【西那須野〜京都】二十歳の原点2【高野悦子】

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1無名草子さん2014/03/31(月) 00:47:03.20
独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

前スレ
【カッコ】二十歳の原点【高野悦子】
 http://toro.2ch.net/test/read.cgi/books/1287500812/

案内サイト
高野悦子 二十歳の原点案内
http://www7b.biglobe.ne.jp/~takanoetsuko/

859無名草子さん2018/09/29(土) 23:28:47.32
138 : 無名草子さん[] 投稿日:2011/10/02(日) 06:09:26.81
136
あの夜の高野さんの行動、
8時前に国際ホテルビヤガーデンバイト先へ「遅れて」。
中村さん「休み」で顔を見れず。
下宿へ戻る。
11時頃外出。
大家さん「元気か!」声掛けも答えず。
府庁前、男子寮に。
「中村さん」に面会申しで。
・・・・・・・・
「中村さん留守」
タクシーで下宿へ「12時頃」
2時頃
お母さんに買ってもらった服に着替えて。
「ちょっと外出します」
・・・・・。
「合掌」
-------------------------------------------------
166 : 無名草子さん[] 投稿日:2011/11/01(火) 13:59:59.47
中村の実家は、兵庫県西宮市。
----------------------------------------------
168 : 無名草子さん[] 投稿日:2011/11/01(火) 15:49:29.03
中村の癌「甲状腺癌」。
----------------------------------------------
171 : 無名草子さん[] 投稿日:2011/11/02(水) 17:37:38.04
原点が出版されてベストセラーになり中村の居場所が無くなった。
暫くして京都ホテルに移った。
---------------------------------------------

860無名草子さん2018/09/29(土) 23:30:58.48
179 : 無名草子さん[] 投稿日:2011/11/03(木) 10:20:19.21
175
デマでなく本当の話。
最近少し乱れ気味だったので修正した。
中村は、アイススケートのスピードの選手で国体強化候補にもなった。
太腿も胸も厚く頑丈な身体に見えたのだが・・・・。

861無名草子さん2018/09/29(土) 23:37:40.17
>>858
母アイさんは外に出すことを嫌がっていた。
外に出したのは父三郎さんの判断。
那須文学に出し、それが新潮社の人の目に止まって
新潮社から出版。

父親として「うちの大事な娘を粗末にしやがって」
という心理が全くなかったとは言えない。

悦子さんの死後、三郎さんは中村さん(実名Sさん)に
男子寮にて面会を求めたが不在で会わなかった。
Sさんは本当に不在だったのか、それとも会うのを拒んだのか
今となっては定かではない。
それに男女の関係は、たと親でも理解は出来ない

862無名草子さん2018/09/29(土) 23:45:58.84
937 :無名草子さん:2014/02/26(水) 05:36:38.91
下小鶴さんは那須文学原本では本名のママ登場してたな
面白苗字過ぎて新潮社は匿名し忘れたのか?

863無名草子さん2018/09/29(土) 23:48:53.92
942 :無名草子さん:2014/02/27(木) 00:39:58.68
鈴木、中村以外の個人名は、ほぼ本名が載ってるしなあ…あと新潮社版では削除された箇所もいくつかあった気がする

864無名草子さん2018/09/30(日) 00:08:44.03
599 :無名草子さん:2010/03/08(月) 03:13:17
>>596
その「旅に出よう」の詩って、
本だと一番最後(6月22日)にあるけど、それ6月22日に書かれたものなんでしょうか。
あれがまさに彼女の日記の最後の書き込みなら、
なんだか苦しい世俗から解放されたいかのように、その次の日の自殺と旅とを関連付けて、
なにか切ない読後感を得られるんだけど。

実際に高野家に行って母親から日記を見せてもらった人の話では、
あの日記はところどころ、本とは表現が書き換えられてるという。
父親の独断の編集が入ってるらしいのです。
たしかに、よく考えてみれば彼女は「中村とのリレーション」と称して、
3度会った事を後日談のようの日付で書いてるのに、
その3度の日付の日記自体が全て飛んでるのはおかしいと思ってた。
彼女が3日とも書いてないとは思えなく、これは明らかにお父さんが削除したんだと思う。
肉体関係の詳細とかもあったのかもしれないし、
そこは娘や中村氏への配慮かもしれない。

とにかく、ところどころに編集があった本なので、
あの詩も最後にくっ付けただけじゃないですかね。
「はやく眠りたい 2時30分深夜」の後にあんな長い詩をせっせと作ったとは思えなくて。

865無名草子さん2018/09/30(日) 00:11:59.81
769 :無名草子さん:2010/03/29(月) 05:44:20
ちなみに、個人ブログなんで一応リンクはやめとくけど、
高野さんと同じ職場でバイトしてて、高野さんが自殺した当日?翌日?に、
「そちらに高野悦子さんという人が働いてませんか?」っていう警察からの電話を、
職場でとった人がブログを書いてるんだけど、個人的に数ある高野ブログの中では参考になった。
その人は高野さん自殺の日も挨拶を交わしてて、
自殺の数時間前、職場のみんなで小休憩みたいな時間をとって(よくあったらしい)、
そこで高野さんが人から一本もらったタバコを美味しそうに吸いながら、
周りの人達の会話を聞きながら微笑んでたって書いてある。
で、そのブログの人もいわく、とても数時間後に自殺するようには見えなかったらしい。
でもその人は、人はたとえ30分の間でも死に駆られることもあるかもしれないからわからない、
みたいにもおっしゃってる。

そういうとこから自分なりの意見だけど、やはり突発的な自殺ではないかと。
数時間後に死ぬ予定も無かったのに、突然の何かに駆られて。
それがどうも、バイト終了後の中村を訪問→今日もまた留守→拒絶だと受けとって絶望 
じゃないかという一つの憶測がコメント欄で言われてるけど。

866無名草子さん2018/09/30(日) 09:30:15.93
>>864
私もその「中村とのリレーション」当日の記述が全くないのが気になっていた。
悦子さんにとって極めて重要な出来事だったはずなのに、何も書いていないのは明らかに不自然。

867無名草子さん2018/09/30(日) 09:34:15.80
>>866
詳しく書いてたらジェームス三木と変わらんで

868無名草子さん2018/09/30(日) 11:22:33.24
でも「原点」より後に出版された「原点序章」と「原点ノート」にはオナニー経験や
酔った勢いでの初体験などが(多少編集されているにしても)かなり赤裸々に書かれている。
だから「原点」でも、もし元の日記に書かれていたとしたら、中村さんとの肉体関係の描写を
完全に削除するかな。多少編集したとしても、何らかの記述は残すような気がする。
それとも編集不可能なほど関係を持った日の日記は感情的あるいは露骨な内容だったのか。
あるいは「原点」とその後の2作を出版する間に、お父さんの心境に何らかの変化があり、
「原点」では削除したような内容も、後の2作では残すようにしたのか。

869無名草子さん2018/09/30(日) 11:55:23.16
>>868
いずれの可能性もあるね。

870無名草子さん2018/09/30(日) 12:05:28.36
ところで2017年2月10日にNHKで放映された「悩んで もがいて 生きて 私たちの“二十歳の原点”」について
これネット上で動画で見れるんだけど、悦子さんが浜辺でおそ松くんの真似している写真と、着物姿の写真が出る。
あの着物姿は、もしかして原点の1月6日に記載のある両親の作った十数万円の着物を着させられて写真を撮られ「人形の身になってみろ」と書いた、あのシーンだろうか?
確かに、心なしかいつもの悦子さんより笑顔が少ないように見える。すまし顔をしているだけかもしれぬが。

誰かあの着物のクオリティー分かる人いる?
当時の十数万円って、今でいうと100万くらいの価値あるはずだよね。

871無名草子さん2018/09/30(日) 12:41:23.77
>>870
それは小紋の着物じゃない?
普通、成人式には振り袖だから別の機会(日記に書かれてない)時に
作ってもらったものだと思ってた。

時代は違うが、昭和59年に成人式を迎えた時に
親がデパートで振り袖を買ってくれたが、それが50万ぐらいだった。
もちろん、正絹のもの。
それでもかなり良い方の品物だったから
悦子さんが買ってもらったという着物は恐ろしく良いものだったはず。
小紋じゃそこまで値段がいかないと思う

872無名草子さん2018/09/30(日) 12:49:16.62
いきなり話はずれるが
一様に「悦子さんはおとなしい人だった」と言われてるが
実は、彼女は方言が酷くて、京都じゃ浮いてしまう存在だから
孤独感を強めたのでは?と思う。

私は宇都宮や那須の言葉は知らないが
近い茨城の言葉を聞いた限り「え?」と思うことがよくある。
東京で育った者でさえ違和感を感じるんだから
京都なんて閉鎖的な所では、恐ろしくそれが彼女のコンプレックスになり
孤独感がいっそう増長されてたのでは、と思う。

873無名草子さん2018/09/30(日) 13:18:56.97
>>871
なるほど、情報ありがとうございます。着物について無知なもので・・・恥ずかしい限りです。

874無名草子さん2018/09/30(日) 13:26:09.49
>>872
元県民ですが、栃木弁は言葉そのものは標準語とほぼ変わらないのだが、イントネーションが独特で、二言三言話すとすぐに分かる。
NHKに弟さんが登場して「これがその日記です」という聞いた瞬間に、うわ栃木!と感じた。

当然悦子さんも訛っていたことでしょう。それを恥ずかしいと感じていたかどうか分かりませんが、
あれだけ正直な人だから恥ずかしければ日記に書いたんじゃないかな。そういう記載は全く見当たらない。

875無名草子さん2018/10/01(月) 22:30:29.38
>>871
あの着物が小紋だとすると、「序章」の1968年1月2日にある「小紋を着、写真をとり」という箇所だね。

876無名草子さん2018/10/01(月) 23:25:05.01
871です
動画は初めて見ましたのでスクショ取っておきました

https://i.imgur.com/Xa0AFBS.jpg

改めて見ましたが、やはり小紋ですね
875さんのおっしゃるとおりだと思います。

877無名草子さん2018/10/01(月) 23:32:00.23
しかし昌之さんが結構なおじいさんになってるのは
時の流れを感じる
昌之さんのお子さんがFBで高野悦子名義でやってるけど
その方も良い年齢なんだろうな

878無名草子さん2018/10/02(火) 00:07:41.40
>>876
スクショ、サンクス。
それにしても二十歳の誕生日の(当時)数十万円の振袖でなく、19歳の小紋を出しておられるところがまた面白い。
二十歳の時は「人形の身になってみろ」と言ってるくらいだから、結構無愛想な表情だったのではないか。
あるいは、二十歳の時は悩みが積もってやつれていたか。
いろいろ妄想できて楽しい。

879無名草子さん2018/10/03(水) 21:59:37.86
上のNHK番組の動画の3:45-3:47に
「序章」1968年12月17日の小林君との一件について、未公開と思われる箇所が映っている。
「怒りと不信。絶対にクラブをやめるもんか。」の前に一段落くらいある。ぼやけて読みづらいが、
小林君とのやりとりや彼の意図が露呈したプロセス書かれている模様。

880無名草子さん2018/10/03(水) 22:24:12.60
個人的な感想として
19歳であの小紋は無いわw
いかんせん地味すぎる
相当なお値段の良いものだと察することは出来るけどね

カッコちゃん本当に喜んで着たんだろうか

881無名草子さん2018/10/03(水) 23:05:21.23
まあ19歳だし、プレ振袖ということで控えめにいったんじゃない?
そして翌年は(当時の価格で十数万の)豪華な振袖。
ご両親としては着ろ着ろ撮れ撮れと、見合い写真に使うつもりだった可能性大だね。

882無名草子さん2018/10/03(水) 23:14:17.50
やたらと余裕のある家だよね
あの時代に女の子を私大へ行かせてやり、独り暮らしさせるのもすごい
何か家に副収入でもあったのか。

883無名草子さん2018/10/03(水) 23:17:34.38
>>880
日記によると、その日は頭痛があり、悔恨の念に駆られ、同窓会にも行きたくないとねばったようなので、少なくとも楽しい気分ではなかっただろうね。

884無名草子さん2018/10/04(木) 00:00:19.50
>>882
地主さんだから林だの副収入があったみたいだね
おじいさんからの地元では名士のうちだから

案内に嵐山の下宿で一緒だった大山さんのインタビューで
「牧野さんの実家が裕福なのは分かってたけど
高野さんちが裕福とは知らなかったけど、お嬢さんだったんですね」
と仰ってる

885無名草子さん2018/10/04(木) 02:18:24.86
お父さんは京都帝国大学卒業で、町長だったはず。

886無名草子さん2018/10/04(木) 09:47:35.93
町長になったのはカッコちゃんの死後の話
生存されてた頃は栃木県にお勤めの方だった
営林局だったかな

887無名草子さん2018/10/09(火) 21:09:05.22
学生にとって、本当に悪い時代だった。とくに真面目な学生にとっては更に。
理論とか思想とか社会科学とか言ってるが、過度な理想主義、ユートピアを
目指していた。それはもう宗教に近かっただろう。
そんな宗教的な価値観ですべてを考え行動しようとしていたから現実によって
破綻させられた。
悦子さんとは違って自殺しなかった学生達も深く傷ついたことだろう。
ただ、死んだのも傷ついたのも社会や他者のせいではない、誇大妄想を構築し
た自らが原因だ。

こう書いてきたが、当時の学生が掲げた理想や行動の全てを否定するつもりは
ない。
苦しみや辛さを、そしてまた愚かさや浅はかさも含めて、悦子さんは生きて
死んで逝った。
私達もまたそのように生きて死んでいくことになる。ただ、私達は彼女のよう
な議論の対象になることはないだろう。

888無名草子さん2018/10/09(火) 22:55:53.39
又聞きのような話だけど
当時の悦子さんに年代が近い人の話を聞くと
ほとんどノンポリで運動してる人の方が少なかったそうだ

彼女らにとって、学生運動はまさしく宗教だったのだろうね

その証拠に全共闘のの幹部らは夢破れてから
悲惨な生活を送ってると聞く
敢えていえばバブルのような一種のお祭りだったのだろう。
そして、そのお祭りこそ真実だと思った彼女は
犠牲者だったのかもしれない。

889無名草子さん2018/10/10(水) 00:03:14.04
>>888
>ほとんどノンポリで運動してる人の方が少なかったそうだ

まあそれは時期と大学によって変わってくるよ。
でも総じて高野さんの時代は、たとえノンポリでもデモに参加するぐらいのことは
多くの学生がやっていたし、学生運動に賛同するにしても否定するにしても、
マルクス主義関係の本や雑誌を読んで、仲間といろいろ理屈っぽい議論をするのは、
大学生としての当然の「たしなみ」だった。あの当時の多くの学生にとって、
学生運動やマルクス主義というのは、宗教というほど深淵・深刻なものではなく、
単なる流行(はやり)で、大学のサークル活動に参加するのと同じようなノリだった。
もう少し後の世代の大学生の間で、テニスやイベント関連のサークルが流行したのと似たような感覚。

890無名草子さん2018/10/10(水) 00:12:43.13
>>889
私が話を聞いた人は
悦子さんが大学生の時に高校生だった人、数人いる。
その人たちが大学生の頃は、大学に行っても(デモなどで)授業がないから
運動してる人がはた迷惑だった、と話している

口に出さないだけで、もしかしたらマルクスの本を読んでいたのかもしれないが
一般的には学生運動してる人=変人、という扱いだったそうだ。

891無名草子さん2018/10/10(水) 00:21:24.45
>>890
それはもう世代が下なので、感覚が違って当然。
悦子さんの亡くなった69年をピークとして、学生運動は急激に失速しているからね。
すぐ下の世代は、学生運動急下降中に大学生になるので。

892無名草子さん2018/10/10(水) 00:22:11.72
私は東大安田講堂事件(1969年)を当時テレビの生中継で見た記憶がうっすらある。
浅間山荘事件の時は小学生で、やはりテレビの生中継を見た。

子供だったから世間のことはよく分からないが
学生運動はファッションと同じだったと思う。
ヒッピーのような服装や「神田川」に出てくる長髪の人は多かったが
彼らはそれは表面的なことは真似ていたが
真実、マルクス主義を信じていたわけではなかったと思う。

そのファッション(流行)を流行と見抜けなかった悦子さんの悲劇は
そこにあると思う。
それが真実だと思い込ませたものは何だったのか。

ネットで真実のような現在の風潮と似てる気がする。

893無名草子さん2018/10/10(水) 00:37:29.05
>>892
それこそ「ウソをウソと見抜けないような人は、匿名掲示板を使うのは難しい」という名言のとおり。
ネット上で煽られたり、妄想が行き過ぎて、本当に人を殺したり、自殺したりするケースが何件もあるからね。

激しい思い込みや、現実とフィクションの区別がつかないほどハイになった精神状態は極めて危険。
高野さんには失礼だが、マルクス主義というフィクション(あるいはファッション)と現実の区別がつかなくなった人が
思いつめて自殺したり、より過激化して連合赤軍、日本赤軍のような事件を引き起こしたのが当時の世相。

894無名草子さん2018/10/10(水) 12:21:01.76
人間の脳って本当によく出来ているというか、狡く出来ていて、自分自身をも騙して
現実逃避をする。
逃避先は異性であったり神や仏であったり、思想であったり、弱い者イジメだったり
もする。自分の外に関心や敵をつくり、自分自身や現実を見せないようにする。
悦子さん
は、中村への執着が自身による現実逃避だと自殺の数日前に気が付く。
自分自身が、空っぽであること、生きる強い意志が欠けていること、それらを自覚し
絶望心理に落ちて行った。これが彼女の特徴的な個性であった。

895無名草子さん2018/10/10(水) 13:06:25.60
客観性の罠。
自らの欲望に照明を当て続けたら、本能や欲望そのものがつまらないものとなる。
私が彼が好きなのは私の性欲がそうさせているからだ。
客観的にはそれが事実なのだが、その欲望を否定することなく肯定してこそ生物とし
てのヒトは生きて行ける。

彼女が勉強した理論はあまりにも理想的であり、人間の本来の現実からかけはなれて
しまった。人間の本来生を何か神様か天使のような存在だと勘違いしようとした。
絶対的自由など言葉の遊びにすぎない。

現実によってその妄想理論が破壊されるのは時間の問題だった。
キャベツを切る中村の姿を見て幻想が消えていく。
「労働者」とか「労働者階級」ってそこいらの普通の人じゃん、なんか偉いモンだ
と思ってた。中村だってそこいらの普通の男じゃん。

896無名草子さん2018/10/10(水) 13:24:28.64
>>895
キュウリじゃなかった?

897無名草子さん2018/10/10(水) 13:28:26.33
www

898無名草子さん2018/10/10(水) 13:29:32.65
誤 キャベツを切ったり
正 きゅうりを切ったりカツを揚げたり

899無名草子さん2018/10/10(水) 13:32:34.71
しかし、だ
中村さんがイケメンでなかったら
悦子さんは恋に落ちただろうか?

実はイケメンじゃなかったら恋に落ちることは
なかった気がする
むしろ小山田さんに向かってのでは?

900無名草子さん2018/10/10(水) 13:36:58.54
しかし、複雑な彼女の心理過程よりも、自殺の原因は疲労だと思うのだ。
デモとケガ、バイト、酒、煙草、眠剤、不食、寝不足、失恋、その結果としての疲労。
そしてその疲労に基づくマイナス思考と絶望妄想、そして自殺行為。

でも、彼女をそんな乱れきった生活に陥らせた原因は何だったのかという、ニワトリ
と卵、どちらが先かという問題が出てくる。

彼女にとって大学生活は本当に大切なものだった。どれだけ憧れて入学してきたかは
日記を読めば分かる。でも思い込みが強すぎて、勉強も恋愛も思うようにはならなか
った。そこから崩れていった。
なぜ崩れ壊れていったかといえば、彼女の生真面目さ、弱さ、一口に言って彼女の性
格や個性としか言いようがない。
そして忘れてはいけない彼女の重要な性格に、行動力がある、ということだ。
実際に行動してしまい、後で日記でグダグダ反省する、それが彼女の特徴なのだ。
誤解を与えそうだが、行動力のあるバカほど迷惑をかけたり怖い者はない、という。
それが彼女自身にすべて跳ね返ってきた。
絶望妄想と自殺決行にはやはり壁があると思うのだが、彼女はその軽はずみな行動力
跳んでしまった。

901無名草子さん2018/10/10(水) 14:05:11.45
>>900
よい考察だ。

902無名草子さん2018/10/10(水) 14:17:26.05
コンパで酒飲んで、男と一緒にラブホテルに入って、初体験をする。
もうほとんど自分の意志でやってる。男を知りたいって期待感で。
後でいろいろその行為を詳細にふり返っているんだから酒で意識が飛んでいたなんて
こともない。
そしてやってしまったことを日記でグダグダと反省したり、相手の男の責任にしよう
とする。男に着いていかなきゃいいだけのこと。事実上の同意があったように見える。
密かに、私、初体験しちゃった♡、という複雑な気持があったかもしれない。
それ以降、彼女の男への性的願望はかなり高まるが、それはホテルの男性従業員への
妄想を見れば分かる。中村との関係はそんな延長線上で起きた。

しかし、私はそんな彼女を批判しようとはまったく思わない。
悦チャンやっちゃったね、本当は恋愛関係の中でできたらよかったのにね。
その恋愛が上手くいかなかったから、ちょっと冒険と無理をしちゃったんだね。
若い時って男も女もそんなもんだろ。
行動力の無い男は童貞で、女は処女のまま、なんてのは言い過ぎか?

903無名草子さん2018/10/10(水) 17:25:13.93
ワンゲルの小林さんには色々書いてるけど
同意の上でホテル行ったんだし同情は出来ない

ホテルで鈴木氏とは何かあったのかもしれないが
それは日記だけでは分からない

日記を見ると、結構ノリが軽い女だな、という印象。
本人は否定するだろうけどねw

904無名草子さん2018/10/10(水) 20:22:30.75
「団塊世代ベンチ組」がハッスルしているな

905無名草子さん2018/10/10(水) 21:32:41.34
ノリが軽い、だけなら自殺するところまで行かなかった。
そこがちょっとお馬鹿な女子大生とは違うところ。
彼女はとても純粋で勇気があり賢い女性でもあった。
時代が彼女を急き立て、彼女が純粋だからこそそれに壊された。
不器用な彼女は時代から、その場から逃げることができなかった。
母親とともに栃木に帰っていたなら、京都に流れていた激しい時代と人間関係から
逃れ生きられただろう。
一途な性格で余裕の無い彼女にはそれができなかった。
その場の時間と人間関係に呪縛され身動きできなくなっていた。

906無名草子さん2018/10/10(水) 22:13:42.35
学生になってもっともしたいことは恋愛だった。
恋愛が生まれるのその舞台は学生運動の場であるはずだった。
それが一年経過しても実現しない。
周りは真面目なだけの理論好きな学生活動家ばかり。
私が片思いするだけで、可愛い私に誰も私に声をかけてこない。
相思相愛の恋愛がしたかった、好きな男と運動について語り合い、深い関係にも
なりたかった、抱かれたかった。
このままでは恋愛ができない、恋人が見つからない、どうしようもないと、私は
次第に焦りだした。
私を女として見ない、面白くもない、冷たい男達がいる組織から距離を置こう。
普通の大学生に、女子学生に戻って学生生活をやりなおそう、そう考えた。
それが二十歳の原点であった。
ワンゲルに入り、政治的なことから逃れよう、忘れようと山に登った。
しかし、それができなかった。ここで踏みとどまっていれば死ぬことはなかった。

私は広小路内であった学内デモを見て熱くメラメラしたものを感じて、気が付いたら
デモの輪の中にいた。私には活動から逃げたという負い目があった。
今度はより激しい学生運動の中に入って行った。

907無名草子さん2018/10/10(水) 23:16:38.62
そこからは、私に多くのトラブルが起きた。正確には、私は多くのトラブルを自ら
引き起こし、結果的に窮地に追い詰められていく。
酒を飲んで小林と処女喪失の冒険をし、自ら自尊心を深く傷つけることになった。
謂わば、自損事故を起こし、自暴自棄状態となった。下宿での自棄酒。
そんな自分を忘れようと、他者との一体感とエリート意識で恍惚感を感じることが
でき、ハイになれる激しい全共闘のデモに参加する日々が続いた。
その全共闘理論に熱心になるあまり、学生身分を捨てるという問題が上がってくる。

また、性の快感を知ったことが私を大胆にさせ行動的にし、バイト先の男達に次々
と関心を持った。その性的な関心を正当化するために様々な理屈をこね回した。
そのような流れの中で中村と関係を持ち、捨てられ傷つくことになる。

そんな頃、母が栃木から下宿に来て、話合い、できもしないのに経済的に自立する
と宣言してしまう。
熱くなっていた学生運動の敗退、破壊しまくった大学には戻れない、学生ではなく
なって仕送り無しの経済的自立のためのバイト生活への大きな不安、中村との関係
も失恋で終わる。燃え尽きた、燃え尽き症候群。

私はあまりにも短時間に多くの不安と不安定を抱え込んだ。
その不安に怯え絶望し、私は自滅した。

908無名草子さん2018/10/10(水) 23:34:10.54
日記によるとあんまりお風呂に入ってなかったみたいだよね
中村ともせいぜい三回ぐらいじゃないの?

909無名草子さん2018/10/10(水) 23:46:34.99
京都に行かせるべきではなかった。絶対に。

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