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ドストエフスキーPart46 [無断転載禁止]
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0560吾輩は名無しである
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2018/05/27(日) 21:59:41.30ID:QGADTz9k
>>555
> 聖書では創世記が重要である
> 創世記には、兄弟の争いがたくさん出てくる
> ぜひ読んでおくべきは、カインとアベル、ヤコブとエサウ、ヨセフとその兄弟たちのところである
> どれも兄弟たちは、親の愛と財産をめぐって争う
> どれもカラマーゾフの兄弟に出てくる

おっしゃるとおり、でしょう。... しかし私どもの信仰では「ぜったいに聖書等の外道の典籍を読んではいけない」という核心的教えがある。

それは、文化的狭量さなどではなく「なにが正しくなにが劣っているか」この世界と宇宙を明確に説明し、
行動しゆく規範なんです。

ふうつ一般人にはとうてい信ぜられぬが、もしこれを犯せば、想像もできないほどの罰がある。

ではなぜ?「君はカラマーゾフなどを読むんだい?」と問われれば、ここにもうひとつ秘密がありまして、

「開く」という義があり、それは生命の一瞬のあり方次第なんです。「カラマーゾフであれ、なんであれ、

仏法の眼(まなこ)から拝読している。」
0561吾輩は名無しである
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2018/05/27(日) 22:04:24.16ID:QGADTz9k
> 「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」

なぜなのか?

ぼくは「人間はすべて幼子(おさなご)だから」だと思う。
0562吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/27(日) 22:12:42.16ID:QGADTz9k
教えの表面だけ見れば、日蓮仏法とキリスト教はぜんぜん別物に見える。

前者は、厳しく父の愛と言われる。悪人は(この場合の悪人とは、たとえば世間一般の殺人犯などではない

そのような世俗の善悪ではないのだ。もちろん世間一般の常識的なふるまいとして、「良く生きる」ことを

きびしく大聖人はすすめる)「殺」せよ、という部分もある。

後者は、一見して優しく「母の愛」に見える。ところが.... つまるところは一緒なのだ!

ところが、なぜいっしょなのか?については、ぼくごときの筆力で伝えられるはずがない。

これこそ、まさに「実践の愛」「信仰実践」によってしか体得できない。
0563吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 00:11:57.25ID:/G3A30h2
>>559
感想をアバウトに書いてしまったね、わるい
具体的にいうと、民話の中に「火を粗末にすると消せなくなる」という物語があるんだ

主人公イワンは農家で鶏を飼育していて、ある時その家畜が卵を産む
ただし産んだのが隣の家の庭であったため所有権で争いに発展してしまう
最後には放火されてしまうまで争いは拡大してしまう
イワンには年老いた父がいて、彼はこういう
「火ははじめのうちに消さなくてはならない、燃え上がってしまったらどうすることもできない」、「面倒なことがあっても心穏やかでいるためには何でも許してあげなければいけない」と
最後にイワンは火をつけられても黙って何もしないでいる
そうすると憎い心がお互いに消えてしまい、結局は仲直りする物語になっておわる
0564吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 00:15:10.57ID:/G3A30h2
つづき

問題はこの物語の冒頭は(マタイによる福音書十八章)から始まるということ

思うにトルストイが言いたかったことは、「火を小さい時に消す=争いは小さい時になくす」ではなくて、聖句をわざわざ持ってきた理由にこそあるんだと思うんだ
要するに徹底した無抵抗主義
七の七十倍とは限りなくということ
火をつけられて奪われてしまうなら奪われてしまえばいいということ
もっと言えば、これがトルストイのいう「人間に与えられていないもの、すなわち自分に何が必要なのか人間は知ることはできないから何でも放っとけばいいということ(神に任せてればいいという自我の完全放棄を現実に遂行する)」
まるで狂人の発想のごとく端的な主張だとは思わないだろうか?
0565吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 00:22:32.40ID:pH6Xa/dz
ヨブ記が明らかにするものは神と人間との関係であり、
信仰とはどういうものか?ということ
どんなに行いが正しくて慎み深い人でも酷い目にあうことがある
しかし、それでも神を信じなければならない
というのは神を信じるということは世俗的利益とは無関係の
人間の本質にかかわることだから

そういう意味では逆境に陥った惨苦の果てに真の信仰が獲得できるという
ドストエフスキーの人生観の根拠たるテキストでもある
しかしけっこう悲惨な末路をたどる人物が多いのも
ドストエフスキー作品の特徴であり
彼らが悲惨なのは信心が足りないからなのだ、
とは言い切れないので悩み深くくなる
0566吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 00:30:30.09ID:/G3A30h2
>>565
>しかしけっこう悲惨な末路をたどる人物が多いのも
>ドストエフスキー作品の特徴であり
>彼らが悲惨なのは信心が足りないからなのだ、
>とは言い切れないので悩み深くくなる

書こうと思ってたことを書かれてしまった
ここがトルストイ物語とドストエフスキーの物語の違いだと思う
トルストイはどこかで正しい人は現実でも報われなけれならないと思っているのがひしひしと分かる
ドストエフスキーは悲劇的な結果の方が現実的と思っているのがひしひしと感じられる
0567吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 01:17:35.35ID:HUuuzoIM
>>565
> ヨブ記が明らかにするものは神と人間との関係であり、
> 信仰とはどういうものか?ということ
> そういう意味では逆境に陥った惨苦の果てに真の信仰が獲得できるという

日蓮でいえば開目抄に相当する書ですね。

> どんなに行いが正しくて慎み深い人でも酷い目にあうことがある

とがなくして、死ぬる。古来からすべての日本人の宿命です。眼前の東日本大震災を見よ。

法律や社会システム、カネでは、解決できない。ぜんぜんちがう。

無辜の民が、またわれわれが苦難にあう。どんなに激しい信仰を貫いていても。いや、
信心強きものこそ、とうぜん大難雨あられのごとし。

ではなぜなのか? イヴァンが考えたように、幼女だってむごく死ぬ。そこには、この宇宙の背景を貫く秘密のシステムがある。そこを解明しきって説明しきっていく。信仰によって。

>>563
我こそ支離滅裂だねw
0568吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 02:17:58.95ID:/G3A30h2
あと同時に今読んでいる1864年のメモが数ページで読み終わる
子孫繁栄を否定していたり、地下室の原型があったりとすごく詭激で賛否ありそうな内容なのであとでまた勝手に載せてみるよ
いい加減寝なくてわ
0569吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 19:19:34.94ID:pH6Xa/dz
>>567
>そこには、この宇宙の背景を貫く秘密のシステムがある。


たとえば「白痴」の第4篇では
エリザヴェータ夫人が愛娘であるアグラーヤとムイシュキン公の仲について
煩悶するくだりがある
夫人はムイシュキンの人となりには好感を持ちながらも
娘の将来や名誉、利益という極めて世俗的な理由から否定しようとする

しかし胸の奥底に「うごめくもの」に抗うことはできない
これは理知をこえた感情であり
現代風に言えば一種の深層心理とも言い得るものだからだ
この「深いところ」から沸き起こる感情こそが人間行為の原泉であり
神や信仰をめぐる秘密でもある、とうのがドストエフスキーの考えだろう

理知よりも感情(とその深層)に神秘を見出す
ドストエフスキー流のグノーシス主義なのだ、ともいえる
ただ、これをフロイト風の精神分析学的に受け取って
「父殺し」と解釈すると作品を読み間違う
フロイトよりもユング、あるいは仏教思想における阿頼耶識システム
のようなものと考えた方が分かりやすいのだと思う

ナスターシャはロゴージンの情熱の奥底に悪魔的なものを見出す
この悪魔的なものとはレーベジェフによると人知を超えた「偉大な力」と定義される
狂女ナスターシャがアグラーヤに送った3通の手紙では
自身を犠牲にしてこの秘密の一端を「天使」アグラーヤに開示することを予言して
物語は破滅的な終局へと向かう
0570吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 19:37:37.51ID:l4DZMSd8
>>569

> 夫人はムイシュキンの人となりには好感を持ちながらも
> 娘の将来や名誉、利益という極めて世俗的な理由から否定しようとする


なんだかんだ言ってもムイシュキンは公爵なのだから
それほど悲惨なことにはならないような気もするのだが、どうなんだろ?
0571吾輩は名無しである
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2018/05/28(月) 22:53:21.78ID:HUuuzoIM
一体詩人はなんでみんなの胸を波立たせるのです。
なんで地水火風に打ち勝つのです。
その胸から迫り出て、全世界をその胸に
畳み込ませる諧調でないでしょうか。

自然は無際限なる長さの糸に、
意味もなく縒を掛けて紡錘に巻くに過ぎない。
万物の雑然たる群は
不精々々に互に響を合せているに過ぎない。

そのいつも一様に流れて行く列を、
節奏が附いて動くように、賑やかに句切るのは誰ですか。
一つ一つに離れたものを総ての秩序に呼び入れて、
調子が美しく合うようにするのは誰ですか。
誰が怒罵号泣の暴風を吹き荒ませるのです。

夕映を意味深い色に染め出すのです。
誰が恋中の二人が歩む道のゆく手に
美しい春の花を蒔くのです。
誰が種々の功を立てた人のために
見栄のしない青葉を誉の輪飾に編むのです。

誰がオリンポスの山を崩さずに置いて、神々を集わせるのです。
人間の力が詩人によって啓示せられるのではありませんか。
0572吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 00:22:11.88ID:lUXTHLw0
>>569
>理知よりも感情(とその深層)に神秘を見出す
キルケゴールを連想した
0573吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 00:32:53.08ID:lUXTHLw0
人間の最終目標は個性の最高度の発達であった
しかしそれが示すものは人類の発達の無意味性であった
1864年のメモはドストエフスキーの心理がとてもあらわれていると感じられた
ウンザリするほどレスが長くなるが、意味を取り違えないために、そのまま載せてみる
0574吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 00:35:31.16ID:lUXTHLw0
マーシャは台の上に横たわっている。
マーシャと再会できるだろうか?キリストの教えに従って、人を自分自身のごとく愛することは、不可能である。地上の個性の法則に縛られる。われ が妨げる。キリストだけが出来た。
しかしキリストは太古からの人間の理想であり、人間がそれをめざし、自然の法則からいってもめざさざるをえない理想である。
しかしながら、肉体に宿った人間の理想としてのキリストが出現して以来、白昼のごとく明らかになったのは、個性の最高度の最終的な発達は、まさしく次の点にまで(発達の極限、目標到達の最終地点で)達しなければならないということだ。
すなわち、人間が自分の個性、自分のわれの完全な発達に基づいて出来る最高の行為は、そのわれを滅却し、万人と個々の人に差別なく、献身的に自分を完全に捧げることであると悟り、自覚し、自分の本性のすべてをかけてそう確信することである。

これこそ最大の幸福である。このようにして自我の法則はヒューマニズムの法則と合流し、この両者の合流のなかで、相互に敵対しあうわれも万人も(一見して、極端に対立しあうこの二つが)、同時に各々の発達の最高目標を実現する。
これこそキリストの天国にほかならない。」
0575吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 00:36:05.67ID:lUXTHLw0
「しかし、もしこれが人類の最終目標(それが実現されれば、人類は発達する必要がなくなる。
すなわち実現の努力も闘争も、自分の堕落の時に理想に目覚める必要も、永久にそれをめざす必要もなくなる―とすれば生きる必要がなくなる)であるとすれば、当然、人間がこの目標を実現せんとする暁には、自分の地上的な存在も終わりを告げることになる。
だから、人間は地上においてはひたすら発達の過程にある存在であって、従って、完結的な存在ではなく、過度的な存在である。

しかし私の考えでは、この大目標に到達すると同時に、すべてが消失、消滅するとしたら、すなわち目標の実現とともに人間の生活がなくなるとしたら、このような目標に到達することはまったく無意味である。だからこそ、未来の、天国の生活があるのだ。」
0577吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 18:28:43.24ID:t9guOB2Y
>>569
> ただ、これをフロイト風の精神分析学的に受け取って
> 「父殺し」と解釈すると作品を読み間違う
> フロイトよりもユング、あるいは仏教思想における阿頼耶識システム
> のようなものと考えた方が分かりやすいのだと思う

フロイトが天才なのか、否なのかも、わからない。彼のドスト批評も。ユングや阿頼耶識が、実相をとらえているのかも、もちろんわからない。おれごときには。わかるのは、文学としてのドストエフスキーのすばらしさのみ。もっとも難解にしてもっとも簡易なる。

>
> ナスターシャはロゴージンの情熱の奥底に悪魔的なものを見出す
> この悪魔的なものとはレーベジェフによると人知を超えた「偉大な力」と定義される

もししからば、我の如き薬物中毒者の、曇りきった精神の奥底にも、人知を超えた「偉大な力」が眠りおるか。
0578吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 18:45:21.93ID:t9guOB2Y
>>563

トルストイは比類なき大文豪です。これは「戦争と平和」を読んだ人ならだれでも認めること。

その大前提を忘失ぜずに、「トルストイの民話」を未読のぼくが、あえてあなたのカキコだけを読んだ印象を書くと、

>まるで狂人の発想のごとく端的な主張だとは思わないだろうか?

狂人というより、端的に「偽善」。また「現実錯誤」に感じられる。

ところが、「偽善」と「そんなはずがない」というのは、信仰の世界の内側にいるものと、外では、まったくちがうのだ。
0579吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 18:57:33.77ID:t9guOB2Y
狂人の発想のごとく端的な主張

---------------------------------------------
たる、根本原因は、その「実行不可能性」にある。

トルストイをまともに読んだこともないのに、不遜の誹りを免れないが。

ですから、とにかく代表作を読まないとダメです。あれを読みました。薬物で思い出せんのです。タイトルを。
裁判官が...「。。。。の死」という題名。あの作品は、ドストエフスキーですら、書けないでしょう。

まさにトルストイこそ、悪魔的イメージ創出力であり、「人知を超えた偉大な力」をもっている。

トルストイの思想を切り文で、説明はむずかしい。知らない人が聴いたら「しょーもな!」でおわる。
0580吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/29(火) 19:03:20.88ID:t9guOB2Y
キリスト教文学のヴァリアントとして、(カッコつけて難しい言葉ばかりつかうけど、誤用してたらゴメンネww)
ドストエフスキー、トルストイを比較すれば、(後者は比較できるほど読んでないけど)

ドストのゾシマ長老の思想や、カラマーゾフこそ、最高度の到達点ではないか?
0581吾輩は名無しである
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2018/05/29(火) 19:28:05.25ID:t9guOB2Y
>>574

例によってあなたの引用文のみによって、ドストエフスキーに対して、ぼくがコメントをつける。

> キリストの教えに従って、人を自分自身のごとく愛することは、不可能である。地上の個性の法則に縛られる。われ が妨げる。キリストだけが出来た。

おいドスト! 「キリストだけが出来た。」ってなんやねん?そんなのキリスト教徒だけの感想やろ。

> しかしキリストは太古からの人間の理想であり、人間がそれをめざし、自然の法則からいってもめざさざるをえない理想である。

ハァ?

> しかしながら、肉体に宿った人間の理想としてのキリストが出現して以来、白昼のごとく明らかになったのは、個性の最高度の最終的な発達は、まさしく次の点にまで(発達の極限、目標到達の最終地点で)達しなければならないということだ。
> すなわち、人間が自分の個性、自分のわれの完全な発達に基づいて出来る最高の行為は、そのわれを滅却し、
「われを滅却 」って原始仏教みたいだな。

万人と個々の人に差別なく、献身的に自分を完全に捧げることであると悟り、自覚し、自分の本性のすべてをかけてそう確信することである。
>
> これこそ最大の幸福である。このようにして自我の法則はヒューマニズムの法則と合流し、この両者の合流のなかで、相互に敵対しあうわれも万人も(一見して、極端に対立しあうこの二つが)、同時に各々の発達の最高目標を実現する。
> これこそキリストの天国にほかならない。」

思想が... 生硬な形で表白されている。アレクセイがまとめあげたゾシマの言行録と連続しており、ドストの青年期から暖めてきた思想と信仰であることがわかる。

もちろん彼独自の思想ではない。無数の民衆から聖人までが、古代から考えぬき、目指しぬいてきた、希望と理想を、詩人の力によって「文」として、この地上にあらわれた。

そうしてそれを、そのまま「寸分も違わず」読み共有することが可能なのだ。すべては受け取るこちら次第だ。
0582吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/29(火) 19:42:38.01ID:t9guOB2Y
ひとつ口実を書かせてください。

わたしは、仮にもドスト、ゲーテ、ダンテ、シェークスピア、トルストイを「目を通したことがある」

文学愛好家です。

ですから、彼らが「世界歴史になにゆえ名を残したか?」その一分を知っています。

つまりぼくの批評ごときは、屁のつっぱりにもならん、ハエの足についてるバイキンみたいなレベルです。

たとえばトルストイなら「偽善」と言われることなど、百も承知で彼は書いてるということです。

また、ドストエフスキーを山に例えるなら、k2 でしょう。(しったかw)

登山に成功したものは16人、生きて帰ってきたものは4人という世界です。

いいじゃないですかっ!! ここは2ちゃんなんだから
0583吾輩は名無しである
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2018/05/30(水) 01:21:23.74ID:r91/ZLZI
>>581
仏教とキリスト教を同列には語るのは難しいんじゃないかな
仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、どこまでひれ伏すかを目指すものになる
キリスト者が神と同じに「なる」なんていったら冒涜になってしまうよ(まるでニーチェのように)
だからこの場合の自我の滅却は、仏教でいう滅却とは本質が異なると自分は理解している

もちろん仏教について無知だから誤解かもしれないけどね
0584吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/30(水) 02:09:57.51ID:eBLOCtuv
>>583
> 仏教とキリスト教を同列には語るのは難しいんじゃないかな
> 仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、どこまでひれ伏すかを目指すものになる
> キリスト者が神と同じに「なる」なんていったら冒涜になってしまうよ(まるでニーチェのように)
> だからこの場合の自我の滅却は、仏教でいう滅却とは本質が異なると自分は理解している
----------------------

これに対するぼくの答えは

「1864年のメモ」を読む。しかも君以上の集中性と真剣味をもって。
0586吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/30(水) 18:08:20.67ID:eBLOCtuv
>>585
読んだよ。直後の印象として「このテキストについて考えることを放棄して」

カラマーゾフのゾシマの口を借りて出る文を元に、思索したほうがよい。
0588吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/30(水) 21:53:48.41ID:nBO/9Q3F
「未成年」は中途半端に面白いと思うんだが。

処世術のノウハウを感じる。
0589吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 00:42:10.26ID:Aug9bf3i
>>583
>仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、
>キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、
>どこまでひれ伏すかを目指すものになる

成仏する(悟りを開く)ことを求める者を仏教では菩薩という
その段階において僧院内でも厳然たる階層秩序が存在する
これはカソリックや東方教会内でも似たようなもので
教団には聖人というものがやはり存在する
たとえば東方教会では仏教の様な曼陀羅風の図像がある

人間が悟りを開く(凡我一如)/唯一絶対神に跪拝する
という教義上の違いがあっても
教団内の階層秩序や運営方式がどういうわけか似てしまうのは
結局、仏や神ならざる人間の事情で存在する宗教だから
ドストエフスキー作品では神や信仰はもちろん
この聖人の説法も問題になる
たとえばチホンやゾシマとかね

というのはこの存在こそが神と人間の中間項であり
上述の信仰上の問題(つまり人間そのもの)を示す良いテスターだから
信仰は基本的に人間の事情に過ぎないのだけど
そんなのは神様の知ったことではないので
0590吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 01:58:47.28ID:tAXuXNXm
>マーシャはテーブルの上に横たわっている。私はマーシャとまた会えるだろうか?

ドストエフスキーは、どういう心で、このメモを書いたのだろうか?

同じ一文、同じひとことでも「その瞬間のどういう生命で」表出されたか。そこを見ぬかなければならぬ。
0591吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 02:09:57.24ID:tAXuXNXm
>ただキリストのみが、それを為し得た。しかしキリストとは、太古から人間がそれを目指してきた、また自然の法則によっても当然目指すべき、永遠の理想である。

今、ファウストのごとく、窓からま〜るい月天子が、タイプしてる俺を、優しく眺めている。

俺はお前に語りかける。こよい、真実の言葉を書かせておくれ、と。虚飾や、ウソはたくさんだと。

... 信仰とは、このように「まず、こうだと決めて」そこからスタートするのだ。わたしたちは迷う。

しかし「俺はこうだ」と決められる一点があるはずだ。それは北極星のように昏く、見えたり見えなかったりするかもしれない。
0592吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 02:21:17.61ID:5uMJt3oY
>>589
厳密にいうと(というより選ぶべき言葉を間違った、ごめんよ色々と言葉の背反を思惟させてしまった)、キリスト教ではなく「あのキリストの教えでは」と理解してもらいたい
キリスト教という組織では、なくすべき階級や役職や権力の繁栄がどうしてもあるし、世俗的な聖人を求めようとする、またそうしてきたし今もそうしているのかもしれない
いいわるいではなく、組織である以上において、機械的にも有機的にも人間がそこに実存する以上は世俗で力を可視化させる必要がある、役職とかのようにね
でも、ドストエフスキーはこいうのも批判的ではなかっただろうか

ここからは個人的感想ではあるけど、ドストエフスキーはキリスト教会の教えではなくてキリストの教えの方をうったえたかったのではないかと思っているよ
0593吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 02:25:11.47ID:5uMJt3oY
>>590
アリョーシャの言葉はドストエフスキーの心の叫びだったかもしれないね
「きっとまたみんな会えます!」
0594吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 02:26:36.33ID:5uMJt3oY
>>588
>処世術のノウハウを感じる。
ムイシュキン以外はみんなかなりしたたかだもんねw
0595吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 08:24:46.59ID:CZIIFvPj
>>594

でもムイシュキンは劉禅や今川氏真みたいに最後まで生き残るんじゃないかという気はするね。

天寿はまっとうできるタイプとみる。
0596吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 08:25:13.73ID:CZIIFvPj
あと「未成年」にはムイシュキンは登場しないっす。
0598吾輩は名無しである
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2018/05/31(木) 10:27:45.07ID:5uMJt3oY
ロスチャイルドになりたいって、言い方はわるいが平たく言えば成金になりたいってことだよね
社会では成功しそうだけど
0599吾輩は名無しである
垢版 |
2018/05/31(木) 16:35:14.78ID:v2QWW32y
>>598

「未成年」の主人公は家柄コンプレックスがあるが
カネがあれば外国の爵位を買って家柄ロンダリングができる。

日本でも下級の官位や、御家人の位はカネで買えた。

勝海舟の先祖もカネ詰んで御家人になったはず。
0600吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/01(金) 01:11:26.95ID:01y3H8Yw
アルカージイは極度の節約とか貯蓄癖があるのに一気に賭博ハマったりで面白い
めちゃくちゃ具合も未成年ならでは
0601吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/01(金) 02:01:33.21ID:krMvihsK
今頃ある本を読んでいて気がついた
ソーニャを書くにあたりマグダラのマリアを念頭においている(らしい)
ソーニャは娼婦であり聖女でもあった
マグダラのマリアが悔い改めた娼婦というのはそう聖書に書いてあるのかな
聖書が分かる人がいたら聞きたいです
0602DJgensei artchive gemmar
垢版 |
2018/06/01(金) 10:53:46.36ID:y+y9Re5x
DCQ4
0604吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/01(金) 21:29:36.45ID:t2MXIhCM
生きることを考えた時にどう生きるかの2択がもしあるとするならば、個として苦ではあるが自由であるのと、全体として盲目であるが幸福であるのと、どちらがいいのかなんて久しぶりに大審問官を読み返してふと考えた

「われわれ羊飼いは、羊の群れである彼らの手で収穫されたパンを、取り上げて分配する。彼らはパンそのものよりも、われわれの手からパンを受け取れることの方がうれしいからだ。
われわれは、彼らを働かせはするが、労働から解き放たれた自由な時間には、彼らの生活を、子どもらしい歌や合唱や、無邪気な踊りにあふれる子供の遊びのようなものに仕立ててやるのだ。
われわれは、彼らの罪も許してやる。われわれは、彼らが罪を犯すのを許してやるので、彼らはまるで子どものようにわれわれを愛するだろう。
彼らは、われわれに対してどんな隠しごとも持たなくなる。
彼らは、自分の良心がかかえるもっとも苦しい秘密を、われわれのところに持ち込んでくるだろうし、われわれがそのすべてを解決してやる。
そして彼らは、われわれの解決を大喜びで受け入れるだろう。
なぜならその解決は、すべて自分一人で解決しなければならない現在の大きな心労や、恐ろしい苦しみを取り除いてくれるからだ。」

大審問官もまた別の方法で人類を憐れんでいたのかもしれない
0605吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/01(金) 23:29:22.28ID:PhkZIeMD
>>604
自由についての大審問官の定義とゾシマのそれはちがう。世間一般のわたしたちが憧れる「自由」は大審問官
の自由だ。

こんなものは「自由」ではない。ゾシマの言うとおり「束縛」である。

ドストエフスキーの真意は、ゾシマにあり。大審問官はアンチテーゼとして表現された。

ただし、この最終行については、わからぬ。
> 大審問官もまた別の方法で人類を憐れんでいたのかもしれない
0606吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/02(土) 02:38:17.51ID:e0OiwZf0
大審問官は小説の構成上ゾシマへのアンチテーゼで作られたというのは確かにそうだね
ドストエフスキーが得意とした弁証法として考えるとそうなるね
やはり小説は全体を通して読んだほうがよさそうだ
わるい癖でついつい部分で完成させようとしてしまいます
0607吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/02(土) 04:30:04.51ID:Fbgz+GRv
>>606
> 大審問官は小説の構成上ゾシマへのアンチテーゼで作られたというのは確かにそうだね
> ドストエフスキーが得意とした弁証法として考えるとそうなるね
> やはり小説は全体を通して読んだほうがよさそうだ
> わるい癖でついつい部分で完成させようとしてしまいます

こんばんわ。またしても、夜ふかし。至急寝るよ。いつもあえて「断言口調」で書いてる。

あれを書いた時も、よく大審問官の引用部を読み思索して書いたわけじゃないんだ。

「ゾシマへのアンチテーゼ」などというのも、どっかの巻末の解説文の記憶から書いただけなんだ。ほんとうに自分の心で実感してカキコしてない。

青春時代、カラマーゾフ熱読中のころも、大審問官の章はよく分からなかった。その後時を経るにつれ、ぼくはカラマーゾフの中でも、特に第六篇第七篇を愛した。折りにふれ、なんどもゾシマの教えを再読した。

ぼくは、あなたと、また他のたいせつな同志の皆さんと、「プロとコントラ」や「ミーチャの裁判」について、深く読み、「いったいカラマーゾフがどういう風にぼくの人生に影響を与えたか」や、この書が示す真実を、わがものとしたい。

いっしょに、このスレを、他に類例なき異次元のスレとしていこう!
0608糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y
垢版 |
2018/06/02(土) 09:48:54.77ID:VxAeaw4r
中国・朝鮮を植民地とすることは「女心の定義」(垂加神道・政治)をコントロールすること、
「男が女を愛する気持ち」(経済)をコントロールすることを意味するが、
これは「王」(トマス・アクィナス)が「詩の世界のヒーロー」となる舎弟(イノセント9世)を
中国・朝鮮に作り出すことから可能になる。
日本人が中国・朝鮮の「いじめられた人間模様」(神学大全)を書くことから、
外国で「詩の世界のヒーロー」になれるし、詩のモデルになるということは「巨額なマネー」
を生み出すことを意味する。
そのためには、朝鮮語・中国語で「垂加神道」を書くことと、いとこの女の子との関係などの
「自伝」を書くことが必要になる。
これが、「中国・朝鮮の外交防衛を引き受ける」「人的交流が自由になる」「恋愛が自由になる」
ことから「連邦制」へと発展的解消を遂げることもある。
スタンフォード大学は、いったいどこの国の味方かは分からないが、「いちばん熱心な読者」
である私のことしか考えていないようだ。

詩の世界のヒーロー。
https://www.youtube.com/watch?v=7DwAwNNHaW8
0610吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/03(日) 16:40:13.87ID:ZphMhL7j
「怒り」と二等大尉は引きとった。
「まったく怒りでございますな! 小っぽけな子供のなかにも偉大なる怒りがありますで。

あなたはこのことをみなまでご存じないでしょうから、ひとつくわしく説明さして頂きましょう。
他でもありませんが、あの出来事のあとで、学校のこどもらが、あれをへちまと言って、
からかいだしたんでございます。

学校の子供らは残酷なものでしてな。ひとりひとりのときは、天使のようでも、いっしょになると、
ことさら学校でいっしょになると、残酷な場合が多うございますよ。
(入力者注 以上、米川駅手入力。ここより以下コピペ、別翻訳者なり)

みんながイリューシャをからかいだしたとたんに、あの子の胸に崇高な精神が
むらむらと頭をもたげてきたんでございますな。

これが普通の男の子なら、めめしい息子なら ―― 尻尾をまいてしまって、自分の父親を恥ずかし
がりだすところでしょうが、あれはひとり敢然とみんなを向こうにまわして父親のために立ちあ
がったのでございます。

父親のため、真理のため、真実のためにね。なぜといって、あなたのお兄さんの
手に接吻をして、『おとっつぁんを堪忍してあげて、おとっつぁんを堪忍してあげて』と叫んだとき、
あの子がどんなつらい思いをしたか、それを知っているのは神さまと私だけでございますものね。

まあこんなふうにしてわれわれの子供たちは ――
つまりあなた方のじゃなくてわれわれの子供たちは、軽蔑されてはいるが心の気高い貧乏人
の子供たちは、まだ生まれてから九年にしかならないのに地上の真理を知るのでございますよ。

金持ちなんかにはとてもとても、一生かかったってあんな深いところまで究めつくせるものじゃ
ございませんが、うちのイリューシャはあの瞬間、あの広場で、お兄さんの手に接吻をしたとた
んに、あの瞬間にあらゆる真理に通じてしまったんでございますよ。

そして、その真理があの子の血肉と化したとたんに、あの子はその真理のために永久に打撲傷を
負ってしまったんでございます」 ded chi
0611吾輩は名無しである
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2018/06/03(日) 18:53:09.13ID:qz9fVrIK
カラマーゾフのスネギリョフはなんか好きなキャラなんだよ
マルメラードフのような飲んだくれのどうしようも無さがないけど
違うベクトルの駄目人間さ加減がいい
0612吾輩は名無しである
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2018/06/03(日) 20:28:49.54ID:bnSyYzxZ
>>592
>でも、ドストエフスキーはこいうのも批判的ではなかっただろうか
>ここからは個人的感想ではあるけど、
>ドストエフスキーはキリスト教会の教えではなくて
>キリストの教えの方をうったえたかったのではないかと思っているよ

だからムイシュキンにカトリックを批判させている
これは暴力を根拠とする世俗権力と癒着して成立する政治宗教への批判であり
こういう欺瞞の体制下で虐げられた民衆の素朴な信仰心こそ
スラムで魂の救済をといたキリストの教えに即したものとして評価する
イエズス会よりも鞭身派の方を崇高とするのはそういう事でしょうね

民衆救済という点では初期の社会主義的作風よりも更に深化していく
これが憐れみと赦しを二枚看板とする「謙虚な巨人」の思想であるが
情熱に生きる「人間」ロゴージンや本質的に傷ついた幼子であるナスターシャ
の破滅に随伴する形で地上から霧のように消えていく

で、この原罪と崇高性の織り成す悲劇を見せつけられた
もう一人の主人公たるロマンチストのアグラーヤは
世俗的価値で固められた壁の中の世界に取り残される
つまり一種の絶望だけがのこるわけです
世俗的価値を踏み越えようとして
虚栄心や嫉妬などの理由から越えられなかった人間の哀れさも
同時に描かれているわけです
0613吾輩は名無しである
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2018/06/04(月) 02:13:30.89ID:e90xiE9t
>>612
アグラーヤが環境的習慣によってつくれた自己の内面性に縛られて、そこから外に出ることのできないでいる絶望ははかりしれない
おそらくは彼女はムイシュキンにその手伝いをして欲しかったのだろう、自己を抜け出す救いを彼に託したのだろう
が、結果ムイシュキンは違う結末に落ち着いてしうのがドストエフスキーらしくて悲劇的だよね

>>612
>もう一人の主人公たるロマンチストのアグラーヤは
>世俗的価値で固められた壁の中の世界に取り残される
>つまり一種の絶望だけがのこるわけです
言われてみて思い出せたよ
0614吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/06(水) 02:06:33.16ID:6/z3/T0f
さて読みたい本がない時期になってしまった
こういう時は再読するか適当に読んでみるかなやむ
0615糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y
垢版 |
2018/06/06(水) 17:00:26.47ID:obAt3GVf
福祉国家について述べよ(模範解答)
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/06/post-5dd4.html

地球のエネルギーを最大化するためには「テレビ」という夢がなければならない。
しかし、「絶対」つまり、ステージの上の女の子を笑わせることは出来るのか?
これが成立していないのならば、教科書もないし、芸能人一家というものも存在できない。
病人続出の芸能界と福祉の関係について。
0616吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/06(水) 21:14:11.92ID:Lk/h9LPx
>>613
>アグラーヤが環境的習慣によってつくれた自己の内面性に縛られて、そこから外に出ることのできないでいる絶望ははかりしれない

アグラーヤ(偉大、名誉、輝き、美)
アデライーダ(高貴)
アレクサンドラ(防御、男性名アレクサンドルの女性形)

であり、長姉アレクサンドラが末妹アグラーヤを守るために
楯となって婚期を逸している理由でもある
次姉アデライーダも似たような覚悟ではあるが
エパンチン家の流儀として上流階級への仲間入りを望み
実際、Ш(シチャー)公爵という婚約者がいる

こういう鉄壁の中で箱入り娘として人工的に培養された
アグラーヤの対極にいるのが
地主貴族の娘でありながら幼くして両親と兄弟を無くし
亡父の友人から慰み者として扶養・造形された
ナスターシヤ(復活)フィリッポヴナ(愛・馬)バラシコーワ(子羊)ですね
愛馬(すなわち乗り物)であり子羊といった玩弄物から
これまた勝手な趣味性に基づく教養教育によって「人間」として蘇生した「女」である
「地獄からよみがえった」とも「磨かれざるダイヤ」ともいわれるのはそのため

ロシア名門貴族の末裔でありながら天涯孤独の身の上で
おまけに重度の癲癇から成人になって奇跡的に蘇生したムイシュキン公は
無垢の人という意味ではアグラーヤに
腐敗したロシア社会や現実社会の彼岸から蘇生したという意味では
ナスターシャに近い
それゆえムイシュキン公をめぐるナスターシャとアグラーヤの対決は凄まじく
二つに共通項によってムイシュキンの心は引き裂かれていく
0617吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/06(水) 21:42:41.31ID:Lk/h9LPx
面白いのはアグラーヤの悪手によって
ムイシュキンを手中に収めたナスターシャは
結婚式の形式性(ウエディングドレス・ダイヤ・ブーケ)で身を固め
最初は批判的だった群集を圧倒した段階で
突如、世間(と教会)に反旗を翻し
「墓場」と自身が形容していたロゴージン家へ遁走する

あらゆる社会慣習やドレス・ダイヤに代表される虚飾も脱ぎ捨てて
「墓場」でロゴージンに体を開く行為は
イポリートの「告白」とは別の意味での勝利
すなわち自由獲得と自尊心の回復でもある
しかし勝者として安らかな眠りについている間に
その心臓にかつては歴史書を切り裂き、
ムイシュキン公爵の頭上に閃いたナイフが突き刺さる

「人間」ロゴージンによってその骸は「モスクワのあれ」と示唆された
聖骸として顔も体も白いシーツで隠された「もの」へと変貌する
彼女が「人間」だった唯一の証はシーツからわずかに見えるつま先と
その足元にころがる「レースの塊」(下着だろう)のみで
これを見たムイシュキンは恐怖する

というのはムイシュキンの掲げた「謙虚」「憐み」「赦し」「救い」
では到底及ばない「何か」が横たわっていたからだ
これがアグラーヤ/ムイシュキンに宛てられた手紙で予言されていた
「一端」の正体であり、情熱的な「人間」ロゴージンは発狂し
「賢者」ムイシュキンの知能も粉砕される

まあ真の勝者はナスターシャでしょうね
そしてこの勝利は即破滅であり
その骸も人間の及ばない物として隠ぺいされる
0619吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 01:26:57.46ID:KEoASMsU
神の姿をそのままに写された己は、
永遠なる真理の鏡に逼り近づいた積で、

下界の子から蝉脱して
享楽の自己を天の光明のうちに置いていたのに、
己は光の天使にも増して、無礙自在の力が
既に宇宙の脈のうちを流れ、
創造しつつ神の生を享けようと、

窃かに企てていたのに、なんと云う罰せられようだ。
0620吾輩は名無しである
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2018/06/07(木) 01:37:16.33ID:KEoASMsU
不断は空想が大胆なコウ翔を擅(ホシイママ)にして、

希望に富んだ勢を以て、永遠の境まで拡がっても、
「時」の渦巻に巻き込まれて、狙った幸福が一つ一つ毀れると、
さすがの空想も萎靡して、狭い空間にせぐくまる。
その時直ぐに心の底に、「憂」と云うものが巣を食って、
ひそやかな痛の種子を蒔き、

自分も不安らしく身をもがいて、人の安穏と歓喜とを破る。
この憂は種々の仮面を取り換えて被る。
家になり、地所になり、女房になり、子供になる。
火になり、水になり、匕首になり、毒になる。
貴様は常にその中らぬもののために戦慄して、

その離れ去らぬもののために泣かなくてはならぬ。
いや。己は切に感ずる。己は神々には似ておらぬ。
塵芥の中に蠢く蛆に己は似ているのだ。
その塵芥に身を肥やして、生を偸んでいるうちに、
道行く人の足に踏まれて、殺されて埋められるのだ。

ゲーテファウスト「夜」ファウスト独白
0621吾輩は名無しである
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2018/06/07(木) 01:42:55.69ID:KEoASMsU
はてさて、己は哲学も
法学も医学も

あらずもがなの神学も
熱心に勉強して、底の底まで研究した。
そうしてここにこうしている。気の毒な、馬鹿な己だな。
そのくせなんにもしなかった昔より、ちっともえらくはなっていない。
マギステルでござるの、ドクトルでござるのと学位倒れで、

もう彼此十年が間、
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
学生どもの鼻柱を撮つまんで引き廻している。
そして己達に何も知れるものでないと、己は見ているのだ。
0622吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 01:43:53.90ID:KEoASMsU
もう彼此十年が間、
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
学生どもの鼻柱を撮つまんで引き廻している。
そして己達に何も知れるものでないと、己は見ているのだ。
それを思えば、ほとんどこの胸が焦げそうだ。

勿論世間でドクトルだ、マギステルだ、学者だ、牧師だと云う、
一切の馬鹿者どもに較べれば、己の方が気は利いている。
己は疑惑に悩まされるようなことはない。
地獄も悪魔もこわくはない。
その代り己には一切の歓喜がなくなった。
0623吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 01:44:51.07ID:KEoASMsU
一廉ひとかどの事を知っていると云う自惚うぬぼれもなく、
人間を改良するように、済度するように、
教えることが出来ようと云う自惚もない。
それに己は金も品物も持っていず、
世間の栄華や名聞も持っていない。

この上こうしていろと云ったら、狗いぬもかぶりを振るだろう。
それで霊れいの威力や啓示で、
いくらか秘密が己に分かろうかと思って、
己は魔法に這入った。
その秘密が分かったら、辛酸の汗を流して、

うぬが知らぬ事を人に言わいでも済もうと思ったのだ。
一体この世界を奥の奥で統すべているのは何か。
それが知りたい。そこで働いている一切の力、一切の種子しゅしは何か。
それが見たい。それを知って、それを見たら、
無用の舌を弄せないでも済もうと思ったのだ。
0624吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 01:50:40.29ID:KEoASMsU
ああ。空に照っている、満ちた月。
この机の傍で、己が眠らずに
真夜中を過したのは幾度だろう。
この己の苦をお前の照すのが、今宵を終であれば好いに。
悲しげな友よ。そう云う晩にお前は

色々の書物や紙の上に照っていた。
ああ。お前のその可哀らしい光の下に、
高い山の背を歩くことは出来まいか。
霊どもと山の洞穴のあたりを飛行することは出来まいか。
野の上のお前の微かな影のうちに住むことは出来まいか。

あらゆる知識の塵の中から蝉脱して、
お前の露を浴びて体を直すことは出来まいか。
0625吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 02:05:09.37ID:KEoASMsU
いつの世、どこの国でも人間が自ら苦んで、
その間に罕(マレ)に一人位幸福な奴があったと云うことを、
己に万巻の書の中で読めと云うのか。
空洞な髑髏奴。なぜ己を睨んでいる。
お前の脳髄も己のと同じように、昔迷いつつ軽らかな

快い日を求め、重くろしい薄明の中で、興味を以て
真理を追うて、みじめに失敗したと云う外はあるまい。



己に用のない古道具奴。お前達は父の手沢(シュタク)のお蔭でここにいる。
火皿を弔る滑車奴。お前はこの机に濁った燈火がいぶっている限、
夜な夜な煤けて行くばかりだ。
この少しばかりの物を、疾っくに売り飛ばせば好かったに、

己は重荷のようにそれを背負って汗を掻いている。
貴様の先祖から譲り渡された物を、
貴様が占有するには、更にそれを贏(カ)ち得んではならん。
利用せずに置く物は重荷だ。
刹那が造ったものでなくては、刹那が使うことは出来ない。
0626吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 02:06:55.60ID:KEoASMsU
長大引用ありがとうございましたっ!!

最後の段落のあたりを引用するつもりでしたが、どの箇所をとってもあまりに見事のため、

つい、こうなりましたw
0627吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 02:08:06.38ID:KEoASMsU
ゲーテ閣下ありがとうございます

鴎外先生ありがとうございます!
0628吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 02:21:05.26ID:heIfmuNZ
>>623
>一体この世界を奥の奥で統すべているのは何か。
>それが知りたい。そこで働いている一切の力、一切の種子しゅしは何か。
>それが見たい。それを知って、それを見たら、
>無用の舌を弄せないでも済もうと思ったのだ。
ドストエフスキーを読んだことがあるならば、悪魔の手を借りてでも秘密を知りたいと思うのはイワン的だと感じても別に不思議なことではないと思えるだろうw
0629吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 02:50:02.86ID:heIfmuNZ
>>617
悟性で物語を再構築する描写の表現がうまいね

>というのはムイシュキンの掲げた「謙虚」「憐み」「赦し」「救い」
>では到底及ばない「何か」が横たわっていたからだ
ふと思ったのは、ラスコリニコフ(男性)がソーニャ(女性)に求める条件に上の引用に当てはまるが、ナスターシャ(女性)がムイシュキン(男性)に求める条件には当てはまらないということ
この弁証法から一つ無理矢理にでも説明をするならば、この何かとは、とりも直さずナスターシャが選んだロゴージンとは「存在(もの・実在)」である

と思ったけど、ナスターシャがロゴージンについて行ったのはあくまでムイシュキンのためでもあったとするならば、以上の結末は正反対になる
まったく難しいw
0630吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 10:50:46.94ID:KEoASMsU
>>616
> アグラーヤ(偉大、名誉、輝き、美)
> アデライーダ(高貴)
> アレクサンドラ(防御、男性名アレクサンドルの女性形)

あなたの白痴の解説はやばい。「白痴」ぜんたいの結構がすーっと見えてくる。

「ああ、そうだった。確かにそうだ!そうだったのか?」の連続です。

すいませんけど、翻訳は何で読みましたか?

それと、白痴を最初の方読んで、「しょーもなかった」と感じてしまう方が

わりといるみたいですが、そう感じがちな理由について、どう思われますか?

どっちにしろ、白痴も熟読せにゃならんな!忙しすぎんぞコレw

いま、ゲーテ読んでます。読みやすさが段違いだよ!なんでかってゆーと、

「文字数が少ない」つぎに「とにかく凝縮されている」
0631吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 10:54:45.92ID:KEoASMsU
>>611
> カラマーゾフのスネギリョフはなんか好きなキャラなんだよ

ありがとうございます。スネギリョフのこのシーンぜんたいが好きです。

まだまだ引用してまいります。スネギリョフとは「われわれ」のことでは、ないでしょうか?

さぁいったい、もうひとりの「私たちである」アレクセイは、どう答えるのでしょうか?
0632吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 22:40:38.65ID:KEoASMsU
>「いえ、いえ、いえ、神様は決してわたくしどもからあなたを奪いは
なさりません。あなたはまだ長く長くお暮らしなさいますとも。」
と母夫人は叫んだ。

母夫人がかく叫んだのは、「長老を文字通りに救世主と、われらが救い手、民衆にとって夫人にとって、母にして父と、われらが守護者と、真底考えているからです。

>「それに、どこがお悪いのでございましょう? お見受けしたところ、
大変お丈夫そうで、楽しそうな、幸せらしいお顔つきをしていらっし
ゃるではございませんか。」

彼女には、老病と戦う長老の、表面しか見えていなかった。
楽観視し、幼児のごとくであった。

>「わしは今日珍しく気分がよいが、しかしそれはほんのちょっとの間
じゃ、それはわしにもよう分かっておりますじゃ。今わしは自分の病
気を間違いなしに見抜いておりますでな。

死の近きことを覚悟されている。その上で、このことを夫人に言い置くのは何のためか?

>あなたはわしが大変楽しそうにしておるといわれたが、そのようなこと
を言うて下さる程、わしにとって嬉しいことはありませんわい。

------------------------------------------------
なぜといって、人は幸せのために作られた者ですからな、じゃによって、
本当に幸せな人は、『わしはこの世で神の掟を果たした』という資格がある。

すべての正直な人、すべての聖徒、すべての殉教者は、みなことごとく幸福であったのですじゃ」
------------------------------------------------
0633吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/07(木) 22:41:13.11ID:KEoASMsU
この言葉を受けて、

>「ああ、なんというお言葉でしょう、なんという大胆で高遠なお言葉でございましょう!」と母夫人は叫んだ。

シンプルな表現であるが、何という深い思想であろうか?これこそ思想そして信仰というべきでないか?

そしてぼくも、まったくこのとおりであると確信する。

「人は幸せのために作られた」

「すべての正直な人、すべての聖徒、すべての殉教者は、みなことごとく幸福であった」
今夜ぼくは、リキュールと各種睡眠薬でフラフラの状態でこの文を書いている。

言い換えれば、

正直であれば、幸福になる。
聖徒として、苦しい修行の人生の結果は、幸福である。
教えに殉じて、お上より死を奉ったものは、やはり幸福の極地を見た。

--------------
悪霊などを読んでないが、複雑な、またネガティブな、またエキセントリックな思想は、浅い。とこう予測する。

この二つの命題こそ、深きが中にも深く、真理の中の真理であると!! ded chi
0634吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/08(金) 01:36:53.71ID:FKKZNDjV
ドストエフスキーが反ユダヤ主義ってマジ?知らんかった。。

でもユダヤ人の天才たちが絶賛しているんだよな。。

アルベルト・アインシュタイン
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
ジークムント・フロイト
グスタフ・マーラー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
0635吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/08(金) 06:23:52.63ID:lBKXFavj
「未成年」は登場人物のほとんどがテンション高いのに
作品全体としては寝技だけのプロレスのような地味な仕上がりになっている。

これは奥行きが深いと思った。
0637吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/09(土) 01:54:38.41ID:QAIqDIGQ
19世紀あたりはユダヤ人嫌いは結構当たり前だった
言われてみて気がついたけど、文学(物語)ではユダヤ人で有名な作家はとても少ないね
物理とかの著作なんかは多いのに
フロイトなんかは夢判断とか精神分析とか発刊されて有名だけど、文学とは分類が違う
有名でないということはそれが元々の文化として根付いていないということだろうけど、何が理由なんだろうねいったい

シェイクスピアもユダヤ人を、例えばシャイロックとか、悪役風の役で描き嫌いなんだろうなと思わせる節がある
悪霊ではシガリョフを超極端な社会主義思想(シガリョフ主義)を持つ役をユダヤ人にしている所なんかはなんとなく嫌いなんだろうなと感じさせるね
0638吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/09(土) 02:05:06.27ID:QAIqDIGQ
ちなみにまったく関係ないが、ロビンソンクルーソーで有名なデフォーは当時の中国人が大嫌いだった
中国人は計りを3つ持っているという会話が冒険記なのに出てくる
彼らが持っている計りは、「自分が買う時に軽くなる計り」「自分が売る時重くなる計り」「自分が計る正確な計り」だったかな
皮肉が効いてて面白いw
0640吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/11(月) 03:15:53.42ID:s2UXCKfe
ゲッベちゃんとか崇拝してたろ
お前ら亀山訳嫌いそうだから買ってみた
0641吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/11(月) 10:56:14.76ID:2uOhq6oB
「あなたのおっしゃることは、一々わたくしの心を突き通すようでござ
います。ですが、幸せ……幸せ……それは一体どこにあるのでしょう?
 ああ、もし長老様、今日わたくしどもに二度目の対面を許して下さる
ほど、ご親切なお方でございますなら、この前申し上げなかったことを、
――思いきって申し上げられなかったことをお聞き下さいまし。わたく
しの苦しみのいわれをお聞き下さいまし。これはもうずっとずっと前か
らでございます! わたくしの苦しみは、失礼でございますが、わたく
しの苦しみは……」こういいながら、夫人は熱した感情の発作に駆られ
て、長老の前に両手を合わせた。
「つまりなんですかな?」
「わたくしの苦しみは……不信でございます……」
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何でもない場面に見えるかも知れないが、これは絶対的な「勇気と相手にたいする信頼」だ。

「不信」だと、明確に言い切っている。そして彼女の語る内容は、ますます深くなっていく。
0642吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 11:14:17.72ID:2uOhq6oB
「神様を信じなさらぬかな?」
「ああ、違います、違います、そんなことはわたくし考える勇気もござ
いません。けれど、来世――これが謎なのでございます! この謎に対
しては誰ひとり、本当に誰ひとり答えてくれるものがありません



…全く、この来世という考えが、苦しいほどわたくしの心を掻き乱すの
でございます……本当に恐ろしいほどでございます……それでも、わた
くしは誰に相談したらいいかわかりません、どうしてもそんなことはで
きませんでした……ところがただ今、わたくしは思いきってあなたに申
し上げるのでございます……ああ、どうしましょう、今あなたは、わた
くしをどんな女だとお思い遊ばすでしょう!」と夫人は思わず手を拍った。

「わしの思わくなぞ憚ることはありませんじゃ。」と長老は答えた。
「わしはあなたの悩みの真実なことを全く信じきっておりますでな。」
「ああまことに有難うございます!
0643吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 11:17:41.83ID:2uOhq6oB
> ねえ、わたくしはよく眼をつぶって、こんなことを考えるのでござい
ます、もしすべての人が信仰を持っているとしたら、どこからそれを得た
のでしょう? ある人の説によりますと、すべてこういうことは、はじめ
自然界の恐ろしい現象に対する恐怖の念から起こったもので、神だの来世
だのというものはないのだそうでございます。ところで、わたくしの考え
ますに、こうして一生涯信じ通して、死んでしまえば急に何もなくなって
しまって、ある文士のいっているように、『ただ墓の上は山牛蒡が生える
ばかり』であったら、まあどうでございましょう。恐ろしいではありませんか!

特定の宗派の、特定の信仰についての疑念ではない。信仰というもの全般
について、そんなものは「ウソではないか?」という大疑念である。

『ただ墓の上には山牛蒡が生えるばかり』だというんだ!
0644吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 11:17:58.97ID:2uOhq6oB
> 一体どうしたら信仰を呼びもどすことが出来ましょうかしら? もっ
とも、わたくしが信じていましたのは、ほんの小さい子供の時ばかりで、
それもなんの考えなしに機械的に信じていたのでございます……どうした
ら、本当にどうしたらこのことが証明できましょうか、今日わたくしはあ
なたの前にひれ伏して、このことをお訊ねしようと存じまして、お邪魔に
上がったのでございます。

なんと夫人は(今回気づいたが)なんやかやの悩みのためでなく、「この
根本的疑念をはらすためにのみ」ゾシマ訪問したというんだ!
すごい求道心ではないか?(ただ問題は、現実遊離の観念になっていかな
いか?という点か。まさに彼女もその点を自覚していて、それで恥じてい
るのではないか)

>じっと立って周りを眺めましても、みんな大抵どうでもいいような顔を
しています、今の世の中に誰一人そんなことを気にかける人はありません。
それなのに、わたくし一人だけ、それが堪らないのでございます。本当に
死ぬほど辛うございます!」

ほんとうに、夫人の言うとおり「みんな大抵どうでもいいような顔をして
いる」ではないかっ
真実の哲学者はどちらなのか?夫人か、われわれか。
0645吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 11:24:36.72ID:2uOhq6oB
イワンだけが、神と不死について、考えているのではない。

登場人物のすべてが、彼以上の哲学者なのであった。

それこそ、カラマーゾフの秘密だ!
0646吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 19:13:04.72ID:/DzYFcbg
苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって自我と自由を放棄し
神性と不死を獲得することがアリョーシャの主たる目的なのだ
と第一部第一篇で作者が述べています
しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い

カソリックやルター派を批判してロシア正教の伝統に遡行する
とくに民間信仰の部分にまで目を向けて原理主義的になると
どういうわけかアジア的になってしまう
これが「一皮むけばタタール」と揶揄されるロシアの悲しいところ

これがインド思想だと個人の主体性が
自他、事物との関係性によって解体されていくわけだけど
ロシア風タタール方式だと
認識主体を残したままで全体と一体化するという矛盾律を前提としているので
かなり苦しいことになる
0647吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 21:30:59.90ID:2uOhq6oB
>>646
> 苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって自我と自由を放棄し
> 神性と不死を獲得することがアリョーシャの主たる目的なのだ

翻訳文がちがうためか、該当箇所を発見できない。

近似の文として

> ところで、長老とは何かというに、これは人の霊魂と意志を取って、自分の霊魂と意志に同化させるものである。人はいったんある長老を選び出したら、全くおのれの欲望を断ち、絶対の服従をもって、長老に自分の意志を捧げるのである。

願かけをした人は長い苦行の後自己を征服し、かつ制御する日が来るのを楽しんで、こうした試練、こうした恐ろしい『人生の学校』を、自ら進んで双肩に担うのである。

この生涯の服従を通じて、ついには充実した生活と完全な自由、即ち自分自身に対する自由に到達する。そして一生涯のあいだ自己を発見することのできない人々と、運命をともにするのを避けることができる

>しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い

そういうものと考えたことがなかったです。これこそキリスト教的なものだと、
思っていました。というのも、自分にとって「キリスト教」とはカラマーゾフで
読む「ゾシマやアレクセイの姿」ですから。
0648吾輩は名無しである
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2018/06/11(月) 22:42:03.46ID:2uOhq6oB
>>646
> しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い
>
> カソリックやルター派を批判してロシア正教の伝統に遡行する
> とくに民間信仰の部分にまで目を向けて原理主義的になると
> どういうわけかアジア的になってしまう
> これが「一皮むけばタタール」と揶揄されるロシアの悲しいところ

むしろ、いかなる宗教も「理の指すところ一致していく」と考えたい。

たとえば、インド人が開発したメールソフトも、イスラエル人が開発したそれも、飛躍的にちがうものとなり得るか? ただしこれは、一面的真理です。

事実において、>苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって

>自我と自由を放棄し神性と不死を獲得すること

に成功しうるのか?すなわち>アリョーシャの主たる目的

は達成されたのか? それが、宗教の正邪の判定基準たるべき。

おそらくは、ドスト氏が>カソリックやルター派を批判 したのは「事実において」人間を善くしていないから、ではないか?
0649吾輩は名無しである
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2018/06/12(火) 01:24:23.45ID:w6VKrt+F
そうかもしれないね
宗教組織に目をむけてしまうとそれぞれの宗義というかまたは人間の利益へと歪曲された個性という独特の解釈ができしまうが、その先駆者、ソクラテスやブッタやキリストやムハンマドなんかの言ったことはとても似ている
時代も文化も違う地面に生きていたのにもかかわらず

それが真ならば、正や善には普遍性があるということになる
真理といってもいいかもしれない

ただしドストエフスキーと同じくして思うのは、自我の放棄が成されたならば、それは人類の完成かもしれないが、完成しているという状態は何も必要としないということだから、自由というよりもはや自由を意思することも必要としない世界になって、
もはや生きる意味がなくなってしまうのではないか
なんててこういう話の時には思ってしまう
虚無思想にハマらないようにしなきゃだけど
0650吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/12(火) 03:03:09.65ID:w6VKrt+F
キルケゴールを最近読んでいて、ちょうど自由についても出てきたのでレスしてみるよ

「ちょうどそのように不安は自由の眩暈である。
精神が綜合を措定しようとする場合、
自由が自己自身の可能性の底をのぞきこみながら
同時におのが支えを求めて有限性へと手を差し伸べる時に、不安が発生するのである。」

自由には不安がつきまとうとしている
自由とは可能性を見ているが、可能性は現実していない無の状態を生んでしまい、この無に戸惑っている感情を人は不安と読んでいる、と彼に従うと自由とは不安ももれなくセットでついてくるらしい

「人間とは、神の前にただひとりで立つ単独者であり、神に対して責任を取るという仕方で、自由に自らの主体性の形成に踏み出すときに、真の人間らしさを発揮することのできる存在である。」

可能性が不安を呼ばないためにはどうするか
人間(精神)とは有限性と無限性の綜合であるから、これらの絶望回避のため、人間には永遠的なものを見つけける必要がでてくる
それは神と正しい関係を正しく築くことで可能だと言っている
単独で、神の前にして信仰している自己はもはや無限なのだ

なんかぼくにはアリョーシャをなぜだかイメージしてしまうんだ、なんでかは分からないので不思議なんだけど でわまたー
0651吾輩は名無しである
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2018/06/12(火) 03:31:41.55ID:w6VKrt+F
>>640
>お前ら亀山訳嫌いそうだから買ってみた
読んだことあるけどいいところも結構あってし自分はみんなが言うほど嫌いじゃないよ
0652吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/13(水) 00:06:16.00ID:yfEPT5Qc
>>649
今夜もきみの文に批判を加えていくぞw!なぜ批判的に書くかって?

それはきみの考えをもっと深く理解したいからだ

>人間の利益へと歪曲された個性という独特の解釈ができしまうが、

この文がちょっと理解しにくい。

> それが真ならば、正や善には普遍性があるということになる
> 真理といってもいいかもしれない

ドストエフスキーは「真理よりもキリストとともにありたい」と言ったそうだね

> ただしドストエフスキーと同じくして思うのは、自我の放棄が成されたならば、それは人類の完成かもしれないが、完成しているという状態は何も必要としないということだから、自由というよりもはや自由を意思することも必要としない世界になって、
> もはや生きる意味がなくなってしまうのではないか

例のアレだね。あれの中で気になる箇所があって、今夜中に、ここへ持ってこれるか、わからないけど、近く質問するから。
0653吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/13(水) 01:31:35.97ID:uYezdjb9
>>652
先駆者は始めることを目的とするが、継承者は維持することまたは拡大することを目的とする
そこに継いだものの個性が混じると、先駆者の意図とはかけ離れてしまうことは往々にある
目的が違うならば望むことも違うし、そうならば解釈も違ってくるということ、が言いたかった
単純に、今の(作中なら当時の)キリスト教がキリストのつくりたかった組織とはだいぶズレてしまっている

>ドストエフスキーは「真理よりもキリストとともにありたい」と言ったそうだね
シャートフとイワンの会話であったね
ここはきみの言う方がドストエフスキーとして正しいね
とてもいい言葉だと読んでて思ったのに忘れていたよ
0654吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/13(水) 08:34:27.76ID:Hb8y2D75
米川訳の『悪霊』『未成年』(岩波文庫)再版しないかな?
0659吾輩は名無しである
垢版 |
2018/06/13(水) 20:14:07.90ID:8eZcYbn6
>>650
ソシュールが人間は自由の持つ非自由性という矛盾の中に生きるって言ってるね
ちょっと思い出したのでかきこしました
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