天皇制も原子力も小説作品の中で中心的な主題としてでてくるわけで
(最近作の水死、晩年様式集はそれぞれそれが主題)
それらについて思索をめぐらすことをあなたが思想だと呼ぶとしたら
大江健三郎は思想家でもあるのでは?
何でそこを回避するのかわからない