>>839

カービィ大佐の戦術は2x2の4機編隊で相互に支援し合うことと、P-47の高高度性能を最大限活用して日本機に対して必ず高度優位を確保してから攻撃をかける事になるね。支援なしの単機で降下する事は部下に固く禁じていたし、最後の日以外は彼本人も守っていた。

一例として有名な43/10/11のウェワク上空の戦いを挙げると、彼の4機編隊は高度28000ftで飛行場に侵入。8000ft下にいた14飛行団長寺西中佐が直率していた一式戦部隊を襲撃 寺西中佐と小山大尉を撃墜して、1機を撃破不時着。飛行団長戦死の大打撃を日本軍に与えた。この襲撃後にカービィ大佐は26000ftまで登ってきたと記録にあるが、こんな高度のP47に対して高度優位を取れる性能の日本戦闘機はニューギニアには存在しない。