【お客さん】第44宮脇俊三スレ【どこへ行きたいの】
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そんなここは、第44宮脇俊三スレッド。
過去スレ関連スレは>>2-6くらい。
前スレ
【鯉が名物】第43宮脇俊三スレ【は何もない】
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/train/1497822958/ 青春18きっぷが使える
ムーンライトながらが走っている
終夜運転で大回りができる 先生って青春18きっぷで旅したことあったんでしたっけか?
どこかで読んだ気もするけど、忘れちゃったよ。 >>69
「旅」か何かで18きっぷで姫路まで行ったように思う。 >>69-70
姫路駅で新快速から降車していた写真、見覚えがある。その後は姫新線に?? >>71
自分なら播但線でうらにしの世界に行きたいな。
姫新線より変化がありそう。 先生は「冬に陰陽連絡線に乗れば、どの線に乗ってもドラマチック。西は山口県までそうだ」
って書いてなかったっけか? >>73
中国地方を横断する路線では三江線だけが陰陽の境がはっきりしないと書いてたね >>80
全部たいらげたカスだけが残った座席の周り‥‥。 横川ー可部間は昭和一一年に広浜鉄道を買収した線なので、電化ではあるが駅間距離が短く、一四・○キロの間に九駅もある。 しかし宮脇先生って(特に若い頃は)イケメンだったから、駅や車内で鉄ヲタならではの奇行に走っても、
「なんでも結構です。とにかくお客さんですから」と言われて人間扱いしてもらえたが、
俺みたいなキモヲタはどうすりゃいいんだ?
駅員やレチに「何か気に入らんと?」と言われて人間扱いしてもらえないよ。 きょうじゅうに東京まで行けるのはこのひかりが最終である。 >>86
今なら錦町17時47分のに乗れば、かつての御庄から新岩国、広島と行って、東京には23時11分に着くんだからなぁ。
それどころか、岩国から空港に行けば21時15分には羽田に着いてしまう。
便利になったものだ。
そう考えると、田舎のローカル線にとっては、飛行機の客を如何に呼び込むかが重要なのがわかる。
東京から新幹線で広島に降りた人を錦川鉄道が呼び込むのはなかなか難しい。東京から新幹線で新岩国に行くのはそもそも少なそうだ。
となれば、岩国空港に降り立った人を呼び込むのが客引きには重要なのかもしれない。 宮脇翁と種村氏といえば、夜行明けの早朝にミスタードーナツを見つけたときの反応が対照的で面白かった
宮脇「いくら空腹でもドーナツを食べる気にはならない」
種村「もちろん、すぐ飛び込んでモーニングコーヒーを頼んだことである」 . ィ
.._ .......、._ _ /:/l! またまた、ご冗談を
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``、/:::::::::__....,._ `゙'Y' _.ェ-、....._ /_゙''i゙ノ、ノ
,.--l‐''"~..-_'.x-='"゙ー 、`'-、 ,:' ノ゙ノブ
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//::::: ', / ,:' >>87
千葉のいすみ鉄道だって、東京よりも羽田空港からの需要を見込んでるしな。
大多喜を経由して鴨川までの高速バスや、大多喜直通のバス路線もアピールしてる。 >>89 三次駅にて
空腹が旅情を上回り、ハンバーガーを食べる。 >>82
清掃スタッフ「ゴミは散らかしたままお降り下さい」 >>93
翁が食べた三次駅のハンバーガーって、今は風前の灯火のドムドムバーガーなんだよな。 種村さんはハードな取材を旨とする行動派の作家だったので、翁のイメージに合わない というか、気に入らないことがあれば誰彼なく怒鳴ったり殴ったりするのは、翁のイメージとはかけ離れている。
もっとも、宮脇氏も、よく活躍したのはせいぜい65歳までだから、翁という感じではない。そんなジイさんではないだろう。 翁=老人と厳密に考えなくともよいのでは?
五十そこそこで亡くなった西郷隆盛も「南洲翁」と呼ばれることがあるし。 台湾で乗り鉄してローカル支線にも乗ってきた。
今回は著書を先に読んでおく暇がなかったので、
帰国後にもう一度台湾鉄路千公里を読み直してみたいと思います。 宮脇氏は時刻表2万キロで角館へ行ったときに、「日本における洋画の始祖とも言うべき秋田藩士小田野直武の屋敷」
があるのに気づかなかったのでがっかりしたと書いてるけど、この小田野直武は「解体新書」の挿絵を描いた人だね。
正月にNHKで放送された時代劇「風雲児たち〜蘭学革命篇〜」にも登場してた(加藤諒が演じてました)。 >>65-66
飲み屋やバアが閉まっている。
風景
裏通りは普段よりおもしろい
三段式B寝台車が座席車となっている 昨日ブラタモリの田園調布の回に多摩川園の大山すべりが出てきたな
先生の子どものころ休日の行楽地として人気あったみたいだけど、親はそんな危ないもののある多摩川園にはあまり連れていってもらえず、二子玉川園の方によく連れて行かれたらしい。
なお今人気の井の頭公園はジメジメしていてあまり気持ちのよいところではないと一刀両断 >>107
駅から遠い目の所にある武家屋敷(青柳家)
に行ったら小田野直武の展示があった
駅からの通り道に小田野家もあったみたいなんだが、
私もスルーしてしまっていたようだ 東京が雪で交通は大混乱、スリップ事故も多発してるみたいだが、鈴木牧之は今頃笑っているだろうな。
「暖地の人花の散に比て美賞する雪吹と其異こと、潮干に遊びて楽と洪濤に溺て苦との如し。
雪国の難儀暖地の人おもひはかるべし」とか言って。 >>112
それってあちこちのスレにコピペされてるんだけど、元は何という本に書いてあったエピソードなの?
旅館の番頭を、いつもの取り巻きにするみたいにブン殴ったのかな? 「バス旅春夏秋冬」の中の「琵琶湖一周路線バスの旅」
須賀谷温泉で「いろいろあってついに爆発」だったか。仲居を怒鳴りつけたとかそういうのじゃない?
さすがに番頭殴ったら警察沙汰でしょ。 ググって調べると、須賀谷温泉って一軒宿みたいだな。
種村さんの作品を読むと「あの駅弁がまずい」「あの旅館がダメだ」などと、
歯に衣着せずに容赦なくブッタ斬っているけど、訴えられたりとか無かったのかな。
場合によっちゃ路頭で刺し殺されても文句言えないレベルだろ。 種村氏の行動と宮脇氏のものを混同する人が
少しづつ蓄積されていくんですね。 >>117
北川だってブログで名指し写真付きで店をこき下ろしているよな。わざわざ喫煙可の店で食事をして、店を出るときに「ケムイ」と捨て台詞吐いたっての読んで、アホらしくなって、師が師なら弟子も弟子だと思った。
要はペンの暴力を地で行っている連中なんだよな。 それは北川クンは悪くないだろ。
この21世紀に喫煙可の店なんてDQNかジジイしか入らないぞ。
宮脇、種村といった喫煙世代の作家はみんな死んだんだから、
喫煙可というだけで店主のモラルが最悪だと宣伝してるようなもの。
こういう書き込みをすると、決まってニコチン中毒患者が逆ギレして
「嫌煙クソガキ死ねや」とか煽って来るんだけど、
タバコ吸ってるだけで私はDQNですって宣伝してるようなものだからな。 宮脇俊三というヘビースモーカーで肺悪くして死んだ人のスレで嫌煙論語んなよ 宮脇俊三って、結局死ぬまでタバコをやめられなかったんだっけか?
灯子さんの本を読むと、死ぬ寸前の末期に、
酒についてはやめるだやめないだとあれこれ書いてあったんだが、
タバコに関しては特に記述がなかった。 2食つき16,000円の宿にしては、玄関が粗末だ。はいるとすぐ左手に銭湯のような履物入れがずらりと並び、雰囲気などあったものではない。
日帰り入浴客用の設備なのだが、出入口を別にしないと品位に関わる。”24時間はいれる”と、フロント、お手伝いさんが口をそろえる浴場が、
朝は8時までにあがって食堂へ行くことと何度も注意されたのも腹立たしい。8時からは清掃で、朝食後は入浴できないそうだ。
それならば”24時間入浴可”は偽りである。夕食に温かい汁ものが一品もなかったのも解せない。メインの”戦国焼”は、肉や野菜を自分が焼いて食べる鉄板焼きで、
汁を催促しても運ばれず、あげくの果てに「戦国焼に吸いものはつきません」と。その他いろいろあって、ついに爆発。 >>123
止めなかったんだろうね
書斎のデスクにあった、海苔缶を使った巨大な灰皿を写真で見たときは驚いた
若いころに結核を患ったせいで、それ以後片肺だという話だったけど 二十世紀末鉄道文学界の二大巨匠が
タバコの害を理解してなかった
ってこと? また雪が降ってきた。香住に通っていた民宿があるのだが、もう3年ご無沙汰。
カニが食べたくなってきた。 止める あなた 駅に残し
動き始めた汽車に ひとり飛び乗った >>124
2食つき16,000円なんて中途半端な宿はそんなもの。
泊まるなら高級旅館か民宿。 調べてみたら、喝采が1972年、絶体絶命が1978年の曲なのな。
後にカバーされたりもしてるが、お前らいくつだよっていう。 1泊3万円以上の高級旅館か5000円程度の民宿だな。 >>134
それを今ここで言って何になるというのだ >>135
活動期間が1978年 から1999年までだという人を肴に
語り合える世代などというものは
自ずと一定範囲に限られるよね。 それも全盛期は1978年〜JRスタートの1987年までという作家だからな。
1987年生まれの人がもう31歳だぜ。どんだけ古いんだよ。 内田百 1889-1971
阿房列車 1950〜1955
宮脇俊三 1926-2004
時刻表2万キロ 1978
宮脇氏デビュー時は、内田百阮v後7年、
阿房列車開始後28年
現在、宮脇氏没後13年
2万キロ刊行後40年 >>143
知ってるよ
本持ってるし
元ネタ知ってたら逆にここで>>134みたいなこと書いても意味ないのわからんか? >>144
意味があるとかないとか、君はこのスレに何を求めてるの? >>146
何も求めてないなら、他人のレスに意味がないなんてケチつけるなよ たびたびスマソ >>149
東京ー大阪 国鉄のない旅 百閧燗S道もので読まれてるのは
シリーズ三作くらいやし、
宮脇氏も三作くらい残りそう? なぜこの流れで「上は可、下も可、中間は不可」が出てこない? 宮脇ファンなら読んでおいた方がいい関連図書(鉄道もの以外で)
「園芸家12ヵ月」「北越雪譜」の他には? >>147
実際意味がないんだから
当然のこと言われたからって熱くなるなよw 意味のない鉄道旅行をやたらにしてきたから
変な奴だと珍しがられて編集者と注文がくる
意味のないことを書き込むスレです >>155
チェーホフ。
「シベリアの旅」「サハリン島」 >>155
北杜夫「どくとるマンボウ追想記」
時刻表昭和史と併読がオススメ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています