラでユニットを組む。
差し替えが容易なようユニット両端に電気連結器を装備しており、サロハネ285とサハネ285、モハネ285-200・3200番台にも電気連結器を追設する改造を行っている。
サヤ103
JR西日本でサハ103を改造して作った285系の非電化区間用の電源車。
車内に大型ディーゼル発電機を搭載している。
カニ24の転用も検討されたが、コストを安く上げるため結局103系からの改造となった。
体質改善40N改造車が種車となっている。 横浜シーサイドライン1181・1191F
1992年に八景島シーパラダイス開業に伴う輸送力増強用に製造された
車体がステンレス製に変更された EF71形1000番台
JR貨物で板谷峠で不要になったEF71を高速貨物列車牽引用に改造したもの。
歯車比がED79と同じ3.83に変更され、最高速度が110km/hに引き上げられた。
ED75ではトルクが不足するためEF71を種車とした。
その俊足性を活かし寝台特急牽引にも抜擢されたという。 神戸新交通9000系
1991年に登場したポートライナーの増備車
車体は六甲ライナーの1000系とほぼ同じ
2編成のみ製造された 国鉄459系電車
上野−金沢間の急行「白山」の12両電車化用に製造された457系の横軽バージョン。
457系にEF63との強調運転機能を付加したもので、クモハ459・モハ458・クハ459の3形式が1969年に製造された。
サロとサハシは他形式からの改造で賄われ、サロ459はサロ455から、サハシ459はサハシ451から改造された。
「白山」(1972年3月からは「加賀」に改称)の他、名古屋−金沢の「兼六」にも使用されたが、
1975年3月のダイヤ改正でどちらも特急に格上げされてからは、475系と共通で大阪発着の急行に使用され、
1982年の急行廃止後は史実の475・457系金沢車と同じ変遷を辿り、2015年に全廃となった。 E233系付属編成増備車(E81〜E84編成)
後述の常磐線からの東京上野ライン乗り入れ列車増発に伴い、E233系基本編成の所要数が削減されたため、
国府津車両センターに所属していたE233系基本編成(E01・E02編成)を組成変更、改造・改番し
付属編成4本(E81〜E84編成)としたもの。併せて機器更新を行った。
引き続き国府津車両センター所属とし、東海道線でのラッシュ時増結に活用する。
E81・E82編成
・基本編成1・2・7・8号車と新製の15号車(クハE233-3100)で付属編成11〜15号車とした。
・11号車クハE232-3100(3101・3102)には電気連結器を追設
・12・13号車はモハE232-3500(3501・3502)、モハE233-3700(3701・3702)に改番
・14号車サハE233-3100(3101・3102)はモハE232-3200を電装解除(台車はサハE231-4600の廃車発生品を整備再用)
・接客設備(座席)は11号車から順にセミクロス・セミクロス・ロング・ロング・ロング
E83・E84編成
・基本編成10・6・9・3号車と新製の15号車(同上)で付属編成11〜15号車とした。
・11号車クハE232-3100(3103・3104)は、旅客案内上と重複設備削減の観点から、
基本編成10号車のクハE233-3000を方向転換改造
・12・13号車は13号車に予備パンタグラフを追設、モハE232-3700(3703・3704)、モハE233-3300(3303・3304)に改番
・14号車サハE233-3100(3103・3104)はモハE233-3400を電装解除(CPを追設、台車は新製した)
・接客設備(座席)は11号車から順にセミクロス・ロング・セミクロス・ロング・ロング
車両新製・各車両の改造は総合車両製作所横浜事業所にて施工した。
いずれも編成中の末尾の車番は揃えてあり、組成順は異なるものの
セミクロス/ロングシートの構成比は従来の付属編成と変わらないようにした。 E531系3000番台基本編成
常磐線東京上野ラインの横浜方面延伸運転用として4本が新製された。併せて同本数の付属編成が新製されている。
2021年に新製された基本・付属編成2本は当初はラインカラーを湘南色とし、国府津車両センター配置、
限定運用として先述のE233系基本編成を一旦置き換えた。
2022年に新製された同2本は当初より勝田車両センター配置、本来のラインカラーとしたが、
この2本のグリーン車はE233系からの改造編入となっている。 E535系
2019年より配備された交直両用型のE235系である。
勝田車両センターに15両編成5本を配備。E501系を全廃させる。
>>151と共に常磐上野東京ラインの一翼を担う。
また特別快速を平塚 小田原 熱海まで延伸する他に快速アクティ高萩行きといわき行きまで登場する予定で、これまでの熱海〜黒磯を抜き
東日本最長列車となる。
熱海で寝たら茨城県どころか福島県まで連れて行かれる恐怖列車に。 JR九州キハ125形200番台
DENCHA増備(まず2次車として佐世保にBEC819系0番台2連14本を増備してキハ66・67を置き換え、
次いで3次車としてBEC611系(>>128参照)2連12本を増備して若松線のBEC819系0番台を佐世保に転用、
余剰車で後藤寺線・原田線・関門区間を置き換えた)により余裕の出たキハ200系気動車(佐世保配置の12両)と同数のキハ125形0番台、
4次車として唐津にBEC611系2連12本を増備して捻出したキハ125形0番台7両、計19両を日南線に転用した際の改番改造。
(その際余剰となった国鉄型気動車は原則廃車解体となった)
行先表示器をフルカラーLED化した他、西鉄・ニモカ社・JR九州バス・鹿児島市との技術提供により
SUGOCA及びRapicaのワンマン列車への導入が可能になったことからカードリーダーを車載化、
車内一部座席のロングシート化、主機関の更新、車体更新が行われた。
計19両が随時改造され宮崎車両センター配置となり、日南線のキハ40を置き換えることになった 近江鉄道30000系
近江鉄道が製造した西武30000系のコピー電車。
2両編成である。 >>150
なお、当初案では14号車サハE233-3100に関して、在来の付属編成に合わせたセミクロスシート車とする
ことになっていたが、該当号車はモハの電装解除による組成であり、対象車両のうち
モハE232-3400がSIV搭載車であり代わりにモハE232-3200へのSIV設置工事が増加する点、
11号車が在来編成とは異なるセミクロスシートのままとされたことから実施が見送られ、現行案となった。
車輪径管理の都合から、E83・E84編成11号車のクハE232-3100(3103・3104)は改造時に台車一式を新製しており、
従来使用していた台車一式をE81・E82編成15号車の新製車クハE233-3100(3101・3102)に転用している。 JR九州キハ125形500番台
各種D&S列車の種車として起用され続けてきたキハ40形の老朽化・種車の払底が進んできたことから
D&S列車の共通原型車として起こされた車両。
キハ200系をベースとしなかったのはオーバースペックと判断されたため。
新潟トランシスのNDCシリーズをベースに、原動機を環境対応のものに変更。
車体は20mに延長されたが、特に拡幅車体とはされなかった。
最初に製造されたのは3代目いさぶろう・しんぺい用で、随時キハ40ベースのD&S列車を置換えていく。 西武3000系(かつて史実に存在したものとは異なる)
1984年に登場した西武初のアルミ車体・電機子チョッパ制御の車両(4ドア)
製造コストが高く大量増備には至っていない
西武3050系
上の3000系をベースにVVVF制御としたもの
1987年に1編成のみ製造された 西武7000系
3050系で試用されたVVVFを本格採用し、1988年に登場した
車体は西武初のステンレス車体で、東急車輌、所沢工場で製造された
VVVFは基本的に日立製(東急9000と同じ)だが、1編成のみ三菱製(史実のモハ146とほぼ同型)を搭載している
1991年までに20編成(東急製14本、所沢製6本)が製造された。すべて8両編成である(2000系2両との連結に対応している) 西武8000系
1990年に登場した車両で、車体は上記7000系と同じだが、VVVFの1C8M化、MT比の6M2T化等の仕様変更が行われたため別形式となった
VVVFは基本的には日立製(史実のモハ145とほぼ同型で、6000とは微妙に異なる)であるが、1編成のみ三菱製(史実の2097Fと同型)を搭載している
1995年までに8連27本(東急製23本、所沢製4本)が製造されたが、7000系とは違い2000系との連結には対応していない >>158-159追加
史実の新2000系は製造されなかったという設定
また9000系は6000系0番台と同じ車体で所沢工場製ということにする JR東日本 E503系
E129系の交直流版として羽越本線に投入された。
従来、羽越本線村上以北は需要面で気動車での運行で問題なく、また敢えて電車化するのであれば
E531系を投入する方策が考えられたが、前者の対応は運行する気動車が更新時期を迎えていたこと、
後者は車両供給の点で大きく過剰であることが課題であった。
非電化区間への直通運転も行わない点から車両価格の上昇する蓄電池車・ハイブリッド車投入は得策でないと考えられ、
直流区間で共通運用可能な利点を求めてE129系の設計を基に交直流電車形式を新たに起こすことになった。
クモハE503形とクモハE502形で2両編成を組む。
クモハE503形は交流区間対応・集電装置を装備しない他はクモハE129形とほぼ完全に同一設計であり、
編成単位でのE129系との併結に対応している。
設計上はクモハE129形とクモハE502形でユニットを組んで直流区間を運転させることも可能である。
(但しそのような組成で営業運転を行うことはない)
クモハE502形には集電装置・主変圧器・補助電源装置・空気圧縮機などを装備し、設計の基となったクモハE128形と
比較して車両質量が増加したため、デットウェイトは搭載していない。 E235系1000番台東海道線用
後述のE231系捻出用として国府津車両センターに新製配置された。E231系・E233系と編成単位で併結可能となっている。
E231系1000番台常磐線快速用
従来の0番台との差し替え用で、これにより常磐線内でのグリーン車連結定期列車の比率を100%とした。
上述の国府津車両センターからの転用車を用い、ラインカラーは常磐線直通を明確にするため、従来の0番台同様に改められた。
付属編成の運用も置き換えた。
E231系0番台武蔵野線用10連
しもうさ号蘇我延伸・増発用として、上述のE231系0番台を転入させたもの。
また、さいたま新都心駅にホームを新設し、千葉県内から国の出先機関への通勤・用務需要に応えることとした。
武蔵野線内の一部駅での10両対応ホーム延伸が間に合わなかった為、該当駅では特認を得て当面の間ドアカットを実施する。
別件で整備した大宮駅異常時折り返し設備と大宮運転区留置線への立体交差部を併せて活用することで、
東北客貨線下り線との平面交差支障が無くなったため、大宮駅12番線で折り返し運行を行うことが可能となった。 >>162
中央東線用 E231系1000番台
前述の神津車両センターから捻出された基本編成を6連に短縮し、211系6連を置き換えた。
高崎ローカル用E231系1000番台
付属編成のみ転用。すべて5連に統一した。
中央線快速用 サロE233・E232 100番台
国府津車両センターのサロE231・E230-1000からの改造編入。新製車である0番台に先んじて登場した。
E231系0番台相模線用
常磐線快速用付属編成からの転用。在来の205系500番台では半自動扉扱いを可能としていたがこれを取り止め
長時間停車による車内保温対策は3/4扉締め機能を活用することになった。
自治体の協力を得て各駅ホーム延伸工事が竣工したため、5連のまま投入されている。 しなの鉄道 185系200番台
ライナー列車用として使用される。
種車は7両編成を組んでいたが需給面で過剰であり、モハ184形にクハ185形の運転台を接合する工事を行った上で、JR東日本の関連会社を通じリース契約の形態を採り3連2本を導入している。 しなの鉄道 300系
東武鉄道 300系を譲受したもの。
しなの鉄道 115系ライナー用改装車
自社の115系を改造したもの。客用片側3扉のうち中間1扉を埋め込み、扉間に
他社廃車発生品のリクライニングシートを設置したが、一般運用時を考慮して扉から車端部分は
従来座席のままとした。
しなの鉄道 115系3000番台
種車はJR西日本で廃車となったクハ115-3000・3100で、譲受にあたっては
保安装置・引き通し関係を手直しした程度で、従来からの115系編成に併結する形で運用される。 しなの鉄道 373系
JR東海の車両をリース契約により導入した。
しなの鉄道 S122系
車両システム面ではえちごトキめき鉄道 ET122系に準拠。当初の方針から転換し、
車内からの乗客の恫喝に応じ随時「130km/h」で「無料」で「優等な接客設備=転換クロスシート」装備車を
運行することにした。
ただし、他社の例えば和歌山線老朽ロングシート車105系や無人駅だらけ武豊線のような完全無賃運行ではなく、
運賃は最低限必要となり、沿線民の最低限の民度を確保した。
導入予算を大幅に超過したが、車両の積極的活用を行い他社線への臨時企画列車を運行するなど
増収策に役立てるとして承認された。 しなの鉄道 7000系
中京競馬場にて静態保存されていた名鉄7000系を譲受し、動態整備したもの。
どけよホーンは名古屋鉄道にて音商標登録出願されていたため、使用許諾契約を結び
そのまま使用している。 しなの鉄道 415系1500番台
JR東日本から解体を請け負う業者より屑鉄価格で譲受。
接客設備はロングシートのままとなっているが、定員乗車を目的として肘掛けを兼ねた仕切り板を設置し、
扉間6人掛けとした。
座席形状や寸法も変更はないため当然リクライニング機構などあるわけがないが、
立席客が居ない空間を存分に専有出来るため、足を投げ出し放題となっている。
また、連続した席を購入して仕切り板を付け替えると無料寝台としても利用可能であり
導入以来好評を博している。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています