(続き)
それから>>301さんにもほぼ同じ内容の見解をお聞きしたい。あなたの結論としては「舟師に意味なんて無い。海軍というだけだ」
って事ですよね? であるなら、わざわざ「舟師」と「兵卒」と分けてる事についてどの様にお考えになっておられるの
でしょうか? 確かに『正史』と言っても完璧ではありません。とくに『元史』は正史上最も劣悪で最低な部類に入る
と言われていますが、それでもたまたま気分で分けたという事なんでしょうか?

それとこの質問は>>299>>301お二人にしたいのですが、『宋史』太祖本紀の一文「冬十月壬辰,曹彬等將舟師、歩騎發江陵,水陸並進。
丁酉,命呉越王錢俶為昇州東南行營招撫制置使。」を読んでどの様な印象をお持ちになるでしょうか? それと
江南軍の
范文虎は賈似道の娘婿で姦臣伝の中の一部にしか出ていない人材、李庭は明らかに監軍的な立場だと思われること、旧南宋軍人
が江南軍の主力という事実と東路軍に明確な違いがあるが、その事実が記述に及ぼす影響についてどの様にお考えでしょうか?

>>318
その事実は当たらずと言えど遠からず、中々鋭い指摘であると私は思います。正史ではないですが、例えば『籌海図編』では
「倭人至福建、乃福人買舟、至海外貼造重底・・・・・舟師皆犯重罪之人也」という記述があります。ですからそんなに的外れ
な意見ではありませんね。