サディズム・マゾヒズムと純文学

1吾輩は名無しである2018/09/23(日) 15:01:45.08ID:t+nJRKAd
みなさん、いろいろと教えて下さい

とりあえず↓を題材にそれぞれの卓見をお示しいただければ幸い
SM作家・美咲凌介による「SMを描いた純文学」10選
https://pdmagazine.jp/works/sm-selection/

2吾輩は名無しである2018/09/23(日) 15:03:34.81ID:t+nJRKAd
私としては上の記事の「家畜人ヤプー」で
「『家畜人ヤプー』(1970年)の際立った特徴としてはまず、どこにもサディストが登場しない、ということが挙げられます。」
に何かモヤモヤとした反論めいたものを書きたいのですが、うまく表現できません。

3吾輩は名無しである2018/09/23(日) 15:35:56.44ID:yz/XgqUK
このリスト書いてるやつがポルノ作家なので、すでに純文学の外に出ているのが気になる
そうなると「SM」という決まった枠組みの中でエンタメを書きつつ、
古典から「これもSM!」という風に権威付けやってるだけにみえるから

4吾輩は名無しである2018/09/23(日) 15:41:49.51ID:t+nJRKAd
>>3
なるほど
でもSMの専門家から見ると文学はどう見えるのか、という視点も興味深いのでは?
選ばれている作品もほぼ納得
ただ『湖畔』(久生十蘭)はどうかな? って思いますが……

5吾輩は名無しである2018/09/23(日) 16:25:53.90ID:yz/XgqUK
興味深いけど、
あくまでもジャンル小説としてのSMという視点からみた純文学、という限界がつきまとうよね

6吾輩は名無しである2018/09/23(日) 16:32:19.05ID:t+nJRKAd
採り上げられている作品は以下の通り
1 サディストの語源となった男の「反キリスト」的思想
『新ジュスチーヌ』 マルキ・ド・サド
2 サディストを調教・育成するマゾヒスト
『毛皮を着たヴィーナス』 L・ザッヘル=マゾッホ
3 乾いた笑いの中に横たわる幾つもの死体
『一万一千本の鞭』 ギヨーム・アポリネール
4 精緻な支配と被支配の論理の中で輝くマゾヒストの欲望
『O嬢の物語』 ポーリーヌ・レア―ジュ
5 陰影に彩られたSとMの転換
『少年』 谷崎潤一郎
6 仮面としてのサディスト
『湖畔』 久生十蘭
7 サディストのいないM小説
『家畜人ヤプー』 沼正三
8 性風俗産業となったSM、その中で生きる女の子の純情
『トパーズ』 村上龍
9 SMの女王様が繰り広げる現代社会批判
『ひざまずいて足をお舐め』 山田詠美

最後に本人、美咲凌介の作品が挙げられているが、これはまあ無視してもよいとしてw

私としては
「新ジュスチーヌ」で
「サディズムは、キリスト教的道徳に対する反抗あるいは批判から始まった。このことは、心に留めておくべき点でしょう。」
とあるのは納得

しかし「一万一千本の鞭」で
「この作品には、サドに見られたキリスト教への反発などは存在しません。ただ、数々の異様な性愛の光景と、その結果である幾つもの死が、あっけらかんと存在しているのです。」
としているのには納得できません。
直接的な批判はなくとも、「一万一千本の鞭」の存在自体が批判となっているのではないでしょうか

7吾輩は名無しである2018/09/25(火) 12:56:51.44ID:icvsDN8G
上に挙げてある作品以外にも、「これは名作」というものがありますでしょうか?

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