【ばふりばふり】蓮實重彦 X+1【120度】 [無断転載禁止]©2ch.net
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ハエがたかってくるから払っているだけで、
格とかそういうのを意識するような人たちでもないわけだよ。
「格」がどうこう、とかいうのは、Pさんの自己過大評価だな。 わかった、お互いなるべく関わらないようにしよう(笑) ムー大陸といい、なんでそんなに自意識過剰なのかね。 一方的にかかわってくるわけだろう。
ようするに、イーストウッドや蓮実重彦に対して、
辛めの批評をしただけのことに、
私の個人的なことについて、デマ的な印象付けのレスをするから、
否定するような事実を書く、というだけのことじゃないの。
これが毎度のことだ。
永山武臣さんが血縁ではないがいちおう親類で、勲一等もらっているのは、たんなる事実だから、
しょうがないんじゃないの。
ハスミ先生のおばあさんやおかあさんが、男爵の娘だ、というのと、
おなじように、たんなる事実じゃないの。 505 名前:P ◆.uKag/vUmY :2016/09/06(火) 14:27:08.20
わかった、お互いなるべく関わらないようにしよう(笑)
かかわらないにしよう、じゃなく、もともとかかわりないものを、
かかわりがあるかのように錯覚しているのが、pとかムーとかという人だろう。
はっきりいって、なれなれしすぎるわけだ。仲の悪い友達ででもあるかのように
勝手に思い込まれても迷惑だな。
私のほうは一般論の延長で、ある種の固定ハンドルについては、
評しているんだよ。 元年のフットボールを激賞したにも拘わらず、同作品を全く読めてなかったことがつい、この間露見したばかりで、余り
偉そうなことを言える立場でもないと思 510はPのことを言ってるんだが、同人は具体的に「この文章を解釈しろ。」と、言われたら、手も足も出ない人間なんだよ。
一言で言って、Pは頭がかなり悪い。 >>510-511
はあ?一揆の内容についての話だろ。あの話で、何がどうなって僕が「万延元年」を読めてねーって話になるの?じゃあ、お前そういう試し方されて今まで読んだ本について記憶だけで全て正確なデータを出せるのかよ。 頭悪いのは君でしょう。僕はそもそもそういう読み方をしてないし。で、君は「万延元年のフットボール」を読んだの? あ、ごめん。触れちゃいけない感じの人だったのかも知れないと今気付いた。 ここで起こった話ですねー。
大江健三郎の文章は本当に悪文なのか? part2 [無断転載禁止]©2ch.net
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1470865413/ >>513
大江のスレを見た人がお前のことを判断してくれるよ。
お前は鈴木を名乗ってた頃からちょっとも変わらんその場しのぎの虚言癖の詐欺師だ。
>>516
お前やPがレベルを下げてる。 282 名前:吾輩は名無しである :2016/09/03(土) 07:23:49.43
>>281
5W1Hを入れて100字以内くらいで説明してくれたら嬉しい。
284 名前:P ◆.uKag/vUmY :2016/09/03(土) 10:04:17.54
>>282
村民が、中間搾取してる「スーパーマーケットの天皇」に怒ってスーパーマーケットを襲撃&略奪するというような「一揆」だった気がするけど、そこまで詳しく覚えてないから全く正確ではないかと。確かスキやクワは使っていなかったかな
285 名前:吾輩は名無しである :2016/09/03(土) 11:09:10.49
>>284
主人公達の祖先が万延時代に起こしたという一揆のことを聞いたんだが。
作品の題自体が、万延の一揆に対する
サタイアとして名付けられてる。
作者の意図はそれだけではないが。
286 名前:P ◆.uKag/vUmY [sage] :2016/09/03(土) 11:22:43.97
それは忘れちゃったな。やっぱり打毀しとかじゃないのかな。
287 名前:吾輩は名無しである :2016/09/03(土) 11:38:31.65
>>286
大江にとっては、そこは肝心の箇所のはずだと思うが。
288 名前:P ◆.uKag/vUmY :2016/09/03(土) 12:02:22.14
だから、打毀しのメタファーというか戯画化としてのスーパーマーケット襲撃なんじゃないかと。わかんないけど。 そもそも一揆に関しては資料に乏しいからストーリーは断片的にしか語られないんだよな。「万延元年のフットボール」 物語の中心は、スーパーマーケットからの略奪という形をとった「一揆」なんだな。 >>520
そこがお前の雑なところで、小説が読めない原因だ。
一揆は一揆であって。幕末前後以前の出来事であって、大江は万延元年のフットボールという言い方で、作中の四国の山中で起きた略奪暴動を例えた。
この違いが分からないお前は文学に触れるべきではない。 >>521
「フットボール」って言葉出てきたのかも忘れたけど、頻繁に出てきたっけ? >>528
本文に出てこない言い方だから題名として使えた。 >>529
出てこないの?出てこないなら、なんで「一揆じゃなくてフットボールが正しい」って言えるの?「万延元年のフットボールにおける"フットボール"がさあ、」みたいな話をしたとして、誰かに伝わるの? >>530
サタイアとかイロニーだと題名見れば分からんといかんだろ。
大江の悪文スレの292の俺の発言がほぼ言い尽くしてる。 >>531
「スーパーマーケットの略奪」は「フットボール」と呼ぶのが正しいんだって君は言ったよね? >>532
お前は言葉の使い方の万事が雑なんだよ。
フットボールを万延元年にやるようなもんだと、作品中で例えたのは大江。 >>533
「本文に出てこない」のに「作品中で例えた」とはこれ如何に? >>534
フットボール=サッカーだろうが。
ぴんぴーんと気づかない人は本を読んじゃいけない。 >>535
サッカー出てこないじゃん(笑)もうやめたほうがいいよ。本当に「万延元年のフットボール」読んだの? >>531
297 :吾輩は名無しである2016/09/03(土) 17:25:07.37
>>296
読まなくても分かったからもう良い。
頭悪い人はいくら読んでも分からないが。
読んでないんか!
>>538
足でボールを蹴るというような描写はあったと思うが、サッカーって明言されてた?
フットボールという解釈のあいまいな単語だから意味があるんじゃないの
翻訳家という職業が出てきたのもそういうことだろう まあ、それが「サッカー」だとしても、「スーパーマーケットの略奪」を「フットボール」という言葉に言い換えられるという説は無理筋だよな。 鷹四がアメリカ帰りなのを考えるとフットボール=アメリカン・フットボール? >>542
フットボールはゲームだから、ゲーム乗りの暴動略奪の不真面目さを皮肉った。
比喩の構造が一瞬でぴんと来ないと小説は読めないし、恐らく出版当時の読者の殆どは何の事やら分からなかった。
虚しいが。 「フットボール」は確かに万延元年の一揆が現代日本に再現された状況のメタファーなんだけど、「"一揆"ではなく"フットボール"と呼ぶべきなのだ」という主張は頓珍漢だと感じました。
それで「Pはテキストの文意すら汲み取れないアホ」とか言われても、「まじかお前…」と思うだけですな。率直に言ってよくわからん。 誰が「フットボール」と呼んでいるのや。あんたしかおらんやろうが。 しかも僕は「一揆」って括弧書きで書いたと思うんだけど、違ったっけ?もうよくわかんないイチャモンでディスられすぎてほんとめんどくさい。真面目にやって下さい。 >>545
俺は呼べなんて言ってない。
作中で、例えられていることを指摘しただけだ。 >>548
じゃあ、あれを「一揆」と呼ぶのは僕の痛恨のミスだみたいな事を言ってた人とは別人なわけですねすみません。 >>549
同じだよ。
お前は病的に文章を読めないんだよ。 >>550
やはりあなたの話は意味がわからないので、ここでやめませんか?続きは大江スレでやりましょうよ。 頭の良くないPのような者が大江や蓮實の作品を読めば、頭が混乱し、滅茶苦茶なことをほざき回る。 いや、「スーパーマーケット襲撃」を「フットボール」と呼ぶのが正しいとか言い張る人に「頭のよくない人」とか言われたくないよ(笑) コテの話題を出すなとは言わない無駄だから
でもダラダラ続けるのならコテ名略さずトリまでしっかり話題の中に入れてくれ
掃除しやすいから >>554
あなたは「スーパーマーケット襲撃」を「フットボール」と呼ぶ事に賛成なんだ。なんか、すごいね(笑) フットボールチームにオークランド・レイダーズ というのがあるから。
暴動→襲撃→レイダーズ→フットボールといった連想で
万延元年「一揆」→暴動から上述の連想式で
万延元年のフットボールとしたんじゃないの?
でもフットボールの本場の人は
極東の島国で起こった農民暴動がフットボールと形容されることに対して
違和感を感じる様な気がする。 日本語ネイティヴの読者でも万延元年の作中の「スーパーマーケット襲撃」を「フットボール」という単語で呼ぶべきだと主張するのは変人だと思うな。「フットボール」が「スーパーマーケット襲撃」を意味しているかも知れないという可能性には同意した上でそう思う。 おまえらfootballって辞書で調べたことないの?
political footballって言葉知らないの? 中村光夫が私小説批判してフローベールやモーパッサン持ち上げた30年代ヨーロッパではジョイス、プルースト、カフカ、セリーヌ、サルトル、ジュネと半私小説的な小説が流行ってたよね。 小林秀雄は「私小説論」(1935年刊)で、西洋の「私」は社会化されているが、
日本の「私」は社会化されていないと、「私小説は死んだ」と説いた。小林の批評は、戦後も長く影響を持った。
他方、西洋19世紀のいわゆる本格小説は通俗的であるという観点から、
久米正雄は、私小説のみが純文学であると主張し、この通念も長く文壇を支配した。
私小説批判を展開したのは、戦後の中村光夫、福永武彦、中村真一郎らであり、
彼らはフランスのフロベールやバルザックなどの“客観小説”を模範とした。
しかし、のちに中村光夫は自身が私小説を多く書き、また実際の文芸批評では私小説も評価した。 言葉と描写至上主義なのに私小説だけストーリー内容で批判なんておかしいだろ そうか、そういう否定の仕方自体があり得ないのか。藤枝静男とか大好きだもんねハスミン。 伊藤整はいわゆる私小説群の中にも
全体化に抗す人間的営為としての私小説の存在を指摘し
こういう自己探求こそが文学の本質なのだ、と一部擁護した。
つまり文学とはあくまでプライベートなものであり、
その確立こそが主目的なのだということ。 >>567
伊藤整の論評はゴシップとして読んだ記憶しか残っていないのだが
そんな立派なこと言ってったっけw シュールリアリズムとか入ってるよね。僕は講談社文芸文庫の「悲しいだけ/欣求浄土」しか読んでないけど、「一家団欒」だっけかなあ。大変な事になってた。それ誰目線やねん、みたいな。 社会化された/社会化されてない「私」ってどういう意味なん?w パンツとズボンやスカートを履いている人と、下半身丸出しの人の違い、くらいの意味なのかなあ。 nibuya
@cbfn
余談。丸谷才一に『恋の日本文学』の著があり、今更目覚ましい発見でもないが確かに「恋」以外に原理らしい原理を持たない文学伝統というのは特異といえば特異、
要は「エロい」という死語を軽蔑なしに用いれば、村上春樹はその現代的洗練を成し蓮實さんの容赦無く真面目な戯作はそれを極化して見せ・・ 「伯爵夫人」 蓮實重彦
198位/604作品。日本語小説。
これはポルノ小説などではなく、ちゃんとした純文学だろう。
純文学として評価するならかなりの高評価である。
ただ、恋愛における情緒が描かれてはいるものの、
それがあまりぼくの心をときめかせなかったこともあり、それほど高くは評価しなかった。
しかし、純文学の落選作の出来のよいものをいくつか見たことがあるが、
それはAVの企画みたいなものが多く、この「伯爵夫人」のようにちゃんとした
現実的な情事を描いてほしいものだと思った。
いや、この睾丸をつぶすようなことは、女性は絶対にしてはいけないとは思いながら。 昔、ハブ対マングースの見世物が人気だったよね
今どきの日本人からするとアホみたいだけど いや、ハブとマングースの戦い見たいよ。見たことないもん。その様子を詳細に文字起こししたものを読みたい。 蓮實がカッコ悪いと思ったのは
大学内での出世に関する苦しい言い訳の数々。
「北野武を最初に認めたのは我々」発言。 山根は一作目から褒めてたけど、蓮實と淀川は見てたかどうかも怪しいもんだな 淀川はたけしに面と向かって「あんたのことが大嫌いやった」と言ってるし、蓮實の言う「我々」には入ってないと思う。
たけしの第1作を全否定する批評家はいなかったと思う。
観てないか無視というのは大勢いたと思うが。
談志が例によって「たけしの映画なんてどうせこんなもんだろと観なくてもわかるから観なかった」とほざいてたりはした。
「ビートたけし論」なるつまらない本に「たけしともあろう人が、映画で暴力を扱うとヤクザや刑事などに頼るのは安易ではないか?」とあったが
おすぎや中野翠でも言えそうな安易な意見ではなかろうか。 たけしの第一作そんなに良いと思わないなあ。どうしても三〜五作目と比較してしまうからかも知れないけど。 後半どんどんテンションが下がり、日本によくある刑事ドラマのような湿った停滞感を生む。オチは(フリードキンのパクリでしかも)最悪。 あの時期はあまり良い邦画自体が無かった気がする
あと武の監督デビューと前後して素人監督の作品が量産されたんだけど、
そのどれもこれもが(言っちゃ悪いが)ゴミのようなレベルw
竹中の一作目もそんな中での評価だったんじゃないかな?
因みに村上龍は武の一作目の試写会後のインタビューで「僕のより良いかも」などと言っていた
僕のってのはラッフルズホテルね >>591
>因みに村上龍は武の一作目の試写会後のインタビューで「僕のより良いかも」などと言っていた
いい話age >>590
でも、伝説によると、無茶振りでほとんどアドリブで作ったんでしょう。それだとしたらすごい(笑) 浅田彰曰く、「蓮實はフランス語だって出来ないし」。
蓮實はフランス語で学位論文を書くために、それのネイティブチェッカーとしてのフランス語を母語とする人物を探していた。
それが現在の夫人だろう。
ただ、フランス語で論文を書くためにだけで、多分彼女と結婚したのだ。
それほど彼女には魅力が何一つない。 え、小津が大好きなんでしょう奥さん。それで充分なんじゃないかなー 夫人の書いた『反=日本語論』の
解説だって、とても良い文章だったではないか 論文一つ書くために生涯結婚とか設定にムリがありすぎw 武の映画は肉体の生々しい痛みを表現できているみたいな評価もあったよね。
1作目はたしか尺が足りなくて、適当に歩いているシーンを増やしたら、そこを批評家に褒められたとか言ってたな。 一作目はリアルタイムで見たが結構衝撃的だったなあ。 >>599
蓮實夫人の険しい表情は愛されない女の不幸を表象してると思わない? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています