大山が中原にだけボコられたのはなぜ?
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大山
https://i.imgur.com/Obcy0Hg.jpg
年齢的な衰えが原因なら、米長とか加藤一二三にもボコられてないと
おかしいんだが、むしろ勝ち越してる
なぜ中原にだけ圧倒的に弱かったのだろうか? 羽生と中原は衰え始めたらあっという間だったのがな。
どちらも無冠転落後は挑戦すらできなかった。 >>945
現に強い時代の大山とぶつかった加藤はトラウマ植えつけられてぶっ壊されたからな
中原がぶっちゃけるのも当然だわな
中原も自身の衰えについて「42〜43歳までは存分に指せた。45歳くらいから頭の中の将棋盤の映像が暗くなってきた。」と語ってる
羽生世代の面々が陰りだした年齢とも見事に一致してる
羽生世代の凋落はソフト研究の台頭時期とも重なるが一番の原因はやはり年齢による地力の衰えだろう
羽生世代ももう少し若ければ渡辺のようにソフトの台頭で今迄の棋風が通用しなくて一時不調になったとしても適合して復活できたんだろうが >>953
45歳から将棋盤が暗くなったの逸話、さらに続きがあって、
こんな状態で大山先生は自分とやっていたのかとビックリしている ・中原(若)は毎回95点を取る
・大山(老)は毎回90点を取る
・米長(若)は時々100点を取るが85点以下も多い >>955
それ、中原の言葉があるよ
大山には自分が80点の将棋で勝てることもあれば
100点の将棋で負けることもある
加藤には95点の将棋を指せば必ず勝てる、と。 大山は受け将棋だったからな
受けが通じなかった時の受け将棋はサンドバッグ状態でボコボコにされた印象を受ける
中原には受けが通じなかった
受けが通じた時の受け将棋は相手に何もさせずに勝つから手合い違いにすら見えてしまう
加藤一二三には受けが通じた どうせ一番強いのはおれだし来年また挑戦すればいいやってメンタルが異常 20代の中原が強かったで説明のつく話
中原は加藤一二三にも20勝1敗だったことを忘れずに
28歳での最年少永世名人なのだ、藤井に抜かれるだろうが。。。 大山の勝率は雑魚から稼ぐチャンスがなかったことはすでに説明されている
格下とあたる1回戦、2回戦に相当する楽な対局がない
(そういうラウンドで最も勝ち星を稼いだのが羽生ということになる)
棋士が少ない=対局が少ない=ベスト8からスタートでも相手はいきなりA級棋士
負ければ0勝1敗、準優勝でも2勝1敗、優勝で3勝
羽生はここに雑魚相手の2勝ずつ上積みされていくイメージ、それだけの差でしかない
羽生の中でもNHK杯とJT杯ではそういう現象が起きている
ドローの大きいNHK杯のほうがA級棋士ばかり参加しているJT杯より勝率が高い
それはJT杯はいきなり森内とあたり敗退などもあるが
NHK杯はそういうレベルとあたるまでに初手合いやロートルの雑魚ともあたり勝ち星を稼げるからだ 受け将棋って気持ちを折る将棋だと思うんだけど
中原が楽観派だったっていうのも関係あるかもね
ちなみに大山は何派だったんだろう >>951
いや羽生は中原、大山に勝てたかは怪しい 40代中盤の大山が20代の中原にだけボコられたのは
渡辺が藤井にだけボコられてるのと同じ理屈
中原(20代)>大山(40代中盤以降)≧ほか
藤井>渡辺≧ほか
自分自身が2番目に強くて、それより強い1番手がいると起きる現象
特に難しい点はない
大山(40代中盤以降)は米長や加藤相手には互角以上に戦えた
渡辺が豊島や永瀬相手にはそうできているのと同じこと
これより下の段階になると「いろいろな相手にボコられる」という状態になる
それが60代の大山、そして今の羽生ってこった 大山対中原
01 ●大山44歳−中原20歳○ 第11期棋聖戦準決勝
02 ○大山45歳−中原21歳● 第1回連盟杯記念対局
03 ●大山45歳−中原21歳○ 第13期棋聖戦5番勝負第1局
04 ○大山45歳−中原21歳● 第13期棋聖戦5番勝負第2局
羽生対藤井
01 ●羽生47歳−藤井15歳○ 第11回朝日杯準決勝
02 ●羽生49歳−藤井17歳○ 第69期王将戦リーグ
03 ●羽生49歳−藤井17歳○ 第61期王位戦白組リーグ
04 ●羽生49歳−藤井17歳○ 第28期銀河戦Cブロック11回戦
中原藤井 当時の1番手、現1番手
大山 当時の2番手
羽生 現5番手以下
順当 >>964
ナベは一瞬だけじゃんwww
そんなんいくらでもいるわ大山と同列とかキチガイか? 大山と渡辺は格は知らんが、将棋の強さでは圧倒的に渡辺の方が強い 今の将棋界しか知らない人間用の例えだから
同列とかズレた話ではない
力関係の問題 中原が出てきた頃は、世間では中原>大山という認識だったよ。
理由は、此れもかなり評判になったが、「ヨセをぐずる」という点。
そして、其れを改善して、中原に臨んだが、やはり僅差で負けたような。
升田が大山と戦った、最後の名人戦の様に。
実績だけだったら、丈夫で長持ちな大山が良いに決まってる。
強いかどうかの判断は、また別の所にあるんではないかな?
ただ、米長、加藤には勝っていた所を見ると、
木村ー大山ー中原ー羽生というのは事実なんだという事だけ。
羽生も研究されてからは、森内に負けていた様に、一旦全盛期を迎えると
その後、如何しても研究される。 大山中原の初対局は大山40代半ば、中原20歳そこそこ
それ以降の年齢での強さを比較してもあまり意味がないのでは?
30代から40代前半までの間に同い年の森内に負けまくった羽生とはだいぶ違う
(研究されたから負けたというより、長時間将棋だと単純に森内>羽生だった)
大山は丈夫で長持ちなことばかり語られるが
元々は「全盛期が誰よりも無敵」でその上「丈夫で長持ち」だったから「史上最強」のはず
「全盛期が誰よりも無敵」の部分が抜け落ちていては話にならないと思う
中原登場前こそが大山の真価なのだから たくさんタイトル取ったのは羽生なんだけど
名人戦で底知れぬ強さを見せたのは森内だった >>969
こういう指し将棋の経験値が低い奴ほど知ったかぶりするんだよな 大山は当時の最強棋士であって史上最強棋士ではない
大山が羽生の時代にきたら、羽生世代の棋士に駆逐されまくって並みの棋士どまりだな
それこそ現代にきたらタイトル争いにも絡めず、順位戦もC1かC2維持で精一杯だな 当の羽生が死にかけの大山に何度も負けてる時点で説得力無いよ 大山は60代癌患者なのに羽生相手に何勝もあげた。
羽生は健康な40代なのに渡辺にやや分が悪く、藤井には一つも勝てない。 羽生は元々大山の半分しか名人取れない棋士なんだから当然
年に1回チャンスある最重要勝負でボロ負けなんだから
下位棋戦をタイトル扱いして「王座と棋王のおかげで総数多いから勝ちました」なんてごまかしとは違うのだよ 大山は底知れず強かったとは思うけど、
木村、塚田、升田がそこまで強かったかは疑問
もちろん木村は当時、圧倒的に強かったけど、大山や現代との比較では何とも言えない
塚田なんて???だらけ
升田の創造性は認めるけど、「強い」に関してはなんとも…
木村、塚田、升田と何度も連呼すれば規定事実になるわけではない 将棋の強さ
実際に対戦していた頃
強くなる前の羽生=衰えてきた大山
全盛期の羽生>全盛期の大山 >>982
20歳羽生と60代大山でそんな言い訳をしたら、中高生藤井に40代で全敗中の羽生が惨めすぎる。 >>980
升田は50歳以降も2度名人挑戦者になっている
強くなければ不可能 >>984
体が弱く50歳を超えた升田でも名人戦の挑戦者になれるほど、
当時のレベルが低かったんだよな レベルが低かったのは中原が将棋どころではなかった数年間だろうな
米長名人誕生とか羽生七冠とか レベルが低かったのは羽生の20代だね
当時のA級のレベルは今のB級1組のレベルだから 1995年のA級順位戦の表
60歳の有吉や56歳の加藤、52歳の米長がA級棋士でいることができたほどに羽生が七冠を達成した頃のレベルは低かった
今のA級のレベルなら、この年齢の棋士はA級に残れずとっくにB1以下に落ちているはず
それが米長6-3、加藤4-5の成績で陥落したのは60歳の有吉と35歳の高橋だよ
60歳と35歳が同じA級で凌ぎを削るなんてあり得ないことになっていた
どんだけ、30代の有吉、加藤、米長が強かったんだよ
それをものともしなかった大山は化け物かという話だ
https://i.imgur.com/AXVRSbS.png >>989
去年の木村王位誕生に関して、いろいろな言い方ができる
・40代後半でA級も陥落した木村がタイトルを取れるほど、レベルが低かった
・タイトルを奪取した木村が陥落するほどA級のレベルは高かった
一側面だけを切り取って、言葉を弄してみても無意味 次のA級順位戦の表は翌年の1996年
佐藤康光27歳と同時にA級昇級してきたのは50歳の森九段
これでB1のレベルの低さも知れるというもの
そして、相変わらず加藤一二三は4-5の成績で陥落したのは村山聖が先だった
大山にまったくかなわなかった加藤一二三の強いこと強いこと
https://i.imgur.com/IQ3xaYD.png >>991
加藤は1985年の王位戦を最後に、
有吉は1978年の棋聖戦を最後に
タイトル戦の挑戦者にすらなっていない。
まあ、A級にいて弱いとは言わないけど、勝率を鑑みるに、
先手後手があらかじめ決まっているリーグ戦で、なんとか残留する術に長けていたということかな
現在のA級でも似た感じの棋士はちらほらいる
ただ、別に貶めて言っているわけではない
A級在位は一側面に過ぎないと言いたいだけ 次は1997年
A級に昇級してきたのはなんと高橋九段と井上慶太七段
井上七段は34歳で初めてA級昇級を決め八段になったわけだが、意外なのは羽生世代
27歳になっているにも関わらずA級棋士なのが羽生、森内、康光の3人だけであとは高橋や井上に遅れをとっていた
この年、米長が降級となりフリクラ宣言をしたわけだが、54歳で4-5は立派
というか、谷川世代、羽生世代ってどうなのよ?と疑問をもつに十分な話題だろ
いやいや、米長は強くて別格な棋士だから、というのなら、その米長をして「あの人は本当に将棋が強いおじちゃんだった」と言わしめた大山はどうなのよとなる
https://i.imgur.com/A0OG2R7.png >>985
23歳の中原や30歳の加藤一二三や30歳年下の谷川に5勝6敗の二上を抑えて升田が名人挑戦だよ まだまだ続く。次は1998年
この表を見るとあることに気付く
そう、40代の棋士が一人もいないのだ
1947年生まれの中原が52歳なので、40代の棋士は1950年代生まれの棋士だ
つまり、谷川世代の前の世代がすっぽり抜けている
谷川世代が活躍できた理由がここにあった
そして、谷川世代といっても高橋以外は谷川に3割そこそこしか勝てない棋士ばっかりなのだから谷川世代のレベルも推して知るべし
https://i.imgur.com/i97dK8s.png ここまで論を進めて、次の1999年を見ると、50年代の花形棋士だった田中寅彦九段(42歳)がちゃっかりA級に復帰してきた
羽生世代のA級棋士が佐藤康光名人を筆頭に5名に増えているが、大山が亡くなる前にA級棋士だったタナトラが42歳で出戻りできるほど谷川世代も羽生世代も五十歩百歩のレベルだった
そして、60歳になった加藤一二三は羽生世代に囲まれながらも4-5の成績で残留し、52歳の中原と同時降級したのは出戻りのタナトラでなく郷田八段であったのが象徴的
加藤強すぎだろ
大山を下げたいばかりに、加藤一二三なんて今では通用しないレベルの棋士だからなどとほざいている羽生オタは天に唾吐く愚か者だ
https://i.imgur.com/dY7lWQc.png 升田幸三
A級在位31年
中原全盛の1979年までA級で、A級のまま61歳で引退
順位戦(A級)での勝率0.724(歴代1位)
つえー いろいろ2000年突入
1950年代生まれの棋士は先輩棋士たちが強すぎて影が薄かったわけだが、それでも珍事が起きた
先崎新八段30歳と同時にA級に出戻りしてきたのが青野九段(48歳)なのだ
青野といえばタナトラと並んで大山生前のときのA級棋士だ
60代後半の大山に通用しなかったA級棋士があの頃より弱くなってからA級に戻れるってどういうことよ
しかも、しっかり5-4と勝ち越して残留を果たしているし、谷川、森内にも勝星を上げている
これが珍事でないとしたら、答えは一つ
全盛期時代の大山は気が遠くなるほど高いレベルの時代に強かった棋士なのだ
https://i.imgur.com/iv0PhRD.png このあと、高橋九段がA級に再復帰してくるわけだが、これにて終了 このスレッドは1000を超えました。
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