【街とその】村上春樹【不確かな壁】Part2
君たちはどう生きるかが村上春樹的と言ってるやつが少なからずいるけど、ここのハルキスト的にはどうなのか知りたいわ >>380
何どういおうが春樹が不細工であることは揺るがない
女が金とファッションで男を選んでるのは事実だからな 初めて村上春樹の小説を読み終えた
得られたことは二度とこの作者の小説を読むことはないということだけ >>380
非モテは自分の非モテ問題ばっかり気にしてるから余裕がないのよね
他の人は楽しんでるかな、どうしたら一緒に面白い時間を過ごせるかなみたいな視点や意志がゼロ
春樹はジャズバーを7年間経営してたわけだから、そのへんのコミュ力や言語力が高いんでしょ
そういう人間力を試される部分ではビジュアルなんて大して武器にならん >>386
エッセイ読んでる限り経営者としての能力はある気がするが、バーみたいな客商売には向いてない。 >>387
というかこれ割りとクリティカルな話、村上って地方の公務員の家の子で、これは現代でもそうだけど学生時代にわざわざ店なんか経営しなくても仕送りだけで全然生活できてた家の人である。
家賃バカ高い都市部で個人で利益低い飲食店の経営するのって、家が太いか他でなんか安定した収入があるか、それか税金対策でやってるかでない限りほぼ自殺行為なんだし。
顔とかコミュ力とかの問題ではない。 >>388
ただ村上は採用するバイトを見る目はあったとは思うが、本人に客商売できるコミュ力があったとはとても思えない。
なんかのエッセイで本屋の店員が高名な作家の名前を知らなかったことや、頻繁にみられる描写だけど一人で飲み屋に入って、カウンターで一切店員と絡まずに本読んでるとか、現在の常識だと完全にコミュ障である。 >>389
村上のバー経営のエピソードって、村上が団塊世代の金持ちの地方出身であることと、都市への憧憬、エディプスコンプレックスがほんとに錯綜しているいい資料だと思う。 >>390
エッセイを読むと、小説家として大成するまでの村上の話って、とにかく親元から離れて、東京に出て経済的に自立すること、ってのが通奏低音みたいに流れている。
ただ村上って団塊世代であり、近い年齢の地方出身者は所謂金の玉子として中卒で上京して町工場で高収入を得ていたような風景を、フィッツジェラルドやカポーティを片手に眺めていた早大生の村上青年がいたはずなんだよね。 >>388
現在なら、マジの個人で飲食店経営って顔とかコミュ力に寸分の狂いでもあれば即負債である。
水丸にエッセイで遠回りにいじられる程度に春樹って日常会話のレベルでは天然で、そもそも取材にマラソンランナーが履くようなショーパンで現れるって、現代ならコミュ障どころかTikTokで話題になるレベルである。
ワイの親父も平気でアレ履いてて、いかに頭がズレてるのかを親権者なトーンで滔々と語り聞かせたことがある。 >>392
だってアレ、屈むと後ろからキンタマ見えるんですよ?
猥褻物陳列材じゃね?
そんな天然関西ボーイが、東京で意識バカ高いのに会員制でもないバーをやったらせいぜい持って10年である。 村上のジャズバーは、村上が専業作家になろうとした際には
経営が軌道に乗ってるのに止めるには勿体無いと知人にアドバイスされ実際に廃業ではなく事業を譲渡している
なんだかんだ成功して実績積み上げてる人物を「あれはルックスがダメだからして成功したはずがない」
と匿名が憶測で喋る
いかにも5ちゃんだな 村上がエッセイなんかで「僕はコミュ障で」みたいなことを自虐ギャグみたいに言っているのを
まにうけすぎなんだよな
その部分は「真」とするのに、バー経営うまくやっていたとほうぼうでいっている部分は「偽」とする
その理由は「あいつはブサイクだから」
バカかと >>395
この人多分、自分がブサイクなのを村上に反映してるんだろうなw
因みに俺は村上の顔はド平均だと思っていて、コミュ力は壊滅的だと思っている。
赤の他人とコミュニケーションとるときに都度ゼロから会話の構築しなきゃならないのに、自身の趣味趣向を押し殺すことも感情を言葉や顔に出さないってことすら出来ない人って今はオタクに多いけど、もう論外だよね。
残念だが村上は今でいうコミュ障にバッチリ該当する。 >>396
あとバーの経営ってなんかお洒落なイメージがあるけど、個人で賃貸で飲食店の経営するのって、大成功したところで経営者の収益は普通の会社の課長クラスならまだいい方なんだよね。 村上の店の場合、オーナー兼店子の形態だったから人件費を節約しながら運営してた店だったんだろう。
なんか朝日堂で求人の応募に来る変な人に文句言ってたのあったが、今の店舗運営の常識として、都会のお洒落なバーみたいな店はバイトも客も田舎出身者で揃えるのが経営者にとっては一番効率がいい、みたいな不文律がある。 >>398
んで、多分村上がどんなにフィッツジェラルドやカポーティみたいな都市志向をメタ的に描写し得た作家を愛読していると告白していようと、当然、それが時代錯誤であることを村上ほど頭のキレる人間なら理解してる。
なんだっけ、村上は最近短編でまさにバーのカウンターで本を読んでて後ろの客に馬鹿にされる短編書いてなかったっけ? >>395
この人の目には村上春樹って相当ブサイクに見えてるんだろうなぁ。 村上春樹の奥さんって婿養子狙いで春樹と学生結婚したのだろうか 「村上春樹は、現代アメリカで最も人気の外国人作家」て聞いたけど、本当? 「最も」人気があるかは知らないが村上Tの翻訳がでるくらいだから村上が書いてるもには全部読みたいという
熱心なファンが多いんだろう 昔、村上がアメリカでアメリカの作家たちと体育館で合同サイン会を開いたら、村上の列が1番長かったらしい。エッセイで読んだか、ラジオで聞いたかは忘れたけど、村上本人が言っていた。 >>398
>>今の店舗運営の常識として、都会のお洒落なバーみたいな店はバイトも客も田舎出身者で揃えるのが経営者にとっては一番効率がいい、みたいな不文律がある。
文学や小説家自体がお洒落じゃないがw 仮にお洒落な小説家がいたとして、彼や彼女は絶対に文壇バーには行かないだろうw >>403>>404
1番かは分からないけど、熱心なファンは多いんですね
レスdです >>13 まとめとして良くっ出来ている。メンヘラ少年
を発達障害の少年にすれば完璧。 本国の作家より人気とは凄いですね
サイン会するくらいだから、それなりの方々だったんでしょうに 村上春樹は雑誌ニューヨーカー常連作家だからな
アメリカ本国の作家がなりたくてもなかなかなれないポジション サッカースペイン代表のマタがノルウェイの森好きすぎてヴィッセル神戸入団したらしい 遅ればせながら街とその不確かな壁を読んだ
相変わらず読みやすいが何が言いたいのか良く分からない
50頁程で終わる話を600頁を超える物にする才能は凄い
いつも思うのは固有名詞を使い過ぎて鼻につく
Jazzに詳しいのは知ってるが具体的なアルバム名やミュージシャン名に何の意味があるのか
その辺の拘りは捨てるべきだった 多崎を今さらながら読了。真犯人は悪霊だった!
てそれはないだろw エッセイ、村上朝日堂の逆襲の中の、うゆりずく号の悲劇という一編で、明らかな間違いがあると思う。
白鳥クリーニングの話の所なんだけど、車の右側面に書いてある社名の表記が、
右→左でグンニーリク鳥白となっているとあるが、左→右ではないのか?
右→左でその表記なら、正常じゃないか。。。 >>414
読解力ないんじゃないの?
たとえば「白鳥クリーニング店」の車の左側にちゃんと左→右で「白鳥クリーニング店」となっているのに、右側では右→左で「グンニーリク鳥白」と反転している。どうでもいいといえばいいようなことだけれど、僕は昔からあれが気になって仕方なかった。 読解力も疑問だが、説明力に関しては414,415ともに疑問だな。
村上の読者に限らず、今の日本の読者にはこの手の人達が多いんだよ。
ベストセラーとか言っても、何万何百万の白痴が買ってるだけ。 来月はまたまたノーベル賞月間。
またまた大騒ぎするんだろうな。
6月にコーマック・マッカーシーが亡くなり、
7月にはミラン・クンデラが亡くなり、
ライバルが減ったけど、
やはり春樹は獲れんよな。 村上春樹原文は「右→左」と「反転」ということを同義で使っているだけ >>418
村上の原文だったか。
うーんw
じゃあ、村上は右ドア側の店名表記は右側から読むべきと思ってるんだ? >>419
右➡左になってるから、反転してるってことに普通に読めるよね
ターャジスはある時期までよく見かけた >>420
右ドア側でも左ドア側同様に左→右で記載しろってことじゃないの >>420
思っていない
読解力云々言っていた当人が実は読解力ないというオチか >>392
村上春樹は天然なのか
昔、自分が若かった頃、バイト帰りに新宿紀伊國屋書店に行ったら、
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を刊行した
春樹がサイン会をやっていたんだが、散歩のついでに寄ったかのような
軽装に汚いスニーカーを履いていて、ありゃまと思ったものだった
あの時売っていたピンクの函と布張りの本は今ではレアだよね
春樹のサイン会も国内ではほとんどやらないらしい >ピンクの函と布張りの本
それ持ってるわwwwwwww
街と壁のサイン本10万はどうなったんだろwwwwww完売したのかなwwwwwww 秋の風物詩と言えば「凱旋門賞日本馬敗退」と「村上春樹ノーベル文学賞落選」 >>424
俺、一応今でも持ってるよ。
初版初刷の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
だから、どうなんだ? という話だけど。 詳しい人いたら教えて欲しいんだが。これから村上春樹の作品、何か映画化されるんだろうか。多分その発表・告知が数か月から半年後くらいに行われるんじゃないかと思うんだが。
Amazonのオーディブル、ユニクロのTVCMで、村上春樹の作品タイトルがこれ見よがしに映っている。あれは、昔、コルク=電通が平野啓一郎の「マチネ」で使った手法で(その時は確かメルカリのCMだった)、数か月後にやっぱり映画化が発表された。
春樹の作品の何かは分からんが、「海辺のカフカ」か「街とその不確かな壁」だろうと思う。今更新刊本のプロモーションでもなかろう。
平野と同じ手法で大衆扇動をして原作映画を売ろうとするなんて嘆かわしい。落ちぶれたもんだ。 >ピンクの函と布張りの本
俺も持っているよ。確かBookOffで100円でゲットしたんだと思う。
若かりし頃、徹夜して読んだわ。今も大切に本棚にしまっているよ。 そうか。読者の思惑とは関係なく、商品としての価値はその程度ってか。
春樹はある時期まではいい本を書いていたと思うんだけど。
なんか色々な意味でガッカリだなー。 春樹がノーベル賞取れないのは政治的な理由がありそう
アジア人にはただでさえあげたくないという白人の汚い思いがあるが、日本人が優秀で科学は結果が客観的にでるから日本人が取ってしまう
だから文芸は日本人には与えたくないという政治的理由がありそう
あと中国に遠慮してるというのもある
春樹は文学の質も戦後最高だし、アメリカ文学翻訳の業績もある。少なくとも大江よりは資格あるのに >>432
政治的な理由なんかあるかよ!
ただ大したことない作家なだけだろ! >>432
文学の質も戦後最高
文学音痴を自覚しなさいね
春樹のエンタメ性ではノーベル賞は無理なんだよ そうかあ?
モディアノ、イシグロあたりが受賞できるなら春樹にも目はあるだろ >>436
バカか?
イシグロとハルキとでは、月とスッポン! 誰か有力な人が価値ありとすればそうなるってだけのこと
内容はカフカと同じようなもんだから ていうか傾向からしてカズオ・イシグロが取ったから村上春樹が取れなかったぐらいに思ってるわ
とはいえ間違いなく候補になってはいるわけだし、向こうからしても日本人作家の中ではトップクラスの評価なのは間違いないよ >>437
国際的な立ち位置を知らないんだな
モディアノ、ディラン、イシグロあたりの大衆路線の受賞が続いた時期は海外でもそろそろ村上春樹が受賞するとの見方が強かったんだよ
セクハラ問題で一時中断以降、渋い路線に戻って潮目が変わったからそういう声も弱まってしまったが...
トカルチュク、ハントケはまだしもグリュック、グルナに受賞させるようではさすがにもう春樹にチャンスはないな カズオ・イシグロは物語になっているけど村上春樹は謎かけしているだけで全然物語として成立していないよ
タイプが違う >>442
使い古されたセリフだが、それはあなたの感想でしょう、と言うしかないな。だいたい物語になっているかどうかで小説の価値は決まらないだろう。
春樹の作品は確かに食い足りないところはあるけど、他の作家にもそれなりの影響は与えていると思うよ。
例えば、ベルンハルト・シュリンク「少女とトカゲ」は、一見全然違う作品だけど、ストーリーテリングの手法において春樹の作品をリスペクトしつつかなり入念に研究していると感じたな。
俺は、申し訳ないけど、カズオ・イシグロの作品は好きではない。世評の高い「わたしを離さないで」もそこまで優れているとは思えなかった。 >>439
「間違いなく候補になってる」ってどうしてわかるの?
スウェーデン・アカデミーの候補は50年後しかわからないでしょ。 >>444
その通り。
ま、おそらく候補にさえ1回もなっていないと思う。
じゃ、なぜハルキがこんなに騒がれているのかというと、それは単に翻訳言語の数の多さが50ヵ国に及んでいるからだ。しかし、大衆に受けるとか、翻訳しやすいとか、読みやすいとかいうのと、中身があるかどうかは全く別のベクトル。
そもそも、ノーベル文学賞の候補に上がるためには、海外の言語に少なくとも英語、仏語、スウェーデン語をはじめ10ヶ国語に翻訳された作品が少なくとも10作はあって、しかも、なおかつ、数年が経っていることは必要不可欠。ハルキはたで単にその条件をクリアしているだけにすぎない。
カフカ賞とかエルサレム賞だなんていうのは、おそらくは数年以内にノーベル文学賞を取りそうだとカフカ賞やエルサレム賞が勝手に判断した作家に「青田刈りで」やみくもに受賞させているだけで、それ以外には一貫した見識はない。そもそもが取りそうな作家に与えているのだから、そこから受賞さが出てくるのは当たり前のことで、もしろ、外しているさっかの方が数多い。 >>444
その通り。
ま、おそらく候補にさえ1回もなっていないと思う。
じゃ、なぜハルキがこんなに騒がれているのかというと、それは単に翻訳言語の数の多さが50ヵ国に及んでいるからだ。しかし、大衆に受けるとか、翻訳しやすいとか、読みやすいとかいうのと、中身があるかどうかは実は全く別のベクトル。
そもそも、ノーベル文学賞の候補に上がるためには、海外の言語に少なくとも英語、仏語、スウェーデン語をはじめ10ヶ国語に翻訳された作品が少なくとも10作はあって、しかも、なおかつ、数年が経っていることは必要不可欠。ハルキはただ単にその条件をクリアしているだけにすぎない。
カフカ賞とかエルサレム賞だなんていうのは、おそらくは数年以内にノーベル文学賞を取りそうだとカフカ賞やエルサレム賞が勝手に判断した作家に「青田刈りで」やみくもに受賞させているだけで、それ以外には一貫した見識はない。そもそもが取りそうな作家に与えているのだから、そこから受賞者が出てくるのは当たり前のことで、むしろ、外している作家の方が数多い。 カズオイシグロが候補になって受賞してんだから村上春樹だって検討されてると考える方が余程自然だろうな 「村上春樹がノーベル賞のベクトルと違う」という議論の前提は、イシグロやらボブディランの受賞という事実と背反してるのよ まして、巷間に流布しているオッズだなんてのは、そこらのニィちゃん、ネェちゃん、オッサン、オバちゃん、その辺の出版社や新聞社が勝手に騒いでいるだけのこと。競馬新聞みたいなものだ。新聞の予想通りに馬券買っても、元本割れの損するのが相場。人の噂レベルで、精度は低い。 >>448
ハルキと、イシグロやディランがレベルが同じだという認識が明らかに間違っている。
その違いも分からん奴とは議論以前。
うんことカレーが同じ茶色だから同じだ、と言っている程度のイカレぽんち。 >>451
結局こういうレベルのくだらない思い込みの話に終わるんだから馬鹿馬鹿しい
前提事実としてあるのは
村上春樹が世界的な作家になったのってアメリカでニューヨーカー誌が紹介したからだろ
文学的見識があるとされるところによるスクリーニングがされてるんだよ イシグロはエンターテイメントとしても成立しているが春樹は成立していない
この違いは大きい >>452
バカだね。
ニューヨーカー誌は大衆誌。
表彰されるとかの対象外。 ニューヨーカーが大衆誌だって?何言ってんだこいつ
アホくさ 米紙が辛口批評「村上春樹は井戸の中に落ちてしまったらしい」
https://courrier.jp/news/archives/246233/
物語はまるでどれも、スーパーの生花コーナーにある花束の隙間を埋める葉っぱみたいに見える。型にはまっていて、魅力がない、使い捨ての背景というか、輪郭のぼやけた有機物という感じだ。
それらはまるで、昔の村上作品のコピーのコピーのコピーである。女性キャラクターたちはヤスリをかけられたようにツルツルで退屈だし、男性キャラクターたちもスカスカのカリカチュアで、空気の抜けた風船みたいだ。
残されたたった一つのアピールポイントといえば、表紙に書かれた著者の名前だけ、という具合である 米紙が辛口批評「村上春樹は井戸の中に落ちてしまったらしい」
https://courrier.jp/news/archives/246233/
物語はまるでどれも、スーパーの生花コーナーにある花束の隙間を埋める葉っぱみたいに見える。型にはまっていて、魅力がない、使い捨ての背景というか、輪郭のぼやけた有機物という感じだ。
それらはまるで、昔の村上作品のコピーのコピーのコピーである。女性キャラクターたちはヤスリをかけられたようにツルツルで退屈だし、男性キャラクターたちもスカスカのカリカチュアで、空気の抜けた風船みたいだ。
残されたたった一つのアピールポイントといえば、表紙に書かれた著者の名前だけ、という具合である カズオイシグロと村上春樹は全然違うと思う
カズオイシグロは自分のテーマにあった舞台をきちっと取材して物語を構築してるけど、村上春樹は文化ファン過ぎるんだよね
音楽や文学や映画のファンとして書いてる感じ 晩年は絵画もいけるでとか
何かかっこいいものに平伏しちゃって自分もその一員になりたがってる
日本の団塊世代の代表であり戦後好景気の若者文化の偉大な象徴ではあるが
女性の描写的にも今からとるのは難しいだろう 多分これだな。いくら春樹原作でも、三時間の舞台は確かに売りにくい。
コロナ禍で一度しくじったようだし、入念な宣伝工作は致し方ないか。
門脇麦が出てるし、観て、損はないと思うw
ttps://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/ 「ニューヨーカー」は高級誌だと思うよ。
Wikiから引用するけど
>ルポルタージュ、批評、エッセイ、風刺漫画、詩、小説などが掲載される。
こんな大衆誌はないだろう。
ここに掲載された「ねじまき鳥」の抜粋訳が国際的評価のきっかけになったようだね。 カズオ・イシグロも「村上春樹は重要な作家だ。意味はよくわからないがw」みたいなことを言ってたよな
やっぱり意味がないんだよね >>461
「商業的には重要だが文学的には…」
というようなニュアンスかな? ねじまき鳥クロニクルは人間の根源に触れた傑作だよ
ノモンハン事件の記憶と現代のクロスオーバー
まさに大江健三郎の万延元年と同じ
そして作品としてはねじまき鳥クロニクルのほうが上 >>463
言い過ぎだよ。万延元年に挑んだ作品であるということについては同意するが、その出来は万延元年には及ばないと思う。
重要作にして最高作だと思うが、同時に村上春樹の地金が見えてしまった作品でもある。
もちろんそれでも彼の実力が並々ならぬものであることは証明できたと思う。
同じ挑戦をして惨敗した平野啓一郎の「決壊」から比べたら、遥かに価値がある。 『ねじまき鳥クロニクル』は意欲的な失敗作
ソビエト将校のシークエンスは見事な出来
全体はまとまりが悪く、謎を放り出して終わるのはいつもの悪いクセ 『ねじまき鳥クロニクル』は意欲的な失敗作
ソビエト将校のシークエンスは見事な出来
全体はまとまりが悪く、謎を放り出して終わるのはいつもの悪いクセ 『ねじまき鳥クロニクル』は意欲的な失敗作
ソビエト将校のシークエンスは見事な出来
全体はまとまりが悪く、謎を放り出して終わるのはいつもの悪いクセ 春樹はチャンドラーと同じ感じかな
チャンドラーがノーベル賞とかいうとそういう作家じゃないだろとなる
あくまで『それほどの』作家ではない、という意味ではない。
要するに別ジャンルなんじゃないか
ヴォネガットとかも同じでさ
それが近年の春樹の場合無理矢理ノーベル賞ジャンルの作家として
むしろ欠損を指摘するために注目されてる感じだ
チャンドラー、ヴォネガットを含む別ジャンルの作家として
非常に優れた作家という評価が正しいんじゃないか 最近新しく読むものがなくて、しょうがなく村上訳のフィッツジェラルドやチャンドラーを読み返してて、別に今さら掘り返すことでもないんだけど、昔、上野千鶴子が「村上作品には都合よく、すぐヤらせてくれる女が登場するからいけすかない」みたいな批判をしてたのを思い出して苦笑する。 >>473
これはなんの因果でもないと思うが、デビュー当時、上野にやたら可愛がられた大塚英志が後に指摘するように、村上の小説ってスターウォーズと同じく、キャンベルが纏めた物語類型論の骨格に、フィッツジェラルドやカポーティやチャンドラーの時代作家が描いた資本主義の萌芽によって引き裂かれる失恋モノって肉付けが、少なくとも前期村上作品(加藤典洋の言うところの隠喩時代)の正体だったんだよね。 >>474
大塚は村上がなぜオウムに強い関心を持ち「アンダーグラウンド」、「約束された場所で」を著したのかについて、実は村上がベストセラー作家として大成した作品に用いていた構造とオウムが多くの信者を欺くために用いた物語の構造が共通するものであることに村上は否応なく気付いてしまい、 >>475
ある種の購いのために、オウムを扱ってノンフィクションを書いたと指摘していて、そして実に二冊のノンフィクション作品を境に村上の作風は変わる。
ここまでの経過は村上ヲタとして普通に知ってはいたんだけど、今さっき村上訳のロンググッドバイ読み返してて、上野千鶴子による村上批判って現在の視点から見ると、村上はチャンドラーの真似をしているだけなので、チャンドラーを叩くべきでは、と思ってしまうが、上野だってなんのきっかけもなくウン十年前の推理小説は叩かないだろう。 >>476
そんなことを考えながら、頭の片隅で、彫刻家の柴田英里が「上野千鶴子は二枚舌じゃなくて、スプリットタンみたいに舌が判れちゃってる」みたいなことをどこかで言ってたなぁ、と思い出し(宮台との対談だった気がする。やれやれ)、なにはともあれ、世の中の複雑さに対しては、壁と卵なんてアナロジーはもうなんの旗印にもならないってことだけはわかる。 上野千鶴子は若い頃「公衆便所」と陰口を叩かれていた私怨から戦闘的フェミニストになったそうじゃないか >>471
馬鹿か
チャンドラーと全く違う
チャンドラーはエンターテイメント
春樹はエンターテイメントになっていない >>472
それはノーベル賞側から見てるからだろ
別ジャンルのをノーベル側が自分たちの意図で選ぶことはあるだろうが
それは別ジャンル側ではあまり関係ないことで、
そういえばディランは結果的にか意図的にかわからんが、
極めて適切な対応をしたといえるだろう。
受賞したようで受賞してない、拒否したようで受賞しているという。
>>479
中学生?