>>828
バブル経済のころ阪急は、保有車両を早期に8000以降のVVVF車でそろえる方針だった。
それでも1989年に5300、1990年から6000の車体修繕をはじめていて、この2形式はそのあと15年くらい使って、車齢30年くらいが目標だったわけ。
その間に1010・2000・2300・2800・3000・3100・3300・5000・5100を一掃する感じでさ。

8000・8300の新造で2000・2800の置き換えは進んだけど、バブル経済の崩壊があったし、車体のデザインを見直したり、新しいVVVFの実用化もあって、2300・3000・6300の置き換えで特急車も含めた新形式への移行が早くから考えられてる。
前面の額縁スタイルから、風切り音が出ることの問題も出てたからね。

いよいよ8010・8304・9300の新造が計画されて、並行して5100が主制御装置をオーバホールなど機器更新、さらに比較的若い形式はVVVF化する発想も言われるなど、ずいぶん変わってきた。
とは言っても、置き換え対象の3300は1997年から廃車の工程が組まれるとか、バブル経済のころの基本的な方針を引き継いでたところもあったり。

そのころの西日本は207-0や207-1000を新造しても、捻出した103の冷房車は115の非冷房車を置き換えるのに回されるとか、通勤形の車両更新にまで全然至らなかったのと、えらい格差だね。