>>722
話の流れ読めてる?
1922年におけるフィリピンの航空基地の意義はマニラ湾と市街を聖域にすることだ
この時点ではデハビランド主力の米軍に対して日本は航空攻勢の手段がないに等しいんだ
この時はハッキリ言ってフィリピン占領なんて絶望的な状況なんだ
北端に上陸して飛行場作ってるうちに優勢な米海軍に追い払われる
追い討ちに空母まで6割にされちまったのが1922年、その数年後には一万トン未満の空母で対抗することも、先手を打って封じられてる

1930年代には、フィリピンの航空隊はどんどん性能が増してるし、日本でも自ら一線機の部隊を持ってみると航路や台湾、さらに10年もすれば本土まで脅かしかねないと嫌でも気づくのが1930年代半ばだ
おまけに、台風の時スービックに水上機が避難しただけでアメリカにクレームつけてた日本が、条約下で台湾に海軍航空隊を増強するのも無理だ
フィリピン取って救援に来るアメリカの艦隊をやっつけるにせよ、無条約にして台湾をまず固めないといかん
本当は内南洋のいくつかの島や環礁、沖縄本島もそうだったんだけどそこは間に合わなかったんだ