【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.4
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旧日本陸海軍で使用された各種装甲車両のスレです。戦車・自走砲はもちろん
装甲作業機や一式装甲兵車のようないぶし銀、海軍の水陸両用戦車まで広く語って下さい。
■前スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.3
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1513262373/
■過去スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド
http://echo.5ch.net/test/read.cgi/army/1463822751/
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.2
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494146400/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 個人で死蔵させてる情報が多すぎるのが問題なのよね
くたばる前にとっとと公表して金にしとけと 金になるとか歴史として貴重とか遺族どころか本人でもまず判断できないからな >>247
大陸打通作戦については、戦後長らく語られてこなかったからなあ。 つうかT-35の元ネタのインディペンデンス重戦車だな >スプッッ Sd3f-LHHl
つーかさっき知ったが火砲スレでも暴れて住民困らせてんのかよ
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1536272600/l50
>>266
まーたコイツか
問題児ばかり沸いてくるな >>272
そりゃ一式47mm機動砲が800kgでM-42が625kgだったらそりゃ同等のスペックで一式の方が重いって言うでしょ。
俺だって最初は一式を擁護しようとしていたけど、「火砲の運行上前車は何ら無くても困らないもので、それを以って一式を擁護する理由にはならない」
って直接貴方方から指摘されて方向転換したんだから。
今はここで弁論せざるを得なかったけど、他所のスレにまで持ち出すとか場所を弁えろよ。戻ってからやれ。 場所を弁えるのはお前さんだろ?各所で長文レスして迷惑かけるんじゃねーよ
多くの人間に指摘されてんのに無視して自己正当化すんな >>274
だからそんなストーカーやってるのは君だけなんだってば…
そもそもここでの議論で迷惑かけたというのは言いがかりだろ。
バレンタインの話に乗っかっただけじゃないか。いい加減にしてくれ。 装輪装甲車なる人物を知らないが…
誰か知らんが俺ではないぞ
史実にあーだこーだしてればよかっただろとか野暮な事を言うのは御法度なのかな?
じゃあ、ハ号は最高の軽戦車だと俺は思う
海上戦闘が雌雄を決する太平洋戦争で戦車なんてあれくらいがちょうどいい
決して敵の対戦車火器に安全ではない鈍足なバレンタインなんぞ対連合軍で何の役に立つんだって今こそ思う チハの装甲板は小口径のキャップ無しAP弾には圧延装甲の一倍半〜二倍の防御力だから、配備時点ではバレンタインの圧延65mmと極端に劣らないし、開発時要求の30mmぐらいはいいがバレンタインまで防御を厚くする必要性がない
たかが37mmクラスのAP弾ごとき、チハの装甲がもし30mmもあればよほど角度が良くないと貫通できないしな
バレンタインみたいにしろなど、思い付きと海外戦車コンプレックスの様な考えだった ハ号は、故障しにくく兵站にも優しい兵器だったかもしれないが
開発当時は世界標準だったとはいえ、いかんせん装甲が薄すぎた。
アレではオープントップよかマシだけど、小銃弾や破片防御でも危ない。
ぶっちゃけやり過ぎだったのでは >>278
米軍の37mm砲は開戦時からAPC弾を備えているから、装甲厚30mmじゃ無力だね
そしてバレンタインは、レンドリース先のソ連で大戦後半まで供与の継続を希望される程の高評価 バレンタインについてはソ連の事情ありきだからな・・・
ソ連にしたらとっても役に立ったし現場からも大好評なんだから文句ない
あれでドイツ主力戦車とまともに撃ち合う気もないから
機械的信頼性抜群の装甲車両はありがたかったんだろう ソ連としては、歩兵直協用の軽量な戦車=独ソ開戦で大量に喪失したT-26の後継として役に立ったんだろうね
本来の後継車だったT-50が小数生産で打ち切られた原因の一つが、バレンタインの大量供与だったし >>280
すまんソースは念失したが、太平洋戦線に向けられた米軍の37mm徹甲弾にAPC-BC(M51徹甲弾)が支給されたのは早くとも1943年以降だと思ってる
試験に供与されたAPは350ヤード以上では、表面硬化装甲の前にキャップ無しの貧弱な弾頭が破砕されて、歯が立たない。
仮帽無しの37mm徹甲弾など弾速がすぐ落ちるから、あと5mmも厚ければ相当肉薄しないと無理だったろう…
本当にあと少しのところだった話ではないかと
ドイツ軍の3.7cmPaKなんて、車体側面の圧延装甲部に貫通試験しただけだからなあ
流石に、側面装甲というは大概斜めに受けるものだし
>>279
小銃弾で貫徹されるってのも、よほど角度が悪かったんだと思う
ハ号は砲塔全周、側面下部も12mmだし、傾斜部やバルジ部は角度が付いてるから無理として、車体側面上部バルジ以外とキューポラの薄いところをやられたんだろうな、そこは確か10mmだし こうギリギリもうちょっと足りない感はあるが
その程度の差は角度や距離や手数で押し込まれるだけなんで
結局は足りないわけだし
対米戦に於けるハ号の問題は米軍の全自動戦車ライフルである12.7mm機銃に耐えられない点よ
やっぱ20〜25mmは必要っだったのではないか ポーランド侵攻当時のドイツ軍戦車は、I号II号は勿論、III号IV号の初期型ですら15mmくらいの装甲厚なんで、ボフォース37mm対戦車砲や対戦車ライフルに正面からボコボコ抜かれて、かなりの損害を出している
小銃弾や弾片をやっと防げる程度の戦車では生き残れない事が証明され、正面30mm厚になったフランス侵攻でもまだ足りなかったので今度は50mmに、
しかしT-34に遭遇しまた足りなくなり、どんどん厚くなっていくが、日本戦車はそういった進化ができなかった 昭和7-8年当時に国産で6.5tでどうにかしようと頑張った結果があれなんだからどうしようもないす
昭和11年当時には9tで20mm装甲・時速30km/h・57mm砲搭載という
プレWW2の列強の軽戦車(重量級)並のものは作れば作れたけど
使う方が「そんな遅くて不便なの要らない」って言っちゃったからどうにもならない
WW2時点でハ号を作り続けたのは、一にも二にも安上がりに数を揃えられるのが理由だし
'42年時点で仮に凄い性能の軽戦車(M5クラス)が目の前にあったとしても量産に移したかどうかは果てしなく疑問 表面硬化云々とかでチハの装甲は十分だーとか言ってるけどさあ、
チハが当たりどころとかのラッキー以外で米37mmや2ポンド砲の砲弾防いだ実績とかあるの? >>285
正面だけやけに分厚くなるよね。
それまで三号も四号も全周囲30mm均等配分だったのに、とうとう全周を均等に囲ってしまう事を諦めた。結局四号も三号も側面は30mmのまま終わったしなぁ。なぜか砲塔側面だけいい感じの傾斜っぷりとシュルツェンは有効だと思うけど。
チハは戦車学校案30mm、参謀本部案25mm(努めて20mm)のどれも均等配分だから、まあペラいのは多少はね?
>>286
熱河作戦で八九が落伍したのだって、実は速力不足じゃなくて13トン弱車重を悪路を踏破した事からくる負荷だから、もしかしたら車重を軽くしろと言ったのはこの際の稼働率絶望視もあるかもね >>287
本当に惜しかった(史実でもギリギリ足らない程度の防御力は行ってた)と思うってだけ。足りはしないのは事実だけど5mmあれば角度が悪くなければ防げない事もなかったのではないかと。
例えばビルマで撃破された唯一のチハ一両は、前面のトランスミッションに当たるも破壊できず跳ね返って自走可能だったからね
普通だったらトランスミッションを貫通、操縦手戦死。
25mmでは限りなく不安だけども、37mm相手ならバレンタインほど重装甲を要する必要性があったのかな?と >>287
俺の言い方が悪かったのかもしれんけど
「せめて30mmもあれば十分」という意味だよ、>>278には史実で十分だー、なんて内容は込めていない
バレンタインもどきを作ったところで、100mm級の貫徹力を持つ6ポンド砲を引っ張りだされたら終わりだし、開発時の37mm対戦車砲に耐えられるギリギリの厚みで何ら叩かれる判断じゃないと思ってな。戦車学校矢崎中佐達の主張30mmがそれに近似すると思う。
30mmの第2種装甲でもあれば、九四式速射砲において、九四式徹甲弾の40パーセント増しの貫徹力を持つ一式徹甲弾でさえ、垂直に着弾しても射距離200mでも貫徹できない。
君は気にしていないけど、ラ式こそ日本軍が対抗すべき火砲
AP-HEで初速も九四式に毛が生えたもんで、アメリカの37mmより更に弱い。 37mmと違い、57mm対戦車砲をジャンルに持ち込んで人力で移動させるのは大変 37mmに耐えられれば、それでいい。
当然開発時に存在する37mm砲に耐えられる値じゃないと不自然だから、30mmくらいでいい
どうせ敵が57mmを持ち出してきたら、あのクラスの戦車にいくら厚みがあったってどうしようもないのだから… てかチハ車ってかなりタイミングが悪かった感じもするのよね
37mm砲に耐えれる程度の仕様で制式化されて本格的な生産に移るまでの間に国民党軍が強力なラ式三七粍砲を、次いでソ連が45mm戦車・対戦車砲を相手が持ち出してきちゃったという
もしハ号のように一次試作→二次試作→制式化のような手順が踏めればチハ車もまた別の形になったかもしれない そうだな。
あと苦な事を言っておくと、既に開発済みの九二式車載十三ミリ機銃ですら500mでニセコ鋼板20mmの貫徹力、次いで開発中の九七式自動砲は九四式速射砲と同等の貫徹力を持っていた事実はあるんだし、九四式徹甲弾の威力不足を疑うのはちょっと遅すぎやしませんかねえ…
と、言うのは後知恵なのかねぁ… まあそもそも論で行くと昭和11年の仕様策定の時点で用兵側からも軍需関係側からも
「25mmで十分っていう根拠を言えや」と詰め寄られて
データを示すことができずに「200m以上なら跳ね返します」と口頭で対処したわけで
装甲厚は最初っから不安、でも緊急に欲しい戦車だからと我慢した結果なんだよな
とはいえ
チホでは車両重量と主砲口径を大胆に減らす代わりにそこは目を瞑り
チヘでは重量をチハ同等として装甲35mmから50mmを目指したんだから
やっぱり後継車両の開発が上手く行かなかったのが最大の癌だよ >>294
何何すべきだった、で言えば早い段階で一式チヘ相当の車両にバトンタッチすべきだった、で括る方がいいと思うし
あの時点でオール国産で作れた限界がチハで
それすらも蓋を開けたら速度性能以外足が出てしまったのだから
特に車両重量の制約にダイレクトに関与してくる装甲厚や機関をああしろこうしろというのは後知恵なんだろうね…(自戒) 重量の制約たって濡れ面積考えると然程大したものでもないので
一番のネックは大きさなんだと思う 更なる軽量化と超壕長増大の要求が出てチニの仕様を10t型から9t型に変えるときに
原中佐(当時)が出した案が
1・超壕幅増大は尾体付加で対応(ハコを長くしない)
2・車幅の20cm短縮(ハコの切り詰めで軽量化)
3・装甲厚の25mmから20mmへの減少(装甲を削って軽量化)
の3点だから
ハコの大きさを小さくするのと同時に、装甲厚の減少も重量対策として馬鹿にならない効果があったのだろう 当然のことだがガワにしてもエンジンにしても重さが増せば
それに対応して足回り等も強化しなくてはならないし
最悪、接地圧の関係で履帯を幅広に替えるような大手術が必要になるかもしれない
装甲については(鋲接している都合上)シャシ・フレームの強化も必要になるかもしれない
というわけで中々一筋縄では行かない感 チハは試作車が予定重量13.5tに収まったけど、抗力不足からか最終的には15.0tにまで重量オーバーしているんだよね
それでも登坂能力など要求を満たしちゃってるんだけども
ここら辺は、むしろ重量過大が指摘されて試作車より肉抜きされて徹底的に軽くされられたハ号と違って、実戦部隊からの相次ぐ改善要求とディーゼル化で予定の9.8tから最終的に13tにまでなった89式と似てる チハぐらいのサイズの戦車で
車体+砲塔の前面/後面投影面積は3〜3.5平米x2
車体側面が5〜6平米x2、砲塔側面は2平米x2
だから15〜23平米なわけよ。平均20mmの装甲板を張ったとすると、0.3〜0.46立米
鉄の比重から重量は2.4〜3.6トン
20〜30mm装甲の10〜15トン戦車の装甲重量は3〜4トンぐらい
ここから5mm減らすと600〜800kg削減
なお前面装甲だけ50〜60mmに増強した場合も600〜800kg増加だ
チハとかだと避弾経始で食ってる分があって、更に上面装甲の分があるから単純じゃないけど
全周囲に相応の装甲ってのは広大な側面の重量で厳しくなるわけだ
だから全長短縮や装甲強化は前面のみといった手に向かうしか無いわけである そこまで難しいのにバレンタインは装甲厚くて凄いな! >>301
299で書いたことと300氏の言ってることを読んでもらえばわかると思うんだけど
装甲の重量増って装甲板の重さだけじゃない部分があるんだよね
ここはエンジンの大きさや重さもそうで、単体の容積や重さの差分だけとは考えないほうがいいと思うんだよ
特に日本陸軍の兵器の場合
ぎりぎりの強度で作ってあって、どこか重たくするとあっちもこっちも補強補強で強く(=重く)せざるを得なくなる場合がある
まあ、>>296で言いたかったことは
ハ号やチハ関連では、装甲周りやエンジン関係で、とかくああできたこうできたとあげつらいたくなるけど
実際にその当時できたことの限界を見せつけてくれてるわけだから、軽々しく「べきだった」は使っちゃいけないなという話
もちろん自戒も込めて サスがヘタって履帯ダルダルになってる写真とかあるからな
これでいくとチヌとかは察しだろうなぁ
「先に戦闘消耗するから寿命とか気にせずとにかく対抗可能な戦力は可能な限り揃えろ」的な独ソ戦初期のソ連式発想なのかもしれん
この時期は一回の戦闘での損耗率が高いから大した問題にならないわけだ >>302
あんなんハ号のディーゼルとそうスペック変わらないからハコはともかくエンジンやサスペンションといった中身は大した事ないはずなんだがなぁ…
実際傾斜装甲含めたらソ連の軽戦車とそう変わらんし 小さい砲塔とはいえ、前面ではなく全周65mmという装甲厚はちょっと凄いな 日本軍はどれだけおびただしい数の中国人を殺戮してきたのだろう? 側面に関していえばシャーマンはおろかパンターの側面下部より厚いからな
側面は両面を防護する関係上装甲面積が正面の二倍以上になるので、側面を削れば全周65mmは分かりやすく例えると正面100mm以上に相当する
2ポンドの型だけだが
小型歩兵戦車だから馬力がハ号並みなのは一笑だが、後に170馬力の米製ディーゼルを積んでとうとう機動力面でも差を詰められるしな
流石戦車起源の国とも言うべきか
というかチハは英国式には巡航戦車に相当する事になるが、スペック上はちょい後世代の巡航戦車と比べてもお寒いんだよなぁ…
あ、でもあちらのクルセイダーは信頼性がかなりお粗末なのでチハの方が動く分だけマシだが クルセイダーの場合、北アフリカの細かい砂塵が故障続発の原因でもあった >>301
>>257の記事によるとチハ車(恐らく新砲塔?)の防弾鋼板重量は約4.2t程だったそうで チハってラインメタルの37mm対戦車砲で1000mで撃破されたんだろ?
5mm増やしたところで大して変わらねーだろ >>313
それスペックみてそうなるだろうと判断されただけやで 実際のトコほとんどラ式vsチハの対戦機会はなかったと思われる
支那方面の戦車連隊でチハ装備が進むのはラ式を大量に鹵獲した後も後、43年頃からだし
基本的に打通作戦以降だわな
下手すると2ポンド砲やらM3 37mmの方に苦しめられたのかもしれん
で、こいつらはまともな徹甲弾だと50mm装甲でもやばい
(但し歩兵が持ってたM3は配当されてたのが榴弾・散弾・M74APだけだったという話もある) >>313
1000mもあったら音速割ってるんだが… >>312
つまり全周囲で装甲を倍増しても4トンしか増えないってことよ
元が13.5トンだったから前面重視等でバランスさせれば15トンぐらいでイケル
実際の車が装甲そのままで補強で15トンになっちゃうんだけど
これはフレーム構造の欠点であるな。重くしたら更に重くなるという悪循環だ
モノコックていうかバスタブ式セミモノコックなら
装甲の厚み=車体強度向上で済むからだいぶ楽になる
中戦車を作るには車体構造の面からも進化が必要だったのだね >>316
音速割るは言いすぎたけど
3.7cm PaK35(36) のpzgr.の貫徹力は25mで圧延54mm(日本の第1種防弾鋼板に相当)、1000mだとその半分の28mm(圧延)しかないんだよ
これは日本の九四式三十七粍砲の一式徹甲弾における、距離1000mにおける第1種31mm、第2種16mmとそう大差がないんだが?
もちろんpzgr.の第2種へのレートは圧延からいってだいたい1000mで14mm程度も抜ければいい方 試作車の13.5tから1.5t補強されて15tになったわけだけども、これのおかげで最終的に三式砲戦車の17tまで耐えているわけで
装甲重量が4.2tなら6.2tまで各所同率増厚させるとして、6.2t、すなわち1.47倍で全周37mm厚装甲まではいけなくもないんだよな
あくまで「いけなくもない」んであってそれでgo、とはいかないのが現実なんだろうがねえ 米37mm砲の性能値は初速二種類×弾二種類×鋼板対象二種類の計八種類があるから面倒
まあ初速792.48m/sのM74APなら>>317の試験結果は何ら不思議はないが
初速約884m/s・M51APCの方だったらもっと遠くから貫通できただろう どうせ一式なんて使い始めたの42年の後の方とかなんでしょ
42年の初期にやったであろうスッチーのテストじゃ戦車砲の歯が立たなかったんだから
5年後だしでようやく追い付けたかもしれないとか輸入オンリーで良かったんじゃね そもそもそのスチュアートのテスト結果がまさに「九四式徹甲弾は効力なし」だからな
実際にガダルカナル島ではラ式ではなく九四式三十七粍砲が敵戦車5両だかを擱座させたエピソードがある
一式徹甲弾を以ってすれば待ち伏せ戦闘における側射でならまず苦は無い
開戦時にスチュアートと交戦した結果は欠陥のある九四式徹甲弾の性能から考えれば苦戦は当然
日米開戦前の部隊に配備されていた九四式徹甲弾の設計に起因する欠陥が問題なのであって、輸入しろというなら砲弾の方だ
砲の方には特段欠陥は無いんだから >待ち伏せ戦闘における側射でならまず
苦そのものの前提条件じゃん つっても対戦車砲に待ち伏せされたらたまったもんやないだろ
実際戦車に比べて機動力の低く隠匿性の高いコレは基本待ち伏せ兵器や というか緒戦の苦戦エピソード、一般に知られる九四式徹甲弾だと知らない奴が多過ぎる件
一式徹甲弾なんて日米開戦時はまだ試製一式徹甲弾だろ(一番先行していた47mmの一式徹甲弾でさえ制式制定は1942年以降)
それも大急ぎで少数砲と一緒に間に合わせたんだから、開戦時の37mm砲にまともに支給されているわけがない
一式徹甲弾による本来の戦闘能力なら、全く歯が立たないなどと巷に言われるほど無力だったわけじゃない
一式徹甲弾の貫徹力は九月四式徹甲弾の4割り増しとされ、射距離700mで従来の500m距離の貫徹力を出せるとされる
当然、チハの装甲も近距離では抜かれる
スチュアートも側面がズバズバ抜かれて損害出している時点でもう戦車としてやばい訳よ
その意味では十分な脅威になってる
アメリカも沖縄戦でM4を大量にやられて、パーシングの補給を急ぐぐらいにはね
日本がチハに試験したのだって側面下部
被弾面積デカイ側面もかなり不安なわけよ
側面は抜かれるけど気にシナーイ、ならどんどん薄くしてくれた方が楽だったんだけどね おっと抜けてた
アメリカも格下の47mm相手に沖縄戦でM4を大量にやられて、ね
要は大量配備されている安価な対戦車砲の有象無象に側後面抜かれる関係が成立すればでもう対戦車砲の有利が決まっている
しかしそれがキツくなったのがM4で、これはまた47mmで対処するわけだ M3軽戦車(初期型)の操縦手席前面と、M4中戦車の車体上部側面は、共に厚さ38.1mで殆ど傾斜が無い
(おまけに前者には開口部があり、構造的により弱い)同じように47mm速射砲に抜かれるのも道理 アホくせえなあ
チハにM3から切り出した増加装甲つけて6ポンド砲に耐えたのは車体正面
側面だけを狙わざるをえない時点で既に悲惨な状況なんだっつの >>330
言い方を変えようか?
そこら辺の有象無象に側面後面抜かれまくって大損害出してる時点でもうM3軽戦車の方が苦の苦の苦だよ
滝沢聖峰が漫画化してたろ、イワラジの速射砲のエピソード
M3中戦車相手に側面狙って連発射撃で破壊して5両擱座、車列の後ろに行くにつれて角度が付いて所要弾数が増えて弾切れしたが
これがスチュアートだったら、一個中隊壊滅しとるわw
側面とる時点で悲惨な状況じゃなくて、側面取ったらもうこっちが相当有利なの
仮に正面から撃破出来る大型対戦車砲でもバカ正直に正面から迎えうったところで、すぐ発見されて撃破されるから敢えてトーチカは側面に開口して十字砲火浴びせるケースだってあんのにさ…
まずオーストラリア軍が参加した東部ニューギニア戦線ではM3軽戦車がボロクソにやられるもんだから重装甲のマチルダUが重宝されたのなんてこのスレの中じゃ知られた話でしょ 言い負かすのに夢中になるってスレを壊すのを気にしないような奴とかまだいるんだ 高速徹甲弾を射耗した後のPak38が数合わせ程度の扱いされてたのを見ると側面を狙うのも楽じゃないんだなと感じる
Pak38の通常徹甲弾はT34やM4の側面装甲を距離750m(ちなみに1式47mm砲は約730m)で撃ち抜けたのにね
あと75mm成形炸薬弾を撃てるV号N型の意外な好評振りを見ると
日本にとっての対戦車砲の最適解は四一式山砲+タ弾だったのだろうなと思う >>333
先に言い負かそうと言葉尻を掴んできたのはワッチョイ 82b3-S1B3だから悪しからず
もう相手にしないよ 極々一部の成功例の陰にどのくらいの失敗例があったやら
ドイツに88mmFlakとHEATが無かったら独ソ戦どころかフランス戦で頓挫して
スッップみたいな奴がPak35/36で十分なんだ!とかアホなことぬかしてたんだろうなあ 一部の苦戦の裏にどれだけの戦車の損害が積まれたかも勘定して考えないとダメだな
ましてやB1重戦車やマチルダ2より装甲が遥かに弱体なM3スチュアートではね その日本陸軍最強戦車をスクラップにしてやったよという話ですよ
フランス戦だの持ち出して今度は何なんだ… ちなみにマチルダUやB1重戦車は側面も分厚い全周重防御型
PaK 35/36で不足になるのは当然
側面を易々抜ければいいという俺の理屈には何ら合致しないから>>337の発言は人の話をよく飲み込まずに放ったトンだ的外れだと言える
俺が言っているのはM3軽戦車vs九四式37mm砲とかM4中戦車vs一式47mm機動砲なのに、その関係性は何ら適用出来ないだろ スチュアートで装甲厚が一番厚いのは主砲防楯、次がシャーシ前面で、38mm厚の車体前面上部は操縦手バイザーが大きく構造で、耐弾性に劣る
これはM3A3やM5からは開口部の無い傾斜装甲となるが、厚さは25mmに減少 海兵側から言わせると、M3は「可哀想な相棒」だったとか。健気に先頭に立とうとするんだが待ち伏せの日本軍対戦車砲に抜かれまくって… ええ、米軍だと、太平洋方面に配備された戦車・自走砲は2030両、そのうち4割弱にも及ぶ736両が日本軍の戦車および対戦車砲により破壊されたとあります
投入兵力すべてが直接本格的な戦闘に従事するわけでもないことを鑑みると、米軍戦車は半ば棺桶と化していたのかもしれません
・・・が
それでも米軍の戦車攻撃は弱まるどころか日に日に苛烈さを増していったのがまさに、「撃破される単位当たりに凄まじいキルレシオをたたき出していた」んですなあ
これは英軍の、それも広大なビルマ平野での機甲部隊の末期会戦になるので一概に言えませんが、「戦車一両を撃破するのに兵員50人と砲一門の損害が必要」という信じがたいまでの報告を辻参謀がしとりましてね
「まったくこれっぽちも相対できなかった」と言われると日本人としてもんにょりするんですが、かといってここまで尊い将兵の命が喪われたかと思うと、やはり日本人として史実の速射砲や戦車の貧弱を呪わざるを得ない次第。。。
長文失礼しました >>337
その例に挙げた88mmが極々一部の成功例なんだけど知らないみたいね
極少数の88mmが無かったくらいでフランス戦が頓挫するとか今時安直な仮想戦記でも叩かれるだろうな 実際M3やM4の撃破に至った砲よりも至らずに蹂躙された砲の方が多い気がするねー。 というか交戦距離と地形がぜんぜん違う欧米戦線と太平洋戦線直接比較してもなんの意味もないと思うんですけど 47mm機動砲自体は距離1000mで敵中戦車の最大厚を射貫する事を目標としているし
本来はユーラシア大陸での平原や草原を想定した対戦車兵器なのだろうけどね 陸軍の志向が満州平野なのは理解できるが、それなら比較すべきは教本であって実戦ではないだろ 上の奴みたいなのがしばしばブラックジョーク的なノリで使う
「日本最強戦車M3スチュアート」なんだけど、
別にこれといって否定する気はないが、実戦未投入に終わった一式中戦車以降を除けばマジレスするとビルマのスチュアートの装甲を増加装甲として張り付けたチハ改こそ一応は最強だったんじゃなかろうか?
ネットソースだが1944年4月のテグノパールの戦闘で6ポンド砲を被弾、増加装甲は割られるも下の本装甲は無事だったので操縦者が驚いたとか…(あと畏れ多くも陛下からの戦車ボルト止めだとけしからんと制裁されるので敢えて溶接したとかいうエピソード)
いや、M3スチュアートへの反論にM3の装甲材質の良さを頼るというのも変な話ではあるが
実際M3軽戦車の装甲材質って良かったんかね?徹甲弾の方はやけに炭素含有率が高いらしいけど装甲材はどんなんやろ スチュアート最強論は装甲だけじゃなくて速度とか馬力余裕もあっての印象だと思うんだな
一説にはビルマで鹵獲したM3はAPBCを持ってたというが、それでも火力的には一式四十七粍に勝てるはずがないし
シルエットの大きさや接地圧の大きさは当の米軍が問題にしてるくらいで、必ずしも戦場に見合ってると言えない
まあ、半分ネタなんだから、こんなとこでわざわざ引っ張り出してぶっ叩くような話でもないでしょ まあ別にギスギスさせてしまったから一息にネタに楽しくマジレスでもしてみようと思ってね…
そりゃ航続距離短いしそういった運用上の不利はあるけど純粋な戦闘力の面でね…
もちろん相手もみんなも大真面目にそのジョークを間に受けているなんて思ってないから大丈夫だよ
ただこんな面白いケースもあるでそというだけ 戦車第14連隊の撃破されたM3軽戦車の装甲をはっつけたエピソードは有名だけど、あれは車体前面の上下面にくの字につけてるだけだから砲塔とかはまんまなのよね
くの字だから被弾経始は良好だから、まあそこだけなら本体装甲と合わせて6ポンドを防げても不思議ではなさそう >>350
溶接すると手を加えることになるからあえて取り外し可能なボルト留めじゃないの? あれ?、記憶の改ざんが起こってたか?
どっちかは忘れたがまさに今みたいなそんなやり取りだった覚えが…
逆かもしれんわ 溶接ではなくボルトと鉄材止めのはずですよ。先陣を切る一部の小隊長車のみ装備で操縦性は増加装甲の例にもれず悪化したようで・・・
正面防御力をいうならどっかの戦争博物館に展示されていると話題になったチヘ砲塔のっけたチハもいいんじゃないかと
こちらは重心はそこまで狂わず、頭だけ出して使うのにはいい
それでも5cmですけど。。。 スチュアートはチハ車よりも操縦が恐ろしく簡単だったらしいねえ。ギアが"コトッ"とすんなり入るんだとかで 要所に操作方法を図解したエッチング板が貼ってあるのを参考にして動かしてみたら、自動車経験ゼロの日本軍歩兵が一月も経たずに使いこなせるようになったとか聞くな。
米軍自体ど素人を集めて作った大衆徴兵軍(概ね高卒で運転免許は持ってるが)なんで、それに対応した造りなんだろうけど、教育のソフト面における日本との差が・・・ 日本人はなまじっか識字率も就学率も先進国最高レベルだったせいで
マニュアルが「わからないのは個人の努力不足のせい」であり、「マニュアル自体ををわかりやすく」する発想にいかなかったのがなんとも そもそも戦車連隊の数がお察しだったんだからそれで構わなかったんじゃね
しかし前身のM2軽戦車時代からそうだがチハは見習ってあの歪な操縦席周りは改めるべきだな
特に必然性もなくグニャグニャやんけ
被弾傾始なら平板でもやれてるし
装甲製法もあるが内部応力パンパンで瓦の様に割れるから歩留まり悪かったらしいぞ
まあ(所謂)チヘ/ホイ車体でぺったんこになるんですけども >>360
内部応力パンパンでカワラの用に割れるとは?着弾時でしょうか?工作時でしょうか?ご教授お願い申し上げます。 >>360
ごめんなさい歩留まりの下りがあるので工作時ですよね、リベット打つ時点で割れるなら冶金的に間違っていて当時の我が国は装甲や工作に不適切な材料を選択していたのでしょうか? >>361
硬化処理の段階で熱収縮率の差でどうしても一部は割れちゃうんだと >>362
すまん操縦席と特定できたわけじゃない
もちろん平面でも割れるときは普通に割れる ハ号はタイに輸出した50輛のうち13輛の砲塔にクラックが発生するトラブルがあったな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています