>阪急において
>当時6300は車齢15年程度

>そして同時期に京阪の旧3000が
>車齢20年弱で多数を用途廃止とし
>また後に京急2000も
>車齢15年以降に格下げ改造され
>そういう意味では充分節目とも言え

>確かに京阪の方が反応は早かった訳だが
>車齢は少し高く仕様の陳腐化
>さらに鴨東線開業準備や鶴見花博など
>8000置き換えの動機が強かったのも事実

>一方阪急も8000の一部転換クロス車で
>小手先の対応をするだけでなく
>各本線ともJRとの全面競合により
>路線毎塗装など抜本的な印象対策を検討

>また京都線特急車については
>堺筋線天下茶屋延伸着工までに下した
>阪急の経営判断として
>南海空港特急との連絡輸送が企画され
>堺筋線対応仕様の新形式特急車が浮上し
>少なくともその段階で6300は特急撤退と

>つまり6300は
>JR221の登場を契機とする以前に
>まず南海の空港輸送開始が節目とされ
>JR発足後に阪急の電鉄事業の情勢変化で
>その堺筋線対応となる京都線新形特急車を
>VVVF車の世代にて具現化すべく検討開始

>よって8000や8300の登場時点で
>京都線特急用の派生も念頭にあったが
>いよいよ具体になったのは
>決定版志向の8010や8304を企画の段階