>>933
さすがに、名簿を公開するほどプライバシー意識の低い団体はあまりないだろう。

太宰の再入党については、いまのところ、この本だけみたいだ。
著者は、長年共産党などの左翼文化活動を担ってきた人らしい。

この著者によれば、田中英光は46年の暮れには共産党の沼津地区委員長をしていてたとのこと。
その田中が、太宰の再入党に触発されて入党したのだとすれば、太宰自身はその前ということになる。

金木で入党することは考えにくいから、再入党の気持ちを固めていて、三鷹に戻ってきてすぐに入党したとみるのが自然だろう。
当時の進歩党に対しての応援と、そのことに対する後悔の念が決意させたのかも知れない。
家族の話などからは、なにも浮かび上がってこないが、金木で書かれた「冬の花火」と「春の枯葉」からは、その葛藤のあとを読み取れないこともない。