いまでは盤外戦術はまったくみられなくなってしまった。 
 いつだったか、大山さんが対局前に 「風邪をひいてね。弱ったよ」とつぶやいたことがる。「そうか、それなら今日はあんまりがんばらないだろうな」と私はよろこんだが、勝負がはじまると、それどころではない。大山さんは徹底的にがんばってきた。
大山さんはなぜあんなことを言ったのだろう。 

 そんなことを考えていると、私は昔の将棋が人間対人間の勝負であったことを思い、ふとなつかしくなることがある。それとくらべると、いまの若い人たちの将棋はまるでコンピュータ同士の勝負のようである。
 世の中はまわっているので、次の世代では盤外戦術もまた復活するかもしれないが、すくなくともいまの将棋には人間がその持てるすべてをかけて秘術をつくす、どろどろした勝負のおもしろみはない。