ヘルマン・ヘッセ part3
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デミアンとか漫画化されてもこまるわ。
あれは文学のままでいい。 誕生日に父親からヘッセの全集を頂きました
懐かしい小説から順に読んでおりますが、歳を重ねるとまた違った感性いや、感覚で文字を感じることができますね
デミアンは僕のバイブルです デミアン山田洋二じゃだめ。
テレンス・マリックかジム・ジャームッシュみたいに映像を究極まで突き詰めた監督がいいわ。 自分は車輪の下とデミアンを大して評価していなかったんだけど人気作なんだな。
もう一度読み返してみるか。 デミアンは厨二臭くてあまり好きじゃない。
どれも大なり小なり、そんな雰囲気を含んでるし良い点でもあるけど、行き過ぎな気がする。
クヌルプとかのほうがよっぽど好き。 文学評論で厨二病はねーだろ
2chに感化されすぎ。三島由紀夫を厨二病で片付けるヤツと大差ない 別に厨二病って言葉を使っても構わないと思うけど、
使うならちゃんと意味を定義しないとね。
「厨二病」に統一された意味のない今のままじゃ、一見内容について言及しているようであっても
単に「デミアンは好きじゃないわー」っていう呟きと同じくらいの発言でしかない。 大半の文学なんて育った環境次第でその価値は大きく左右されるものだからな
イケメンでチヤホヤされて生きてきた人間に若きウェルテルの悩みは理解できないだろうし、明暗や自己の追求を必要としない人にとってデミアンは無価値だろうし
ゲーテ出してすまそ まあ自己実現や内面の葛藤を描いた文学作品はそういうものにとらわれたことのない人間にとっては大概中二病の一言で片付けることもできるよな >>301
もろ中二病まるだしの考え方ですなw
「俺の悩みは誰にもわからない」みたいなwww で、お前のいう中二病っていうのは何のことなんだ?
それは悪いものなのか? >>303
想像力貧困だね
あなたは何の文学を読んでも無意味だろうからこのスレから消えて普通に生きて下さい 飢餓に苦しむ人の懊悩を理解できないのと同じで人の苦しみなんて千差万別
煩悶に普遍性なんてあるわけがない
そんな事もわからない人間が荒らすこの文学板は底辺なのかもな
改めて厨二病という言葉の利便性を知りましたよ >>306
飢餓に苦しむことを懊悩なんて言うか?
なんか変だ 飢餓に苦しむ境遇にあることを懊悩することはできるだろ。 餓死はゆっくり死んでいくからな
その間に懊悩といえるような悩みは存在するだろう
それってもう飢餓に苦しむことを指してないよね?やっぱり変だ >>305
文学から関係ないのが「普通に生き」ることなんだってよwww
俺は、お前らとは違う。特別な人間なんだ。俺は悩み苦悩している特別な存在なんだ!
中二病wwwwwwwwwwwww >>313
理論が飛躍しすぎだろ
まぁここまで馬鹿なヤツがいるとは思わないから釣りだと思うけどね
ヘッセは詩人だし、漱石とかはないだろ。
村上龍なんて問題外。
ぜんぜん違うわ。 ガーディアン紙の「読まずに死んではいけない千冊の小説」に
選ばれているという理由から、「知と愛」を読み始めた。
このおそろしくつまらない邦題はまったく頂けないね。
いかにも、頭で書きました、って感じじゃん。
原題のままで何の不都合があったのか? ヘッセは内的描写と美しい自然の描写が優れているので、
日本で言えば三島由紀夫が描写能力と言う点ではそれに近いと思う。
ただ日本とドイツという国があまりにも違いすぎるのと、
女大好きなヘッセと仮面の告白を書いてしまう三島では女性観が違いすぎる。
川端さんは女性との距離があまりにも遠い感じ。
そうなると結果は日本でヘッセみたいな作家はいないということになるね。
宮本輝の書いた蛍川と泥の河はやや近いかもしれないが、
宮本さんはそれ以降の作品があまりにもダメすぎると思う。
あと堀辰雄の風たちぬともいいかもしれない。 >>325
おーなんか久しぶりに本読み込んでる人がキタなw 太宰治と三島由紀夫と宮沢賢治を混ぜたらどんな味がするんだ 酒煙草大麻ハシシ覚せい剤のドラッグ諸々と女に溺れてた不良のダメ人間ヘッセ
文学や詩はその言い訳
だからこそ愛せます 今まで自分はヘッセの思想の方に感ずるものがあるのだと思っていたけど
彼の性質や感受性のようなものに共通するところがあったのだと気付いた
ヘッセって大麻やってたの?
ヒッピー思想にも影響与えたのも頷ける
年代的にアシッドは使ってないよな ヘッセは覚せい剤より睡眠薬等のダウナー系薬物の方に依存してたんじゃないか
シャブ食って娼婦とキメセクしたりもしてたんかな
ヒッピーならヘッセよりもブローティガンだ。ヘッセの詩的な美しさとかはヒッピーとはかなり違うと思う。 「精神的価値を求める者は肉体労働が向いてる
精神を束縛されないから」
ヘッセの言葉みたいだけど
どの文献からの引用かわかる人いますか?
俺は行員辞めて肉体労働やってます
この言葉に救われた
なんか普段来ないこの板にきたら急にヘッセが読みたくなってきた
高校時代好きだったけどもうずっと読んでなかった
女学生ならば書生臭い初期作品を好むか知らんが、
傑作の名に値するのはやっぱり、美醜入り混じり死の影の差す
シッダールタ以降の晩年の作品だよな。
「車輪の下」ってよく「ライ麦畑でつかまえて」とか「人間失格」と
比較されるけど、お前ら的にはサリンジャーとか太宰ってどうなの?
太宰はなんかあれでしょ、ヘッセの子供のころの精神構造をいい大人が持っていると言う感じで、
なんか勘弁してくれって感じですわな。
タバコ吸って、酒飲んで、浮気して、自殺して、
小説書いて、かわいい奥さんいて何が不満だったんだろうか・・・・
>>344
どれも多感な思春期の、ある種の性質を持った少年たちの自意識を刺激して、その中の幾人かを自殺にまで至らしめた罪な小説だな
>>348
「アウトサイダー」と「青春のイニシエーション」っていう問題に対する
アプローチの仕方が『車輪』と『人間失格』は文学的というか、内罰的。
『ライ麦』は外罰的っていう印象。日本人のメンタリティ的にヘッセの方が
好かれそうなもんだけど、圧倒的に売れてんのは『ライ麦』なんだよなー。 ヘッセと太宰がお互いの作品を読んだらどう思うかね
太宰は小説家ってより芸人って感じ
ライ麦は近所にハルキ訳しか置いてないから未だに手を出せずにいる 春樹は最近の作品はダメだけど翻訳はいいと思うよ。
おれは原著厨だけど >>352
原著が少年の語彙らしい簡単な英語ばかりだからそっちで読んでみたらいい ヘッセの思想の源を知りたいんだけど、何を読めばいいのかな
ヘッセが影響を受けてるのはニーチェ、仏教思想ほかどんなのがある?
というかそもそもニーチェと仏教思想を「決定するのは自己」という点でくくりにしていいのだろうか 「知と愛」(ほんとうにひどい邦題だ)読み終わった。
ものすごく面白かったぜ!
なぜ原題通りの「ナルチスとゴルトムント」にしないのか!? 「ペーター・カーメンチント」がなぜ「郷愁」になったのか ま、題名に登場人物の名前ばかりつけるヘッセのアイデアの無さも大概だけどね。 タイトルがインパクトあって内容がないのに比べればいいだろw
チア男子とかたいがいだぜ・・・・・ 高校時代に読んだ「干草の月」をぼんやり覚えている。
少年の ああいう感覚は大人になると無くなってしまう。 もったいぶったお堅い邦題のおかげで素晴らしい物語が
敬遠され続けるとしたら腹立たしいではないか。
いや〜「ペーター・カーメンチント」と「郷愁」は
とっつきやすさとしてはどっこいどっこいだと思うなぁ 知と愛、の話ではあるまいか。
ちなみにアマゾンjpでの新潮文庫に対するレビュー数は;
車輪の下(48)
シッダールタ
デミアン(28)
知と愛(17)
郷愁
くぬるぷ
春の嵐
メルヒェン
荒野の狼(6)
ちなみにアマusではシッダールタへのレビューが300以上。以下
デミアン、荒野の狼、知と愛、ガラス玉演戯が100前後で四つ巴。
その他大勢はみんなちょぼちょぼでした。 アメリカのアマゾンはシッダールタの電子書籍がなぜか無料だからレビューが一番多い ヘッセの考え方を理解する上で、どちらにしろシッダールタは
デミアンとともに読むべき最上位に位置する作品だと思う 「荒野の狼」と「知と愛」は赤裸々でヘビーでかなり面白かったよ。
日本では初期の道徳的で繊細で清らかで青臭いお話のほうが受けるのか。 初期を読むとおそらく、「ヘッセって胸にグサグサ来るけど
こんなもんか」で終わってしまうと思う。
一方後期から入っていくと初期が青すぎてどうも…w
俺はシッダールタから読んじゃったけど、
理想としてはやっぱり刊行順に読んだらより一層の感動を得られたと思うわ 「ナルチスとゴルトムント」→「知と愛」
「ペーター・カーメンチント」→「郷愁」
「クヌルプ」→「漂泊の魂」
「車輪の下」が他の作品より有名になった理由は「ハンス・ギーベンラート」では無かったからだな。
ヘッセがちょっとは題名を工夫したかいがあったというものだ。 私はプロテスタントだ。
<自由共和党>の主催者だ。検索しなさい。
キリスト教界の発展は先生方に任せるとして、
私は、とにかく日本を安全な国にする為に、本格的な用心棒活動でもしようかな?
・・・と近況。
パウロが<罪人の頭>と表現した以上、それ以上の表現が出来ない。
他人の信じる道を侮辱し、馬鹿だなんだとあざけて勢力拡大をする「カルト」組織はまだまだある。
世界にも沢山ある。
そこで、私は<馬鹿の頭>と言おう。
馬鹿に負けたらどういう事になるか?
身をもって体験してもらおう。
私は主にある皇子なんで、
脳内ホルモンは尽きない。
天然型の麻薬かな?
能天気だよ。いつも。
この国の尚武だよ。
これは<証し>でもなんでもないが・・・確実に仕留める。
こういう方針はどうかな? 私はプロテスタントだ。
<自由共和党>の主催者だ。検索しなさい。
キリスト教界の発展は先生方に任せるとして、
私は、とにかく日本を安全な国にする為に、本格的な用心棒活動でもしようかな?
・・・と近況。
パウロが<罪人の頭>と表現した以上、それ以上の表現が出来ない。
他人の信じる道を侮辱し、馬鹿だなんだとあざけて勢力拡大をする「カルト」組織はまだまだある。
世界にも沢山ある。
そこで、私は<馬鹿の頭>と言おう。
馬鹿に負けたらどういう事になるか?
身をもって体験してもらおう。
私は主にある皇子なんで、
脳内ホルモンは尽きない。
天然型の麻薬かな?
能天気だよ。いつも。
この国の尚武だよ。
これは<証し>でもなんでもないが・・・確実に仕留める。
こういう方針はどうかな? >376
日本ではまあそうかもしらんが、英米では全然人気ないよ。
タイトルのせいで蟹工船みたいなもんかと思われてるんぢゃ(笑) >>344
ライ麦はよんだことないけど人間失格とは比べられんだろ みなさん高橋訳で読んでるのかな。
彼の訳はどうなんだろう。日本語としては読みやすいけど、時に原文のニュアンスを殺している気がする。
あと誤訳も少しある。 誤訳指摘出来るほどドイツ語堪能なら訳書読む必要無いだろ
まともにドイツ文学してるなら、こんなところでしょうもないとこ来ずに、
ドイツ文学学会にでも参加するか、その当たりのサークルにでも行けばいいのにね。
それも出来ないから煽るんですよ。 >>384は私ではないよ。そもそも自分も原書をスラスラ読めるような能力はないし他人のことは言えない。
ただ、原文を読んでて時々高橋訳に疑問がわく事があり、別の人の訳ではうまく訳されていることもしばしばあるなと思って。
例えばある箇所で、ヘッセの原文では文末に「!」が連続して書かれていて、文法上も非常に切迫した文章になってるのに、
高橋訳では「!」をすべて取り去って、サラリとした文章で訳してたりとか。
訳し方の工夫一つで原文のニュアンスが再現出来るのに、やらないのは惜しいよねやっぱり。 ポルシェ老人というのがいるんだね。
掟ポルシェっていまどうしているんだろう? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています