誰も突き崩せなかった年表

1970年4月1日 「九州新幹線建設促進期成会」結成
1973年11月13日 全国新幹線鉄道整備法、第七条第一項の規定に基づき、新幹線鉄道建設に関する整備計画を別紙のとおり決定する
●整備計画(1973年) 博多−長崎(全線本整備計画。博多−筑紫平野分岐は鹿児島ルート供用で以後省略)

1985年1月22日 長崎ルート国鉄(早岐ルート)案発表:鳥栖駅に新幹線ホームを設置し、同駅で鹿児島・長崎分岐(どちらともフル新幹線)
 この時、★アセスも行われている(1986年知事縦覧)★が、佐賀・長崎両県とも意見書を付けている(意見書送付1986年12月9日)
1986年12月29日 粘りづけたものの、長崎ルート国鉄案は国鉄分割民営化により国鉄では建設されないことが決まる
1987年1月30日 新幹線鉄道規格新線として八代−西鹿児島間だけ作る案が了承される
1987年4月1日 国鉄が分割民営化され、JRとなる
1987年12月16日 JR九州が国鉄から継承した早岐ルート案を「収支改善効果は現れない」として却下し、継承権消滅

ここより 鹿児島ルート側:鹿・長崎ルート側:ナ と表記

鹿1991年8月22日 運輸省認可(新幹線鉄道規格新線:北八代信号場−新八代−西鹿児島間)。翌月起工式
ナ1991年9月16日 長崎ルート高田詐欺案(高田詐欺長崎県知事にそそのかされて井本佐賀県知事が言わされた)により、武雄温泉−長崎間が新幹線鉄道規格新線として部分復活
 博多南線所轄問題により、自動的にJR九州が営業主体となる
ナ1992年11月25日 九州新幹線長崎ルート建設促進連絡協議会申合せ(1992年六者合意。長崎ルート高田詐欺案そのまま了承)
ナ1992年12月 議会の反対を無視して長崎ルート高田詐欺案に賛成した桟佐世保市長に対し、佐世保市議会は「市長に猛省を求める決議」を可決
ナ1993年3月10日 佐世保市議会、やむを得ず長崎ルート高田詐欺案を賛成

鹿1998年3月12日 運輸省認可(新幹線鉄道規格新線:南船小屋信号場−新八代)

1999年3月15日 鳥栖市長牟田秀敏職務開始
続きます