>>430
成人してから被告は、それまで親代わりにと節制してきた反動か、買い物におカネをつぎ込み、バレエやドラムなど、興味を持った習い事をいくつも始めた。
一方、かつて母親から食事を抜かれていた弟は料理を独学で学び、わざわざ千葉から京都まで出向いて包丁を購入。
それを使って友人らに手料理を振る舞うことを楽しみにしていた。
それぞれに、親との暮らしでは得られなかったものを充足させようと生活していたように見える。
 だが、愛美被告はなぜ包丁で刺したのだろうか。初公判の罪状認否(被告人が起訴状に書かれた罪状を認めるかどうかについて行う答弁)で彼女は
殺害について、「身を守るために包丁を手に取り、体を被害者のほうへ向けたら太ももに刺さったので部屋を出て庭に出た。その後しばらくして部屋に戻ると死んでいた」と、正当防衛であり殺意はないと主張した。殺すつもりがなかったというのだ。
しかも、被告人質問では一貫して“記憶がない”という趣旨の供述を繰り返した。
 「あっ、はっきり覚えてないです」
 「はっきり覚えてないです、すみません」
 「あっ、えーっと、えとー、あっ、座って、何してたか忘れてしまったんですけど、はっきり覚えてないです」
 「異世界に急に飛んだような……カーテンっていうか、離れているような、薄い膜のようなものが張られているみたいな……」
 終始このような調子で、被告から事件についてはっきりとした話は出ることがなかった。
それでも言い分をなんとか要約すれば、「父の遺産のことや生活費のことで言い合いになり、自分に向かって来たため、とっさに刃物を持ったところ、太ももにそれが刺さった」のだという。