辿り着いた先には、ただ広い敷地が広がっていた。
ところどころに、薄茶色の草が生えている。

先程まで、女はタクシーに乗っていた。
あと、もう少し。あと、もう少し。
あと少しで、あの家に戻れる。そう思いながら、女はタクシーの走る先を見つめていた。
タクシーがキッと止まる。
「お嬢さん、着きましたよ。ここですよ」
女が車を降りると、そこにあるのは平べったい土地だけであった。
覚悟はしていた。
ここに来るまでに、ずっと更地が続いていたからだ。もしや自分の家も……と思ったが、やはりその通りだった。

女は焦がれたその地に足を一歩踏み入れる。じっと見渡す。
その時だった。
夕暮れの陽を浴びて、その更地の奥のほうに草ではない物を見てとった。
女が近づいてよく見ると、それはビオラの花だった。
黄色や紫色や薄青の可愛らしいビオラの花。夕日にオレンジ色に染まり、最初はわからなかったが、近くで見ると精一杯の春の色が咲いていた。
女が頷く。頬にとめどもなく光るものが流れる。
私の好きだったビオラを誰かが植えていてくれたらしい。
きっと、家族の誰かが……。
そこに蹲り、しばらく肩を震わすと、女はすっと立ち上がった。
後ろのほうで待つタクシーの運転手さんに向かって声をかける。
「ありがとうございます。もう済みました」
そう言うと、ニッコリと笑った。それは、まるでビオラのような愛らしい笑顔だった。

女は再びタクシーの後ろに乗り込むと、車が走り出す。
暫く走ると、運転手がバックミラーで後ろを確認した。
そうすると、先ほどまでいた、女の姿はなかった。
そこにあるのは、誰もいない座席だけであった。

運転手は熱い物が込み上げながら、頷いた。
あの津波がこの街を襲ってから7年の歳月が流れた。
時折であったが、運転手はこのような客を乗せてきた。それは小さな女の子であったり、年老いた年配の男性であったり。
さまざまな人達であったが、その方達が口にすることはみな同じであった。

「うちに帰りたい」

そんな人達を乗せて、この心優しい運転手は祈りを込めながら走るのであった。
もう日が暮れる。運転手の目にも温かいものが溢れていた。