ラテンアメリカ文学総合スレッド 8 [無断転載禁止]©2ch.net
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アリエル ドルフマン
ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判―もうひとつの9・11を凝視する ほーほーそんな風に呼ばれてるのか
チリの方が早いのに「もうひとつの」って言い方が少し違和感 いや絡んで欲しくなけりゃ2chで書き込みなんてするなよw 俺はただの受け売りをドヤ顔で書いてたら叩きたくもなるわな、と思った 「もうひとつの9・11」という言葉に違和感といわれても、アリエル・ドルフマンの著作を読めばわかることではある
これはそれなりに、複雑なお話で、1973.9.11の数十分間は埋葬された、忘却を強いられた記憶だったということ
ドルフマンは当時すでに「ドナルドダックを読む」でアメリカポップカルチャーが帝国資本の尖兵として機能するさまを発表していた
1973.9.10にはアジェンデ内閣の文化相補佐官を務めていて、たまたま当番を代わっていたから9.11で殺されなかった
ドノソもその時、たまたま海外にいて亡命生活に入っている
去年の今頃、パトリシオ・グスマン監督の「チリの戦い」三部作が日本でも上演された
たとえばこの9.11とそれに続く拷問はピノチェトが退任してからも罪に問われることはなかったし、チリの作家たちはこの過去を蒸し返すことが内戦に直結することを熟知していた
ドルフマンはピノチェトの人道への罪が裁かれるとは期待することもできなかったし、自分の兄弟を殺し、妻をレイプしたかもしれない隣人と生きていかねばならない世界を書いている
埋められた過去を掘り返すのは女たちであり、谷間で男たちが根こそぎ行方不明になり、数十年がたって川底から次々に死体が現れだす「谷間の女たち」
たまたまエンストで困っていて家に招き入れた感じのいい男性を泊めると、おとなしい妻が夜の間に男を縛り上げ、猿轡をし、銃口を男に向けている
かつて男は妻を監禁し、拷問し、レイプしたうちの一人であったと妻はとつとつと訴える
秘密警察の民間協力者だったのだ、と その時目隠しをされていたのでは、と否定しようとする夫に、目隠しをされていても声、音楽の趣味、癖で「忘れられない」「証拠が消されたことはおきなかったことにできない」
しかし、夫は男を釈放しなくてはならない、「軍政下で犯された同国人による犯罪」は「なかったことにする」ことを条件に軍部は民政移行を認めた
一つの復讐を始めた瞬間、埋められた行方不明者たちの怨恨が国家を崩壊させるであろう
夫はまさに、復讐を止めて、国民の和解を目指す委員会のメンバーになっているのだ
妻はなぜ自分がレイプされ、拷問を受け続けたか、そしてその時夫は何をしていたのかを思い出させる
PAULINA. While I defended your life, while your name stayed inside me and never left my mouth ? Ask him, ask Miranda if I ever so much as whispered your name, while you . . .
GERARDO. You already forgave me, you forgave me, how many times will we have to go over this? We’ll die from so much past, so much pain and resentment. Let’s finish it
? let’s finish that conversation from years ago, let’s close this book once and for all and never speak about it again, never again, never never again.
PAULINA. Forgive and forget, eh?
GERARDO. Forgive yes, forget, no. But forgive so we can start again. There’s so much to live for, my . . .
妻がレイプを受け、決して夫の名前を漏らさなかったその時、夫は軍政打倒の運動家として、逃げ回っていた
同じ運動家の女と
私がレイプされている間に、あなたはあのbitchと何度fuckした?
People can die from an excessive dose of the truth, you know. 数ヵ月後、夫婦で訪れたオペラハウスで、近くの席に男が座っているのに気づいた
すでに和解委員会の最終報告が提出されている
男は妻を見つめ、妻は舞台の光から目をそらさない
夫は妻の手を握り締め、そして妻と同じくまっすぐ前を見る
幕が上がると、妻はゆっくりと男のほうに視線を向け、つかの間視線が交差する
そして彼女は再び視線を前に向け、舞台の光だけを見つめる
この絶望的な「死と乙女たち」があってこそ、「ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判」が、埋められた「ツインタワーに9・11を簒奪された」「もうひとつの9・11」を呼び起こす
彼の自伝の最初のフレーズ
I should not be here to tell this story. It’s that simple: there is a day in my past, a day many years ago in Santiago de Chile, when I should have died and did not.
わたしは今ここにいてこの物語を語るべきではない、その理由は単純で、この身を振り返るとある日が、何年も何年も前のサンチャゴ・デ・チレにおいて自分が死ぬべきだったのに死ななかったある日のことが浮かび上がる
「軍事独裁政権」が20年以上も続く中で、ホセ・ドノソやイサベル・アジェンデ、そしてアリエル・ドルフマンは彼らがたとえばニューヨークやプリンストンで身につけた英語の教育を糧に作家として生きながらえる
1973.9.11とピノチェトを支えるのがアメリカであったこと
ドルフマンはグアンタナモ収容所の収容者の叫びの詩集を出版してもいる バカマウントしてたやつ全員黙ったなw
絡むところと黙るところ間違えてね? >>32
この値段なんとかならないのか
文庫なのに高すぎる 【訳者について】
鼓直(つづみただし)
1930年、岡山に生まれる。東京外国語大学卒業。法政大学名誉教授。財団法人日本スペイン協会理事長。
専攻、ラテンアメリカ文学。主な訳書には、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(新潮社、1972年)、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(岩波文庫、1993年)、
ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』(集英社文庫、1994年)、ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(水声社、近刊)など多数ある。
ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(水声社、近刊)
ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(水声社、近刊)
ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(水声社、近刊) 年内に出るみたいな事を風のうわさで聞いたけど、どうなんだろう 夜みだの書評書いた人が先日
「もうすぐ水声社から復刊されるので、とんでもねー小説が読みたいひとはお見逃しなく」
って言ってるからもうすぐなんだろ ドノソが夜みだの内容の特異性だけで語られるのはホント残念 別荘とか
ドノソいいよね
異文化に触れてる感がすごい 南が丘文庫
http://www.minamigaoka.info/BOOKS/
Official Homepage
横浜市立南が丘中学校の母体である、平成研究会、通称、経世会とは、自由党吉田茂派を起源に持ち、周山会(佐藤栄作派)・木曜クラブ(田中角栄派)の流れを汲む、鉄の軍団と呼ばれた保守本流集団である。
横浜市立南が丘中学校OB会 精霊たちの家は国書刊行会、河出書房のハードカバーと文庫がありますが、
何か違いはありますか? 訳者が同じ場合新版の度に改訳されてたりするからその違いはあるんじゃない?
あとは後書きや解説の有無 国書刊行会は二段組で読みやすい。
池澤夏樹全集の奴は紙一枚一枚も厚いからぶ厚い
解説は忘れたなあ。池澤夏樹はネタバレしてたような… ボラーニョって世界観の引き出しが狭いよね
似たような設定使い回しすぎ
これはなぜ評価されてんのかな カズオイシグロがボルヘスカルペンティエルドノソコルタサルフエンテスに
勝ってるところあるの? >>99
刊行会は上下2段になっているので、読みやすいのは河出です さて、今日はバルセロナの大物編集者で、
ラテンアメリカ文学の母親的存在とも言えるカルメン・バルセルスへのインタビューを紹介しておこう。
問:こんにちは、カルメン。こう思いませんか? 文学史(とかその種の本、マニュアルとかなんでもいいんです)には、
ひとりの作家を助けてノーベル賞作家にしてあげた人物も含まれるべきじゃないですか?
つまり、作家とは別のところで意味や文学的価値を創り出した人々のことを。
CB:はっきりさせておくけど、作家の周りで仕事をする私みたいな人間は作品の意味を創り出んじゃない、
作家の人生に意味を与えるの。この仕事の秘密があるとしたら、それはノーベル賞作家を二十五年か三十年前に発見することです。
問:読まれたい一心からアマゾンのようなネット上に無料で作品を載せる決心をした作家についてどう思われますか?
そういうところにいい文学があると思いますか、それともフィルターがかかってない以上はかなり難しいと思いますか?
これからものを書こうとする人間にとっていい選択の一つになると思いますか? お願いします。
CB:作家がどこに作品を掲載しようと反対するつもりはないわ、インターネットであっても家のベランダであっても。
いい作家かそうでないかを決めるのは読者だけです。ある人が書いたものが気になった?
だったらその人の才能を認めるのを諦めてはいけません。
http://blog.goo.ne.jp/kenjim81312/e/1a42a51e01c93988162465623464b771
ヨーロッパ文学界からの評価ってどうなの
ボルヘスはデリダやブランショに持ち上げられるけど
他の作家は無視されてるよな カズオ・イシグロさん
話題作『わたしを離さないで』が映画化、日本公開を前に来日
2011-02-10
https://mainichi.jp/articles/20171005/hrc/00m/040/008000d
一方、自身にとっての偉大な現代作家は「3M」といい、
ガルシア・マルケスさん(コロンビア)、村上春樹さん、コーマック・マッカーシーさん(米国)の3人を挙げた。 マルケス百年の孤独傾倒したという作者の紙の民っての読んでるけど面白いと思う >>114
放送大学の世界文学の講座で
藤井光が紹介してたね
ハチャメチャらしいけど 『トラのトリオのトラウマトロジー』って、どうなの? >>120
最近新本を買ったけど、まだ読んでいない
初版1200部か このまま絶版になれば古本高騰化しそう 『テラ・ノストラ』買ってしまった
いつ読めるかわからんわ 『テラ・ノストラ』第1刷が2016年4月で、第2刷が同年10月だが、
1刷の誤字脱字を訂正するために2刷を出したのだろうか? >>114
途中までは良かったけど、中盤でメタってからクソ化した >>129
6000円以上もする本がそんなに売れるわけないだろ >>130
売れてないのにわざわざ誤植訂正するために2刷刷ったりしねえだろ
あと元々部数少ないでしょ >>131
それがするんだよ
良心的な小出版社ならな 私が道民の家でお茶をご馳走になったときのこと
その家の42歳の息子がむずかりだした。
母親がその子を椅子の上に立たせてパンツを降ろし
牛乳の空きパックを男性器にあてがうと小便をした。
しかも、あろうことか空きパックに入ったものを
キッチンの流しに捨てたのです。
その慣れた様子からも日常的にしているのでしょう。 プイグの優しさとはいい表現ですね
あれは単に女性性の変形だと誤解してました
プイグの優しさ、コルタサルの哀愁 本を買ってから30年近く経つが、ようやく『緑の家』をいま読んでいる 三回読んで三回挫折したな
もう俺には読めないかも
都会と犬どもは面白かった 年取ると感性が変わるのか、昔好きだった本が??となったり、
昔読めなかった本が面白く読めるようになったりするなあ。
じじいだよ。
蜘蛛女のキスを映画館で見たのだって、30年以上前だもんなあ。
じじいだよ。 春樹って昔カルペンティエルかなんかの作品に序文書いてたし普通に南米好きなんだろ そろそろラテンアメリカ文学を読みたいと思っているのだが、めぼしい作品は読んでしまったし、残っているのは重厚な分厚い作品ばかりなので、次を手にとるのに気が引ける
サクッと読めるお薦め何かあります? >>145
ああ、あれは一晩でお手軽に読み切れるよね >>147
いやまあ愉しいけどさ、でももうそういうやりとりも今後成立しないでしょう
過疎過ぎて
悲しいけど この世の王国 は読みやすかった。
ただし内容は重いからサクッとはいかないがw 彩流社の第2弾が出るみたい
収録予定作品は長いからソース見て
『ラテンアメリカ傑作短編集2(仮) 〜中南米スペイン語圏の語り 〜 』
http://comingbook.honzuki.jp/?detail=9784779124266 第一弾もそうだけど、俺レベルだと知ってる名前が1人2人くらいしかないんで
相当マニアックなラインナップに思える ロア▪バストスの「至高の存在たる余は」を訳して欲しい。 >>152
自分も寺尾氏の新書とその年表で触れられてる方が何人かいるなぁ、ぐらいしか分からんわ
(アルルド、ルルフォ、エドワーズあたり?)
選択肢が増えるのはいいことだね、ラテンアメリカ内といえど国と地域でガラッと変わるし グアテマラ伝説集は、短編小説といっていいんですか?詩的なところが魅力的ですね。