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前スレ578の続編です

使用お題→『絹のドレス』『白いスーツ』+『刺繍』

【向こうで立ち話をされているのは聖女様と神官長様ですね】

「聖女様、神官長様、いかがされたのですか?」
 深刻な表情のお二人は、一瞬、虚をつかれたお顔になって、けれども、すぐに笑顔を向けてくださいます。
「明日の朝ご飯のご相談ですか? そう言えば、騎士団の新人の方は、やっぱりすご……はっ!? もしや! 新人さんのせいで朝ご飯の予算が不足しているのでは!? 私の朝ご飯!」
 お二人の笑顔に安心した私は、分かっています、悪い癖なのです、つい自制心を失って、まくし立ててしまうのです。
「いえ、そうではなく……」
 こんな私に対してさえ穏やかに接してくださる、神官長様。白い祭服が貧相……失礼、とてもスマートに見える、しわしわでひょろひょろのおじいちゃんです。
「……いえ、そうですね、予算の問題ではありますが」
 このおじいちゃん、神殿で一番偉いお方です。信仰に関して一番偉いのは聖女様ですが、お財布を握っているのは神官長様なのです。
 そのお方が、にこやかな表情で、しかし冷静に、恐ろしいことをおっしゃいます。
「予算の問題なんですか! 私の朝ご飯……」
 愕然(がくぜん)とする私ですが、そんな私を安心させるように、聖女様の口からお言葉が紡がれます。
「朝ご飯の予算は大丈夫ですよー。予算は予算でもー、結婚式の予算なのでー」
「けっ、結婚式ですか!」
 どなたの結婚式なのでしょう。まさか聖女様と神官長様ではないと思いますが!
 今日も聖女様はお美しい……ピッカピカです、人体発光現象です!
 そんな聖女様と、失礼ですが今日ぽっくりでもおかしくない神官長様です。それはいくらなんでもないなー……ないといいなー……。
「王子様とー、貴族のご令嬢ですよー」
「……へっ? 何がですか?」
「結婚式ですよー」
「そうなのですか! 良かった……」
 聖女様の未来は救われました。
「それが良くないのですー。今の王家にはお金がないらしくー、結婚式を神殿で執り行うこととー、その費用を神殿持ちとするよう言われているのですー」
 全然救われていませんでした。ビンチだったのは聖女様ではなく神殿でした。つまり。
「今ご説明頂いた通りですね。この費用をどうやって工面するか、二人で頭を悩ませていたところです」
 それはつまり、朝ご飯の予算が削られる可能性……。
「ああ、ひょっとして、何か良いお考えがおありなのでは。あなたと聖女様、いつもお二人で、楽しそうにお話しされていますよね」
 私の朝ご飯が減らされる! そうなっては大変です。
「そうですね、いい考えがないかと聞かれたら、ありますとお答えする、私はそう心に決めております!」
 だから私の朝ご飯を減らさないでください!
「ですので、そうですね……。結婚式に来られた方々から、なんらかの名目で、お金、ご祝儀を徴収するというのはいかがでしょう?」
「なるほど、それはいいかも知れませんね」
「ですが、ただお金を集めるだけでは、けちんぼな神殿、金欠神殿だと、皆様に思われてしまうでしょう」
 事実ではありますが。金欠なのは否定できません。
「ごもっともです」
「そこで……何か……そう、何か記念になるような品物……記念品を渡すのです」
「素晴らしい。その記念品は、どんな物を渡したら良いでしょうか」
「それは……」
 私は、聖女様のお顔を見て、神官長様のお顔も見て、それから、しばし黙考します。
 聖女様、結婚式、ドレス……ではなく……聖女様、予算、手作り……。
「……聖女様。聖女様は確か、刺繍(ししゅう)がお得意でいらっしゃいますね」
 実は、聖女様は、さる大貴族のご令嬢なのです。……まさか王子とやらの結婚相手は聖女様なのでは。気になりますが、考えないようにします。
「ええ、得意ですよー」
 そして貴族のご令嬢であるからには、刺繍の一つや二つお手の物なのです。
「神殿の皆に、刺繍のやり方をお教えください。素敵な刺繍入りの記念品を作るのです。ハンカチなんていいかも知れません」

 *

「なんで俺までこんなことを……」
「聖女の前でー、ぶらぶらしてるのが悪いんですよー」
「仲間外れにしたら悪いかなと! そう思いまして!」
 後日、聖女様と私と騎士団長様で、試作品を作ることになりました。絹のドレスの花嫁と白いスーツの花婿をイメージした絵柄です。ところが。
 王家の金欠が相手方に伝わってしまったようなのです。
 結果、婚約はうやむや、結婚式は中止。私たちの手元には、試作品の素敵なハンカチだけが残されたのでした。