1000形はステップありで、中央扉は両開きでなく片開きとして作られる
初投入:松山−八幡浜間
さすがに琴平−高知間投入時には特急へ影響するため、車内トイレが設置された

高松駅移転は行うものの、現在位置よりもさらに120m西へ
県庁通り延伸部は地下道ではなく高架となり、その下は改札内、抜けた東側に2階建ての駅舎
これで得た莫大な土地に三越高松をそのまま移転させ(現東館はエスカレーターを挟んだ南館)、
その北側はタクシー乗降場で、南側はバス乗降場と自家用車待ち場
ホテルは今の位置だから、その間のやや(移転した)三越側へ高層駐車場が建つ
乗務員待機施設は駅ホームの南側

各社が一向に理解を示さないため、松山駅・高知駅で「車両の都合上乗り換え」常習化
1年後に各社が折れた

土讃線地滑りで金がなくなったため、キハ58に廃車するキハ28の先頭部を接合する方法でトイレ付き両運転台車両を作り出し、勾配閑散線区へ投入してワンマン化を推進
床下へ機器が搭載できないため、一部装置は車内へ設置した関係でロングシート化された
キハ53 2000番台

キハ185系を松山以南特急として再投入
余った2000系で伊予西条以東の特急「いよ」運転開始(一日6往復程度)

松山駅南側の貨物ヤードのみ伊予市駅東側の農協等を買収して移転
※見返りとしてみかん出荷シーズンは貨物列車1往復増発

2000年前後に国鉄清算事業団跡地の塩漬け解除が行われるはず