【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る30
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蒋介石なんか地下資源を売ってドイツから武器購入
宋美齢の米議会演説で無尽蔵に米軍装備をただで入手
美味しすぎる >>595
実はタダじゃないんだぞ。
桐油利権や各地の鉱山利権とか、いろんな物とバーターでアメリカから援助を得ている。
戦後共産党が政権取って全部おじゃんになって、アメリカざまぁ案件だけど。 >>484
いや、徹甲弾よりむしろ榴弾のほうが効いたというレポがあったんだけどね?
初期のマレーやビルマだったかな? 多田さんがトラウトマン工作を継続したいと言ったのに
米内と広田と松岡と近衛が反対すっから、、、、、 冗談でなく、このスレは田舎出身で努力して都会で一応功なした口が多いんでないか?
かつての陸軍将校みたいな
だから、農業機械化話題になると議論が白熱化してレス応酬が多いんだと思う 農業トラクタと砲兵は表裏の関係だったから、そりゃまあ気持ちはわかるが
数トン単位の砲を牽引できるトラクタは農業用としてはかなり大型なわけで
ロシアやアメリカの大地ならともかく、日本じゃ現代でも北海道とかじゃないと使えんもんな >>602
それは戦後GHQが農地改革やって農地を細分化したせいで、戦前の
大地主が残っている時代ならわりとなんとかなった問題だと思う。
山奥の棚田とかは知らんけど。 帝国陸軍の場合、38野砲、95野砲、山砲、歩兵砲、弾薬車、迫撃砲、92式重機を牽引できる
軽めのトラクターやら耕運機リヤカーが良いのでは? 機動九○式野砲とか八八式高射砲は6輪自動貨車でも牽引されてたよ。後二輪駆動でハーフトラックにも改造できるしな
まず第一にトラックの普及が肝心だと思う
輜重はもちろん、2トン強程度の砲までなら対応できる
大型の農業用のトラクターだと、まず不経済だから欲しがるやつがいない
それよりもトラックやバスは民間でも引く手数多だろ
資本のある企業は一定数存在する
いざという時に軍に徴発させる計画だから、まず大前提として民間でも採算ベースに乗せないといけない
民間に補助金出して普及させるならトラックやバスで、それは史実でやってる >>604
九二式重機や迫撃砲は分かる、歩兵砲や山砲もギリ分かる、でも野砲はいきなり飛び過ぎでは? どうしても地方農家にトラクター買わせたいなら、トラクター本体だけじゃなくて充実したアフターサービスまで政府の金で用意しなくちゃならんな
農繁期に修理待ちなぞしておれんから複数台持つ必要もあるし
さらに導入初期にはあぶれた元農民の失業者たちが大きな社会不安の要因にもなる
時間と天候との勝負な農業において人海戦術は1つの正解でもあるんだし、地方農村の機械化にはさらなる都市部への人口流出による人手不足の深刻化がないと辛かろう 社会大衆党の結成と躍進が早まって安部磯雄総理が爆誕しそうだな
そして予算減らされてぶちギレ軍部が 本土決戦以外で徴発すると生産力ガタ落ちになるだけなんだが・・・ 史実では戦時に農村から根こそぎ馬を徴発して返却してないんだし
トラクターや耕運機の徴発と何が違うんだよw 史実では大恐慌の不況下の雇用対策では機械化禁止という政策を取ってるんだな。 紀州の軽便鉄道の線路だって戦時の軍用鉄道用にと枕木ごと引っ剥がされて復旧してないわけで
まあ戦争に持ってく前に数年、民間でご奉公できれば上出来、運が良ければ減価償却後は貸与先に格安か無料で払い下げで良いんだし
ガタガタ小難しい講釈を垂れて楽しい? 機械は働かなくてもお金がなくても死なないけど、人は働かなくてお金がないと死ぬからなぁ
いやまあ機械も動かさなかったらそれはそれで死ぬけどさぁ >>610
今の話はトラックやバスのこと。
誤解させたようでごめんなさい。 機械化した方が裾野の広い産業で雇用がひろがリング
戦前の役人、軍人が統制経済の狂信者ばかりで
まともな工業技術知識や資本主義を知らんのだろう 米だって不況過ぎて軽い統制経済っていうかそんな時代だったんだしな >>615
なに講釈垂れてんだよ。
自分で否定したんだからもう書き込むな。 日本の自動車は昭和二桁まで事実上評価対象にすらならない代物で
いすゞTX、94式6輪が、軍・商工省・国鉄・主要3社の共同開発で出来上がったクルマ
軍用自動車保護法で作られたのは年間1000とか2000台(国内の自動車市場が数万台
補助金もらっても持ちたくないレベルの自動車しか作れなかったんだ トラウトマン工作で休戦して
さっさと1940年東京オリンピックで
都市インフラ建設、地方交通網整備、の好景気に持ち込めば
工業化も進み、健全な国防立国を軍主導でスポーツ振興、健康保険制度充実あたりから進んで
しあわせな昭和時代と言われたかもなあ >>619
絶賛WW2中で中止かもな>オリンピック
あと、日本を何が何でも殺したいルーズベルトがいるからどうなることか >>609
>>614
ノモンハン時点ですら満州からトラック1400両借り受けて合計2000両で運用しているよ
後で返却もしたんだろうかね(知らんけど)
史実でやっている以上あれこれ言ってもしゃーない
生産ガタ落ちって今の話はむしろ農業トラクターの話でしょ 蒸気機関車や鋼船は昭和前期にそれなりなレベルには達してたんだし
ダメダメな国産自動車だってノックダウンやライセンス、生産ノウハウやら開発経験を積んで10〜20年生暖かく見守れば
ましになったんでないの?
それが1970〜1980年に輸出できるようになった日本車の流れやろ? >>612
それ。まあウィキペディアによると
>>軍用保護自動車として選定されたトラックは、軍用自動車補助法に基づき、
民間へ販売される際に政府が補助金を交付しており、これにより自動車産業の育成と、
自動車そのものの保有台数の強化に努めていた。
有事の際には軍が民間の車両を買い上げて使用する計画であったが、大部分は期限が切れ、民有のままであった。
であったなんて書かれ方もしているし、どのみち残った分は銃後で奉公できるし、前線では貴重な輸送源
何もしないより遥かにマシな政策 >>621
満州だから出来たこと。
本土でトラックやバスを民間にまわすということは工業生産のインフラになる。
それを戦時に挑発すると軍需生産を下げることになる。 ちなみに、軍用としては落第判定の日産80型だが、民間用としてはかなり評価が高い
旋回半径も小さく、積載能力も高く乗り心地も良いと
しかし元が整地での運用前提だったため、フロントヘビーで不整地踏破性能は低く地雷踏んだら即死、運転席が高い、整備性が悪いなど、やはり全てキャブオーバーに起因する問題が挙げられている
こちらは軍用指定トラックにはもちろんされておらず、何の補助も無しに国内で売れている
もちろん軍に重用されて、数の上での日本の主力トラック(悲しいかなこれが主力だった)になっている
トラックに注力するのは良い事
銃後でも前線でも貴重な輸送力だからな
農耕トラクター関連に力を入れなくてよかったのでは? >>624
ゴチャゴチャ言っても史実がそうなんだから文句言ってもしょうがない
計画に基づいて生産力と軍隊の自動車供給のバランスは考えられている
根こそぎ動員されるわけではないんです 日本の自動車生産台数は満州事変の昭和6年でも500台前後。輸入+ノックダウンは2万を超える
保護自動車もくそも、対象になる車は殆ど需要がなかったのだw
ほぼ輸入車一台分の補助金がつくのに「金もらっても要らないゴミ」だったわけ
登録にだって置き場所にだって金がかかるから
使い物にならないゴミを置いておくより最初から輸入車買ったほうが良いという悲しい話よ
商工省標準いすゞTXが登場するまで、国産のトラックは比較対象にもならなかったのさ >>627
なら史実の話だけしてたらどうですか?
文句いってもしかたないんでしょ? >>628
別に国産限定とも言っていないぞ
むしろ輸入したシボレーやフォードが厳寒期の満州での可動で素晴らしい実績を出した事など知られた話だが
34年以前に遡ってやるなら、農耕トラクター関連よりトラックの方が「マシでしょ」という次元の話なんだが、そこまで広げてもまだ農耕トラクター関連の方がいいというなら聞くよ
あくまで「もし政策を取るなら」二択あるいは他の代替案しか無く、政策を放棄するというのは無しでね。
トラック重視の政策は史実でやっているという話を引き合いに、民間へのトラックの充足を図る
貧乏人の百姓不在にトラクターなど身に余る
資本力のある企業にトラックやバスを買わせた方が遥かに普及するし
史実でも方向としてはその方向だよ、という点を持って言っている
この話なら納得するべき >>603
戦前のほうがもっと零細農地だぞ
大土地所有=大土地経営じゃないからな >>629
生産力が落ちるだの文句言っても仕方ないんだよ、そこに関しては史実を尊重しろ
兵器生産に必要な量のトラックはちゃんと考えられて前線に回されている
民間のトラックを使うのがダメとしたなら今度はトラックが余ってしまう
そしてただでさえ低い史実の日本軍の機械化率は限りなく落ちる >>633
餓鬼かよ
「トラックは、軍需生産に必要だから、取っちゃダメなノォォ!」
なんて、そんなん史実見ろで一蹴ってだけの話なんだが
何でも史実に徹しろと読めるなら、君はアスぺだ まあ戦時下の統制経済だからね
全ては戦争遂行にのみ向けられる
「贅沢は敵だ」、あまりに有名だ
国内にわんさか車があふれかえっても、今度は組み立て工場に運ぶべき部品の方が足りない
国民に多少の不自由を強いてでも、阿國の為に奉公しなさいという時代
どうせ戦闘の方を有利に進めないと詰んでいる事には変わりないのだから、送れる分は軍に送った方がいいというのはあながち間違ってない
アメリカみたいなのんきで日和った戦時下生活を送れるような大国には一生なれない >>631
それはないわ。農地改革前の大地主は、「見渡す限りうちの田んぼ」みたいなのが
ゴロゴロいた。
それを農地改革で小作人に払い下げたので、日本の農業は小規模零細化してしまったんだ。 海軍はそのスタイルよね
そのせいで大切な財産をことごとく沈められた商船会社関係者からは後年まで軍部への恨みつらみが絶えない
まがりなりにも世界第三位の海運国の末席だったからできたことだ 昭和12年シェア比較 トラック輸送量55%鉄道輸送量44% 運賃収入トラック47%鉄道52%
貨物運送事業者と車両数
昭和14年6月末 事業者26548 車両数56,509
昭和17年12月末 事業者3321 車両数62,738
昭和20年1月末 事業者340 車両数58,615 民間から徴用というスタイル、ね
軍縮期の弱小国軍隊のあるべき姿ってのは、予算を抑えつつ、したたかに弱体の仮面を被った軍だと思うわ
馬政計画ももとは戦争に必要な馬を平時から蓄えておく計画でもあったと聞く
その点で日本が馬政計画に至ったのは英断。まあ結果、馬なんかそろえたところで熱帯では水をがぶ飲みさせないと死にまくったけどね >>637
海軍がなんだかんだで国内の経済活動に影響が無いように徴発してたりするのは面白い
そして結局はそんな事言ってられずに漁船まで片っ端から徴発して見事に国内運航及び漁業が破綻したりとかするのも面白い 朕は友だち作りたい。
ガチでさ 話ししてみたい。おまえらの顔が見たい
もう家に居たくない
昔は戦争なんて大嫌いだった
でもなんか知らなきゃな気がして
色々なゲームとかサバゲとか初心者でも話しできるかな
俺の顔笑わないやつがいたら嬉しいです
変わりたい
涙止まんねえ
うまれて、初めて、ずっと引きこもり
でも俺は最近人への愛で頭いっぱいだよ
しにたかったいなくなりたかった
でも
友だち欲しいよファミコンに2コンがあったのは2人で遊ぶためだったんだってさ
俺はなんなんだよな
死にたくねえよ
ちくしょおおおおおおおお
一生1人用でいたくねえー
戦闘機とか銃とか大好きだ
おまえら大好きだー
一人一人キスしてやる
だから俺は明日靖国行ってみる
応援なんてしないしみんな無視すんだろ
唐突すぎるもんな
でも人生の転機なんてそんなもんなんだよ
沖縄戦の話ししたい!
マジだからさ
たのんます
オフとか参加してみたい
誰か優しいやつがいたら嬉しいなぁ
待ってるからさぁたのんます >>618
格好だけは当時の感覚でマトモだったから、ジープを見たときにアメリカも案外大したことはないと思ったけど、
後から後から無数に出てきてほんの下駄代わりみたいなものと知って、「こりゃ負ける」と思い知ったとかいうね。 >>636
言ってる意味わかってないだろ
大土地所有を否定してるんじゃないんだぞ?
日本の地主は零細農地を寄せ集めてそれを小作に出してる。企業的農業経営者じゃないんだよ。 田1反当たり賃貸料(小作料)大正10年〜昭和3年 北海道0.5石、全国0.9〜1.1石
農家戸数
明治40年 自作179.9万戸、小作149.1万戸、自作兼小作211.7万戸 内地人口4882万人
昭和2年 自作173.7万戸、小作149.5万戸、自作兼小作232.8万戸 内地人口6386万人
生産高は気象に左右されるが、青森の場合、大正元年87万石、大正2年18.4万石と酷い時がある。
また埼玉でも明治43年が110万石、44年が30万石と東北以外でも大きく不作となることがわかる。
反当り収量は大正10年〜昭和3年で平均1.8〜1.9石 >>643
そりゃ元は自作農だったのが借金や借米で小作に落ちた訳だから、
零細農地の寄せ集めと言うのは正しい。
でも土地の所有権を持っているんだから、企業的農業経営者になる事はできる。
実際、脱穀機や精米機なんかは各小作農が持っていた訳ではなく、地主が持っていて
それを各小作が順に使うみたいな、企業化の端緒みたいな事例もあった。 戦前の水稲生産の機械化に否定的な意見を強調する人がいるが
水路の堰の調節で分げつ促進の中干しとか、収穫前に落水してバインダーみたいな軽い機械で能率よく収穫するとか
小型農業機械はかなりの水田で入れられるんでないか?
浮きイネ栽培してるわけでなし
キャタピラコンバインを想定してるなら別だが
手押しの耕運機の代掻きなら戦前の水田でも広い範囲で導入可能だぞ
戦前戦後に天覧の馬引き鋤の競技会があったわけで
馬が入るなら鋤の付いた耕運機は基本的に水田に入るし作業能率は飛躍的に向上する >>646
ガタガタ講釈垂れんじゃねえよ、いつまで居座るスレチの消えろクズ スレ違いのネタ延々続けるのもあれだが、あんまり浅薄な思考停止もね、と 北ベトナムは国境の隠蔽された山道で自転車に補給品をくくりつけて
ハンドルを手で押して運んでいた
歩きに背負子より大量に運べて密林の下で偵察機にも見つからない
山砲や歩兵砲を曳く耕運機を山道で隠密輸送に使えば画期的でない? スレタイにもある加農だけど、105o級とかあまり話題にならない気がする
話題になるのは野山砲、15榴、牽引車関連あたりでたまに10榴やロケット砲、速射
ちょくちょくトラックやトラクター、爆撃のような砲兵と関係ないことに話が逸れる >>641
に皆、畏れ多くて触れないようだが…
これこれ!小川伍長がこれだけ恥を偲んで心情を吐露してるんだから、だれか幹事になって
オフ会でも主催しろよ(笑)スレも30も齢重ねてるわけだし
宴席の農業機械話で紛糾、料理の皿やらビールジョッキ投げ合い応酬になるやもしれぬ… >>626
貨車山砲マニュアルの画がその80型に九四式山砲載せてる
著者藤田さんの解説では誤って180型としている
光人社「皇軍こぼればなし」だったかな?家のどこかにある
これは日産の後モデルでふつうのボンネットタイプだね >>650
戦前戦中ソフトスキン好きな連中が軍板で行き場なくて、火砲スレ訪問してるのが多いのかね? 耕運機ガァー!
というメンタリティと
RSOに88ミリが乗るぞ!
というアドルフのメンタリティは似ている >>645
そういう問題じゃなくて、戦前に大地主が大々的に機械化していたらどうなったか?という問題でしょ。
機械化で人手がほとんど不要になるからといって、小作をほとんど全部お払い箱に出来たものか? >>646
自分がその時代の小作だったらどうなるか? 用なしになったらメシの食い上げでしょ。
それなら工場で働けば良いとか、「実際に当たり前に可能になって何十年も経ってる現代の発想」丸出しにしてない? >>649
石油がふんだんに使えるくらいなら戦争なんかしてない。 >>654
いや、実際載せたのは7.5cm PAK40だからwww >>655
それは状況次第だろうね。
そもそも機械にはできない仕事もあるから、機械化した所で小作人ほとんど全部お払い箱はありえないし、
もし農地改革がなく戦後が推移していたら、小作人の大半は産業労働者になっただろうしね。 耕運機たってクソでかい大型トラクタから、二本足で持って動かすのまで千差万別だし
そういうのがあったら便利だったねというのは、オート三輪でだいたい答えが出てるのよ オート三輪は戦地でけっこう重宝したみたい
張鼓峰事件で荷台に民間人兵隊満載してる写真があってさ、マカロニほうれん荘あたりの
マンガを彷彿とされる
鴨川つばめは中西立太先生の軍隊ものを模写して、ひんぱんに作中に使ってる
閑話休題。三輪は南方で放棄されて米軍に鹵獲されたやつとか
不整地踏破能力はほとんど期待できないが、積載量かぎられても小回りのよさから物資
輸送に便利だったみたい 日本版ケッテンクラートみたいなもん
クロスカントリー能力の貧弱な 当時の大地主は小作から集めた資本を商業や工業に投下していたとする指摘が「戦争と日本経済」にあります。
農業に再投資するよりそうした方が利益にかなうと見られていたのでしょう。
安価で従属的な労働力があるうちは政府の大々的な補助が無いと機械化には進まないでしょうね。
進んだら進んだで、削減対象の小作人が大量に失業者となって社会不安が拡大しそうですが。
一応政府も10年間で1億6千万円を融資し、小作農を自作農とする政策を進めようとしたのですが、
かえって小作が4万2千も増加し、地主が小作に出す土地は5万ヘクタール増大しました。
融資が裏目に出て地主への土地の集中を進めてしまう結果になってしまったわけです。 持ちなれないカネを手にした末路はだいたいそんなもんだよ
宝くじで数億当てた人間の追跡調査したら破産やら一家離散やら首くくるとかクソミソ
だらけという事実 >>663
俺の爺さんは貧乏な七反百姓だったけど、それですら農地は三箇所に分散されてた。
日本の地主の地所の多くはあっちに一筆こっちに一筆とバラバラだったし、これ資本投下して生産性向上を目指すくらいなら、質流れの農地買い増すか全く別分野に投資するほうがマシだよねえ。
そもそも労働賃金の低廉な国では機械化による労働節約のインセンティブが存在しない訳だが。 なんかラッダイト運動を思い出した
みんな機械化嫌いなの?w >>665
同書の指摘だと、当時日本の米の1エーカーあたりの収穫量は世界一だったそうで、
安い労働力がある内はそれ以上の効率化に考えが向き難い構造もあったように思われます。
また耕作可能な土地も現耕作地の1/3に匹敵する500万エーカーもあり、
これらの耕作地化は遅々としていて65年かかるという分析もなされていました。
また保水のための畔が機械化の支障になっていることにも触れつつ、
ソ連ではそれでも大型トラクターを導入しているので水田の改良は可能ともしていますね。
この本はソ連の出版物なので、数字面は信じるとしても持って行き方は社会主義的で、
結局日本の農業の発展にはブルジョア地主から無償で小作に土地を分け与えなければ駄目だという結論に持って行っています。
農地解放ですね。 日本は元々江戸末期に3000万だった人口を、100年後の昭和初期までに
7000万まで増やしているから、人口過剰なのよな。
機械化は人手を奪う物として、労働者や農民から受け悪い。 >>667
まあでも小作より自作のほうが生産性が高いというのは農業経済学の基本ですしね。 なんだが、軍板で行き場のないマイナー趣味のやつがここに集結してる気がする…
公園炊き出しに並ぶ自由生活者の如く >>651
取り乱してしまい武人として、恥ずかしい姿を晒してしまったこと全く申し訳ない。
貴方のような方にめぐり会えたこと光栄の極みであります。
さて
私が考えますに、国内の農業生産高は本土決戦の機運高まる以降まではさほど重要視されていなく、ベトミンのようにも太平洋ではいきますまい。
兵站に対する考えの危うきは連合軍もさほどの差がなく、Uボートの独英の例もあり。
後から考えるに現地調達などもってのほか、機械化も、当時の燃料情勢から南方資源の安定した調達を狙ったマレー進軍なのであるからして
つまり在り来たりな意見で申し訳ないのだが、真珠湾襲撃の徹底の判断、さらに言えばハルノート以前のルーズベルトに対する読みが足らなかったとしか言えず
申し訳ないの一言である 自分農学、経済学の知識はカラキシで。兵学の知識しかなく上記の失言申し訳ありません。
もしもオフ会など開いて頂けるのでしたら、私の自慢のコレクションを持参したいと思います >>671
「ハイハイ、きょうのランチは肉じゃが掛け飯だよー、もってけドロボー!!こん畜生めッ!
腹いっぱい食って死にやがれ、俺ぁヤケクソだいッ」か? >>673
本官はTENGAフルコンプリートでないことを希望します >>675
恥ずかしながらアナニー派でありますので… うわあ
アナニーのことは忘れていただきたい!
間違いであります!間違いであります! 小川伍長ッ!貴様は栄えある一番槍だッ!!
この刺突爆雷で仇敵M4のどてっ腹をブスリと頼む
な、簡単だろう? >>659
機械が出来る仕事をやって食い扶持を得ていた多数の者がお払い箱になったら全国では膨大になるからね。
ま、どのみち石油がろくにないなら機械化など無意味な空想でしかありえないからどうでも良いけど。
進駐軍が農地改革というデタラメをやっていなかったら当然歴史は変わってるわけだけど、
工業化に突っ走ったという結果には変わりはないか。 >>667
地形の関係で、棚田ほど極端ではなくても、区画を極端に細分化せざるをえないことは間違いないね。 >>678
はっ!
(参謀殿の御命令とあれば断るわけにはいかない…くそっ)
天皇陛下バンザーイ!(ニューハーフAVでアナニーしたかったよおおおお) >>678
参謀殿、そんな物を使わなくても腐るほどある噴進砲で横なり下っ腹を撃ち抜けば大丈夫だろう(HoI2PC日本)
にしてもHoI2だと日本がやたら強くなるんだよなぁ
パラド補正なのかそれとも中国という重石がない分、陸軍の負担が滅茶苦茶減ってかなり楽な戦いになってるのかわからんけど >>679
そもそもの話として、ある程度以上産業化が進んだ国では基本農業より
産業労働者の方が生活安定するし、高収入だからね。
農地改革で小規模零細自作農をいっぱい作ったとはいえ、農業だけで生活できる人は少なく
昭和の50年代頃までは冬の農閑期に都市部に出稼ぎに来る人が大勢いた。
行政が配慮して、公共事業をなるべく冬に発注して出稼ぎ者の仕事を確保するように
していたくらいには。
減反補助金やら税制優遇やらやって農家優遇するようになっても、専業農家は少なく
圧倒的に兼業農家が多い。
GHQによる農地細分化の負の遺産だ。
元々正の遺産もあんまりなくて、単にマッカーサーの人気取りだった訳だけどさ。
もし農地改革がなかったら、戦後の小作農は自主的に農業やめて稼ぎのいい都市労働者になり、
働き手の不足によって農業の機械化が進んで、今頃日本の農業は競争力のある
農業法人が主流になっていたかもね。 >>682
恥ずかしながら帰って参りました。
ヒ総統の米への戦線布告などなければ、関東軍の負担も現実に軽くなっていたでしょうが。
奇襲や夜襲ばかりに頼りきりの陸軍ではまあ結果は。
神州日本といえど、国土人口の差にはかないませんから。講和しか道もなくそれもルーズベルトは拒否するのは明らか
歴史は変えられませんが、海軍のインド洋進出が英への圧力になりバトルオブブリテンでヒ総統が焦らなければ 私、現在軽度の精神薄弱を患っておりまして、お酒と抗うつ薬で少しラリって参りました。
眠らせていただきます。 >>684
無理をなさらずに
ゲーム中だと普通にインド制圧してペルシャまで走ってスエズ運河まで取る帝国陸軍… 焼玉トラクターや石油発動機の話が飛び交ってると思い開けてみると
選挙イヤー=なんでしったっけ >>689
詫びることはありません。
いつも処方していただきありがたく思っております ベテラン陸軍病院婦長(曹長相当)がお望みどおりにおまえさんの後門に火箸つっこんで
グリグリしてくれるとさ 壊スノ重死路レオパレス今モット上手ニ殺ッテルンダロダンパー問題ソノ他急速ヴェノム物件・銀行問題業界ゴト潰レル?利凍ル公害重イル?
虐待死刑スタッフ以外ニグループマイナス経常ケタチガイ万死葬災熱湯強烈薬害毒死多繋ガル看後死
1000件以上介護保険税金ムダ泥棒マダゴーン今環境殺ッテマス100オツムオムツ借金漬ケ棺桶型国家
森友ノロウイルス焼肉嘔吐虐待スイッチ押死耶手後ノ損害ゲローン戦争ソンポ部死テルン盗難
郡大老害山林焚書死テa麻薬王振戦違反重々ヤットストレス足ダシ若竹口爆発害ヤンキーノ種死ネ世
https://anago.5ch.net/test/read.cgi/welfare/1441750123/ 一方のイギリスは
徴兵で男性の労働力不足になったのを補う為に
トラクターを輸入し少ない労働力と女性でも農業生産を賄った
自国で食料生産が増せば、船での輸入も減るからな >>692
前線から引くわけにはいきません。
だいたいコテハンなんて今時の荒らしの代名詞 油はともかく石炭は取れたんだからトラクションエンジンを発展普及させとけば
いや無理か ハルノートを呑むのは無理だったのかね?
日清戦争のあとの三国干渉では臥薪嘗胆したろ
日米諒解案を潰した松岡が底なしのバカだし、トラウトマン工作での米内、広田、近衛もアレだが >>698
呑んだら日米戦争を回避できたかどうか、俺は大いに疑問だけどね。
アメリカは1938年から海軍大拡張始めているし、それで失敗したニューディールの
代わりにしてるんだから、ナチスドイツの経済政策と同じで先には戦争しか
なかったんじゃないのかね。
俺は陰謀論はあまり好まないけど、ラニカイ号みたいな話は普通にありえる事だと思うし、
実際20年ちょっと先にトンキン湾事件として現実化した訳だからな。 >>649
ベトミンの手押し自転車なんてのはよっぽど限定的な状況除いて結局ヤラセ写真だろ
人力じゃ、どうやったって自分の体重を大きく超えるほどのものは運べない スペインみたいに絶対参戦しない枢軸という手もあったのでは? >>700
ビンソン計画は欧州大戦参入を睨んでのものやで…
パワーバランスの崩壊に泡食った海軍が発狂して太平洋の平和を破壊したが 北部仏印進駐だけならシナ対策に限定した従来の延長だが
南部仏印の進駐だとマレー、インドネシアに、野望アリアリだから米は油を止めてでも圧力かけるわな 蘭領インドネシアとの石油購入交渉の日本側の下手さはなんだろうね もともと精神論観念論が根強いこの国で、もっとも奇怪な精神論が暴走した時代だからなあ・・・ どの辺見て根強いと判断したんだ?
欧州のエランとか大概だと思うが。 フランス陸軍は古来の伝統に則り攻撃以外の法則これを排す >>704
ハル四原則にはなにも違反してないのにね。 太平洋域で艦隊戦力が拮抗した今しか勝機はない!
とか少年漫画じゃなし、
なんで真珠湾やら南方作戦を発動したんだよ?!
あまりにも軍事的に不合理じゃね?
昭和天皇だって杉山元帥に向かって
中国大陸より太平洋の方が広いだろ?ええんか?
とマヂで再考を促した
そこは正気に返って開戦を断念するところだろ! >>710
一言で言えば、戦争は政治であって、政治は経済に従属するから。 >>663
江戸時代は逆に、商業資本の上げた利益のまともな再投資先がなくてしゃあない農業に投資されてたんだけどねw
だから干拓とか埋め立てとか、大規模農地造成事業が結構行われてたりする
商業銀行の不在で資本の集中が進まず工業が家内制手工業からステップアップできないまま、
米市場は投機資金の受け入れ口として極端に発達するいびつさ
明治以降の地主って、名義上所有者で納税代行みたいなところあるからな
昭和の御代まで時代が下ると、小作の零落でだいぶ実態も変わってるが
でも、食管制移行前は米価が作況やその他市場の変動要因で激しく乱高下したから、地主も結構リスキー まあ開戦断念した場合
陸軍首脳部は「海軍がヘタれて勝てないと行ったから断念しました」ていうしかない
そうせんと大陸でヒャッハーと楽しんでた連中から突き上げ食らうからな
結果、陸軍の主戦派と海軍のイケイケ派は海軍首脳部にテロって内戦待ったなしになりかねん
そこまで行かずとも軍事予算の縮小と大陸利権()を失ったことによって
かなりの不況が始まり経済活動は超低空飛行になって、10年はどん底だろうな
外交が上手く行けば独ソ戦で商売できるだろうけど
ドイツ負けたらとりっぱぐれやし、ソ連は踏み倒すしで、これまた上手くない
乱暴に言えば戦争で公共投資しつつ余った人を減らせ
更に米国という親分を得られたので、あの戦争は失敗でもなかったのかもな スペインみたいに日和見を決めて
第二次欧州大戦で暴利をむさぼる日本
とか都合が良すぎるかな? 日本から中立国経由でどうやって戦略物資を独伊に届けるのか
スペイン、トルコ経由で? >>683
そういうシナリオもありうるかね。まあ、歴史は変えようはないけど。 >>687-689
良く効く鎮静剤を打つてあげやう
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`ミ / `.-ヽノ-‐'" , " l .Ξl ii ヽ-''´~ソ / `l、_l ,,-ァ
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 ̄ ̄ .{: : : : : : : : : : : : : :: : : : :}
.{: : : : : : : : U : : : :: : : : :} スレ違いがいつまで続くのか
火砲に縁のないやつが汚してるとしか
拡散してる愉快犯とかがいるのかね?
以前も左翼が火砲の話まったくできないのに荒らし目的でスレ立てとかした とりあえず仕切り直しでリクエストのあった10cmカノンの話題でどうか?
ツラギまで獲ってよいか(一木清直)? ttp://img.2chan.tv/s/yccp190214220125.jpg
カッコイイ! 九二式は、あの重量で射程18kmなら優秀な部類だよ
ドイツ 10.5cm K18、ショコダVZ35、ボフォースと比較しても
ただ、十加というジャンルがWW2突入後に射程と砲弾威力が中途半端な存在に墜ちて
しまった
有望だったのは12cm
ソ連は野戦カノンだけでなくスターリン戦車の主砲までにしたからね
まー港湾設備のない未開の島嶼に揚陸するに、日本軍が送り込める重砲限界が4t前後
だったはずだよね… LIFEの第二次大戦シリーズに十年式12センチ高角砲を砲架部分だけにして砂浜を
人力でロープで牽いてる写真がある
タラワに20cm砲搬入してる写真とか。いやはやちょっとした工事でないのよな感じ
機械力がないと難儀なことこのうえない
さすがにワイヤー巻き上げ機くらいは使ったけどさ ガチ火砲話になると途端にレス鈍くなるよなw
軍板で過疎スレ、牢名主でとぐろ巻いてるような輩が調子にのって脱線しまくりで荒らしてたんだろう
ふだんの常駐ではめったに盛り上がらないもんで
自分が火砲スレ正真正銘の荒らしで、互いに同様の荒らしを叩いてる構図
おまえら同じ穴の狢だっての 小川伍長が面白かったのは認める(笑)
火砲スレは、むかし軍板を恐怖の坩堝に陥しいれた糖質君なんてのを輩出した業の深いスポット
ではある アメリカとの砲兵同士の打ち合いって
どんな感じだったん? 比島の隠蔽された短30センチ榴弾砲なんか分解して無限軌道の台車にのせて牽引で移動したんだろうが
砲の設置後は台車は後方で倉庫入り? >>707
そういう軍事思想だけの話じゃなくて、例えばフクシマ以前の原子力行政では「事故」という言葉を使うことが慎重に避けられてたり、軍隊を自衛隊、攻撃機を支援戦闘機と呼び替えるとか、そういう言霊崇拝みたいな現象を念頭において書いた。 カノン砲の実用的下限って10センチくらいなのかな。あまり口径を小さくするといくら砲身長伸ばしても空気抵抗で射程は伸びないだろうし。
対砲兵戦とか考えると威力を犠牲にしても射程がほしい→同重量ならば口径を小さくしても砲身長を伸ばしたい、というのもありだろうけど、それにも限度があるだろう。 >>720
少なくとも火砲の射程・精度ともに十五榴はアウトレンジできる
敵方に十二加があったのはノモンハン事件とソ連侵攻だけなので、太平洋戦争の多くの期間を通じて有効な火砲だよ
むしろ支那事変で台児荘・武漢と「長射程のラ式」に苦しめられた域の日本軍にとっては、「十五榴に十加一個中隊を付けろ」なんて戦訓が出ている
そもそも九六式十五榴に対して3分の1程度の生産比率しか無いんだから叩いてもさほど変わらない。別にこのリソースで他の火砲を作って他に出来た事なんてたかが知れてる >>728
因縁付ける馬鹿(Yakuzaとも言う)が多いせいだろ むしろその勢いで機械化前提なら九○式野砲も微妙、とか言い出すんではないかと君ら
牽引車といっても四トン・六トン級がせいぜい
このレベルだと欧米の十五榴すらしのぐ重さで、12加とてここまで重くしないといけない
むしろ10トン級の八九式十五糎加農とかに批判が行くべきクラスの案件なのよ このレベルってのはソ連の122mm A-19 ね
それなりに長い射程を実現するにはやはり十加の倍近く重くないといけないわけで
当然、比較されて批判されるべきは日本軍の八九式十五加なんよ
こちらは格下の十加より極僅かに射程が短い
本来は射程20kmのつもりだったそうだが、諸々の事情で18kmにとどまった
同級火砲ならイタリアのDA149/40で11.34トン
射程は23.7km
こういう火砲帯での不甲斐なさが根本的原因
むしろ十加は八九式十五加や九六式十五糎に見られる、「同級火砲内での偏差値の低さ(?)」が例外的に無い
諸外国と同じ様なものを作ったら一回りしょぼいのが出来上がる日本にしては割と上手く出来た方だと思う
まあ諸外国が本腰入れて作ってないのもあるが、実際蓋を開けてみればこんなもんだろう
ドイツの10.5cm K18は射程が2km長い代わりに2トン近く重い
ちゃんと重量相応には出来上がっている バル博士が旧日本陸軍に転生したら
画期的砲弾で射程を3割り増しにできるかな? 口径的には10加の方が近いけど、規模的には絞った15加みたいなもんなのよね
八九式は7.5tぐらいを二両づつなので12加二門持ってこれるというざまでこのスペックだから泣ける
設計が古すぎるね 12加のことね
というと、単車の八九式を130mmぐらいの自己緊縮砲の長口径砲身にボアチェンジしたらいい線行ったかも ソ連12加だって牽引重量は1t弱増えて8t弱
89式15加は砲身車5.5+前車0.8t、砲架車6+前車0.6tだから、牽引力は重い方で6.6t
15加が8t未満の牽引車2台で40kg弾を20km飛ばせるなら
8t牽引車1台で20kg弾を20km飛ばせる12加に比べて牽引力と打撃力の比率は同じようなもん
89式の開発時のターゲットだったGPF155が13.5tで改良型のロング・トムで射程23km
ソ連の152mmML20が射程17kmで、放列7.3t、放列7.3tで牽引7.9tだから
10tで20kmならちょうど両者の中間なので、重量性能比が悪いわけではない
問題は射程18kmに落ちちゃったことと、予定性能でも中途半端な仕様だなって点だな
2車分割なんだし、あと1〜2t増してでも射程や威力に力入れても良かったのかもな >>737
6.6tのソースは?
アジ歴で見れる「八九式十五糎加農説明書」によると砲身車7430kg、砲架車7610kg
明らかに重量対性能が劣ってるよ
確かいつぞやに見た射程20km表記だって初速も書いてないしそこでしか書いてないから単に数字丸めただけの可能性もある
ちなみに開発時の目標は一万六千米でそこは達成してる 6.6tは仮制式審議の予定性能ね>C01003865500
1号装薬で初速740m/sで20kmと記されてる
この予定が色々全部達成できなかったのが悲しいねという まぁ最終的には九八式六トン牽引車ロケで砲車・砲架車牽引出来ているわけだから、牽引重量で8トン弱までなら対応出来るし、ちとロケはオーバースペックだった気がしないでもない
というより火砲の性能の方が付いてこれていないというか
当初の九二式八トン牽引車で信頼性の低かったものが前提だったからやむを得ないとはいえ、十加・十五榴共に運行重量の制限が悔やまれるね
八九式が20km達成出来ないのは仕方ないにしても、十五糎は生産数が(比較的)多いからね
ロケならラ式相当がお似合いだったんだと思う >>740
九六式十五糎にロケはオーバースペック、ね
実際に以前の九二式八トンよりマシになったせいで運行速度が出過ぎて各部の故障が頻発している報告が上がっているんだな
C14010960700 ラ式十五cm榴弾の砲架に海軍十年式高角砲載せたもんが、性能的にはベター
おそらくバランスもまずまずのはず
海軍が25mm機関砲やら一部を陸軍に提供したぐらいで、海軍より移管要塞砲いがいほぼ融通
の成功例がないから無理な話なんだけど
牽引車の性能もな 12高は陸軍にも提供されてるっぽいけど
そもそも対空砲を対空以外に使う余裕がないw 海軍の三式八糎迫撃砲は沖縄戦だかで相当数投入されたと聞いたがどうなんだろう? ソ連の新型107mmカノンも製造門数がきわめてすくない
コストが高い割に効果が???の判断だったらしい
戦車砲の107mmは国本さんの本買ってないないから、わからんけど口径だけで野戦重砲
に直接の関係はないのかね? >>744
硫黄島の陸軍迫撃砲が海没したもんで海軍81mmをかわりに装備してるよ
沖縄の12cm高角砲は陸海軍混成部隊所属だったとか、過去スレで読んだ 現用戦車の主砲が120mm級なのをみてもカノンとしてバランスがいいのは自明 >>746
そもそも107mm口径は失脚したクリーク元帥しか推進してなかった代物じゃ無かったかな >>744
沖縄の海軍陸戦隊は迫撃砲50門を持っていたとされます。
シュガーローフヒルの高いでも海軍山口大隊が持ち込んだと思われる10〜24門があったようです。 >>749
うーん、そのあと海軍砲由来の100mm戦車砲がでてるからね
その線が濃厚ではあるよ
JS8の130mm口径も海軍由来 152mm M10もそうだけど共通砲架の107mmカノンもなにより砲架コストが高すぎた
裏を返せば贅沢な設計だったといえる
それで大砲大国(司馬遼太郎ふうw)ソ連軍でも少量調達に終わったと思われ 小川伍長ッ、出頭せい!!
なんでも貴様、M4まえに糞小便垂れてほうほうの呈で逃げたそうだな?
このままでは一族郎党まで災いおよぶぞ。いいのか?
この玉なしカスが! >>698
>ハルノートを呑むのは無理だったのかね?
ロシアはクリミアを放棄しろ、さもなくば制裁だ。そしてお前の政府とは一切対話しない。
戦争になるだろう? でもナチ軍のあの設計あの作戦計画、それもこれも頭のネジが外れていたぞ?
>>173
>更に設計技術も一貫して海外だよりで、クルップやシュナイダーの踏襲の域を出ない
>つまりどこぞがまたオリジナルより優れたものを出すたびに、設計面でも置いて行かれる
www
戦闘開始以来、九月二十七日までに、一六〇三機が撃墜され、一〇二八機が損傷をうけた。
その総数二六三一機は、戦闘開始のときに任務についた数と、ほとんど同数である。
小型機――急降下爆撃機や陸軍直協機――の損失もバカにならなかったが、より高価で大型の
ハインケルHe177やユンカースJu88のたえまのない減少は、補充生産が最早追いつかぬほどの打撃だった。
しかも撃墜された大部分は、ソ連上空であったので、ベテランの搭乗員の損失は、まことに深刻な打撃であった。
ドイツ空軍の戦闘力の出血状態は、しだいにひどくなっていったのである。
ドイツ空軍の飛行機開発・生産担当機関の責任者であるエルンスト・ウーデット上級大将にとって、
ソ連上空での大きな損失は、自らの破滅を意味した。
http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU2/lf6.htm
↑
1941年11月、ルフトバッフェの非力さに衝撃を受け、その設計者は自殺してしまった!! >>173
>更に設計技術も一貫して海外だよりで、クルップやシュナイダーの踏襲の域を出ない
>つまりどこぞがまたオリジナルより優れたものを出すたびに、設計面でも置いて行かれる
?
日本は戦争中彼らの航空機の品質を改善し、航空機エンジンの推力を多いに増加して、最終的に火力で
アメリカ戦闘機を上回り、終戦時、設計と実験段階で第一級の航空機を持っていた。しかしながら、航続距離、
性能、耐久性を増した信頼できる航空機の大量生産でアメリカに匹敵する広範囲な技術と工業的熟練に欠けていた。
The Japanese improved the quality of their planes during the war, greatly increased the power of their aircraft engines,
ultimately exceeded United States fighters in fire power and had first-class aircraft in the design and experimental
stage at the end of the war. They lacked, however, the widespread technical and industrial skill to match the United
States in quantity production of reliable planes with increased range, performance and durability.
http://www.anesi.com/ussbs01.htm 暴露した砲兵1門の破壊に要する所要弾数
3千/5千/8千/1万/1万2千
野砲 15/100/800/-/-
九〇式野砲 20/100/700/-/-
十榴 U20/U150/T700/-/-
九六式十五榴 V10/V50/U200/-/-
十加 U15/U100/T600/T1,200/-
十五加 -/U30/U150/U400/U1,800
※15加は尖鋭弾、その他は榴弾 T〜Vは装薬号 遮蔽された砲兵1中隊4門の撲滅に要する所要弾数
掩蓋を有する
野、山砲 約400〜800
十榴、十加 約300〜700
十五榴 約200〜500
十五加 約200〜350
掩蓋を有しない
全て 約500〜1,000
やはり十加は効力だけで見ると十榴と十五榴十五加の間に埋没してしまいますね。
十加と十五榴が野戦重砲兵、十五加が重砲兵に区分される軍にとって、
手軽な遠戦砲兵としては価値がありますが、2〜3倍の弾数を要することになります。
運搬容易な十五加があれば淘汰されてしまうのも理解できます。 >>754
昨晩より敵の火砲が一斉に火を噴きまして…
今朝には銃剣突撃による肉弾戦にまで発展しておりました。
最前線におりました私の肛門に対し、その激しき刺突止むことを知らず、夕方までには最後の1人になるまで抵抗しておりました。
もはや玉には一発も残っておりません 情けなきことに馬乗りになられてしまい今さっきまで失神しておりました。
小川伍長
ここに自決いたします。
うっ >>759
日本軍の資料ですと12糎の九八式榴弾も10.5糎も同じ威力半径29mとなっておりまして、件の十二加はどちらかというと十加に近い効力ですな
20kgちょいの弾量ですし、十五加の40〜45kgとは雲泥の差があります 15kg強と20kgでは軽度の野戦築城の破壊に多少の差がある程度で、劇的な違いは見込めないかと
榴弾砲でも十二糎級は十糎よりマイナーな部類ですしな
多少の効力差しか無い割に砲弾の数も減るし本体は重くなるしで 二次大戦でソ連軍が十五加を野戦でほとんど用いず、十五センチ加農榴弾砲と十二加で全う
し、敵のドイツ軍が多大の評価のみならず脅威をおぼえていた事実を評価すべきでは?
>>749
クーリク元帥は生粋の巨砲主義者なのにT34の主砲に45mmを推すなど、政敵を妨害する
手腕はやぶさかでなかった
バカではない、むしろ利口なんだが、実戦の指揮任せてみるとてんでダメダメ!
ソ連邦の新規兵器開発と兵器生産計画をことごとく妨害した張本人とされている
それで…ですね
ドイツ軍と日本軍にとっては英雄だねぇ クーリクは優秀なんだけど、我がつよく政治手腕を行使することが第一
実戦での適応力の甚だ乏しい官僚的軍人だったと思うんだけども
もちろん巨砲主義じたい間違っていないが、政敵抹殺するために平気で考えを封印して
正反対意見派に͡こて入れするんだからな
露骨非情な蝙蝠対応から、軍内部で敵を多く作ったのは当然だろう 当然ソ連の12加の評価準ずるなら、十分な射撃効力だったとみるべきで、砲弾重量や威力半径などから推察して十加の射撃効力は略同等か顕著な差は無い十加の評価はそう下げられるべきものではないというわけですよ >>766
あなたの言われんことは至極まっとう
しかし、ノモンハンでたった二門だかの122mmに圧倒されたわけですよ
射程2kmの差と高台に陣とられたハンディによってワンサイドゲーム
双方、地勢やら、砲弾集積量がイーブンでも、結果はかわりますまい 試製大威力十糎加農砲の装薬をホリ砲並みに増やしたら初速と射程がどこまで延びるか気になるところ >>767
仮に>>双方、地勢やら、砲弾集積量がイーブンでも、結果はかわらない
様な戦闘を仮定して、それで圧倒されたとするならその責は十二加に対処すべき十五加にあると見るべきでしょ
十二加より遥かに大掛かりでありながら十加程度の射程しかない
台児荘の戦いではたった数門のラ式に十五榴四個中隊が射すくめられた
本来なら十五加が然るべき性能を持っていて観測・射撃管制もしっかりしていれば同じように十五加が数門で同じ事をやりかえせる番でしょう?
十加自体は大量に点在するソ連の十二榴に対しても脅威になり得るし、そもそも論として総括するべき方向を皆んな見誤っていると具申する ですから、十加のみならず十五加の122mmカノンに対する射程の不足でしょう?
相手に届かんのなら10cmも15cmも敵砲陣地でいたずらに炸裂するだけで何らかわりませんよ
敵を動揺させる効果は当然ありますけど
ノモンハンでは互いに最大射程での砲戦はやってないよう
しかし、有効射程のヒットがからきし差がでるわけで…
射程18kmと20kmの差は大きいです 訂正 ほとんど敵砲陣地まえやら、はるかに逸れた着弾です
到底有効打とは見做せない >>770
ですから、聞いてると全ての責を十加に求めているのが総括の方向性を見誤っているのですよ
本質は軍直轄の十五加にあるまじき性能の八九式十五加の能力不足
一方十加は対十二以下には十分な脅威となり得るわけで、本来なら12加の制圧は15加、それ未満の火砲は十加で棲み分けできたところを、射程が22kmとか無いばかりにこうなった訳です
何度も言いますが射程の2km差がとても隔絶していると仰るなら尚更総括すべき方向が違います 最近のノモンハン戦の十加、十五榴、十五加の射撃でよくソ連軍野砲陣地を面白いぐらいに
吹き飛ばしたそうです。それで日本側は勝った、露助を粉砕したと快哉したそうです
ところがどっこい対岸の高台絶好陣地に新式12加はあるわ、さらにともに初陣の15加榴
が控えてました
ともに少数だったものの、劣勢を跳ね返し戦場を支配する威力で猛威を振るいました 最近のノモンハン研究の成果で森本さん?かの新書
古是さんのノモンハン戦車戦もたいへん面白い内容です
司馬遼太郎の言説など大ウソ、プロパガンダと一目瞭然わかる 対砲兵戦においてはグーにはパー、パーにはチョキ、という様に長射程の応酬です
つまり多数の敵の一般的な師団砲兵は十加で対処できる
この役においては十分全うできる
当時の所謂師団砲兵は10〜15km程度の域を出ないものです
砲兵中隊の展開できる正面幅は限られております故、全域に満遍なく十五糎加農を配備することは不経済にして大国にもそうそう出来ぬ事
そしてそれらを粉砕すべく上級の十二加があるならまた、十五加はそれを上回るものではなくてはならない
イタリアのCannone 149/40の23.7kmやアメリカのロングトムの23.5kmといった具合に。
重ねて申し上げますが十五糎加農に集約した場合門数は著しく限られますから、数門で多数を射すくめる(ソ連の122mm加農が2門でやったと仰るそれや占守島の九六式十五糎加農(←攻城砲程度の機動力しかない)や台児荘のラ式)様にやってみなさいというわけですよ >>772
別にわたしは十加すべてに責任を課してませんよ
九二式は他列強にくらべ軽量10cm級としては優秀な性能でした
貴氏の八九式十五加にたいしての見解はわたしも同意見
日本軍重砲全般の射程が彼に劣ってるのを、時代を隔て憤慨しておるのです!
はねっかえり辻が、この状況を打破するため、内地要塞から九六式十五加引き抜いて
転用するため、さかんと根回ししてたそうです
ソ連軍八月攻勢には到底間に合わなかかったけど
やはり、辻はけして馬鹿ではないと思います。かなり優秀逸材参謀です つまり師団火力の根幹たる師団砲兵、及び軍直轄の十五榴の10〜14kmレンジ
敵師団砲兵や十五糎榴弾砲に対処可能な十加(射程18kmもあれば十分、日本軍をして「長射程」と言わしめて苦しませたラ式が15〜16kmなのだから)
そして22〜23km級の十五糎加農があれば隙を生じさせぬ三段構えになったわけです
私は十加のこのクラスにあれ以上の射程は絶対視しません。
むしろ責むるべきが八九式十五加の能力不足に終始すると総括しているわけですよ
十五加に対砲兵戦の全てを依存する事は砲数の観点からも一考せねばならない。日本軍が十五加を大多数運用できた場面は数えるほどもない >>777
御意!左様です
あなたは今宵をよく纏められた あのクラスで同級火砲以下まとめて対処可能な日本の十加は対砲兵戦の一角として十分に戦力価値ありです
その十加の18kmで米師団砲兵はもちろんラ式も対処できて余りある
だから十五糎榴弾砲大隊には十加一個中隊を追加すべき大陸戦訓があるわけです >>776
リロードしていませんでした。失敬。
イタリアやアメリカの様な十五加があればと返す返す悔やまれます。
しかしこれはやむを得ないの一見で一蹴できません。
なぜならこれは十四年式十加をおっ広げた様な設計に過ぎず、古いからです
九二式と採用時期は近くても、九○式野砲という日本軍後期火砲の祖たるフランスの優れた設計が入っていない
1930年を境に日本のノウハウは飛躍しているのですから、真っ当な十五加を設計させれば22kmは達成できたかもしれません。
これぞ砲兵開発の怠慢です ガ島で米軍M1918 155mmカノン対抗するため九二式で規定外の装薬マシマシ20km射程
射撃したのいうのはガセなのだろうか?
兵頭さんの本で読んだんだけども…
あれのソース文献を知りたい 十五榴と十加の組み合わせといえばドイツの軍・軍団直轄の砲兵大隊や装甲師団・装甲擲弾兵師団の砲兵連隊第3大隊
しかし十五榴の射程を20kmまで延伸させたいと望んでいた当たりドイツは十加の榴弾威力に不満を持っていたのだろうか 二次大戦での戦車と戦車砲、対戦車砲開発競争が熾烈だったわけだが
近代火砲開発史においては19世紀から20世紀初頭までの独仏が最大の出来事だったよ
一次大戦初頭はドイツが重砲で圧倒、一般の野砲榴弾砲に劣る
1916年くらいから設計で先進のドイツが師団砲では凌駕した
ドイツ敗戦で開発が禁じられ技術停滞してた1920年代までがフランス砲の天下
1930年代になると、ことごとくドイツ設計に抜かされて差が拡がる一方
フランスは戦車でも、スペックはよくてもドイツにくらべメカニズムで旧式だろう?
予算的に日本陸軍は手本にすべくトレンド追従がワンテンポ遅れてたのだろう
まぁ、そうそう路線コロコロ変えられるわけないよねぇ軍人なんだから
無節操な尻軽女みたいなのは軽蔑される職業だし 陸戦兵器だけでなく、もともと優れた資質もってた航空機設計で迷走、メーカー乱立、
生産計画めちゃくちゃが1930年代のフランス
不況にくわえ共産化の嵐が吹き荒れた国内不穏分列三つ巴状況が原因とか
スペイン内乱共和派援助したり 国際旅団が代表格
ヘミングウェイはこの口で左曲がりの小説をいくつか発表したりした 少なくとも及第点
ドイツ製火砲の本格的な台頭は34年以降
フランスからインスパイアされた設計はそれまでの日本製火砲の設計からしたら遥かに洗練度が違い、飛躍著しい
九○式野砲と九一式十榴に端を発する日本軍の九Xシリーズ新鋭火砲は、どうであれ旧式な八九式とは世代を画する
ドイツだのフランスだのは些細な違いだ
旧態依然な八九式を廃して22km級の真っ当な十五加を設計せよ、という事で、本旨には何ら影響がない! >>782
大戦の蓋あけてみればアレ?で10cmカノンを軍砲兵装備から下げて太平洋城塞とか二線級
だよ。不満ありありMAX
高価なわりに効果が疑問のまっさきに槍玉にあがる存在と化した
接収したシュコダ10cmもおなじ運命 >>785
それは再軍備からの発表だから
8.8cm FLAK18、15cm sFH18、10.5cm leFH18も1920年代末から1930年代初頭
の設計である事実に着目すべき
厳しいベルサイユ条約化でも虎視眈々と爪を研いでたわけ
そのドイツ砲の研究成果を吸収したのがソ連
秘密協定によってね 世界の鼻つまみ者同士がつるんだ
1930年代設計のソ連砲が本家より優れてるのは、後だしジャンケンで勝たねばおかしい
というね >>786
その件はドイツのトチり。
その結果同級火砲では完全にアウトレンジを決め込まれる形となった
十五榴の射程問題が消えたわけではなく、遠距離戦用砲弾を発射したりしたが依然としてこの火砲帯は十五糎一本でソ連軍砲兵に圧倒されている
十五糎は野砲にすら付け狙われかねない射程なのでこれ一本に依存するのは英断とは呼ばない
結局精度や威力を妥協して十五榴で十加の真似事みたいな事をしている
それなら最初から一中隊を十加にしても大差無い
ドイツはまず射程問題を抱えていたという事は大前提で話さなければならない。つねに、その最後に「射程問題が浮上」と付さなければならない状態
威力を疑問視、十加を廃止、で終わっては片手落ち
威力を疑問視、十加を廃止、その代わり射程問題あり
とすべきで
それが十七糎加農など長射程の砲への待望論に繋がっている 結果的に二次大戦最優秀カノン、17cm K18を生みだしたから
災い転じて福となす、を地でいった感じだと思うがなぁ…
米軍自慢のロングトムを圧倒するし >>789
もともと、おまえさんがそっちに振ったんだろうによ 少なくとも射程の短いsFH 18/M一本でソ連軍砲兵に軽々アウトレンジされて苦戦で辛酸を舐める一方で10加をポイ…
あまりに泥縄だ
別に本来の十加対十五榴の比率は1対1とかそんな対等なものではない
あくまで十五榴が主役である事は変わりなく十加は日本でも補助的な立ち位置で膨大な配備をするものではない
別に十五榴の配備を著しく食うものではない、ほんの一分けするだけで良い
にも関わらず断捨離の如く十加を配したといって何ら手放しで喜べない >>791
違う、フランスかドイツかは本旨ではない
ドイツ製火砲の台頭が1934年であるのもまた本旨ではないからそれ自体を本旨としてレスを組み立てるのは枝分かれ的な会話の分岐になり厄介だ つまり俺のレスの本旨を理解せず、たまたま引き合いに出した例の一つに条件反射的に反論しては話があらぬ方向へ行く
この場合、ドイツフランスは些細な違いだというのが本旨で、ドイツ製火砲が1934年台頭だというのは付して言ったに過ぎず、ここにのみ焦点を当てた為、また本旨への反応が疎かになっている >>788
だいたい149mmと152mmは同級としても105mmと122mmのカノンはてんでちがうだろ?
射程も砲弾威力も
威力半径は同程度とか言ってる人もいたが、おそらく爆発エネルギーは二倍強だぞ?
その威力差をドイツ軍兵器集を引用して、いくつかおれが過去に書いた >>793
誤字
>>785はフランス流かドイツ流かは大きな違いではない、というのが本旨
ドイツ製火砲の台頭が1934年であるのもまた本旨ではないからそれ自体を本旨としてレスを組み立てるのは枝分かれ的な会話の分岐になり厄介だ 一応言っておくが44年型装甲師団・装甲擲弾兵師団の編制表には10cmカノン砲中隊の兵科記号が残ってる >>795
同級火砲とは火砲のスケールの事でいっているんだが
当然、15cm sFH 18 と10.5cm sK 18は同級ぐらいになる
というか世界的にも十五榴と十加は同級の規模で、かつ師団砲兵を除き運用部隊も同じぐらいの上級部隊になる
泣こうが叫ぼうがsFH 18 の射程問題は依然として変わらない
ドイツが抱えていた射程問題は間違いなく十加を廃した事に起因している
無駄だから廃止されたのではなく、トレードオフの結果だから、ちゃんと利益と損失が発生している
遠距離砲兵的な運用を期待されたスツーカもあり損失に見合うと見込まれたが実際蓋を開けてみれば射程の問題ばかり目立つ結果となった スタ−リン戦車の主砲選定で100mmは装甲貫徹能力は122mmにわずかに優るが、榴弾威力は
122mmがはるかに上
重戦車たるもの敵戦車と交戦する機会より堅陣突破や火力支援局面がはるかに多いの
だから
スターリン戦車の狭い車内スペースに収めるに長大な完全弾薬筒の100mmより分離薬筒
の122mmが有利
すでに野戦重砲で整備されてるA19ベースのほうが新式の100mmより砲弾備蓄量で
はるかに有利とか数々ある
貫徹に優れてるとされる100mmも射程1kmでA19ベースにくらべ2cmほどの差しかない >>797
失敬、片手落ちとは俺の事。
ドイツ語wikipediaに書いてあった事すらも失念してた
つまり10.5cmカノンの立ち位置はドイツ軍にもある
俺の提示した戦訓のいう通り十五榴大隊につき一個中隊が望ましいと言うのを図らずも正当化する事になった
ともあれ十五榴に出来ない長距離砲撃を出来る同級火砲という点で評価される
ソ連が122mm加農だが、この場合同級火砲が15糎加農榴弾砲というだけだ
十五榴と122mm加農では重さも見合わないからな
当然122mm加農を配備できるならML-20相当も配備しなければならないわけだ >>797
それは根拠としてはなはだ弱い
編成表に載ってるだけで主流から外れた傍流の存在に堕したわけだから
レアケース引き合いにだされても困るよ 世界的にも十加と十五榴は砲架を共用する同スケール火砲
日本はその限りではないが、どのみち重量はそう変わらない
ソ連の場合ML-20が大掛かりだった為、122mm加農とも共用できた
日本軍が九六式十五榴に努めるなら、当然運行重量もある程度統一する
仮にsFH 18程度まで九六式が重くなっても、それに呼応して九二式は12糎口径化よりも長射程化をとるだろうね
日本軍は機動十糎加農(20km)と機動十五糎榴弾砲(15km)を到達目標としていた
そして機動十五糎加農は22km
A03032095100
所謂俺のいう三段構えと全て一致する
対砲兵戦闘はまず十五加の22kmありきだ
そして十五糎と砲架を共用・あるいはそれに近い運用体系・重量の十加でサポートする >>797
それは根拠としてはなはだ弱い
編成表に載ってるだけで主流から外れた傍流の存在に堕したわけだから
レアケース引き合いにだされても困るよ >>802
やれやれ、そんなもん九六式十五加よりはるかに軽い
ワンクラス上の長射程で高威力の17cm K18を機械化牽引できればすべて無効な主張
なのに
それを実現してたのが一部のドイツエリート砲兵
ルール野取る則った馬上槍試合でないのだから、同クラス対戦なんてお笑い種だと思うよ
ワンクラス上火砲か別の次元で勝負するのが王道だよ
重砲陣地の上空B17で絨毯爆撃するとか
実際、米軍はこれをやった >>804
17cm K18が配備できるなら四段構えになるだけだよ
どのみちあまねく17cm砲を配備するなんて荒唐無稽も甚だしい
戦艦が副砲を備えるように
陸軍というのは多種多様な火砲で何段にも構えるものだよ >>802
ML-20とはノモンハンで撃ち合ってるんじゃなかったっけ?
スペック的にはアウトレンジされそう
弾の消費量もどうだったんだろう >>804
ワンクラス上の火砲で勝負するのが王道、これ心理ね
2クラスも3クラスも上の火砲をあまねく配備するのは不経済
師団砲兵及び十五榴の制圧には十糎加農が最も最小限のコストにして最大限の配備ができる
そしてより多くの師団砲兵を制圧できる
火砲体系というのはピラミッドみたいなもので、上に行くほど数は少なくてもいい
上級火砲への対処はまた上級火砲が行う >>797
大戦後期の最前線では、じっさい10.5mm K18より8.8cm FLAK41、PAK43、PAK43/41
で長射程活かして遠距離砲撃してる局面がはるかに多かった
K18は後方に下げられてたもんでね これさえあれば戦は勝てる、と単純化の方向で思考するのはあまりに愚鈍過ぎる
17cm K18は機動力も著しく低く、かつ高コストで生産が追いつかない。更に砲身命数も短いだろう
ピラミッドの中間を抜けば歪な火砲体系に仕上がるだけだ
十七加がどうであれ十加が師団砲兵及び十五糎の域をまとめて始末可能な火砲である故その必要性は何ら揺らぎなく
かつ無数に点在するそれに17cmK18の様な火砲をぶつける事は非常に厳しいと言わざるを得ない
こういうのは来るべきロングトムや122mm加農との長距離砲戦を意識してのものだろ >>809
自分、愚鈍ではないっス!大卒ブルーカラーでありますが
あんたをこの夜かなりやりこめてきてるじゃないすか?
おれは寝ますよ。あんたも寝て体を休めてください。
いずれまた再戦しませう >>811
誠に申し訳ない、ヒートアップし過ぎた
愚鈍とは俺への言葉
人への悪口は鏡に映った自分への悪口なんだ
今までろくにスレタイも読めない様な輩ばかりだったのでここまで火砲の会話できる相手とその知識量に感服する
この度の毒瓦斯攻撃をお許しください ただこちらの砲撃も相当敵軍を丸め込めたと戦果報告
十加とは日本軍野戦重砲兵の一角にして重要な役であり、そして本質は八九式十五糎加農の能力不足にある旨、ここに刻み付けん いえいえ有意義な議論でした。おれも刺激されてすごく勉強になりましたよ
火砲スレの本領発揮の感がありました
このノリで佐山さんも火砲本新刊だしてくれると嬉しいのですが 八九式十五加がどうしてあんな残念な仕様と性能だったのかってのがポイントではあるな
ttps://olive-drab.com/images/id_mack_no_800_02.jpg
こういうの見ちゃうと、もう涙も出ない
(マックの7トン積み13.5トントラックに牽引されるロングロム様) …いっぽう、恥辱を雪がんと自決したはずの小川伍長は普段懇意にしてる(主に下半身)衛生兵の
身も心も捧げる大和撫子慰安婦に勝るとも劣らない看病により奇跡の蘇生を遂げるのだった
続 >>783
>1916年くらいから設計で先進のドイツが師団砲では凌駕した
   「ロシアの砲兵らは日本製の大砲が軽量で使用しやすく、射撃速度が速いと評価していた。
有坂銃は信頼性が高く、これに類似した米国製の銃の半額でロシアは買い付けることができた。」
   日本の軍産品があまりに高品質であったため、ロシア側の研収員らはかなりの部分の武器品目の受け入れ
納入品の作業を日本人自身が行うよう任せた事実をパヴロフ氏は指摘している。ロシア人の役人、
閣僚は日本製武器の価値を指摘し、これなしにはロシアは戦うことは一切できないことを認めている。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1259419/1277943/94331372 ドイツが10cmカノンを外したのってコストが高かったからじゃねーの?
生産中止が1943年8月だから師団砲兵の膨大な損害補充をする上で
製造の楽な榴弾砲を揃えることが優先された結果じゃねーかね
実際、1944年になると10cm榴弾砲さえ不足しているんだしちょっと無理じゃん ノモンハンの砲撃戦の際に陸軍航空隊ではソ連の砲陣地への重爆撃とかしなかったの? >>819
十二加陣地を潰そうと急降下爆撃機差し向けるんだが、対空砲火の激しさにブルって
帰投してしまうんだ
当時の陸軍搭乗員はパイが小さいというか層が薄い
戦闘機乗り不適とされた人材が爆撃機、偵察機にまわされたもので技量に疑問があった そもそも7月には航空戦力は拮抗してる。
砲兵戦前も敵戦闘機の妨害で敵砲兵の位置をまともにつかめていない。
仕方が無いので90式野砲部隊をハルハ川の河原手前まで前進させて、
砲撃戦開始当日は前進野砲が目視できる目標に射撃させて、応射し位置を暴露した砲兵に後方重砲が砲撃って作戦になってる。 砲兵観測用の気球を揚げたんだが、すぐにソ連機に落とされたとか
気球撃墜スコア競うのは一次大戦からの戦闘機乗りの流儀
リスクがほとんどないわりに面白いこと格別らしい
気球にのってる観測員は気の毒だけど >>818
そう、高い割にソ連のA19には射程と砲弾威力に負けるのが明白
それで製造終了
以降128mm砲身を捕獲ソ連製A19、ML20共通とフランスGPF155mm砲架に載せた
廉価版のやつを製造したりする 観測機ありで1キロ四方に散るレベル、観測機無しの命中精度はどうだったんだか
--------------------------------------------------
日本軍の観測隊は九八式直接協同偵察機を飛ばして弾着修正を試みていたが、
日本軍砲兵隊は砲撃がそろわずバラバラで、砲弾の多くはソ連軍陣地外の空き地に着弾していたため、
それを空から見ていた観測将校が「そんな下手な射撃はやめてしまえ。」と呆れて無線で怒鳴りつけて帰ってしまったこともあった
ノモンハン戦後に大本営研究班の主任として戦訓調査に当たった小沼治夫少佐は日本軍とソ連軍の砲兵を以下のように比較評価している
(日本軍の)砲兵将校能力劣る。射向1キロ広がり(砲弾が)集まらぬ中隊あり
敵(ソ連軍)砲兵、予備陣地や掩砲所に隠れる。牽引車にて後へ下がる ノモンハンでの日本軍の主要火砲投入数と損失数
兵器名 保有数 損失数(内自己破壊)
八九式十五糎加農砲 6 5 (4)
九六式十五糎榴弾砲 16 11 (5)
九二式十糎加農砲 16 11 (1)
改造三八式野砲 24 34 (10)
三八式十二糎榴弾砲 12
九〇式野砲 8 2
合計 82 63 (20)
ほとんど破壊されている >>825
あの・・最終的な被害を持ってきても仕方ないのですが・・
最後のソ連側攻勢で破壊されたのがほとんどなんですけど。
7月23日から3日間の砲兵戦では、
丘陵の稜線の向こう側に布陣した日本側重砲部隊はソ連側から視認できず、大きな被害はありません。 ソ連軍8月攻勢までは、日本兵は苦しい戦いだが、むしろ歩兵技量は敵よりはるか上
、押してると判断してた
「ソ連兵は馬鹿ですから、夜間に音さえたてなければ整然と行軍で敵のテントの横をゆうゆう
通過とかできちゃうんです」とかwwww
」 そのころのソ連兵は白兵戦を極端に嫌って、日本兵が白刃きらめかせて突入すると
たちまち逃げて四散したとか、日露戦役とはえらい違い
格闘戦闘訓練を碌にうけてなかったのであろう
日本兵が悩まされたのは手榴弾の一斉投擲と狙撃兵だった
そんな興味深い内容が古是三春「ノモンハンの真実」に書かれている >>795>>762
ソ連の認識だと制圧に要する砲弾数として、
見えざる目標(特に砲兵中隊)1ヘクタール1分
76mm 15発
122mm 8発
107mm 10発
152mm 3発
とありますね。「ソ軍常識」S17年150版より
ここでは122mmは107mmと大差なく152mmとは大きく差をつけられています。 ディーゼルエンジンの日本戦車は撃破されても炎上する率がひくく、野戦修理廠で
修理再生されて多数がすぐに戦列に復帰したやら
ソ連軍との戦車戦でも猛訓練の成果からたいてい有利な結果遺したとか
まー司馬遼太郎が主張して巷に流布した陸軍悪玉史観の説なんて、頭いっちゃった妄想以外の何物でもないわけで… キ12でも配備していれば高速だし、20ミリモーターカノンで火力もあるし
地上制圧には最適だったかな ノモンハンは砲兵と輜重が癌だったよな
他兵科は下手うちしながらもよく戦って戦果挙げてる
それらをすべて帳消しどころか戦線崩壊を招いた
もちろん砲兵、輜重兵に責任すべて負わせるんでなく、日本陸軍の欠陥、弱い部分が露呈した
戦闘
停戦後ノモンハン調査委員会なるものが発足、戦訓研究するんだけど、「縁起でもない」
」「忘れて心機一転でまいりましょう」でほとんどなかったもの扱いされるんだよな…
戦訓から注意喚起しても各地でウザがられ敬遠される扱い
その点は戦後左翼につけこまれても仕方ない部分ではある よく言われるけど、ノモンハン事件では日本側砲兵隊も稜線の裏に隠れて射撃していたから、ソ連軍砲兵もまた殆ど日本軍火砲を破壊出来ていないよ
件の八九式十五加も無傷だった筈
日本軍火砲を全滅させたのは機甲部隊
それも戦車砲の直撃じゃなくて全弾をほぼ撃ち尽くした状況で鹵獲を防ぐ為に砲兵自ら自爆処置して、残存人員は斬り込み >>825
改造三八壊されすぎだろw
>改造三八式野砲 24 34 (10) 八九式十五加は移動中にBT戦車に襲われたんだよ
大日本絵画「ノモンハン戦車戦」に戦死した下士官(曹長?)の遺体を検分してるソ連兵写真がある
それの遠景が八九式
重砲兵らしく下士官の体格がソ連兵にくらべかなり大柄
戦後に集積されたショットもあるが、複数砲にほとんど損傷はない おそらくウィキペディアだろうと思って行ってみたら、日本軍火砲の損害はその記事内ですら諸説あるな
八九式十五糎加は損失が5門とするものと、同じく記事内で5門が鹵獲されたとするもの
いや、鹵獲されたのだから損失数ではあるが
しかし戦闘で破壊されたわけではないのだがねぇ
そう言えばボロクソに言った八九式だが、ノモンハン事件では122mm A-19 は殆ど居ないだろうし、実質こいつが一番射程長かったって事なのか
数の割に意外としょっぱいスケールの砲兵戦だったな 写真では八九式の損傷がみられないが、閉鎖器照準器あたりを破壊したのかな?と思う
戦車に急襲されて蟷螂の斧応戦、とてもそんな余裕があったとも思えないけど ノモンハンの戦記だと、砲兵がソ連戦車に襲われて直射で応戦したものの
全滅したなんて話もあった気がする。
砲側墳墓を地で行く事例。 >>840
集積写真に奉天製7.7cm野砲があるから満州国軍から引き抜いたもんかな? あと損失数は、改造三八式野砲と三八式十二糎をあわせて34だね。 ソ連の鹵獲数は改造三八式野砲31、三八式十二糎11なんて数字になってる。 ちなみに「ノモンハン戦車戦」で件の7.7cm野砲は九四式山砲と誤ったキャプション
がつけられてるので注意喚起 ノモンハンの7月23〜24日2日間の砲兵戦での損害は野砲3、九〇式野砲1、十五榴1、十○加8計1
3とされるが正確であるかはわからないとしていますね。「ノモンハン全戦史」 7月23〜25日の損耗数については7月29日付関東軍参謀長発の電文に以下の数字があるようです。
九六式十五糎榴弾砲 2
九二式十糎加農砲 3
改造三八式野砲 4
九〇式野砲 1
損耗数ですので、事故も含むことに注意。 一方戦史叢書による火砲の損傷
参加総砲数/7/2〜7/20/7/21〜8/19/8/20〜8/31/計
十五加 6/-/1/(4)/1(4)
十加 16/-/3/7(1)/10(1)
十五榴 16/-/4/2(5)/6(5)
九〇野砲 8/2/-/-/2
三八野砲と十二榴 36/1/4/19(10)/24(10)
計 82/3/12/28(20)/43(20)
( )内は自ら破壊したもの。
数字には1日以上使用に耐えないようになった故障6門を含む。(いずれも回復)
自ら破壊したものと敵に破壊されたものは半々のようですね。
ソ連側の鹵獲数には破壊されたが原形をとどめている数も含むのでしょう。日本が各地で鹵獲に含めた数字にも同様の傾向はあります。 いや上は誤読でした。( )内は別数ですから敵による破壊2対味方による破壊1ですか。 小川伍長殿ォー、小川伍長殿はおられますか?
連隊本部の伝令でありますッ!!
新品の褌を病床見舞いに持参しました >>818
1944年まで生産してたというサイトもあるし実際はどうなのやら M-60 107mmはなかなかよさげな砲だな
九二式と性能が酷似している製造門数すくないのが悔やまれる
ネットであちこちみてたら、輸出モデル シュナイダー1930 105mmが射程20km達成してるんだね
フランス軍制式mle1936が16kmなのに… >>818
アハトアハトという高射砲兼対戦車砲兼野戦カノンがあったのも大きいのでは?
対砲兵戦なんて限定用途より刻々流動化する戦況に対応できる汎用砲のほうがはるかにいい
10.5cm sK18は当然ふつうの野戦カノンとしても使えるんだけどさ
口径的に8.8cmに近似値だったのも理由のはず
二線級に格下げなったのちは71口径なり74口径の8.8cm高射砲/対戦車砲がもっぱらその役目を継承してる >>824
砲兵射撃教範
第三章 試射
要則
第二百五十五
最小夾叉闊度(実用公算躱避の約四倍)の標準 左の如し
榴弾砲
射距離 五千米以下 二百米
同 一万米以下 四百米
同 一万米以上 八百米
加農
射距離 一万米以下 二百米
同 一万五千米以下 四百米
同 一万五千米以上 八百米
約1kmに散るものなのである >>853
>>824の話って射向の話だから、夾叉とは別の話なんじゃ無い?
夾叉は奥行きの話だけど、射向は左右の話だし 砲兵将校は怒鳴りつけて帰ってしまったのだから、観測機無しでも同じでは?
いっそまとまらぬ砲兵中隊は、中隊のうち1門とか2門の射撃の方が修正し易かったかもね 野戦重砲兵第3旅団は喝だけど、やはりノモンハン事件の国軍砲兵で特筆するとしたら凄まじい連発とマズルブレーキのブラストで失聴しながら手振り合図で意思疎通し、かつ砲を前進させて敵火砲の砲撃誘発を引き受けた九○式野砲大隊(8門)の将兵ではないかな 90式野砲の試験で3000発撃ったら照準具のガタが方向で15密位に達してたそうで
これで遠距離撃ったら平気で横に100mぐらいばらつくんだぜw >>855
2日目以降は観測機いないと本当に探り撃ちになるよ?
台地の端にいたソ連砲兵は撃破されるか台地の奥に下がってて目視不能。 しかも高台に陣取ったのが、射程20kmの新式122mmだったからね
列強の十加をすべて陳腐化させた砲
ソ連軍と対戦する国は当然そうなる。そうでない国は当座は影響を逃れる
遅かれ早かれの違い
ただ、アメリカの口径委員会ですでに射程と威力、費用で割り合わない存在として
却下されてる砲種だからなぁ >>858
いやこの場合の>>824の
>>観測機ありで1キロ四方に散るレベル、観測機無しの命中精度はどうだったんだか
というのは砲兵の射撃練度の話かと判断しての話だよ
もちろん件の射撃の中隊は空中観測射撃で着弾散布に関しては効果得られてなかっただろうという事ね
見えないんじゃ着弾散布以前に敵の諸元が分からないんでそれを話す段階ではないし カノンでは西側は高射砲で105mmが細々戦後も延命、イギリスの戦車砲で復活の構図だろう
ソ連は100mm口径は戦車砲と対戦車砲で継続、野戦カノンは122mmから130mmに移行が歴史だと思う
異議のある人は書き込みしてほしい 105mm榴弾砲と122mm榴弾砲が大差無い(むしろ105mmの方が遥かにメジャー)様に、105mm加農と122mm加農ってそこまで大差ないんじゃねえかな
弾量も15.7kgぐらいと、20.4kg
日本だと威力半径に至っては同じ29mぐらいだから加農榴弾問わず12糎級に手が出なかったのは必然の様な
ちなみに砲兵戦術講授録では堂々と12榴は失敗扱いされている かつて大砲の国といえばドイツ
タンネンベルク戦で史上初の集中管制射撃を行って、兵力はるかに優るロシア軍を淳滅
鉄道網駆使した迅速な兵力移動もあるが
21cm榴弾砲をはじめとする重砲に惨敗した苦い教訓から、戦間期はかつての敵国
ドイツの技術を吸収したんだな
ラインメタル設計の76.2mm高射砲、おなじくラインメタル152mm歩兵砲、3.7cm
対戦車砲、ラ式15cm榴弾砲も152mm口径で製造してる
二次大戦では大砲王国の座かけてドイツと競ってる
これはそれなりの性能の砲を開発したアメリカとは次元が違うね
二次大戦で、もっとも砲兵どうしの火力戦が熾烈だったのは独ソ戦なのは自明だから てかこの場合の性能差は射程だから
日本の計画した射程20kmの機動十加なら差は無いんだろう
この域の火砲での口径ってのは射程を達成する為の手段でしかない
A-19とやり合うには十加というジャンルそのものがダメだったというよりは射程18kmなのが不満なわけでしょ 口のでかさの口径と砲身の長さの口径ってホント紛らわしいからなんとかして欲しい。 >>863
いや、あれは明らかに失敗作だから
発砲時ジャンプの写真なんて、サーカス団かよ?と思うもん(笑)
三八式で成功したのは75mmのみだから
10cm、12cm、15cmは機構も性能もライバル仏に負けてるだろ?
それで諸外国へのセールスも振るわなかった
積極的に買ったの日本とトルコくらいでしょ?
矢継ぎ早の独仏火砲開発競争で仮想敵国の動向に焦ったせいか成功作ある陰で
駄作もたっぷり含まれてる
これはフランスとて同じ >>867
それもあるが十二糎というジャンル自体が微妙な反応
諸外国も12糎級榴弾砲というジャンルはあまり受けてない
むしろ105mm榴弾砲がかなり高評価
戦後も155mmにとって代わられるまで暫く師団砲兵の主力 クルップ75mm野砲はすごく売れたんだよ
製品とライセンス権で
日本、イタリア、ギリシャ、トルコ… そりゃあ口径で12cm馴染みのない国は採用しにくいだろうさ
新規立ち上げ製造設備投資に多額のコストがかかるから
日本は海軍砲で12cm級があって、陸軍の三式高射砲に技術提供しためずらしい成功例
があるから、野戦十二加を整備するのにそれほど抵抗なかったかな?なんて脳内軍拡するわけ 逆にソ連が十加でなく十二加だったのも十二糎という口径に馴染みがあっただけなんじゃね
多分ソ連が12糎榴弾砲を手にした副産物
ソ連が十榴だったら十加になってたかもね
こと十二糎級、105mmに対して重量やや重く発射速度やや遅く、代わりに若干の威力増大という何とも言えない気がする
まぁ日本軍で言えば海軍系の技術で5インチ(=127mm)加農作ってたら期待できるのは同意
こちらは弾量的には艦砲なので口径に比してやや重め
艦砲は十四糎砲でも九二式(十五糎)榴弾/尖鋭弾より弾量がある
艦砲はこの様に、砲弾重量が陸砲より重い傾向にある(艦砲で155mmなんか55kgある)
その分弾道特性に優れ、かつ風の影響などが少ない
件の八九式十五加より…なんて内心期待していたり いちおうソ連軍にはM-60という107mm新式カノンがあってだな
諸般の事情で少量製造で終わってゐる… >>874
知ってる。105mmに拘らず107mmというのもキモ。
122mm加農と105mm加農
実はこれ採用国の軽榴弾砲の口径によるものという考えだ
軽加農の122mmは何か考えあってのものより、踏襲的な意味合いが強い筈 ソ連でなぜ107mmだったり100mmだったり、どれも半端に終わっていて、122mmは爆売れしたのか
長砲身高コストの軽加農を嫌うのは米独。
ソ連は米独が見限り気味だった野砲だって10万単位で配備する国だ
その国では軽加農も採用されるし、当然その時の既存の口径が結果として122mmだったというだけでは? 鹵獲した105mmの敵の砲弾に銅帯装着させれば撃てるって考えだね
敵はこっちの砲弾を利用できない
その伝はソ連82mm迫撃砲やドイツの77mm野砲 実際、「射程を延伸したい」など何か具体的な考えあってのものなら、130mmに発展するわけよね
俺は122mmと105mmの間に射程も威力も極端な違いを見出さない
日本のは18kmだがドイツのは20kmあるし。
105mm榴弾砲と122mm榴弾砲がそう大差ない様に加農でも同様の図式が成り立つだろうし、こと122mm加農の口径選択には何ら性能上の考えあってのものではなく、既存の口径から必然に選ばれただけ、つまり予め決まっていたに過ぎない
あくまでどちらも軽加農の域を出ないもので、ソ連が122mm加農を良しとしたのはソ連だったからに他ならないと思う
たられば論だが、ソ連が10.5糎規格を主用していたなら10.5糎加農が主力になっていた
日本もソ連も野砲をよしとする砲兵組織の土壌があったからこそ軽加農も批判を免れてきただけ
野砲すら廃する傾向の独ソが軽加農を良しとしないのは仕方ないと思われる >>878
誤字
野砲すら廃する傾向の米独が軽加農を良しとしないのは仕方ないと思われる >>876
いまのアメリカ白人最大マジョリティは独系だからな
二次大戦まではアングロサクソン系がマジョリティだが、当時からドイツ移民やポーランド
移民の数がやぶさかでなかった
軍人にはとくにドイツ系が多かったと思うよ
思考が似通るのは自然だろう
これはロシア軍でも将軍はドイツ系が多かったし
東方移民の歴史からね つまり長々と述べたが
米独の105mm加農に対する批判は「軽加農というジャンルそのものに対する批判」に他ならず、多少弾量があったとしても同じ結果だっただろう
実際高コストで十五榴に遠く及ばない点では何ら変わっていない
威力も師団砲兵の域を出ない
日ソはそもそも軽加農を良しとしていたので、それぞれの国の規格で作られただけの話だと思う ワイエス?だったか
アメリカの国民的画家
移民がかつて従軍してた一次大戦ドイツ軍のヘルメットに胡桃わんさか盛ってる絵、ドイツ移民の絵やら
感謝祭でドイツ軍のヘルメット、コート姿で子供やら農夫と手をつないで踊ってるものが
ある >>880
実際ドイツ国防軍と米陸軍って師団砲兵に関してはちょっと通じるところが無いわけではないと思う(こういうとアバウト過ぎて批判は覚悟だが)
コスパの悪い野砲・軽加農に価値をあまり見出さなかったし榴弾砲で統一
逆に日ソは野砲+軽榴(+重榴)、軍団砲兵にも軽加農
野砲が十榴より、軽加農が重榴よりコスパの悪い事は百も承知だった筈
それでも射程・精度に拘った面がある
対戦車はまた別 ちなみに日本の三八式野砲を無断コピーしたのは中華民国 米独はコスパの悪いそもそも軽加農自体を良しとしなかった
122mmだろうと結果は同じだろう
たまたま軽加農を良しとした日本が105mm、ソ連が122mmだったから
一見して「105mmはダメ、122mmは良い」みたいになっただけ
説を提唱する
それは実質的に砲弾の威力や効力にそこまでの差が無い事からも伺える
個人的には十糎榴弾の威力はあの当時の必要なだけの効力を得られる最軽量のアクセスだと思う
それは十榴が西側各国でも必須となった事から裏付けられている
英軍も遅れて追従した >>882
単位面積での制圧効力で10発8発の差は大きいと思いますが
合計の砲弾重量はおなじでも
105mmと122mm製造する手間はほとんどかわりません
ちがうのは重量に比例した元材料費のみ
それで射程が違って一方的にアウトレンジされてしまう
ノモンハン戦での砲弾集積量を彼我くらべてくださいな
わが軍の砲弾生産数がアメリカの1/80だった事実を知ってください
重量でなく発数です
重砲の比率の低い日本は砲弾重量生産高でさらに隔絶します
乏しい工業生産量だからこそ炸薬量の多い高威力砲弾をより多く製造しなければなりません 牽引車の性能が振るわなかった日本でA-19装備は無理な話ですが、砲弾威力はずっと
劣っても八九式装備するよりずっとマシとも思いますが
最大射程での砲戦は稀ですもんね
太平洋の島嶼戦、沖縄で八九式が活躍したところをみると戦況ごとのケースバイケース
としか申すしかないかと
射程より砲弾威力を重視する場面も当然あります >>886
十二榴と隔絶した差は無いのに、持ち込める砲弾が減る
これは即ち火力の低下でもある
日本のは特に両者同じ威力半径29mで
面制圧の観点からは105mmを連発した方が効率良いし
かつ一発の威力でもそう大差ないという
やはり一撃を求めるなら半端な口径より十五糎榴弾ですよ
最大射程で撃ち合う事が稀だからこそ、十加の比率は十五榴一個大隊につき一個中隊もあれば十分
一撃の威力を求めるならやはり十五糎級の榴弾ですよ
122mmは105mmと比べて旨味が少ない。 つまりは8発と10発こさえる製造コストの差ですね
原材料費の差より職工の手間賃のほうがはるかに上でしょう? >>888
だから射程20km越える十加を実際に日本は実戦配備できてないんだから貴氏の主張は
絵に描いた餅でしょう? まず世界的にも十二糎級の榴弾は105mmの榴弾より評価が低い
迫撃砲弾は別だが、炸薬比率が小さく弾殻が厚い所謂10km近い射程のライフル砲では殆どメリットになっていない
というのも、105mmの榴弾が完成され過ぎている、炸薬と弾殻の調和のとれた口径でもあったからだと思う
現に威力半径も大きく、かつ野戦築城への破壊力もバランスされている
12糎榴弾は15kg強に対して20kg以上と重くなるのに、増えた分だけの威力増大とは言い難い
十二糎榴弾を3発運ぶ労力で1発分多く増えるんです。この1発は大きい。
やはり米英独仏日・その他多数の国家の105mmこそ正しい選択ですよ
最初こそ25ポンド野砲弾に拘ったイギリスも、遂にはその優秀性を認めたどころか、強力な支持者となった。今や105mm砲の開発実績では素晴らしいものである >>890
A-19の利点があるとしたならばそれは20kmある事に尽きる
122mmはどうでもいい
という事
105mmで達成できるならそれに越した事はない
つまるところドイツが一蹴した十加ですよ
ソ連が122mm加農を良しとしたのは、ただ軽加農を良しとしたからに他ならない 105mmで戦前に達成したのはシュナイダーの輸出モデルだけですね
ほとんどセールスが振るわなかったんですが つまり「十二加だから偉い」など断じてない
あくまで射程を達成する為の一手段に過ぎない
むしろ十加だったらその分でそれ以上の射程を実現できたかもしれない
日本に十二加があれば…と悔やむなら私は機動十加(上のリンクで貼った日本軍の検討中の火砲)を言う。そちらの方が実用性があり、かつ実現性は高い
122mmになった分だけ砲の重量や製造費は相応に高くつく
105mmならばいくらか軽量になる事は争うまでもない >>893
しかし榴弾効力で言うなら圧倒的な十糎榴弾砲の世界比率がある
十加と十榴の砲弾威力は略同等、あるいは同じ弾を使う事も多いし、落角による違いのみと言っていい。
一方で十二糎の榴弾はソ連以外で殆ど受けていない。日本に至っては十糎榴と同じ威力半径という辛口ぶりだ。 実用化できてないものを俎上にのせても所詮、架空戦記の域をでるものではありますまい
娯楽暇つぶしで読むならいいけど >>896
ドイツの十加なら実用品ですが?
十加というジャンルそのものを批判して十二加をワッショイしていたのにその言い振りはあんまりである
また日本の十加とて捨てたものではないんですがね >>896
sk18は射程20kmを達成してないよ
しかも砲弾威力でソ連砲に劣る
それで二線級に格下げ製造中止までなってる
それで17cm K18登場でしょう?
あー面倒くせえなぁ。かまってちゃんが多いの?
おれは寝るからまた夜に再見! 10cm級火砲は陣地制圧に留まらず陣地破壊も狙える最小限度の口径ではあったが
陣地破壊を試みるなら15cm級火砲で榴弾を撃つ方が単位時間当たりの効率は良い
徹甲榴弾や成形炸薬弾による直接照準射撃で陣地破壊を企図していた三号突撃砲も
コンクリート建造物には手を焼いて15cm重歩兵砲搭載の四号突撃戦車の配備に至る
ソ連の影響で独は対戦車砲兼用の12.8cm加農砲こそ開発したものの戦闘重量が10トン級と
師団砲兵には荷が勝ち過ぎており戦争が長引いても主力は軽重榴弾砲のままだと思われる むしろ射程18kmを達成するにおいて九二式十加は最小・最軽量のアクセスだった
たかだか3.7トンの火砲でここまでの射程を出せるのは日本にはむしろ有難い話
八九式など3倍の放列砲車重量で同等の射程。これなら十加だけ作っていた方が遥かに経済的だ
A-19も「殆ど差が無い威力」「2kmの射程」の為に倍も重い
実際に太平洋戦線では最大射程での射撃戦など殆ど生起しなかったのだから、その2kmの為に払うどれだけのコストが必要かを考えれば、A-19とて手放しでは喜べない
十二加も所詮軽加農の域を出ないものだが、重量半分となれば日本軍向きであったのはA-19より九二式十加の方だ
A-19はむしろ122mmという口径でいくらか戦力がスポイルされたね。ドイツはこの選択に救われただろう。
日本の九二式十加、敵に回していたらA-19より厄介だ。
恐らく徹甲弾さえあったら対戦車砲としてのポテンシャルは野砲の比では無いしな >>899
十二糎はその十榴の最低限の調律を乱した
15糎榴弾と10.5糎榴弾との組み合わせで行ける、これが黄金の組み合わせであり
12糎榴弾は重いだけで半端に強い威力というある意味の無駄
>>898
だから威力は大差無い
格下げになったのはドイツだからで、ソ連だったら普通に主力張ってたスペックだよ
ソ連はもとが122mm規格だっただけ
てかほとんど20kmみたいなもんだろうが
122mm榴弾3発は105mm榴弾4発分の効果なんて無いんだよ
その1発多い105mm榴弾こそが米英独仏日・その他西側諸国の選択
122mmは改悪だからソ連の仲良し以外誰も使わない
使うとしたら安いから、それだけ >>892
スターリン戦車の砲換装の機会があってさぁ貫徹力ある100mmより、A-19ベース従来の
122mmほうが榴弾威力がはるかにあるから継続って史実をおれは何度も書いてるんだけど…
ナニ、あんたは旧軍砲原理主義者なのかい?
世界には優れた砲があまたある
それを正当に認めないと世界は広がらないよ
個人が好きな砲と優れた砲はかならずしも一致しない
ここには三八式十二糎榴弾砲萌えのド変態もいるらしいからw そんなにお前十加嫌いで十二加好きか??
威力なんて大して変わらねぇ。変わるのは砲がクソ重くなる、弾も減る。デメリットだ
十二榴と十榴どっちが有用な兵器かと言われれば100人中100人が十榴と答える
十榴は必要なだけの威力を提供する最軽量の弾だからだ
同じ様に十二加と十加もその関係が成り立つだろ
だいいちドイツやアメリカが十加を落第したのは軽加農を良しとしなかったから
採用されるべき国に恵まれなかったんだよ
そんなドイツアメリカでもコスパの悪い十二糎榴弾には手を出さなかった
敵の破壊にかけて計算されたくした105mm口径は、陸戦用火砲には必要だったからだ
射程が20kmあるのが偉い?
なら十加で20km出せばいいだけだ
ドイツはマズルブレーキ 無しで19kmやってのけた。真っ当に改良型たる/Mが製造されてりゃ、20kmは間違いなく行った
史実で行かなかったから意味がねえ??
それは意味十加のポテンシャルの否定にはならない
たまたま軽加農大好きソ連に恵まれたのが122mm口径でそれに救われただけ
5kgも砲弾重い、これはロジティクスの観点からは致命的にアウトだ
日本陸軍が十二糎規格を三八式で終わらせて良かった
もし十二糎榴弾砲が採用されていたら、ただでさえ寒い日本軍の砲兵の継戦能力・火力が更にスポイルされるところだった
加農も一緒だ
>>902
砲兵戦闘を前提に、対戦車は別として俺は一貫して語っているぞ
旧軍砲原理主義者ではない
旧軍はちゃんと10.5cm榴弾というグローバルスタンダードを追従していたから結果としてフォローされるだけだ
そもそも遡れば俺が八九式十五糎加農に全ての責任を合わせていることなど君ならとうに知っているはずだが?
あれこそ真の戦犯だと何度言わせる
同じ18kmの射程なら3分の1の軽さの十加の方が遥かにマシだ あー本当に面倒くせぇ
実際に日本軍重砲が射程20kmいってないから、どころか12km届かんのが大多数の
ノモンハンで大苦戦どころか惨敗、対砲兵戦で122mmカノンに負けてドイツは10cm sK18廃版にしてるんだよね?
達成してれば史実が大きく変わっとるわ!
何度言ったら理解できんの? 対戦車戦闘に徹するなら、ソ連は122mmの後継に100mm対戦車砲だろ?この様に徹甲弾の話はどうでもいい。砲兵は敵歩兵や砲兵を粉砕してこそであって、もともとこのクラスの重火砲で破壊できない戦車なんて後出しジャンケンに過ぎないからな
122mm榴弾が、ダメだという話をしている
105mm榴弾は、現在でも広く使われている
というか、むしろ戦後こそ最盛期といってもいいぐらいだ
何にせイタリアとイギリスが本気出してくるからな
日本軍も十二糎は失敗といっている
これは三八式が、ではない
そもそも弾数も減って発射数は落ち、砲が重くなる(これは重量制限のきつい日本軍では代わりに射程が短くなる事を意味する)上に発射速度も若干落ちる
そのくせ単発でも十五榴と比べたらどのみち屁みたいなもんでしかないのには変わりない
>>904
負けたからじゃなくてコスパ悪いからだよ!
勝手に負けたって事にすんなよ
たかが1kmで変わるわけねえだろ
そもそもドイツ側に十加が圧倒的に足りてない
十五榴主体のドイツ重砲兵がアウトレンジされた、これぐらいはおさえとけアホ コスパ重視のドイツ軍が十加切ったら痛い目見たでござるの巻を、負けたから十加切ったなんてこじつけるなよ
順序が逆だ
切ったからもうロクな対抗手段が無く、糞重い十七加に泣きつく羽目になった
十五加もあるがな
十加と十二加に大した違いなんてねーよ
あるのは砲弾の計算度合い
105mmってのは敵軍に最大の破壊をもたらす様に計算され尽くしてできてる規格
122mmは弾が減る、威力も大して増えない、そこらへん理想の105mmとはバランスがなってない だいいち、たかだか1kmの射程差が正義なら、射程18kmの十加や八九式十五加がA-19以外全部勝利決めてなきゃおかしいだろうが
ノモンハンでボコられたのも、地形と練度が原因だろうが
野戦重砲兵第3旅団が下手くそであと場所が場所なのが悪いんだよ
旧軍でも九二式十加のスペック(射程・精度)自体は本来ならA-19以外は始末可能な軽量火砲んだよ
純粋な砲の評価はこれ以上でも以下でもない
何度も言うがA-19の始末は本来十五加がやるべき事
裏を返せばA-19なんてのはソ連軍が使ったからこそで、別に火砲自体に何の魔法も手品もねぇ
純粋な火砲のみを語るって時に下手も上手いも混ざってる史実で判断するのは人的要因を排除できないじゃねぇか
これじゃ火砲がダメなのか使う方がダメなのか分からない
どっちもだというのなら何対何の落ち度まで特定出来るか?無理だろ
ごっちゃにすんな とりあえず俺も寝るわ
十二加が好きなら次来る時にドイツ軍の十加と比べてどう凄い活躍ぶりを示したか説き伏せてみな
どうせ調べれば調べるほど火砲自体はどっちも似た様なもので、どっちが下手くその集まりでケチだったかの違いでしかないってのが分かるからさ、やってみてな
ドイツの十加で射程19kmもスペックあれば、それは単にドイツが運用下手くそでケチっただけだって分かるから
使えない火砲ではない
そもそも一方的にアウトレンジされてる状況ってのは大概優位なポジションを取られている
この時点で負けだ
オッサンなら流石に一人ぐらいあった事あるだろ?何でもかんでも道具のせいにする奴いるよな? 間違えた
十二加が好きなら次来る時にドイツ軍の十加に対してどう凄い活躍ぶりを示したか説き伏せてみな、ね
要はこんな毛が生えた様な違いで何の実例があるのか、それは本当にアウトレンジされていたのかどうかだ。練度や門数が違うせいでお互い有効射程内で殴り合ってただけなら射程1km差ににクソの意味もないからな? 10加が使えないとかコスパ悪いって言ったのは、15榴と比べて、ってことだと思うぞ
射程12〜14km以内で使うときは、ただの重い10榴で、圧倒的に15榴の方がいいわけで
別にクソとかそこまでの勢いでディスってないだろ、ちょっとコスパ悪い程度ね
日本軍もソ連軍以外と戦うときは91式10榴の方がいいと思う
ラモウの戦いで8門ながらも奮戦し包囲した48000名の蒋介石直轄軍を打撃してる
山岳とジャングルで錯綜した地形では加農自体が飛行場撃つぐらいしか使いどころないだけだと思う 戦車連隊と装甲擲弾兵連隊が悲惨な1945年型装甲師団の編制表でも装甲砲兵連隊に
加農砲中隊を示す兵科記号(s↑)が存在するからsK 18は終戦まで現役だったようだね 日本軍には12km以上の長距離射撃の機会も技能もほとんどなかったからそういう評価になったと思う
だからそれも下方のせいにするのはちょっと酷な話しな気はする
これがもし草原でソ連軍と本格的に事を構える段になったら重宝されたと思う
なんにせよ第二次大戦最優秀野戦重砲(と俺が勝手に評価したw)ML-20 M1937と打ち合えるので
もっとも、その段階で詰みだということをいやというほど思い知らされたので、北進論はなしと。めでたし
あとは国民党がラ式を300門位投入して来たら話は変わったかもな? 戦車隊の場合、ガシガシ動くと砲兵の射程外に出ちゃうからね >>850
>>911
10cmK18の年度別生産(フリッツ・ハーン著 Waffen und Geheimwaffen)
1939年 -
1940年 35
1941年 108
1942年 135
1943年 454
1944年 701
1945年 74
ちなみに兵器価格は37500RMで10cm榴弾砲の2倍のお値段 >>911
10cmK18用の砲弾生産は1945年で174000発生産しているし
編制に載っていてもおかしくないよね
なお1944年7月〜8月の10cmK18の生産と損失は
損失110門に対して生産125門で
同時期の15cm榴弾砲が損失630門に対して生産513門だから
10cmK18の戦力は案外維持されているんだよね 二等輸送艦で南洋の島の砂浜に重砲を揚陸、配置まで動かすような運用はあったんだろうか? >>918
うるせえバカ!
そんな事実はよほどサイトを漁らないと出ない事実だろうが
製造中止ってのが、もっぱらの定説だったんだ
鬼の首とったつもりで調子こいてんじゃねえ
いや〜他人の尻馬にのってるねぇ
卑怯なことこのうえない
おまえは深夜に連投してる大バカゲス野郎だよ
年金の足しに新聞配達のアルバイトでもしてんの? >>919
逆ギレすんなよジジイ!テメェが悪いんだろうが
十加ディスりたいばかりに嘘付いたんだろ?この野郎w 逆ギレしてないよ
あんたをあくまで挑発してるwww
おれ二月三月は仕事の繁忙期なんで早めに寝るし、残念ながらあんまり相手にできない
と思うよ
まあ土曜夜はオールで付き合うかも? まったく平日深夜の二時三時にレスしてるやつって、リタイア老人でないかぎり
世間からみてかなり異質な人間だぞ
異常とまではいわんが
無職フリーターやら水商売か夜勤の物流とかコンビニ店員、コンビニ食品製造してるとか >>901
ドイツの火砲生産において対空砲と対戦車砲に重きを置かれていたのは有名な話
対戦車砲兼用だからこそ開発されたのであって榴弾の威力だけで評価する代物に非ず
もし戦争があと半年でも長引いてたらT29やIS3といった重戦車群と交戦する可能性もあった訳で
PaK 43でこれらを正面撃破するのは困難だったから決して不要な存在ではなかったと言える
>>914-915
砲弾の生産は把握してたけど砲まで45年に続行してたとは知らなんだ
情報提供有り難い 相手してやるだ?テメェみてえな悪意ある法螺吹きの言う事なんざ知らんと言ってるだろ!
あの勢いで廃番だの言いまくった癖に俺への示しはどうつけるんだよw大事な事じゃねえかよ!
てめぇの主張の一番の拠り所が崩壊したんだぞ!お前こっからどう論を立て直すつもりだよコラ
一生失せてろ! >>924
どんどん発狂なさってくださいなwイヤぁたのしいなぁ
おれの晩酌に肴サービスなのかな?
おれ、燃料投下しますか? いいから早く本題の続きを言ってみろよ〜w
ドイツ十加は糞で廃番になってソ連の十二加は神って褒めちぎってたあの勢いを取り戻せよ爺www
んなもん大して違わねーのが実態なんだよバーカ 罵倒の汚い語句をこれからもまき散らさってください
お里が知れるから
>>919は威力偵察でわたしも下賤な文章をあんたの倣いで書いてみました(笑) ドイツ21cm重臼砲18型(最大射程16700m)は17cmカノンと交代するようになって
大戦半ばで生産中止になったというのが定説だけど実際の年度別生産は
1939年 58
1940年 275
1941年 167
1942年 −
1943年 100
1944年 103
1945年 8
定説って結構いい加減だよなぁ 日本の火砲製造数も定説と異なるのでは
と上で話題にされてたしある程度は仕方ないのかも知れない 1990年代に日本陸軍火砲従来の製造数が大きく覆されてはいる
それまで陸軍工廠のみであったのが、佐山研究により民間工場製造分が追加されて九四式山砲など
三倍弱くらいになった
ただ、佐山さんは確実に資料から確認できた数しか記述してない
九五式野砲など564門とか佐山本よりずっと多い記述がPANZERにある
重砲の数字はそれほどかわらないだろうが、民間でも造ってた軽砲製造数は大きく
塗り替えられる可能性は大だね 月刊沖縄社「フィリピンの戦い」に九五式野砲がけっこうな数、捕獲されてる写真がある
おそらく生産は200数十門じゃなかったろう?と思う
大岡昇平のレイテ戦記で75ミリ野砲というのは、もちろん三八野砲、改造〜もあるのだろうが
過半数は九五式だったんでないかと 訂正 佐山本では昭和十七年十月末で九五式野砲は318門製造 重砲で四年式十五榴はきめわて数量うわ増し可能性が高い
・奉天兵工廠でskoda7.7cm、10p砲を製造、工廠を接収した日本軍が準制式とする
・接収まえからすでに四年式の製造図面を下附してた
・自緊砲身の生産は無理だった
・四年式の損傷砲を内地から送られた半製品つかって部品を製造し再生させた
・一貫生産は無理だったらしい
・戦間期に余剰兵器として輸出されており、最捕獲されたおぼしきキャプション写真
がある(毎日新聞社 日本の戦史)
・いくら旧式装備で野戦重砲兵連隊から師団砲兵に払い下げされてるとはいえ、製品
寿命による廃砲、戦闘損失、輸出ぶんを差し引いて再交付できるほどの数があったので
あろうか?
おれの考えでは414門にくわえ南満州製造で20門ほどは追加されてるのでは?と思う
ほかの列強に比して微々たる数字だけど 奉天造兵廠、各種砲の製造実績は日本軍接収まえ戦前ぶんはサイトで以前みた
戦中のは未見
そもそもこのサイト閉鎖されたみたいなんだよな 自緊砲身でない四一式山砲くらいは平気で製造してたろうな 80年代後半からぽろぽろ旧軍火砲の生産数が判明しだした
しかし、その多くは陸軍工廠の竣工数にすぎないものだった
佐山さんでさえ四年式十五榴の数を90年代はじめは280門と公表してた
佐山本が揃って久しい現在、新事実を明かすのが本スレ使命とは思うけどね 旧式な四一式山砲が連隊砲むけ需要で生産再開みたいに、四年式が師団砲兵の火力増強策
その他部隊交付で傍流ではあるけれど、配備に足りないぶんほそぼそ造られていたんでは?
とおれは想像してるよ
終戦時、資料の多くを証拠隠滅焼却処分してるから、未来永劫判明しないことが多いんだけども 二次資料を眺めるのが精々で匿名掲示板で駄弁る事しか出来ないのに何が判るというのだ
アジ歴が整備される前から一次史料の収集に奔走している研究者の助けには全くならんよ いやね。古本屋の目録買いするほどプロではないんだよ。残念ながらそれほど財力もない
し…
米軍の公文書館まで当たって資料を収集した佐山さんは素直に尊敬するよ
「日本の大砲」を初版で発売時に即買いした程度のアマチュアですよ
当時、あの値段は学生の身にはきつかった
いま、古書価格が高騰してるみたいだね 文庫あとがきによると久我山15センチ高射砲砲身輪切りが佐山邸にあるそうな
なんとも収まるとこに収まるというか
次はその鋼槐おれんとここねェかな?ご利益ありそう 過去スレによると奉天接収砲はオーストリア ボーラー社製8cm FK18がベース
のようだ
海外サイト参照でシュコダ発祥も間違いではないが、改良型ボーラー製がより正解の見解
1925年より当地で製造したそうで口径は7.65mm
ただ、10cm skodaM14/19などと基本的な部品は九割がた共通のようだ
かつてオーストリア・ハンガリー帝国の版図で部品下請け工場が共通してるかららしい
いわば姉妹砲 ネットのない1988年に「日本の大砲」は
まさにタンネンベルクの史上初の重砲集中管制射撃におののくロシア兵状況
だったよ
もっとも旧軍兵器研究で遅れてた分野陸軍火砲図鑑がいきなり刊行されたわけだから
当日では、まったく知られてない砲が満載!
この感動はアナログリアルタイムで実感した当時若者、現在おっさんでないとわかるまいて >>947
その本と教訓しらないから「冷戦末期に歩兵連隊50しかないのに榴弾1000門配備するソ連以上に重火力偏重してたクレイジーな編成してたネタ」と錯誤したわ >>941
結局15榴って何門あった?俺は何門作ったかよりも何門必要だったかを重視してて
・当面生産要望門数1000門、75mm戦車1000両
・1945年11/11日だかの決戦予定日まで75mm戦車及び150榴弾各600本(ほんとは800はほしい)に向けて生産中
・計画は幾度か練り直してるがおそらく全甲師団に150榴つけて近衛師団級にする
・沖縄では150榴を唯一師団砲級の40門編成(計画ではなく偶然そうなった)
・冷戦末期その教訓で師団砲を40の支援込100門で戦えるよう原則ソ連式砲兵旅団ありきドクトリンを組んだ
だから4師団、8師団、名古屋師団みたいな後方ラインでも火砲80門備えた限りなく砲兵旅団で、あれ北海道に転地する予備戦力でしかなかったんだろうな
壮大に脱線だけど、冷戦末期
・北海道戦車600、装甲車600の機甲軍団、兵力6万
・火砲400程度だが本土から兵力融通して最大機甲軍団と砲兵軍団を展開させる
とかいう島国にしてはがちドクトリンだったんだろうなアレ
そこらは最大的にSSMと哨戒機の進化でなくなった で話しを戦前に戻せば所詮陸軍参謀が
・ノモンハンとww2の戦果をどのように評価したか
・ソ連野外きょうれいをどうよみといたか
しだいだな
わいは序盤からやたらめったら数ある105mm砲の本土外投入例が少なかったことを注視して
・75mm砲は軽く不可欠だが重い105mm砲の本土外投入は不効率とされた
・師団砲が75mmでも軍団砲は150mm不可欠やろと重視された
・105mm砲の各種欠陥性が問題だった
と105mm砲の投入例が少ないことに注視してる
そして150mm榴弾の編成と投入状況は
・満州で軍団砲、近衛師団で砲編成して早期から100-150門は編成
・対米戦で60-100門近い投入だが近衛などの砲兵は据え置きで別の部隊
すると1943-1944年で編成200門と軍団砲150mm20門絶対の原理的なファンダメンタルがある
すると需要的に編成200の製造300需要は1943-1944年にはあり、対ソで莫大な要塞砲があって別途満州で200門は需要、計画は洗剤的にあった
そして150榴の戦果確認できてれば
・本土想定
・ソ連想定
で1945年初から突貫工事で500-600門需要で計画しててもいい
但し生産実態は損失補充の狙いで1000門級の計画は完全にない
1945年11月までの本土決戦までに需要500門の40門編成10軍団くらいが計画としては妥当か
本土決戦は自走砲と150足りない印象で関東だけでも千葉、神奈川、北関東で40門✕5個くらいは部隊ほしかったろ
たいし105は活躍ないし75mmよりも頼りにしてなそうだった 日本軍に存在しない軍団砲とか、何処の世界から来たんだ? 「日本の大砲」刊行は1986年だな
PANZERの広告みて発売時に地元の本屋に注文したな
当時、えらく高い本だったが「こんなマニアックなもん出していいのか?」とまで
実物手にして考え込んだほど
なんだか医学書みたいな本なんだもの タンネンベルク戦は知っといたほうがいいよ
無線有線通信、光学兵器の連携で初の集中管制砲撃を実現させた戦闘だから
いまでいうとAI兵器を大々的に使用して敵を圧倒的にねじ伏せたみたいなもんだ
おもしろいのは日露戦争で不仲きわまりなく、駅で殴り合いしたほどのロシア将軍がタンネンベルク
でともに軍司令官でね
お互いちっとも連携しなかったのもロシア大敗の要因のひとつとか >>936
実際、奉天軍が瀋陽兵工廠で四年式十五榴に倣った十九年式150mm重榴弾砲を1930年に生産(組み立て)したとする資料もありますね。
事実だとしても時期的に見て多い筈もないですが。
それ以前から三八式十五榴を一四式150mm重榴弾砲として生産していたことは間違いないようです。
但しボーラー系の十九年式105mm加農と四五式に倣った一九年式240mm重榴弾砲は計画又は生産途中で終わったようです。 残念ながら俺の確認できる限りでは四年式十五糎榴弾砲は修理止まり
このクラスの火砲を直せるというだけでも頑張っている方
一方九六式は昭和17年11月作成の造兵廠現有設備能力概見表によると
大阪の第一工廠で14門/月、日本製鋼所と神戸製鋼所でそれぞれ3門と2門
九六式の生産数に関してはこの時点で民間でも軍工廠の3分の1程度はあり、トータルで月産19門で、ピーク時は本来なら年産200門程度の生産数はあったのではと推測する >>955
奉天で日式十加を生産したリストがあり、それが十四年式だったのか?とか疑問はありますよ >>957
十四年式105mm加農は日本の三八式十加コピーですね。12門製造とする資料あり。
一九年式105mm加農はボーラー系で射程18,000mの筈でしたが、実際に破完成しなかったらしく。
東北軍由来の15榴は中央軍に吸収後も残存しており、
戦前の整理計画では砲兵第8団に一四年式と四年式計16門(他に砲種未記載の重砲7門保管)、
砲兵第17団に三八式と一四年式計24門という数字が残っています。
一四年式は瀋陽兵工廠製と思われますが、一九年式が無いのが気にかかります。やはり完成しなかったものか?
接収後の日本側の観測では四年式十五榴と二十四榴は図面止まりだったようではありますが。 >>965
大阪やらその他で製造した砲身素材やら砲架素材を加工して完成品にするぐらいの能力はあっただろう?
一貫生産は当然無理としても
10cmと7.7cmの榴弾砲野砲は曲りなりに製造してたから
素材は輸入だろうが ボーラーは昔はベーラーって発音してたよね?
イタリア戦車砲に改造されたりの47mm歩兵砲兼対戦車砲のオリジンメーカー
ドイツ軍が制式採用したボーラー製10.5cm山砲は1960年代まで東欧諸国で使われた優れた砲だったらしい >>958
ありがとうございます。日本の十四年式でなく三八式ベースですか
当時でも、かなりの旧式砲ですよね
終戦時に室蘭臨時要塞に九六式十五加とともに配備されてた妙な砲ではありますね
陸軍海軍ともに最新鋭装備が配されてると同時にちぐはぐさが半端ないという
国本さんの個人誌で読みましたが 野砲砲身性能だけでいうなら50口径F-22が至高
捕獲したドイツが薬室削って強装薬の7.5cm砲弾撃てるように改造して堪える強度があった
1941年バルバロッサ作戦以後に製造された粗製濫造後継砲はこの改造施すには危険と見做され
ドイツ軍で改修禁止通達がでてるほど
コスト面や使い勝手ではのちのZIS-3がはるかにいいのは自明だが
107mm M-60やら高コスト、高性能砲を開発するトレンドが確実に存在した事実を
おれは訴えたいんだよね F-22万能砲の推進者赤軍トップ、トハチェスキーが粛正されるに至り
すぐのちの1939年にほとんど製造中止
1940年に3門のみ造られている 好き放題に日記帳のごとく話題を書き連ねるのはさぁ。。上でも唐突にトラクターだの言いだして荒れるの分かりきってたみたいだし
四年式に話を戻すと、アジ歴では昭和13年に四年式十五榴の砲身及苴の半製品10個を大阪に至急返還するように達しが出ているから、加工能力は間違いなくあった ああっっ??
デッキの棒が刺さっていますがよろしくお願いします。
やばぃぃっっ!イッてまうで!
イクのはマジでやばぃぃっっ!
っていうのはさあ、マジなんだなぁ澤部
ラリッてまうで!ホンマに誰か助けてくださいよおおお
くるしい
くるしい
くるしい
くるしいよおおおお
助けてくださいよおおお
薬が俺を辺にするーうう
薬が俺を辺にするーうう
誰か助けてくださいよおおお。
嗅覚がさあ
嗅覚がさ鋭敏過ぎて余しでらやばぃぃっっ指お持ち通り動かズ 震えんよおお
誰か友達になってもらいたい
俺努力する!
まず人になる
普通は分からないけど真面目で嘘つかないように
でも、なんで自分を傷つけんのかなあ
こういうのは他人を遠ざけるんよなあ
知ってんよ
治さなきゃいかんのよ
いつも悩んでる
なんとかしなきゃいけない。
俺努力するの
がんばるからさぁ
とのんます
たのんます 俺はさぁ
趣味も君たちよりずっと薄っぺら
笑ってくれよう
薄っぺらなんだよなぁ
でも友達欲しい
行動しなきゃいけない
これがた間違っているのかなあ?
外に出なきゃよおお
くそう水
なんとかしたいよー
くるしいんだ
くるしいんだ
くるしいんだ
でも負けたくない
イキタイ
いきていたい なんか気持ちわりくなってきたわ
足が震えてトイレイクの超怖いよ
やばぃぃて倒れて死ぬかもしれないよ
くそう
神経がうごかねえよ
トイレ行くのこええ 見てる人がいたらさぁ
俺がいたことだけなんだ
それだけで十分なんだよ
あったかいじゃない
それだけであったかいじゃない
嬉しいわ。想像の中でだけ幸せになりたいから
メンヘラとか思ったか?
違う
いきているんだ
人間だもな
みつをだよ
大好きなやつ。優しい人がいたら嬉しい
男の人が好きなんだよ
俺男が好きなんだ!
助けてくださいよ
なんでもいいざぁないかなぁ。他人の目気にしちゃだせえよ
俺は男の人が好き
わぞわざ他人に言うことでもないけど、隠すことでもないからさ
それで鬱になりたくないよ
三島さんみたいにオープンにしたい いじめされた記憶が抜けないんだ
スレチじゃないんだよ
同じ趣味の人がいいんだ
それ以外は怖いんだよ これがさあ
仮面の告白ならさあ
小川のせせらぎだよ
ゲイは悪くない
わざわざ他人に言うことでもない
優しく強くならなきゃな
小川の告白だよ 本名は萩原武だからさ
言うなれば萩原の告白だよ三島さん 何書いてんだか
忘れてくれ
すまないよう
ごめんなさい これがさあ〜
俺の遺書に
なるかもなぁ
俺の辞世の句だ デッカい愛をさ
後ろから前からたっぷりと注がれたかった
下から突かれて死ぬほど愛されたかった
俺の愛を受け取って欲しかった
魔界村のさんたくさんですね 俺分かった
俺は女なんだ!
分かったよ
道が見えたようなぎがする
俺のだから男が好きなんだよなぁ >>964
トラクター話題振ったのはおれではないよ
スレ盛り上げるため、プロレスヒール演じてるのはやぶさかではないが
おれはスレが盛り上がって、住民の知見が深まるなら悪役上等なんだよ!
糖質キャラは断じておれではないよww
あんなもん演技でも到底無理 >>306-307の人といい、独特な喋り、週単位での数十もの執拗な書き込み頻度、そして火砲の古参を自称する構ってちゃんとの関係は一体? 農業機械化話題で脱線暴走機関車モード全開のときは、いざ平成維新ッ!!
おれが逝く引き換えにこいつら四、五人はぶった斬れるだろうよと万年東一に
仕掛けた爆弾マッチ霊が憑依していたな
軍板外野にいいように火砲スレが荒らされてる状況に忍びなく
いまいち点火しなく未遂だったけど 日本刀の製作過程をざっと調べればざっと概略わかると思うけど、過熱して鍛錬、不純物
を端部に追いやって取り除き、鍛錬冷却鍛錬の繰り返し
まともな砲身製造するだけにすくなくとも数100tクラスの鍛造プレスと各熱処理の工場
ラインを完全に整備しないと無理
監督官と工員の熟練スキルも
三八式野砲の国産立ち上げに際しても、最初は素材や半製品を輸入からスタートだ
海軍の砲身素材やらをなんとか融通してやっとこさ純国産化した。設計はクルップだが 俺お男が好きなんだ
ああああ〜
らりっておかしくなりそうだ
しにたくなるんだよおお
でも生きていたい
すまねえ 怒りなんだよなぁ
メンヘラとか思ったか?
だよね
消えるよ
さよなら 怒りなんだよなぁ
メンヘラとか思ったか?
だよね
消えるよ
さよなら 漏れは日本の大砲と平賀譲遺稿集を東大総合図書館に購入希望を出してちゃんと図書館で購入してもらった
あれは良い本だ 四年式15cmの生産が414とすると同時期に現存してる砲はいいとこ200強くらい
はたして装備数賄えれてたのか?という疑問はある
短射程ゆえ武漢作戦、台児荘で手ひどくやられて損耗激増なはず
むしろ九六式に装備改変されて師団砲に格下げになってからがシビアだったと思う
四一式山砲の連隊砲需要に比肩すべく事態なんじゃないか? 師団砲兵がそもそも色々なパターン多いし
末期は師団砲は迫撃砲と山砲、射程と威力は軍直轄て住み分け始めてるから
師団用15榴は在庫品で払底したらそれっきりだったんじゃねえかな 昭和十七年にも製造してたわけだろう?10月以降は不明の定例パターンで
おそらく自緊砲身生産できる工場設備が限られてて高射砲や新式榴弾砲加農
で目いっぱい
既存の生産ラインも遊ばしとくの勿体ないから終戦時までほそぼそ四年式造ってたとか
考えられないか?
大陸の戦訓で「野砲ではシナ兵が逃げないから、もっと十五榴よこせ」コールが歩兵から
いっぱい挙がったわけだよな
牽引車の生産配備は野戦重砲連隊で手いっぱい、射程短くとも砲身車砲架車にわけて
馬で牽ける四年式しか師団砲兵で装備できる十五センチ榴弾砲はなかったし >>964
「おまえらの加工は腕が悪いから任せちゃおれん!やっぱり大阪にもどせや」とも判断
できるね 陸海軍工廠ほか一部の技術力ある民間工場では少数ながら自緊砲身を製造できた
それの生産に忙殺されて、既存のローテク工法砲は下請けに移行していった
というのが自然な流れ
海軍短二十、十二糎砲がまさにそれ
箸にも棒にも掛からぬライフル砲。あれを作るくらいなら、その資材と労力で大口径
迫撃砲こさえるほうがずっとマシだったはず。製造技術難易度は1ランク低いし
昔は幻の砲といわれてたが、サイパン、グアム、ビアク、パラオ諸島で複数現存してる
サイパン戦訓で25mm機銃を据えるほうがはるかに有効と判断されてる あれ元は輸送船なんかにすぐ乗せる事が出来る自衛用の砲でしょ?
分類はともかく実際の使い方は対戦迫撃砲みたいなものだったはず 奉天で兵工廠接収したとき、6年前生産立ち上げした十榴が製造50門ほどとか
相当の怠け者か職員と工員意識とスキルに問題あったとしか…
満州事変まえに既に日本人技師が多数送り込まれてたから、現地の人間にレジスタンス意識も相当あった
のも事実だろうけど >>992
廉価で容易に生産できるやっつけ仕事の砲だね
はなっからないよりはマシみたいなコンセプト
あれで高射砲代わりに使うとか無茶ぶり全開wwww
フランス製75mmM1897野砲がドイツ軍に鹵獲され、マズルブレーキ装着5cm PAK38
の砲架に載せて対戦車砲としたのと出時がてんで違うよ
かたや出現当時は最新鋭の機構と性能だから辛うじてT34やKVを擱座させることができた
砲身は既存でもそんなものを一年ちょっとで3000門以上造ったんだな
戦時の危急で廉価版の兵器を大量生産する場面は当然ありうる
ただ、まったく役に立たないもんを製造するのは戦時で貴重なカネと労力、時間を
ドブに捨てる国家反逆罪に値するね >>991
名古屋工廠なんか山砲製造止めて海軍の12.7高の生産にかかってるんで
火砲製造能力の殆どは対空火器に回ってるんじゃねえかと >>994
対潜武装は遠方投射爆雷・対潜迫撃砲として、大口径臼砲てのはスタンダードの一つ
ttp://www.navweaps.com/Weapons/WAMBR_ASW_Howitzer_pic.jpg
これは英軍の19.1センチ対潜榴弾砲
短12/20センチ砲は、対空対水上対潜のマルチパーパスな簡易火砲で
量産して商船に積むには適切な武装でもあるんだよ。もちろん陸戦には向いてないが
船舶を非武装で出すわけにも行かないんだから仕方がなかろうというもん >>955
陸軍造兵廠で海軍高角砲生産とな?それは知らんかったよ
書き込みに感謝す 短20cm、12cm砲はwikiで呉工廠製となってるけど、実際は下請け企業が造ってる
83年のPANZER木俣滋郎さん記事より
当時は幻の砲と煽り文句ついてた wniの鈴木里奈の脇くっさ
(6 lゝ、●.ノ ヽ、●_ノ |!/
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\ 、'、v三ツ /
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