【西那須野〜京都】二十歳の原点2【高野悦子】

1無名草子さん2014/03/31(月) 00:47:03.20
独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

前スレ
【カッコ】二十歳の原点【高野悦子】
 http://toro.2ch.net/test/read.cgi/books/1287500812/

案内サイト
高野悦子 二十歳の原点案内
http://www7b.biglobe.ne.jp/~takanoetsuko/

712無名草子さん2017/05/03(水) 11:50:10.70
全く別人です。

713無名草子さん2017/05/03(水) 16:56:10.64
>>712
悦子さんと直接話したことはありますか?
どんな感じの女性でしたか?
美人というより可愛い感じでしたか?

714無名草子さん2017/05/04(木) 04:15:24.58
別れ際6月24日分の私の日記を手渡しました。私の日記24日分は、破られています。

24日の日記一頁をその時渡しました。

高野悦子さんは、23日バイトからの帰り、11時過ぎに京都府庁前、日赤病院裏手の国際ホテル男子寮を訪ね、「中村」に面会を求めています。
「中村」は外出していて留守。
「中村」宛ての伝言もメモ、本類等、無かったと聞いています。
その夜は、小雨がしとしとと降っていました。傘もささず頬にほつれ毛が纏わりついていたそうです。 (2005/09/11 06:38:42 PM)

22日の日記、文字の乱れが気になります。写真で見る限りですが・・ (2005/09/15 06:51:02 PM)

忘れようとしていた高野悦子さんが佇んでいた。
ひっそりと静やかに、凛として、微笑みながら、満開まじかの彼岸花のように、私の小学生の作文みたいな日記に佇んでいた。
記憶と文字類は、思想みたいなものと一緒に全て捨てたはずなのに。
一年ぶりの京都、御所から府庁前二条城まで歩いた。京都国際ホテルを左にみながら・・・・・・・・・・・ (2005/09/29 05:53:30 PM)

715無名草子さん2017/05/04(木) 18:59:27.15
原典案内の人は2013年にU氏と思われる元ホテル従業員に聞き取りをしているが
団塊世代ベンチ組という人はその8年前にはU氏から聞いた情報をネット上に書き込んでいたんだな

U氏=ベンチ組の一人二役説も捨てがたい

716無名草子さん2017/05/06(土) 09:48:08.95
あまり詮索しないほうがいいと思う。
しても意味も価値もない。

それよりも、U氏の証言はどこまで事実なのだろうか?
U氏は、閉店間際の夜に、食堂だか喫茶店の中から、ガラス越しに、小雨に
濡れて立っていた悦子さんを見つけた、という。
ホテルの社員寮の近くでもない場所で悦子さんは何をしていたのだろうか?
その食堂は中村と何か関係があったのだろうか?

717無名草子さん2017/05/06(土) 10:55:50.76
京都国際ホテルの連中がよく食事に来ているところだったから中村がいるかもと思ったんだろ

718無名草子さん2017/05/06(土) 20:12:21.58
>>717
中村の顔を一目でも見たかったのか。
母におねだりした水玉模様のワンピース姿の自分を見て欲し
かったのか。

彼女は中村を憎むことすらできず、もっと深く傷つき流血し、
生きる欲望を失い絶望していった。

そして、彼女は気が付いていた。
中村は、その時の彼女の厳しい状況下での逃避先対象であり、
中村を鏡にし、実は自分自身を見ていることを。
厳しい状況下でのほとんど唯一の希望の光として、中村との
関係にすがってみたが拒絶されてしまった。

彼女が言うところの、孤独と未熟という二十歳の原点にまた
戻ってしまった。
今度はより凄惨な孤独、より深い自己嫌悪をもたらす未熟の
自覚となった。
もはや孤独からの出発も、未熟の自覚からの旅立ちもできる
力は残っていなかった。

719無名草子さん2017/05/07(日) 11:29:24.03
あまりにも純粋で、理想を求め、前のめりになり、無理に無理を重ねていた。
自分自身がその純粋さや理想により自家中毒となり、生きる足場を失った。

人は天使ではない、少なくとも悦子さんのようには純粋ではなかった。

720無名草子さん2017/05/12(金) 01:36:32.60
1988・11・11 朝日新聞大阪本社版夕刊に、今日的歴史探検、「二十歳の原点」 
生と死に悩む日々の記事の中に、U氏の住所、職業・本名・年齢が掲載されています。
49歳とあります。29年前の事です。

721無名草子さん2017/05/12(金) 02:57:31.95
>>720
明後日府立図書館へ行ってきます。

722無名草子さん2017/05/12(金) 22:51:37.26
原点案内の証言者68歳と、u氏78歳は別人なの?

723無名草子さん2017/05/12(金) 23:05:02.80
誰かが、何らかの身元隠し工作をしてないか?
今だけでなく過去にも。
29年前の新聞記事なんて本人かその直近の人しか知らないでしょ?

724無名草子さん2017/05/13(土) 01:15:43.81
>>716
> あまり詮索しないほうがいいと思う。
> しても意味も価値もない。

何でお前ごときが仕切っているの?

725無名草子さん2017/05/13(土) 01:42:55.46
>>718=U氏=ベンチ組≠「中村」≠こ●きでFAか?

726無名草子さん2017/05/13(土) 01:46:53.86
>>723
Uさんは、高野さんと同い年だろ?
情報攪乱やめろ

727無名草子さん2017/05/13(土) 08:13:42.96
U氏には、恥ずかしさと同時に表にも出たいというアンビバレンツな気持ちがあるんだろう。
身元が完全に分かってしまったら涙がウルウルとした文章が恥ずかしい、でも悦子さんと多少とも
関わった自分を世に残したい、そんな気持ちの入れ替わり?

728無名草子さん2017/05/14(日) 21:56:38.04
U氏というかベンチ組氏
表に出てブログですべてを書いてくれ!
雨が降っていたかどうかについても

729無名草子さん2017/05/15(月) 01:57:47.01
昨夜、天神橋踏切後へ行きました。
原典案内に移っていた1984年当時の家がまだあるのですね。
69-84-17
感慨深いです。

730無名草子さん2017/05/15(月) 07:42:17.32
自殺の直接の原因は恋愛問題だっただろう。

だが、彼女の自殺の背景のひとつとして、当時流行った左翼革命思想がある。
これが彼女の価値観全般に影響を与え、彼女の日々の希望や明るさを失わせた。

彼女の焦燥感の原因もそこにある。明日にでもありもしない革命が起こせると
考えていた。
これはカルトにはまった人達によくある心理現象でもある。

731無名草子さん2017/05/15(月) 19:32:50.11
>>729
当時の京都、線路沿いの小さな木造の家並、庶民の家屋は、小さくて黒くてとても暗い感じがした。

732無名草子さん2017/05/28(日) 19:09:21.39
>>717
>京都国際ホテルの連中がよく食事に来ているところだったから中村がいるかもと思ったんだろ

中村に、母から買ってもらった女の子らしい可愛いワンピース姿の私を見てもらいたかった。
そんな悦子さんの気持ちを想像すると、本当にもの悲しい気持ちになる。

思い込みの激しさは、学生運動にも男にも、人間関係他いたることに及んでいて、悦子さんの性格
の最も特徴的な部分だ。
それが悲劇の元となり、悲劇の土台をつくり構成していった。
あるいは、思い込みの激しさという悲劇の蜘蛛の糸を吐き出し続け、自らの糸に絡め捕られてい
った。思い込みという幻想と妄想の自縄自縛。

男なんて他にいくらでもいるのに、思い込みの激しさで粘着シートに囚われた。
男も妄想なら粘着シートも妄想だった。客観的には考え方ひとつでいくらでも逃げ出せたはず。
何故それが出来なかったかといえば、既にそのときには心と体ともに病的な段階に入っていた。

733無名草子さん2017/05/28(日) 21:24:12.02
1回生の5月に行われたクラスコンパで配られた自己紹介アンケートの回答

http://www.takanoetsuko.com/sub19670516.html
高野悦子は自己紹介でアンケートの「1.(ニックネーム)」以外に回答している。

高野悦子  部落研
2.(生年月日)昭和24年1月2日
3.(現住所)京都市東山区山科御陵鳥向町 青雲寮
4.(帰省先)栃木県那須郡西那須野町扇町
5.(好きな異性のタイプ)明るい人
6.(京都で一番行きたい所)どこでも歩いてみたいです
7.(好きな食べ物)からいカレーとはるさめとピーマン以外のものはなんでも好きです
8.(将来の希望)特別にありません。これから考えます
9.(大学で何をすべきか)自分の生き方にある方向性をもつためにいろいろなことをしたい
10.(自分自身のこと)明るい性格で少しぬけているところがあります。

734無名草子さん2017/05/28(日) 22:34:02.51
>>733
>10.(自分自身のこと)明るい性格で少しぬけているところがあります。

同級生の長沼さんは、悦子さんは暗かったという。同時に明るいという人もいたという、発言
をしている。
おそらくは、時系列で言えば、本来は明るい性格だったが、時代と大学環境が悦子さんを暗く
させたのだろう。嵐山の下宿にオルグに行った長沼さんが見た最後の悦子さんは特に暗かった
だろう。
そして、>>少しぬけているところがあります。 これが彼女の人の良さの部分でもあり、弱さ
の部分でもあったと思う。
大学生活に大きな期待を持っていた。そして自ら課題を抱え過ぎてもいたように見える。その中
には恋愛願望もあり、やがては性への強い衝動があり、焦りもあった。
そのことが、大切にしていた自己イメージを毀損する自損事故を起こしてしまう。
これが下宿で吐くほどの自棄酒の原因だった。寂しさを伴う自暴自棄と、それを忘れるための
自棄酒。
大江健三郎、壊れ物としての人間。

735無名草子さん2017/05/28(日) 23:05:56.33
>>733
>9.(大学で何をすべきか)自分の生き方にある方向性をもつためにいろいろなことをしたい

>>自分の生き方にある方向性をもつために

高校出たての18歳とは思えない文章だ。野外の公園でのアンケートに答えたものだそうだ。
>>ある方向性 とはなんだったのだろうか? 
すでにこの頃には部落研に入っているが、いろいろと重い荷物を背負い過ぎていた。
1年後にはそれを自覚することになる。

736無名草子さん2017/05/29(月) 13:07:17.09
「二十歳の原点」 とは、夢に描いた大学生活に挫折した悦子さんの、辛い現状認識だった。
それは孤独と未熟という再出発地点の確認であった。

入学前から抱いていた夢や自己像の実現を一端は投げ出したということでもあった。
だが、その夢自体が、あるいは彼女が書くところの、ある方向性 そのものが、その時代が
つくりだした幻想や妄想、イデオロギーであったと考えることができないだろうか?
彼女は高校生時代から、そして大学に入ってから更に鮮明にその幻想や妄想を外から注入さ
れ、自分の価値観として実現しようとしていたと考えることもできる。

つまりは、夢なのではなく妄想や幻想を、社会にも自分にも求めていた。
妄想や幻想という言葉が強すぎるなら、高すぎて実現できない理想を追い求めた、でもいい。

そして、一端挫折した悦子さんは、普通の女子大生に戻りつつあったが、フラッとより過激な
学生グループのデモの隊列に入ってしまう。これが、ぬけていると自己評価している部分だ。
この、ぬけている、部分はまた、お人好しで打算のない、欲が抜けている部分でもあった。

737無名草子さん2017/05/29(月) 13:34:17.42
ぬけている =  間が抜けている  ?

間が抜ける
@ 拍子抜けがする。当てがはずれてぼんやりする。 「 − ・けた返事」
A 大事な点が落ちる。おろかにみえる。 「間の抜けた顔」

大辞林 第三版

間が抜ける
1 調子が外れる。拍子抜けする。「―・けた音楽」
2 大事なことが抜け落ちている。「―・けた話」

デジタル大辞泉

まぬけの「間・ま」とは時間的な間隔の 間 である。
芝居や舞踏、漫才などで 間 は、音や動作の休止の時間的長短のことを言い、
拍子やテンポの意味にも用いられる。
間が抜ける ことは、拍子抜けする 調子が崩れる ことであり、テンポが合わ
ないことを意味した。
転じて、行動に抜かりがある、意味となり、さらに愚鈍な人を罵る言葉になった。

語源由来辞典より

悦子さんの自己評価は残念ながら当たっていた。

明るくてぬけていた悦子さんは、いつしか、暗くて間が抜けた悦子さんに変身して
いた。

738無名草子さん2017/05/29(月) 13:48:44.96
>>737
>間が抜ける
>@ 拍子抜けがする。当てがはずれてぼんやりする。 「 − ・けた返事」
>A 大事な点が落ちる。おろかにみえる。 「間の抜けた顔」

悦子さんは自分の将来を守るという、大事な点が抜け落ちていた。
お人好し過ぎて間が抜けていた。

大学解体論に影響され → 
悦子、授業料払いません、学生身分を放棄します、退学します、
そして、拍子抜けし、当てがはずれて。人生も辞ちゃいました。

739無名草子さん2017/05/29(月) 20:46:36.78
「死が美しいなんて誰が言った」(カッパブックス)という本を知っている?
著者は、学生運動が激しかった時代の少し後に大学生活を送って
事故死した女子大生。

悦子さんと同じ青春ものだけど、学生運動とは直接関係がない上に
死因も事故死(油絵を描いている時に中毒死)だったからほとんど忘れられている。

昔、読んだことがあるけど、悦子さんと同じ左翼的な考えの持ち主だったけど
欧米崇拝の強い人物だった。

740無名草子さん2017/05/29(月) 21:33:39.96
>>739
確かに、そして間違いなく、欧米はアジア諸国よりも民主主義や社会制度などで進んではいる。

だが、10年以上前のことだが、テレビで大学教授の姜尚中 がフランスに行き、中東系の若者に
教科書的なフランスの民主主義や自由や人権の歴史、などをインタビューしたら、彼等はゲラ
ゲラ笑い出し、姜尚中が当惑した表情を見せた、そんなシーンがあった。
そんな民主主義や人権がどこにあるのって感じで彼等は笑ったのだ。大学教授も本の中の人だ
った。

そんなきれいさっぱりの、隅々まで行き渡るような自由も民主主義も、実際にはない。
差別はあるし、偏見もある。本の中の奇麗事だけで済む話しではない。
あくまでも制度として法制化されているだけで、全面一色で活きているわけではない。

悦子さんの時代の学生は活字に弱かった。そして本に弱かった。自由や民主主義、そして革命な
の言葉に酔った。弱いというのは騙されるということ、誤って理解してしまうこと。
残念ながら理屈道理にはいかないのだ。美醜混合した人の社会だ。

741無名草子さん2017/05/29(月) 21:51:46.12
>>739
>死が美しいなんて誰が言った

http://d.hatena.ne.jp/yt076543/20120928

 1977年1月、朝日新聞3面の記事下5段抜きのカッパブックスの広告が眼にとびこんできた。
その大半は『死が美しいなんてだれが言った』という本に費やされていた。[思索する女子学生の遺書]と
サブタイトルがついている。著者は29歳で夭折した広津里香(本名廣津啓子)。

742無名草子さん2017/05/29(月) 22:02:10.98
http://d.hatena.ne.jp/yt076543/20120928

 原罪があるように、「原死」、生まれ持った死、内包された死というものが、生まれてきた時にすでにあるのではないか、
と私はいつも考えている。それは幼少の意識下にはなくとも、肉体とともにゆるやかに育っていくものであり、意識にのぼる
時に否応なく人生を考えることになる。彼女の日記を読んでいると、ごく早い時期から、そこここに原死の感覚がちりばめら
れているのを見逃すことができない。

743無名草子さん2017/05/30(火) 14:57:12.65
大学解体論が叫ばれても、今では学歴が良くも悪くも重視されている。
日本社会の礼賛も、少なくとも初期は行き過ぎた欧米崇拝を修正する意味があった。

里香さんと悦子さんが今生きていたら、日本と欧米の良い面、悪い面を理解し、理想と
現実のバランスの取れた人物になっていただろうか。

それとも、日本を異常に持ち上げて高卒を叩く鬼女になっていただろうか。

744無名草子さん2017/05/30(火) 16:56:21.26
悦子さんほど知名度がないのは、表面的な経歴の華々しさ、大金持ちのお嬢様という
身の上が「庶民の嫉妬」でただの贅沢な悩みとしか思われてないから?

その点、経済的には普通の大学生の悦子さんの方が「親しみやすい」?

それにしても、当時の欧米崇拝はすごかった。物質的なものはもちろん、精神的なものまで
欧米の方を無批判に崇拝していたから。

745無名草子さん2017/05/30(火) 21:25:00.80
悦子さんは、何も残さなかったとしても、「日頃の行い」から一生けん命に生きていたと
わかってくれるけど、里香さんの場合、金持ちの我儘娘がいい加減に生きていたと誤解しそう。
里香さんの遺族が日記を出版したのも、死後の誤解を避けるため?

746無名草子さん2017/05/31(水) 10:33:30.39
>>744 >>745
里香さんの苦悩は外から見て理解するのが難しい。

お父さんは里香さんが男に生まれていたら自由に生きられ
活躍もできただろうと、娘の死を悼んでいる。
才能のある女性が古い男性優位社会の中で苦悩したとか、
そういったことなのだろうか?
それとも里香さんの個人的資質、芸術的才能からくる苦悩
なのか?
そのあたりの苦悩の中身が第三者には理解しづらい。
里香さんの苦悩は高級な芸術的苦悩で、極私的な苦悩のよう
にも見える。

悦子さんの苦悩も決して庶民的なものではないが、彼女と
同時代の学生層にはその苦悩の中身がよく理解できる。
そしてどの時代の若者にも共通する青春期の苦悩も書かれて
いるように思える。明け透けな性の悩みも含めて。

747無名草子さん2017/06/25(日) 10:44:35.35
宗源寺行ってみるか

748無名草子さん2017/07/13(木) 13:31:38.21
悦子さんのように自己保身の気持ちが極端に薄い学生がたくさんいた
時代って不思議だし、異常だ。
それは戦時中の、お国のために、という価値観にも通じてしまう危う
さがある。

対象が国であるか、社会であるか、階層や組織であるか、思想である
かの違いはあるが、その対象ために滅私することは同じ。

749無名草子さん2017/08/31(木) 18:39:34.91
危秋n   北海道、釧路の桂恋海岸で遺体となって発見された、27才の中国の女性の文章

>>「人生は永遠に矛盾するもの。どんなに孤独でも友達は必要、友達がいても孤独は解決できない」
>>「シャワーを浴びて民宿のそばのブランコに。耳には途切れることのない風の音、そして音楽も。
>> 星もあなたの姿もないけれど、今はそれでも構わない。このすべてを人生最後の輝きにしよう。
>> 時間を切り詰めて、無駄な時間を過ごそう」


なんとなく、否、限りなく、高野さんと同じ孤独や絶望感を感じさせる文章

750無名草子さん2017/10/14(土) 21:21:32.12
人の一生なんて、勘違いしたり、何かを思い込んだり、妄想と幻想の中で
生きて死んで逝くんだなと、最近思うようになった。
政治とか宗教とか、思い込みが激しくないとやってられないし、個人的な
小さな思い込みや勘違いも、自己維持にとってはそれなりに必要だし、
とにかく生き続けるためには、徹頭徹尾合理的であったり客観的であった
らダメなんだ。
生きる目標などそもそも無いのだ、生きているということ、生き続けると
いうこと、それそのものが目標なのだ。欲望に従おう。

751無名草子さん2017/12/13(水) 19:47:12.29
U氏は今岡山県真庭郡新庄村に住んでおられます。
日本で一番美しい村とも呼ばれているそうです。

752無名草子さん2017/12/28(木) 20:49:06.78
http://www.takanoetsuko.com/hoyo.html#simbuncolumn

難しいとか難解とかいうよりも、異常な状況に置かれた精神を病んだ人の文章に思える。
色彩が無い、白黒の世界。潤いがなく、枯れた思考世界。
自己否定、なんとも寂しく、もの悲しく、貧困な禁欲主義。もうほとんど禁欲的な宗教だ。
自己否定とは禁欲的な滅私奉公に他ならない。おそろしく中世封建主義的な考え方だ。

いったいどんな自己を否定しようとしたのか? 
その自己否定を徹底したら自殺するしかなかったのではないだろうか?
自己否定とは物理的な自己否定、つまりは自殺ということになる。
悦子さんの場合は実際にそうなった。ある意味で論理的な正当な帰結だった。

753無名草子さん2017/12/28(木) 21:20:04.77
体の欲求と欲望を逐次潰そうとする、自己否定という禁欲思想と価値観。
「美しく論理的で闘う精神」が、汚れた瑞々しい肉体を無理に少しずつ死に追いやる
過程。
悦子さんは自分で自分を枯らし死滅させていく。
自己否定ではなく、自己肯定こそが、自己の欲望や欲求を認めてこそ、生きて行ける。
論理的でなくともいい、非合理でもいい、目的があろうがなかろうがそれでもいい、
美しくなくてもいい、醜悪でもいい、自分を肯定してこそ生きられる。
枯れるのは年齢に任せればいい、自ら枯れる必要はない。

754無名草子さん2017/12/28(木) 22:07:37.20
今で言う面倒くさい人

755無名草子さん2017/12/29(金) 17:15:26.72
1970年前後の大学や学生の多くがが異常な状態だったと考えられる。
戦争への反省から反戦平和を叫び、更にそこから社会主義や共産主義まで叫ぶように
なっていった。
社会科学や政治思想を根拠にしていたが、そこには理想だけでなく妄想や幻想が入り
込んでいた。末期の彼等のすべてが、どう見てもカルトとしか言いようがなかった。

悦子さんはそういった運動に影響され捲き込まれた不運な犠牲者のひとりだった。
資質的かつ個人的な要因もあり、また、たまたま日記を残し自殺したことで注目を浴
びることとなったが、
実はその背後には、膨大な数の学生達がその後の人生に大きな負の曲折を被ったはず。

その時に死んでしまった人も、その後を生き続けた人も、その時代の影響は、時代
の流行を着てしまった人、染まってしまった個人に行き着くことになる。

あの世界中で流行った学生運動、学生層を中心にした社会主義運動だったようだが、
いったい何を、世界や個々の国にもたらしたのだろうか?
ほとんど何もないように見える? 幻想と熱狂があっただけのように思える。

悦子さんの個人的な「破綻」、そして個人的な死は学生運動の流れの中で考える
しかない。その生活の価値観上で「破綻」し、自殺まで自分を追い詰め、また広い
状況によって追い詰められた。

756無名草子さん2018/01/02(火) 09:37:40.55
お誕生日お目でとございます。
生きていれば69歳か。
孫と遊んでたりしたんだろうな。

757無名草子さん2018/01/03(水) 11:17:08.93
お母さんが言われたこと。

23年、年末のあわただしい日に生まれました。
26日から28日のあいだです。
年末で縁起が良くないので、年が明けた1月2日に届けを出しました。
昔はよくしたものです。

2005.11.19 西那須の高野さんの実家で。

758無名草子さん2018/01/04(木) 00:18:06.75
Happy belated birthday!

759無名草子さん2018/01/07(日) 01:17:37.43
遅ればせながら
かっこちゃん誕生日おめでとう

760無名草子さん2018/01/12(金) 09:46:29.10
一般書籍よりもおすすめてきにネットで得する情報とか
グーグル検索⇒『稲本のメツイオウレフフレゼ

6QMWA

761無名草子さん2018/01/12(金) 23:32:52.18
明日か・・・

762無名草子さん2018/02/03(土) 09:14:59.28
どんな部屋に住んでいたんだろう

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