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 ―2012年、子供大会で小学3年の藤井さんを見ている。

 「よく覚えているのは負けて泣いている姿と全く動じていないお母さんです。普通、親も慌てたりきつく叱ったりするものですけど、すごいお母さんだな…と思いましたし、泣いたまま次の将棋に勝った藤井さんには驚きました。泣く子は数え切れないくらい見てきましたけど、泣いたまま勝った子は初めて見たので」

 ―やがて棋士になり、デビューしたまま不敗で樹立した史上最多29連勝は社会現象になりました。

 「衝撃的だったのは9連勝目の竜王戦6組・所司和晴七段戦で指した▲7六桂でした。相手玉の逆方向から桂馬を打っていく手で『本当に中学2年生ですか?』と…」

 ―なぜ、その一手がそんなに衝撃だったのでしょう。

 「15歳だった羽生さんのことを思い出したんです。1986年度の順位戦C級2組・小堀清一九段(当時74歳)戦で羽生さんはやはり相手玉の反対側から桂馬を使う▲7五桂という手を指しています。当時、17歳の奨励会員だった私が記録係だったんです。目の前で見て『年下の人がこんな指し回しをするのか』と…。ちなみにその一局は深夜0時33分に終わって午前9時半まで感想戦を続けた有名な将棋です。これはとんでもない世界だぞ…と思っていたら、朝になって掃除のおばさんに『あんたたちっ! いい加減にやめなさいっ!』と怒られたのを覚えてます(笑)」

 ―デビュー時と比べると藤井さんはどのくらい強くなっているのでしょうか。

 「香1枚…もしかしたら角1枚違うくらい段違いです。人ってここまで短期間で強くなれるものなんだな、と…。彼の上にいる世代、永瀬拓矢王座、菅井竜也八段、斎藤慎太郎八段、高見泰地七段、佐々木勇気七段、三枚堂達也七段、佐々木大地五段(全員20代後半)は子供の頃から見てきていますし、とんでもなく分厚い世代です。まだ発展途上でもある彼らを抜いていくとは思ってもいませんでした」