天皇制の廃止 その41
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【政治】このスレは天皇制廃止に向けておおいに議論を喚起し、
また狭量に、天皇教徒の議論を拒むものではない
言論を妨害してはならない。
前スレ
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/seiji/1661839874/l50 >>99
何に勝つんだよw
もう世界最高峰の人権憲法を手に入れた
あとは「不断の努力」によって、この憲法の理念を守る西側チームに居続けるだけだ >>100
じゃあ北朝鮮に核兵器を持たすってことかい? >>101
アメリカは既に独力では台湾海峡を守れない
シミュレーション糞ほど出てる
日米豪印で協力して中国に対峙する体制を作ったのは安倍の外交の成果 >>102
朝鮮半島は核武装したから軍事的には安定した
周りの大国は北も南も援助する理由が無い
これが朝鮮半島の孤立の理由
日本は「軍事的に安定した朝鮮半島」には興味を失う
7世紀もそうだった >>103
安倍はホントに西側なのかな?
ヤツらの改憲案は明らかに個人主義を制限する中国寄り、国家主義的な案だが >>104
つまり核保有の帰結は孤立化で孤立化ってのは戦争の原因じゃないのかい? 7世紀の日本では
技術革新と鉱山開発により朝鮮の鉄鉱石や金銀が必要無くなった
半島は新羅が統一して軍事的には安定した
日本は朝鮮に興味を失い、以後半島の文明は1000年停滞することになる 現在のアメリカはシェールガス革命により最大の産油国
世界の警察官をやる意味が無くなった
朝鮮半島は核武装したから軍事的には安定した
周りの大国は北も南も援助する理由が無い
朝鮮人は黙って大人しく飢えていて貰うのが、周りの大国全てにとって一番都合がいい
ちょうど7世紀の状況によく似ている >>106
核兵器の無い世界は地獄
絶え間ない戦争で中東みたいになる
ただしこれは人口は増える
核兵器の傘に入った世界は天国
戦争の無い世界で平和を享受出来る
ただしこれは人口が減る
国家も個人も子供を作る理由が無くなる >>110
俺が聞きたいのは、世界中の国々が核兵器を持った方がいいのか、それとも持たない方がいいのか >>96
帝國憲法を外見的と云ひ出したのも確か共産主義者だつたやうな(笑)。 >>8
「今すぐ国民投票」て…w改憲手続きすっ飛ばして、どうすんのさ?w >>113
ドイツ語Scheinkonstitutionalismusの翻訳だろ
「外見的」がイヤで別な言葉に変えたいなら、「なんちゃって」立憲主義でいいんじゃない?
「ニセ」立憲主義とかさ
ドイツみたいな後発国としては貿易するためには形だけでも立憲主義の形取らなきゃいけないわけよ
イギリス帝国領と貿易するために
共産主義とか関係ない
そもそも泥沼戦争始めた近衛文麿はマルクス主義者だし >>112
a.核兵器の無い世界
b.全ての国が核武装した世界
aよりbの方が遥かに安全で平和な世界を享受出来る
しかし人口は減る
戦争を無くしたら国も個人も子供を作る理由が無い 「外見的」立憲主義の特徴として
結局自国民では立憲主義獲得出来ず、国際的地位確保のためなんちゃって立憲、
産業革命のため必要性により上からの改革として成立した立憲主義
それゆえ個人主義じゃなく国家主義
もっと言うと1848年革命で失敗したチーム
フランス革命
↓
ナポレオン戦争
↓
王政復古
↓
1830年の革命、制憲運動
↓
★1848年革命
ヨーロッパでこの流れの中、★1848年革命で国家により弾圧され民主化・制憲運動に失敗した国々(主に中欧東欧)が「外見的」立憲主義の国々
これより前に成功したチームが議会主義的君主制の国チーム、もしくはアメリカのような共和制の国チーム
日本は当然個人主義ではなく国家主義なので「外見的」立憲主義チーム
>>116
んなわけねーだろ >>96
議会主義関係ない
アメリカは常に戦争してる >>117
戦争をやる理由はそれが「出来るから」
それ以外の理由ない
アメリカは常に戦争してる
議会主義関係ない >>118
アメリカは議会主義的君主制の国じゃなく共和制の国
更に言うと戦中の四人の警察官構想の延長(たまに暴走する) >>119
帝国主義は禁止されてるから
ロシアは今回帝国主義をやったけど、やればああなる というか
新たな核戦争でその悲惨さを目の当たりにしたり
生き残った人類が恐れおののき
WW2後は世界戦争にはならない80年を経たように
個々の地域的な戦争はあるとはいえ
全体的にには再び長期間の平和がもたらされるという事だろう 帝国主義戦争をやらないための集団安全保障体制が「国連」 >>124
そこで「憲法」なんだよ
そんな独裁にしないために「憲法」を変えて民主化して下さったんだよ、アメリカ様が ところが安倍さんという独裁肌が出てきて
やたら憲法を変えたがっていた >>126
そういう事だ
ホントにギリギリだった
上皇陛下がいなかったら日本は終わってた >>121
ウクライナは白人のキリスト教圏だから問題になっただけ
チェチェンや南オセチアは何も問題になってない >>123
ロシアは安保理常連理事国だよ
何言ってんの? >>125
日本が独裁体制だったことは一度もない
1939~45に10回内閣総辞職している
そんな独裁ない
日本は独裁体制を取れないことが弱点だった
お前が馬鹿な情弱だから歴史を知らないだけ ロイヤルも流石にジョンソンはダメだと引導を渡したろうからな >>132
日本で独裁ってのはたいてい軍事独裁の事を言うね
あと、陸軍大将が軍部大臣現役武官制を利用して総理となり独裁やった事もあった
この時は国民が国会を包囲して大正デモクラシーが始まる >>129
南オセチアは問題となったろ
承認国数はわずか5カ国
親米ジョージアから南オセチア国が独立
そのついでにオセット人が虐殺された
但し小規模
米ロの代理戦争 >>129
チェチェンだってアメリカ映画じゃさんざんコスられてるしなぁ >>136
グルジアは白人のキリスト教徒だから多少問題になった
実質は見殺しだが
チェチェンはイスラム教徒だから知ったこっちゃねーわな >>132
逆に政党政治だった期間(「憲政の常道」が成立してた時期)は帝国憲法下ではわずか8年だよ >>135
ところが軍や政権も衆愚を操るのはうまく
其のデモクラシーで銀座や都市部で欧米のネオン街や色んな物資をいれて国民を騙し
巨大軍事国家の道へ進んでいく過程の意識をそらしていっていたな
ナチスドイツも一気に電撃作戦へ行く前は国民にやたら金をばら撒いて豪華な生活をさせていた 明治憲法下の内閣総理大臣は「同輩内の主席」でしかなく、組閣に軍部の合意が事実上必要となっていた
一度組閣されても内閣が軍部と対立した場合、
軍が軍部大臣を辞職させて後任を指定しないことにより内閣を総辞職に追い込むことができた
(軍部大臣現役武官制)
>>135
昭和天皇も東條英機も非戦派だったが政治的リーダーシップを取れなかった
旧憲法に問題があった >>138
チェチェンは時期だろ、タイミング
独立宣言がソ連崩壊のきな臭い時期で1次武装蜂起が94年
それから世界は色々あった
より正義が通るようになって今がある >>140
アメリカだって軍事国家だろ
何言ってんだ? >>140
何を分けのわからんことを
じゃあ江戸時代のままでちょんまげ結ってたらよかったのかよ >>141
そういう事だ
それを改善したのが新憲法
これで戦争も独裁もできなくなった >>143
確かに
やたら余計なことしてきた地球防衛治安維持軍国家だな >>142
人間の命の価値は平等ではない
白人のキリスト教徒はイスラム教徒が何人死んでも気にしない
それは当たり前の感情だろう >>145
日本が独裁体制だったことは一度もない
1939~1945年に10回内閣総辞職している
お前が馬鹿な情弱だから歴史を知らないだけ >>144
そこなんだよ今となってはよくわからんのは
当時の身分制度はいまの民主主義ではとんでもないが
兎に角産業革命での巨大戦艦航海時代の外遊帝国主義外圧でどうにもならなくなってはいたが・・・
若者が憧れ夢を見るのしょうがない事だったように思う >>148
独裁は独裁だよ
帝国憲法では内閣には大して力が無い
一方統帥権は慣習として認められていた
これを利用して内閣をがんじがらめにして、言う事を聞かないなら潰す、言う事を聞くなら伸ばす、としたのが軍部の独裁
軍の意向を認めなかったら内閣は存続できなかった
日本という国に2つの最高意思決定機関があった
宮中も合わせれば3つ >>150
それは独裁とは言わない
官僚機構が暴走してるだけ あと明治期は藩閥独裁だね
長州と薩摩で交代交代で総理やってた
最高権力者である「元老」も、長州4人、薩摩4人、公家1人の9人体制 >>152
官僚機構は官僚機構、枢密院が官僚の牙城
軍は内閣とは別に意思決定が出来た
帷幄上奏ってのも、まあ、これが統帥権分離の最初だが、首相を通さずに出来た
立憲君主制だから上奏されたら天皇はハンコ突くしかない
内閣総理大臣とは無関係に意思決定出来た
一般国務は首相の連署が必要だった
しかし、大臣人事権を持ってる分、軍の方が強い >>151
外圧が極めて少なく独自の制度や文化を自力で構築してきた面と
他圧で変化せざるを得なかったとはいえさすがに今に繋がる近代的な良い面はあるので
なかなか自分で良し悪しとしてうまく言えないという感じかね >>152
まあともかく、軍が「やれ!」と言ったら内閣はシステム上拒否できない
拒否したら大臣辞めさせて後任出さないだけ
大臣いないから閣内不一致で総辞職するしかない
これを独裁というわけだ
昭和天皇はハッキリと「下剋上」と言っている >>154
軍人も役人だから仕事を作るのが仕事
旧憲法下では首相の権限が弱すぎて独裁体制を取れなかった
昭和天皇も東條英機も非戦派だったが政治的リーダーシップが取れなかった >>155
良いも悪いも、ともかく暴走を止められなかったんだからダメ憲法だったんだよ
憲法って国家権力の暴走を止めるための装置なんだから >>159
戦争をやる理由はそれが「出来るから」
憲法関係ない >>157
ではそのシステムエラーがどこから始まっているのかを調べたら答えが分かるな
俺はもう調べた >>160
その暴走を抑え出来ないようにするのが憲法なんだよ
暴走を抑えられなかった時点でポンコツ憲法なんだよ
今の憲法でできないだろ?
つまり、良い憲法ってこった 仮に陸軍三長官会議が実質的な内閣とするならその三長官会議への民主的アプローチが必須となる
しかし三長官は選挙で選べない >>162
暴走って何?
次勝てばいいだけじゃね?
どこの国だってそうだろ
中東は500年負けてる
アメリカもベトナムに負けた 後はいまの今までの安倍自民が9条どうのこうのより
露の振る舞いをみれば敵国条項をふくむ国連憲章条文の限界の方が問題だろう
其れがあるかぎり日本の常任理事国何て死に体で馬鹿にされるだけ
むしろ岸田にはそっちにふれるべきだったろうよなw >>164
暴走してないなら間違っていなかったと言う事で、国連(United Nations=連合国)に加盟している事と矛盾する
今すぐ国連を脱退すべきだ
国連はナチスや大日本帝国など枢軸国と戦った組織なんだから >>164
そもそも主権者の天皇が「下剋上」と言ってるんだから、暴走だった事は誰もが認めているだろう >>165
まあそうだな
中国は日本が(核)武装したらこの条項を引っ張り出してくるだろう >>98
米国の戦争は、自国民に死ねとは強制しない
裕仁は、自国民に死ねという方策を座視している
ナチスでもやらなかったことを、である
ISISと何ら変わらん >>103
そのシミュレーションを枚挙してくれ、シミュレーションの出自も併せて >>109
現実を指摘されると左翼レッテル貼るしかなくなる典型例 >>112
かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』
参考になるかと
>>132,148
内閣が政治のトップだったならその言い訳ができるだろうが、実際、当時のトップは軍部連中
軍部は1回も辞職がない
したがって
>日本が独裁体制だったことは一度もない
偽
>>149
ちょんまげ結ってた時代からの脱却は必要だった
だが、その方法を愚かな伊藤博文が間違えた
しかも、その間違いを埋めることをしなかったために、のちに軍部にいいように扱われ、最終的には臣民御命を鉄棺桶にて捨てる愚策に・・・
>>158
勝てねーよ、こんな衆愚のあつまりじゃな
いくら自衛隊の装備が優秀で練度が高くても、銃後がこの有様じゃ無理 笑 >>164
勝てねーよ、こんな衆愚のあつまりじゃな
いくら自衛隊の装備が優秀で練度が高くても、銃後がこの有様じゃ無理 笑 >>115
立憲主義とは其の名の通り「憲(のり)に立つ」と云ふ縡。
立憲主義とは自己拘束する縡であり、改正限界の一つとしても分類出來き、即ち制約原理。
之を否定するのが國民主權論であり、國民主權を制約乃至否定しなければ立憲主義は成立たぬ。
國民主權主義を是とする占領憲法は「外見的(笑)」ですらなく、寧ろ立憲主義を眞つ向から否定せる立場にある(笑)。
更に占領憲法の有效論は暴力を容認して立憲主義を否定しなければ成立たぬ(笑)。 >>174
立憲主義ってのは「constitutionalism」の事だよ
constitutionってのは憲法の事
つまり憲法に従って統治されるって事、憲法を無視して王の好き勝手には出来ないって事
ただホッブスやロックたちの啓蒙の時代になると次第に民主主義を前提とする、今の憲法に近づいてくる
なぜなら国家の目的は人々の幸福であって、その大前提を成立させるには本人が参加する民主主義しか無いから
国王は人権を前提とするその範囲内で政治を行える
日本ではそんな憲法なんて国家権力の制御装置が無く、途上国扱いで不平等条約を締結させられた
それを撤廃しようと維新が起こり憲法が制定されたが、
共和制憲法でもなく、議会主義的君主制の憲法でもなく、「外見的」立憲主義憲法だった
帝国憲法ができたのは1889年
議会主義的君主制の国は遅くとも1848年革命までには出来上がっている
その革命で失敗したチームが「外見的」立憲主義のチームなので、そこから更に半世紀遅れて作られた >>174
あと、暴力を容認とか、日本が先に仕掛けて降伏したんだよ
逆だね >>173
自衛隊は継戦能力がない
台湾有事に備えて安くて使いやすい武器を大量に用意する必要がある >>172
日本は1939~45年に10回内閣総辞職している
これを独裁とは言わない >>169
ベトナム戦争当時は徴兵してたけど
何言ってんの? >>174
>立憲主義とは自己拘束する縡
その自己拘束がザルだと大日本帝国のような無様な結果になる
端的に
・立憲主義を標榜すればなんでもいいというわけではない
となって、
・大日本帝国の自国民虐殺という結果を生んだ自己拘束
が反面教師になる
>國民主權主義を是とする占領憲法は「外見的(笑)」ですらなく、寧ろ立憲主義を眞つ向から否定せる立場にある
大日本帝国的な立憲主義なら、排除されているなら僥倖
少なくとも、回天や桜花に拘束させられて自死させられる自国民は皆無になったということだ
>更に占領憲法の有效論は暴力を容認して立憲主義を否定しなければ
・回天や桜花に閉じ込める暴力は大日本帝国の自己拘束の成す業
でしたね
暴力の容認どころか、暴力の推進でしたね、大日本帝国は 笑 >>177
となると、「次勝てばいい」は無理ということに
君の持論が崩壊するわけだ
・『次、勝てねーじゃん』 笑
>>178
>日本は1939~45年に10回内閣総辞職
軍部の造反での辞職だね
内閣って名前だけの愚衆集団だったということ
10回だろうが100回だろうが、大日本帝国の趨勢には無関係なほどの無意味存在
独裁の原因は別(軍部)にある
>>179
>ベトナム戦争当時は徴兵してたけど
大日本帝国の場合は、加えて自死を強制した(=大日本帝国が殺した)
ベトナム戦争での米国は、米兵に自死を要求していない 帝室(皇室)は政治の世界外である。いやしくも日本国になって政治を論じ、政治にかかわる者は、その主張のな
かで帝室の尊厳と神聖を濫用してはならない、ということは私の持論である。
このことは古来の歴史を振り返っても明らかで、日本国の人⺠がこの尊厳・神聖を利用して直に同じ日本人に敵
対したこともなければ、また日本の人⺠が団結して直に帝室に敵対したこともない。
大昔のことはさておき、鎌倉時代以来、世に乱臣賊子と称される者がいたというけれども、その乱賊(乱臣賊子)
は帝室に刃向う乱賊ではなかった。北条や足利のように最も乱賊と見られている者でも、(皇室尊重という)大義
名分を蔑ろにすることはできなかった。しかがって、この乱臣賊子という呼び方は、じつは日本人⺠の中でそれ
ぞれ主義主張を異にした者たちが、帝室を奉じる(ささげもつ)方法はこうすべきであるとか、こうすべきでは もので、
こうすべきではないとか、互いにその遵奉の方法を争った結果として、
天下の与論から乱賊と見なされた者が乱臣賊子となり忠義者と見なされた者が忠臣義士となっただけのこと
⻄洋の碩学の説にこういうものがある。「一国の人心を 収攬して、その国風を立てる方法は、その国々の⺠情や
ものは、宗教、学問、音楽、謳歌などであるが、ことに 立憲君主国においては、王室を人心収攬の中心にすべき である」という。
わが日本のごときは古来宗教にこだわ らないという⺠俗風習があるけれども、僧侶や大学者の 一言をもって、今にも戦端が開かれようとする戦を和解 させた例がないわけではない。
また、敗軍の指揮者が高 野山に登ったり、国事犯の罪人が鎌倉の尼寺に入ったり、 あるいは旧諸藩において、
士族の間に不和が生じたとき、 あるいは藩法のためにやむを得ずその家来に割腹を命 じたときなどにあたって、
その主君の菩提寺の老僧が仲 裁に入り、ときに命乞いをして犯罪者を寺に引き取るこ とがあった。これらはいずれもみな宗教によって政治社 会の波風を緩和したものである。
「帝室論」 福沢諭吉 >>181
10年で状況は全く変わる
ウクライナもクリミア取られた時はロシアに抵抗出来なかった >>181
日本は1939~45年に10回内閣総辞職している
これを独裁とは言わない
敗戦はむしろ衆愚政治の例 >>27
横から失礼
天皇がーと跪いて居る人達が一定数は居ますね?
彼らにとっては天皇さんが額ずく対象なのかな? >>35
天皇も古事記や日本書紀という書物や
古代神話にその正統性を頼っていますね? >>181
次勝てばいいという理論が
戦後の米国の政策によって
米国どころか
チャイナやロシアなどにも勝てない現状がありますね? >>182
>鎌倉時代以来、世に乱臣賊子と称される者がいたというけれども、その乱賊(乱臣賊子)は帝室に刃向う乱賊ではなかった。
>北条や足利のように最も乱賊と見られている者でも、(皇室尊重という)大義名分を蔑ろにすることはできなかった。
神が存在していると信じられていた未発達化学の時代という観点を忘れていますよ、福沢論吉さん 笑
まぁ、この誤認は致し方ないものではあるけどね
福沢が生きていたころは、まだ神がいると本気で思っていた連中は五万といただろうから >>188
10年で状況は一変する
ウクライナもクリミア取られた時はロシアに抵抗出来なかった >>189
アメリカの大統領は就任の際に聖書に手を当てて宣誓する
天皇はその聖書の部分に相当する >>183,185
次勝てば~を70年以上も声高にしておきながらできない体制で居るのに、次の10年で変われるわけねーだろ
>ウクライナもクリミア取られた時はロシアに抵抗出来なかった
いまでもしんこうされと~やん
しかも、自国のみの力じゃなくて、ほぼ他力本願じゃんよ
>>184
>敗戦はむしろ衆愚政治の例
したがって、『裕仁を擁していた大日本帝国は屑国家』だと?そういう論理ならまだわからなくはないね
>>186
>彼らにとっては天皇さんが額ず(づ)く対象なのかな?
天皇本人なのか、ぼんやりと皇室なのか、その違いはさておき、天皇が含まれていることは疑いようはないだろうね
単に象徴なんだから日本国民として対等であるべきなのに、なぜか序列をつけたがる連中がいる
その序列も、「人権がないのでかわいそう」的に額づくならまだしも「かみさぁまぁ~」的に額づく連中がいるのが日本の癌である
統一教会への額づきが政治内で問題になっているが、天皇と何が違うの?の世界ではある >>187
伊弉冉のへこんだところに伊弉諾の出っ張ったところを押し当て・・・
要はセックスだが、これで淡路島が出来たという逸話を権威付けに利用しているというわけだ
昔なら「かみたますんげぇなぁ」で行けただろうけど、現代では常識があれば通用しない
で、今でも「かみたますんげぇなぁ」をやっているのがあらゆる宗教
ろくなことがないうえに人としての進歩もない
>>191
聖書に相当するなら、物理的に口をふさいでもいいんじゃね?物でいいのだから
端的には、当該聖書の維持費レベルで天皇を賄えばいいじゃんとなるね >>191
だから「嘘ついたら火あぶりにされても構いません」ってポーズ程度の意味だよ
日本で言うなら指切りげんまんみたいなもんだ
実際に意味は無い、約束を破り針千本飲んだやつはいない
聖書を守るとかキリストから大統領に任命されたので、なんて宣誓じゃなくPeopleの定めた憲法を守りますって宣誓だよ
その宣誓自体は日本もしてるし、またその宣誓に天皇の名を持ち出していない
つまりそんな説は無い >>189
つーか鎌倉以降は幕府は天皇の後継を決定したりするし六波羅探題、京都所司代、京都守護職なんか置いて皇室の統制に乗り出す
江戸時代なんか皇后決めるのも幕府だし貴族の人事権も幕府が掌握した
貧乏過ぎて家康らが領地プレゼントしたり、その家康を神様としてお参りに行かされたりしてた
自腹で(家来たくさんひき連れてお参り行くので貧乏なのにもの凄い財政負担だった)
貴族はたまらず立場を捨て還俗するものが続出した >>175
> つまり憲法に従って統治されるって事、憲法を無視して王の好き勝手には出来ないって事
だから其處から更に話を進めて「立憲主義とは自己拘束する縡であり、改正限界の一つとしても分類出來き、即ち制約原理」と言つた。
> ただホッブスやロックたちの啓蒙の時代になると次第に民主主義を前提とする、今の憲法に近づいてくる
> なぜなら国家の目的は人々の幸福であって、その大前提を成立させるには本人が参加する民主主義しか無いから
> 国王は人権を前提とするその範囲内で政治を行える
>
> 日本ではそんな憲法なんて国家権力の制御装置が無く、途上国扱いで不平等条約を締結させられた
> それを撤廃しようと維新が起こり憲法が制定されたが、
要は帝國憲法の場合は泰西の憲法制定の例とは異なり、橫暴な國家權力から國民の權利や自由を確保し護り、其を憲法に據つて權力側に保障せしめると云ふ類のものとは異なり、
其の制定主旨、立法主旨から鑒みれば、「憲法とは權力(統治權)の作用に或一定の形式を定めし者」との見方が妥當であり、帝國憲法は欽定憲法たる縡から、
制定者が制定者自身を縛り拘束すると云ふのは論理的にも考へ難い。
帝國憲法は固より其の制定の背景も立法の主旨も泰西の場合と全く異なるのに、其を泰西の憲法制定の歴史に本づいた價値基準を無理矢理に當嵌めて、
以て其を「外見的」と稱してゐるのだから實に莫迦々々しい話(笑)。
其に誠に立憲主義や法の支配の立場に立つのならば、占領憲法の有效論は抑有得ぬし、國民主權主義は絶對に否定せねばならず、
國民主權主義の視座の下に語られる「天皇制廢止論」は尚の縡有得ぬ(笑)。
更に英國に於ての"constitutionalism"は當然にコモン・ローも含まれる縡からも、其の價値は啻に紙に書かれた實定法のみに限定されるものではない縡からも、
本朝に於ては其のコモン・ローに該當するものは國體となる。 >>180
> その自己拘束がザルだと大日本帝国のような無様な結果になる
違ふな(笑)。
當寺は帝國憲法は普通に守られてゐたが。
ザルなのは寧ろ占領憲法(笑)。
解釋改憲を行つてゐて甜として恥ぢぬ(笑)。
> 大日本帝国的な立憲主義なら、排除されているなら僥倖
> 少なくとも、回天や桜花に拘束させられて自死させられる自国民は皆無になったということだ
戰爭は自國のみで何うする縡も出來ぬし、其は一度惹起をすれば生死を掛けた戰になるのは致し方無い縡。
其に引換へ、北朝鮮の拉致誘拐は其なりに防禦は出來た筈。
拉致誘拐を政府が認識してゐながらも確たる對應もせずに見て見ぬ振り。
其が爲に國家主權は侵害され、自國民は不法不當に連れ去られ、今猶日本人としての尊嚴が蹈み躙られてゐるが、
其でも政府はそんな被害者の彼等同胞を本氣で奪還しようとしてゐない。
何とかしようとせるのは被害者家族を中心とする民閒團體。
そんな日本の政府は北朝鮮に對して協調を求める縡しか出來ぬ。
そんな政府が旨とする占領憲法が立憲主義的で法の支配を以て運用されてゐるとは迚も云へぬ(笑)。 >>196
>橫暴な國家權力から國民の權利や自由を確保し護り、其を憲法に據つて權力側に保障せしめると云ふ類のものとは異なり、
そりゃ多分イギリスでも想定しての話だろ?
ドイツオーストリアだって憲法制定したが上っ面マネしただけで「外見的」立憲主義なんだよ
ドイツもイギリスも同じ場所で同じような歴史をたどりながら
つまり、成立された時期なんだよ
1848年以前に制憲運動が成功し憲法が成立した国々(主に西欧北欧)は実質的な立憲主義を手に入れ、
制憲運動に失敗し1848年以降に国家側から弾圧され憲法を押し付けられた国々(主に中欧東欧)は「外見的」君主制となる
日本は憲法制定が1889年、はるかに遅い
日本でも自由民権運動という、ヨーロッパの制憲運動の日本版が全国で行われた
板垣退助や大隈重信、福沢諭吉など
維新後、遣欧使節団がドイツやイギリスフランスを見て歩き、結局伊藤らはイギリス型(議会主義的君主制)を採用しなかった
ま、そりゃ自分ら藩閥の利権は手放せないわな
だから長州幕府というわけで >>196
あと立憲主義でのコモンローって先例主義って意味で使われてんだぜ
なんか、制定法に相対するフワフワっとした法って意味じゃなく
・国王=絶対無制限=何やっても自由
↑
↓
・先の国王の作った先例に拘束されるので何やっても自由ではない
立憲主義が王権制限だとしたら、イギリスじゃコモンローという先例主義がもともとあって、マグナカルタ以前から国王の権限は制限されていました
って意味でコモンローを持ち出す
コモンローが国体とか意味不明だよw >>196
王権制限が立憲主義なら、徳川幕府の「禁中並公家諸法度」とその関連法は立憲主義だろうな
天皇に政治関与を禁止してんだから
ただ、その幕府(実際に行政を行う)を縛る法が無いから立憲主義とは言えない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています