純文学5誌総合スレ第67巻目
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前スレ 純文学5誌総合スレ第66巻目 https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1532773339/ 主に「新潮」「群像」「文藝」「文學界」「すばる」に掲載された作品について語るスレです。 「早稲田文学」「三田文学」「江古田文学」「太宰賞ムック」 「たべるのがおそい」掲載作品の話題も可です。 新人賞受賞作 芥川賞受賞作を各論で批評することもOKです。 文芸誌の感想は、書いても書かなくてもOKですが、あるとなお可です。 受賞作決定前の候補作の批評は普通に本人・出版社工作員のステマと見做されますから気をつけてください。 文芸誌の話題にとどまらず、新人賞選考委員の評価・クレームなどもOKです。 さらには文学のありかた、これからの文学は、そもそも文学とは? といった総論や大きなテーマも歓迎です。 次スレは970を踏んだ人が建てて下さい。 985行っても建ってなかったら、他の人が建てても可。 >>195 浅田彰は目利きではある。美大に就職してから、アート系には甘くなった気もするが。 アートは自由に見えて大学人の集まりだから、形骸化してきてると思うが。最初は目新しく見えるが、技法とかなぞってるだけで、この人はこの真似してるんだなと言うのが見えて来て。 文学は形骸化が行き着いて、こりゃまずい!書店は潰れまくってる!出版社連続倒産もある!という地点にいるから、新しい芽が出てきそうで面白ろそう。 >>195 アートなんて制度化された保守システムそのものともいえるよ 評価があまりに曖昧だから結局のところ、出身大学やコネでの評価になる 日本では藝大を頂点とした美大カーストが有名でしょ 何の画材専門のアート展でも、写実がもてはやされている。 風景にしても静物にしても、写真のような絵ほど価値が高く、売れる時代になっている。 写真のようなら写真があるから意味なくね?という反応も多いが。 実際は本物そっくり描こうとして写実くずれになった痛い作品ばかり。 99%のアート展はクソ。 残り1%でも少しは面白いのはあるが、病院に飾るような大きい絵ばかり。 どこに置くんだ?っていうような。絵なんて贅沢な趣味なんだよ。 金持ってて60の手習いの奴らで持ち家かアトリエのある奴でないと、 描いて出品できる環境ではない。 才能があるやつらがやってるのでなく、金もってる奴らが描いてるだけ。 つくる奴選ばないだけ、文学の方がましだと思うね。 文学初心者で、昨日は太宰治を読んだ。 太宰の作品で読んでないものは9割もまだあるので楽しみだ。 井伏、阿部公房も全部読みたい。 昨日は文芸誌の発売日だったし、ここの人たちは新人賞受賞作を読むのに忙しそう。 今はネットで色んなものも見れるから、田舎住まいはそれで我慢するしかない。 youtubeで世界のパフォーマンス・アートを見るのも良い。これはホントに良い。 世界中のビエンナーレやトリエンナーレも見れる。 欧米の有名なギャラリーをネットで覗いてみるのも良い。 まあ、このスレの人達もそうだけど世間の99%以上は保守的な人達だし、アーティストは展覧会歴を重ねて、自分自身の出所の確かさを高めていかなければならない保守的な世界なんだよな? だが、東京には洒落たギャラりーや小美術館も一杯ある訳で。行かないと東京に住んでる意味が無いw 人が娯楽に費やす時間と金は決まってる。娯楽が増えた分、かつてはメジャー娯楽だった文学の地位が下がるのは仕方ない。人が物語りを楽しむことは無くならないから、消えることはない。 アートか。そういう関係の板にも文学で批評をつづるのもよいぞ。 表現うまければ、尊ばれるだろう。 次の作家で話題になるのはAI作家だ。AIで芥川賞を取ってしまう。昔ならSFだがそろそろ現実味が。 youtubeで勝手にお勧めのアーティストみたいに出てくるのがあるけど、あれもAI? 大嫌いな松山千春の顔が出てきて殺意が湧いたw >>206 あれは単に視聴履歴からレコメンドしているだけ レコメンドにAIが使われているかもしれないけど、アマゾンのおすすめやターゲティング広告と原理は変わらない >>202 いろいろ思うところがあってアートをやめるタイミングを見ている。 読書家にスライドしていこうと。 Bさんすぐわかっちまうぞ やめるのかやめないのかはっきりせい 高橋源一郎の新潮の寄稿面白かった 小川榮太郎は新潮新人賞の評論部門で最終候補という経歴だったんだな で、選評で福田和也や町田康にボロクソに貶されて それ以来十数年ぶりに新潮社の雑誌に載ったと思ったら廃刊っていう 哀れな男よ >>207 そうなのか。良く音楽サイトでやってる「似た音楽家たち」というのも見当違いが多い気がする。 アートは審美眼というスキルで残酷なほど優劣がつけられるから、厳しい世界である。 三秒あれば良し悪しが分かってしまって。もちろん流行アーティスト、教育産業のおかかえアーティストともいるが。 新潮新人賞の作品を読んだ。 選評にあるように『細雪』短縮版(劣化版かなんちゃって細雪)だった。 方言、家族もの、いじめ、適度に新人賞ネタを盛り込んでる感じ。 個性がまるでなかった。これならインドのおばちゃんとかアラレちゃんのほうが 全然いいね。 今年は新人賞ハズレ年。呪われた年だったな。 某選考委員いわく、受賞作なしの年があってもいいんじゃないか、の発言には 本当に心からそう思う。 きっちり勉強した文学職人ですな。新潮の受賞者は。基本を抑えた上でネジが外れてるなんて天才はなかなか現れないですね。ネジだけ外れてるただの基地外は腐るほどいますが。 ネジは外れてないだろ 傾向と対策でなんとかなるという感じだ 選考委員は下手な新人をデビューさせなくてもいいと思う 最近はこれが新人賞なのか…という作品がたくさんあるし、受賞なしでも納得するよ 文學界の木村紅美の小説。 題材は悪くないのになんかイマイチ。 いつも何かが物足りないんだよな、この人の小説は。 異例、文芸誌「新潮」が「新潮45」を批判 「認識不足としか言いようのない…」 10/8(月) 13:58配信 ハフポスト日本版 なぜ文芸誌が批判するのか? LGBT問題に対する寄稿が批判され、休刊が決まった雑誌「新潮45」について、 同じ新潮社が発刊する老舗文芸誌「新潮」が最新号で「人間にとって 変えられない属性に対する蔑視に満ち、認識不足としか言いようのない差別的表現」 と批判した。10月7日発売の新潮11月号に矢野優編集長による編集後記として掲載 された。新潮に寄稿する小説家からも「新潮45」を批判する声は多く、雑誌と しての見解を示した形だ。 新潮、これで売り上げ出そうって考えかな。 新人賞ぱっとしないし、炎上に乗るのも手かもしれないね。 そろそろ気がついてる人も多いが民主的で公平な新人賞システムでは才能は出てこない。金太郎アメみたいな無難で退屈な新人しか出ない。芸術と民主主義とはそぐわない面もある。 文豪と言われる人はコネデビューの人ばかり。新人賞組だと慎太郎、春樹、龍が限界で。 最近は新人賞が見限られてコネデビューが増えてきたが、読者にとっては良いこと。ハズレも出るがホームランも出る可能性はある。 独裁編集長が自分の好みで新人を選んでた時代が日本文学の黄金期であり。 三大新人賞の中では新潮新人賞が一番人気だ。応募総数2000以上。 タナシンが、今回はどうしても新人賞をあげたくなる候補作がなかったと言ってるのが印象的だった。 すばるは1300くらいだ。 1300はヤバい。地方文学の太宰賞並の数でしかない。 すばるからは、奥田亜希子や新庄耕が単行本だしまくってて、文學界新人賞作家より活躍率が高い。それなのに新人賞は不人気とは。 いい作家が現れても、エンタメよりな書き下ろし単行本の書き手にすぐに育ってしまうのがあだとなってるのか。 >>222 すばるはもともとエンタメ向けの賞でしょ >>222 新人賞に純文学向きな作家なんて今時来ないだろ普通に小説書ける人間はまず本屋大賞やエンタメ向きな賞に応募するわ 同族で売ってた頃の自分さ。先輩が覆い隠してるけど。まだ隠れてられるだろう 。 新人賞は編集者の新人発掘の責任逃れとして機能している。新人賞受賞者をデビューさせておけば、特に新人発掘の個人的な責任をとる必要がないから。 無難な佳作を書く作家を発掘するには公募の新人賞はとてもよく機能している。 海燕は吉本ばなな、小川洋子、角田光代、島田雅彦、小林恭二、佐伯一麦らを輩出した伝説の雑誌だけど、 ベネッセはあれを復活させる気はないのかしらん。 三田文学にドイツ特集があって面白かった トーマス・ベルンハルトの「修正」の冒頭 イリヤ・トロヤノフの草稿も面白かったが、トーマス・メレという作家の「背後の世界」ダイジェスト版が最大の収穫だった 1975年生まれの「現代ドイツの最重要作家の一人」とされるが、躁鬱病や薬物、アルコール中毒で精神病院に入院・脱走を繰り返している作家 「己の身を最後の一枚まで削り落とすほどの圧倒的な暴露芸」 躁状態で蔵書をすべて売り飛ばしたことからスタートし、鬱状態で蒐集を喪失したことを嘆き、三年後に再び蔵書やレコードのすべてを売り払う 好きな作家はナボコフ、ムジール、バッハマン、ベルンハルト、ブロッホ、ヘルダーリン、エルフリーデ・イェリネク 古代ギリシア語や神学部で聖書のゼミを頭に詰め込み、文学を志す超高学歴エリート 翻訳と散文と演劇の三つのジャンルで突然ノミネートされるが、その授賞式で守衛に大声を上げて喧嘩を売りつける ギプスをした出版社の女社長にとびかかる ヨーゼフ・ウィンクラーというオーストリアの「青春時代の文学ヒーロー」に会い、彼のどの本が最高傑作であるか狂人のようにまくしたてる ハントケ、フーコー、デリダ、デーブリーンの名前が乱舞する 三田文学にドイツ特集があって面白かった トーマス・ベルンハルトの「修正」の冒頭 イリヤ・トロヤノフの草稿も面白かったが、トーマス・メレという作家の「背後の世界」ダイジェスト版が最大の収穫だった 1975年生まれの「現代ドイツの最重要作家の一人」とされるが、躁鬱病や薬物、アルコール中毒で精神病院に入院・脱走を繰り返している作家 「己の身を最後の一枚まで削り落とすほどの圧倒的な暴露芸」 躁状態で蔵書をすべて売り飛ばしたことからスタートし、鬱状態で蒐集を喪失したことを嘆き、三年後に再び蔵書やレコードのすべてを売り払う 好きな作家はナボコフ、ムジール、バッハマン、ベルンハルト、ブロッホ、ヘルダーリン、エルフリーデ・イェリネク 古代ギリシア語や神学部で聖書のゼミを頭に詰め込み、文学を志す超高学歴エリート 翻訳と散文と演劇の三つのジャンルで突然ノミネートされるが、その授賞式で守衛に大声を上げて喧嘩を売りつける ギプスをした出版社の女社長にとびかかる ヨーゼフ・ウィンクラーというオーストリアの「青春時代の文学ヒーロー」に会い、彼のどの本が最高傑作であるか狂人のようにまくしたてる ハントケ、フーコー、デリダ、デーブリーンの名前が乱舞する 新人賞。 出版社からはお荷物。読者も興味無し。 ワナビだけは興味津々。 これからコネデビュー組が文学を盛り上げてくれるのを期待する。 コネは最終選考に何度か残るくらいのワナビなら自然とできるだろうから、コネの有無にこだわるのはあんまり意味がないのでは >>231 この板にもいそうなメンヘラとしか思えんw こんなもんを称賛したら一生を台無しにしそうw トーマス・メレ「背後の世界」って数日後に出るんじゃん ステマ?にしてはこんなところでやるわけないよな 一応店頭に並んだら見てみるか 文藝の小谷野の短編そこそこ面白かった。 でも文學界に載ってるタイプの小説のほうが好き。 古栗は今回はイマイチ。前号の面白かったから期待してたけど、この人は 当たりはずれが激しい。 それにしても、メル○○には許可取ってんのか?w >>234 イェリネクがそうであるように、英語現代文学からドイツ語への翻訳者でもあって、T.ヴォルマンの作品などを翻訳していたりもする ブレット・イーストン・エリスやデヴィッド・フォスター・ウォレスやトマス・ピンチョンなんかの名前も出てくる ピンチョンのV.を眩暈がするように読み、長い沈黙の後のヴァインランドの楽観的なトーンをチュービンゲン大学で二年間にわたり教授のもとで一字一句読み続ける 専攻は比較文学と哲学で、イェリネク・ピンチョン・「アメリカン・サイコ」を読書会(Literarischen Colloquims)で読んだりしている たしかクッツェーも留学したテキサス大学オースティンに留学してもいるようだ ヘルタ・ミュラーも教えていたベルリン自由大学にもいたようだが、少なくともこの本ではこの二人の名前は出てこない 気に入ったのが、まるで「消去」のカバーの赤いカバーのように、みじめなうんざりした顔で、ビッグマックをむさぼり食らうトーマス・ベルンハルト 誰も信じないだろうが、ベルンハルトが駅構内のマクドナルドで疑り深く、マズそうにビッグマックを食べているのを見たことがあるのだ、と主張する Ich liess ihn in Ruhe weiteressen. 僕は彼が好きなように食べ続けられるように彼に話しかけなかった。 Jedenfalls, man glaubt es kaum いずれにしても、ほとんど信じてもらえないだろうけれど 蔵書は永遠に失われた。しかし私の背後(Ruecken)にはゆっくりと、ほんとうにゆっくりと新しいものが成長しかかっている。 Kindleにすべてを入れて蔵書を売り払う人々のように効率的な人々とは違う古いタイプの文学と言う概念、インターネットに親和性のない(Internetaffinitaetでない)化石のような存在 背後には文学をしょって、息にはアルコールを含んで (mit einer Bibliothek im Rucken und Alkohol im Atem) そこから何か新しいものが生まれる。自由はそこから成長していく。 躁鬱状態の何も読めず、音楽も聴きたくない経験の中で、例外としてナボコフと、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・ラズナーと同列に語られる 躁鬱にあって唯一NINしか聞くことができない。 ナボコフの傲慢なメタ・メタ文体(meta-metasierenden Arroganzsstillisten)が打ちのめし、人生の絶望の外側にはいつもトレント・レズナーがいた。 暗い、絶望的な中に幽霊のようにかすかな光の発光体が残る。 自分が大丈夫な時はナボコフだけしか読まない。大丈夫でないときはトレント・レズナーだけを聞く。 この理由は追及されなくてはならない。 躁鬱で、ブリリアントで、怒っていて、うるさくて、中毒的で、恥ずかしく、危険で、憎悪に満ちて、愛の対極にある。 不親切でないもの以外のすべてであって、傷つけるもの以外のすべてであって、傷を見せるものであって、憎悪から叫び声をあげ必ず自分に逆らうものとして終わる。 暗くて、明るくて、ひどくて、プリミティブで、病気であって巨大。 この15年間まさにそのようなものだった。 >>235 発売されるからタイアップで特集したんだろうね minamiwa minamiwa @minamiwa2 道民からしたら #渡部直己 #川上未映子氏 は旭川出身の #清水博子 氏を追い込んだ人であって道民からしたら許しがたい事なのだ。助けてくれる人もいただろうに裏切りは堪えたのか...。 #川上未映子 の盗作も蓋したし、渡部直己氏のセクハラもなかった事にするのかな? #新潮社 #矢野優 午後7:27 · 2018年6月29日 新人賞受賞作を「実際に」読んでチェックすると、プロの三分の一くらいの筆力があって、話さえ破綻してない作品が受賞してるのがわかる。言ってみれば素人ノド自慢で金がなるレベルが新人賞受賞者作。プロとはだいぶ実力差がある。 ワナビさんはその辺をクリアしてから業界の文句を言ってくれたら素敵だな。 >>241 筆力をどうやって測ってるんですか? 例示して下さい。 筆力を見分けるのは直感によるセンスですね。出来ない人はセンス無しとされます。 筆力例示できないさんはその辺をクリアしてからワナビの文句を言ってくれたら素敵だな。 美学って学問があるから、それを学ぶしかないですね。目利きのプロと交流するとか。 ワナビというバンカーを飛ばしてその外に商品を落としたいんだろうね。 幻想だと思うけどね。ワナビの外に広がる広大な小説市場なんてさ。 だって日本人の多くは日本語の手軽さから潜在的な物書きなんだし。 自分の金を出して千冊ほど本を買いつづけても これは駄作だ、本物だ! との直感はついてきますね。一万冊でも良いですが。ワナビさんは自己陶酔して、自分の文章を文豪とかプロと同レベルと勘違いしてしまいがちですね。買う人の気持ちになれるワナビさんがいると素敵ですね。 >>249 全員一等賞!なんて傷を舐めあう価値観もそれはそれでありだと思いますよ。 >>250 そんなこと誰も言ってないわけで、あなたが自身の偏見を暴露して知能を晒している以外に何ら読み取れることがないな そういえばすばるって高橋源一郎が審査員をしていたよな 美しい顔でだんまりを決め込んでダサさ炸裂していたけど、反省なんてする人間ではないか 昔のすばる文学賞受賞者の藤原伊織さん 電通勤務でコネだったかもしれないけど それ以降の「テロリストのパラソル」が好きだったから、長生きして欲しかった 大鶴義丹の受賞はなんだったんだ? ごめん、昔話で ギタンは親の七光りでデビューしても市場の荒波にコネはきかず厳しいとの証明かなと。 岩城けいの2作目がこないだすばるに載ってたな。 2作目はすばるを買って読んだけど、今回はいいや。 2作目は作者の小さいお子さんをモデルにした活躍譚だった。 3作目はタイトルから、お子さんが少し成長してからの記録のようだ。 うまくネタつないでる。 この人はずっとお子さんをモデルにやっていくのか。 海外に馴染めず日本に帰りたい母親、一方、外国語ぺらぺらになって馴染んでく息子。 海外出張の家族の試練てそんなもんだよなとリアルではあった。 だがこの人、親バカすぎ。 3作目は単行本になったら図書館で借りて読むわ。 この人の別のちがった長編なら買って読んでみたい。 訂正 256 岩城けいの3作目がこないだすばるに載ってたな。 金原ひとみは親のコネもあったの? 法政大学のサークルに混ぜてもらってたとかインタビューで読んだけど。 美貌と才能で上手く乗り切ってる感じ? 朝吹さんもそうだけど、美人で家系がいいとやっぱり得だね。 どんな家に生まれるかってほんと大事。 んー 金原さんはデビュー後 お美しくなりましたよね メイクお上手ですね♪ 金原の「持たざる者」では、3.11のショックが書かれていた。 東北に住んでたわけでなくとも苦しみ、母子は日本を脱出し、旦那は日本に残って、家族の分断を表出していた。放射能物質へのストレスからくる苦しみをドバっと描写していた。海外に逃げるほど神経質になる人もいるんだね。 実話かと思ったが実際はラブラブなんだよね。 「持たざる者」に何本か短編が収録されてるが、当たり外れが大きい。 金原は図太そうで繊細。虐めない方がよろしい。 >>260 金原パパはどちらかといえばファンタジーとか寄りの仕事の人で、純文とは距離がないか? 金原ゼミは課題で長めの作品を書かせて、ゼミ全員で読んでいく方式らしいな 独りでシコシコ書くより、そのほうが打率が上がるのかね 文芸誌の新人賞作品掲載号は新人作家の晴れの舞台と同時に公開処刑の場になることが多い。プロ作家と同列に並んで作品掲載されて、一ページ目から歴然たる筆力の差を見せられてて。 筆力の差か。 お習字と大して変わらないw 「公開処刑」で身長と頭身が命のミーハーとバレルw >>263 あ〜それこないだの小説教室の先生もやってたね。 おらおらとインドおばさんが行ってたとこ。 書いたのをみんなの前で読むんだってね。 シャシャキ りさのすばる連載を語ってくれwwwwwwww 筆力は量書けばある程度つくから、 それ以前の魅力みたいなものを選べるかどうかなんじゃないの 漫画とかと同じで それを見抜けず完成度追っちゃうと長続きしない小粒の新人が増えるとか 純文学はジャズみたいなもんやね。だいぶ人気は衰えたが、無くなりはしない。作家も兼業が基本になって。 さくらまなってブログで金を稼いでそうだし、すでにプロの文筆家ではある。 アマチュアで面白いことをやってる若い人は有力者からお呼びがかかって交流したりするが、そういう人が賞を受賞すると、コネの不正受賞だ!と2CHで連続スレが立って、本当に潰されていくケースは実際に起こって行くだろう。 新人作家なんてほぼ一般人だから、か弱い存在であり。 何をしつこく言っているのかわからんが、小説教室はコネ入賞者を量産するシステムだってことか? まあ、そういう商売にとってはプロとの筆力の差がどうこうというより、編集部とのパイプ作りがすべてだろう。 東大特進コースみたいに、入賞者が受講する芥川賞特講とかあるのかな。やれやれ コネデビューした作家に対して憎しみが渦巻いてるが何が憎いんだろう。 別に憎しみなんてないよ。なんで憎まれてると思うのかな。それは病気の兆候ですよ?というかコネ入賞者でも人を圧倒するような、あるいは魅了するような作を発表していけばいいのでは 東京に住むとコネがダントツに作りやすい。大手出版社の本社は全部東京にあるわけだし。地方在住者がそれを羨み、憎しみを持ち始めるのは分かる。 東京に住んでたら成功出来るほど甘くはないが。 コネ入賞者が芥川賞待ちの行列をなしているんでしょう。カフカやゴーゴリの小説に出てくる、役所の前に並ぶ嘆願者の列みたいなものでね。 >>273 憎しみが渦巻いているとは思わないけど、社会の方向性が急速に民主化に舵を切っているのは事実なんだよね。 これはネットやITのイデオロギーみたいなもので、ネットが社会に浸透して急速に情報化していくなかで出てきた現象。 換言すると、審査過程や実力がどんどん可視化、数値化できるようになっている。 例えば、音楽業界に目を向けると、いま若者に絶大な人気を誇る米津玄師やDaokoといった人たちは、 YouTubeやニコ動の「再生回数」というこれ以上ない民主的で可視化できる実力指標の下で結果を出してから、スカウトされてメジャーデビューしている。 ジュブナイル系小説の方でもそうで、『膵臓』の住野よるや三秋縋といった人たちは、 小説投稿サイトや2ちゃんねるでいわば同人的に作品を投稿し、話題になってからスカウトされてデビューしている。 このように、最初に大衆の審査を受ける民主的なデビューの回路できると、 審査がブラックボックスになっている伝統的な審査手法すら「民主的ではない」と嫌われるし、 その審査すらすっとばすコネデビューはますます嫌われてしまう。 天才型、芸術家型の作家である阿部公房、中上健二、大江健三郎は新人賞システムではデビュー出来なかったかもしれない。みな独特の癖のある文章を書くコネデビュー組だ。 新人賞はこじんまりと型にはまった作品が受賞している。きっちりとは 天才型、芸術家型の作家である阿部公房、中上健二、大江健三郎は新人賞システムではデビュー出来なかったかもしれない。みな独特の癖のある文章を書くコネデビュー組だ。 新人賞はこじんまりと型にはまった作品が受賞している。 天才、鬼才型の作家は今の新人賞システムでは埋もれる可能性がある。なんでそういう人はコネとか持ち込みを積極的にしないと、こじらせて発狂していくのではないかと思う。 ここで重要なのは「どこかで一度見える形で実力を示しておく」こと。 この過程がないと品質保証されていないという認識になりつつあって、 逆にいえば、この過程がない場合は、誰しもがすぐにわかる形で実力を示せなければ、話題にならずに消えてしまう可能性が高くなる。 それから、この仕組みを整えられないのは権威に頼っている、権威主義に陥っていることを意味しており、このような業界は衰退が必至。 純文学はいわずもがな、権威に頼る業界なのでこのままだとヤバい。 例えば、スカウト(コネ)でのデビューであっても、古くは津島佑子、最近では西村賢太みたいな人たちは、最初に同人でデビューして話題になってからスカウトされている。 同人で実力を示す過程があったので、あまりアンチがつかなかった。 平野は完全にコネだが、実力を証明したので生き残ることができていると個人的には思う。か、アンチはついている。民主的な回路を経ずにデビューしたから。 ここ数年の新人賞をすっとばしてコネデビューしてる奴らは、新人賞に応募していたら受賞できていたのかとなると疑問だ。 一部の目立つ人の影に隠れて非難を免れてる連中は何人かいるだろう。 それを考えると、新人賞→芥川賞、あるいは野間新などとってく地道な作家は信頼できる。 だが又吉の例を考えると、コネでも実力がないと、芥川賞はとれない本にならないのないないづくしで読者からすれば実質死亡してるのは分かる。 一例だが、下記の人たち。 『群像』2012年7月号 5篇のデビュー小説 久保田智子「息切れ」/TBSアナウンサー 柴幸男「朝がある」/劇作家 光森裕樹「フェルミ推定の夕暮れ」/歌人 横田徹「狙撃兵」/フォトジャーナリスト 折口子尚「永劫回帰の部屋」/西川アサキ(人工知能、哲学)と片岡聡一(歌人) >>279 今の時代だと、そういう人たちはネットに作品を投稿してからデビューしなければ「天才」や「芸術的」とは呼ばれない。 民主的にデビューできる回路が整備されているにも関わらず、それを使わないのは何事かと指摘されるし、そんなにすごいならネットからデビューできただろといわれてしまう。 出版社などのマスメディアが「天才」「芸術」「十年に一人の才能」と持ち上げても、大衆はその宣伝手法に古臭さしか感じなくなっている。 つまり、芸術分野においても、天才かどうかは一部の専門家ではなく、大衆が決めるようになりつつある。「決める」まではいかなくとも審査過程に参加できるようにはなっている。 これがまさに「民主化」と呼ばれる由縁。 こういう民主化な審判を飛び越えてコネデビューしたいのであれば、本当に一発で新人賞デビューした新人を凌ぐ実力を示せないと 下手したらぶっ叩かれたり、アンチがわらわらついたりして終わる。 正当にデビューしたのでもそうでなくても、ほとんどの作家の生命が終わるとしたら、 アンチの攻撃ではなくネタ切れややる気の喪失など自滅ではないか? 本物は叩かれても生き残り、歴史の淘汰に耐える。 つまり、コネデビューを認めろという主張は、社会全体が民主化を志向し、実際に民主的な方へとシフトしつつある現代にあって、まったく時代に即していない時代錯誤的なものといえる。 わかりやすくいえば、非常に権威主義的でかっこ悪く、アンチがつきやすい類の主張ともいえる。 >>285 その本物になれる条件のひとつは、アンチ以上に大衆に支持されるというもの。 売れずとも、カフカや宮沢賢治のように、大衆にもわかりやすいれべるでユニークであること。 【世界教師マ@トレーヤ×トランプ大統領】 太郎「増税は、飢餓テロ」 零「種子法は、毒物テロ」 http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1539138515/l50 膨 れ 上 が っ た 軍 事 費 を ベ ー シ ッ ク イ ン カ ム に 使 お う ! >>269 ブロガーなの?はあちゅうみたいなもん? 群像はよくそういうところから探してくるんだね? コネコネうるさいワナビはブログでもやったらどうだ?w 読む側としては、面白ければプロでもアマでもどっちでもいいのだが。 新潮と太田の裁判とかくだらなすぎるw 炎上ネタにしてはしょぼいし、新潮は文芸部以外はまともな人いないのかね。 コネコネうるさいのはコネデビューを認めたがっている人でしょ むしろワナビは何も言ってない コネデビュー認めたい人がコネコネ叫んで反論くらって自ら首を絞めているようにしかみえん コネデビューが時代にあってないってのはよくわかる もう作られた天才はいらないというかメディアは天才を作れなくなっちゃったんだよ ネットからそれこそ多くの人たちに認められたほんまもんの天才が出てくるから 作られた天才は作られたってわかっちゃう 純文学でも事情は同じだと思う こいつはすごいこいつはすごいと偉い人たちが宣伝したって 一般読者が読んで認めなければシラけてしまうだけ ああ、またお偉方がアホなことしてるなと思われるだけ こういうのは例のごとく売れないしな こんなの簡単に想像できることやね >>267 シャシャキは小説読まないから無理だろ。 ディベートに慣れてなくて、反論されたら即キレてしまい、自作自演やチンピラのケンカみたいな当たり散らしをする人が極小数いるが、なんとかならないのかな。ほとんどの人はまともな議論が出来てるから、そう高度なことではないはずだが。 精神疾患を患ってるなら同情するしかないが、そうでないならもう少し知性を磨いてくれたらと思う。 「杉田水脈も安倍総理も許せない…」ある不妊治療中の女性の涙 衆議院議員・杉田水脈氏の 彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのですという文章に端を発した一連の騒動 そして、新潮45の記事で傷ついたのはLGBTの人たちだけではありませんでした。 ◆「自分のことを言われているようで涙が止まりませんでした」 「『生産性がない』という言葉が、自分のことを言われているようで、涙が止まりませんでした」 そう語るのは東京都の主婦・海堀美穂さん(仮名・32歳)。彼女はIT企業に勤める男性と5年前に結婚しました。 性自認は女性で、恋愛対象も男性のみ。それでは、なぜ彼女は「自分が責められている」と感じたのでしょうか。 彼女には一つ悩みがありました。旦那さんとの間に子どもができなかったのです。 「タイミング療法や人工授精といった不妊治療を、お休みなどを挟みながら3年ほど続けていたのですが、子どもを授かれませんでした。 休みを挟みながら治療をしていたのは、仕事との両立が難しかったからです。」 新しいクリニックの治療のかいあって、子どもをついに授かりました。しかし…… 「やっとの思いで宿った命が、妊娠3カ月目の最後で亡くなってしまったのです」 海堀さんは疲れきってしまった。 そこで、東北の田舎に一度帰ることにしました そんな帰省中に目の当たりにしたのが杉田議員の寄稿にまつわるニュースでした。 「子どもを産めない自分は、社会における生産性のない人間なのか。悔しくて、悔しくて、 実家のベッドで、マットレスをグーでひたすら叩きながら、声をだして泣きました。自分だって子どもはほしいのに、どうしても産めない。それでも生産性がないとなんで言われなくてはいけないのか」 彼女はひどく落ち込み、ふさぎ込んでしまった そして最後に杉田議員に対して次のようなメッセージを送っています。 「杉田議員。私はあなたが書いた記事を許せない。けれど、せめて安倍総理には怒ってほしいです。あなたは彼にバカにされている。あなたは女性の恥だと感じます」 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181010-00880406-jspa-life なんだシャシャキは小説語れねークズだったかwwwww ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる