>>771
このようにスキのない藤井さんですが、NHK杯での対局前、私は周到に戦略を練りました。

この対局では、私は主導権を握りやすい先手番だったので、自分が得意な「雁木がんぎ」と呼ばれる戦法をぶつけてみようと決めました。

藤井さんは、序盤で角を交換する「角換わり」や、飛車の機動力が特徴の「相掛かり」といった、序盤から1手のミスが命取りになる激しい戦法が得意です。しかし「雁木」は藤井さんの得意な型ではありません。

事前にAIを使って「雁木」戦法の展開を、かなり先まで研究しましたが、実際の対局も想定通りに進みました。だから序盤から藤井さんが持ち時間を使ったのに対して、私はほとんど時間をかけずに指し進めることができました。

中盤、私は藤井さんの陣地に一気に攻めこんだのですが、このとき私は、将棋界では指されたことのない新しい手をぶつけました。過去に指された形だと、藤井さんも想定していると思ったからです。

その新しい手への対応には驚いた。藤井さんも初めて見る形のはずですが、そこから30手ほど、私の事前研究のときにAIが示した最善手と同じ手を指してきたのです。短い対局時間の中でAIと同じように先を読み、正解を導き出したわけです。完全に私の想定通りに展開するものですから、心の中で「これは凄い」と感嘆していました。

ただ、その結果、私は勝つことができたのです。

藤井さんは、そうした実戦的な駆け引きよりも、100点満点に近い手を、自分の力で考えたいという思いが強いのでしょう。藤井さんが最善の手を指し続けたので、事前研究の成果もあって、それに私は的確に対応することができました。一方、藤井さんは次第に持ち時間がなくなり、そこで生じたスキを私がついて、勝利することができた。藤井さんが最善手を続けたからこそ、私が勝てたと言えるでしょう。