【サビシイデスネ】二十歳の原点3【高野悦子】
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421 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 12:53:24
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181101-00027084-otonans-soci
明治大学の人らしいが
未だに「敷居の高い高級店」は昔から誤用じゃなかった事を知らない情弱が語彙力本を書いている
相変わらず総合レベルの低い国語学業界
だから「これだから文系は」って言われるんだよね
辞書とか大まかな資料を調べただけの人が、付け焼き刃の知識で学者面をしている
422 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 15:11:09
これも間違いだな
虫眼鏡でよく精査して「合格」という評価を貰う、という意味だが相手は上役に限らない
色々と条件が厳しい通やオタク、理想が高い人など
審査が厳しい相手には何でも使うのが普通
国語学者は放っておくとすぐ用法に変な制限をつけるな
↓↓↓↓↓↓
(9)お眼鏡にかなう編
A氏:君の企画はとても良かった
B氏:「お眼鏡」にかなって光栄です
「お眼鏡にかなう」とは、目上の人に評価されるという意味。元々は、お眼鏡=拡大鏡で是非を判断したことから派生した言葉です。「お目にかなう」は誤用です。
423 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 15:21:16
付け加えると目で見て審査して合格の判断を下す、という意味で「お目にかなう」という表現があるならそれはそれで別に問題ないはず
似た言葉があるとどっちか誤用にしたがる病気はいい加減なんとかした方がいい
どうせ間違いだと判断した理由は「お目にかなうは辞書に載ってない」とかいう小学生レベルの屁理屈なんだろうけど
この明治大学サービス創新研究所研究員 尾藤克之って人も「辞書に書いていない言葉は間違い」系のカンチガイ君みたいだな
425 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 17:07:30
語彙分析から言えばむしろ「目にかなう」が元の表現で「眼鏡にかなう」が審査の厳しさを強調して後から出来たバリエーションまである 427 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 19:26:37
檄(げき)を飛ばすの語源になった「檄文」の歴史を調べると、使用目的の一つに「友軍の激励」も入ってるんでこれも誤り
簡単に言うと辞書に書いてある「檄を飛ばす」の解説が短くて適当すぎる
あと「喝」には叱る為(相手の悪い心を打ち払う為)に大声を出す意味があるんで張本さんのは喝でいいです
↓
(7)檄(げき)を飛ばす編
A氏:最近の営業は気合いが入ってない!
B氏:「檄を飛ばし」ますか
「檄を飛ばす」は激励するという意味はありません。広く世間に知らしめることを意味します。文脈なら「活」が理想です。なお、某番組で張本さんの「喝!」は誤用です。
428 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/01 19:59:58
潮時は見てわかる通り元々海事用語で「潮の流れが変わる時」の事。
いい方に流れが変わって「チャーンス!」って時も悪い方に流れが変わって「そろそろ逃げるか…」って時も両方潮時なので勘違いしないように。
昔から、そして今でも「潮時だから帰るか」って言っている漁師さんもいるでしょう。
辞書に書いてある事しか知らないなんて、社会人として恥ずかしいですよ?
↓
(2)潮時編
A氏:事業の成果が出ない。万策尽きたな
B氏:「潮時」かもしれませんね
「潮時」は限界が迫っている時に使いがちです。本来は「一番いい時期」を指す言葉。この文脈で使用するなら「手詰まり」「万事休す」の方がベターです。
429 名無し象は鼻がウナギだ! 2018/11/02 02:38:35
>10月15日に「即効!成果が上がる文章の技術」(明日香出版社)を上梓しました。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181101-00027084-otonans-soci
はい産廃確定 37 名無しは無慈悲な夜の女王 2018/11/03 14:04:49
1月に「高そうな店で敷居が高いっていう使い方は辞書に載りました、解散解散」って言われたんだけど?
38 名無しは無慈悲な夜の女王 2018/11/03 15:15:30
否定された古い情報でも、資料の調べ方も知らないレベルの低い人の間では語り継がれ、伝えられていく
自分の間違いを認めたくない学者が、無学な人々の間で訂正されずに生き残った間違った説をわざわざ探して集め
「あの説はまだ信じている人がいる、あの説はまだ死んでいない」と妄想する事もある
こうなってくるともう言語学や語学学習とは関係ない世界になってくる
もちろんファンタジーでもホラーでもないが…
しいて分類するならオカルト
相対性理論は間違っていたとか地球は平らだったとかそっち系の仲間
39 名無しは無慈悲な夜の女王 2018/11/03 15:43:52
>(6)敷居が高い編
>A氏:昨日、社長と赤坂の料亭に行ってきたよ
>B氏:赤坂ですか。僕には「敷居が高い」です
>
>「敷居が高い」を、レベルが高くて分不相応な場合に用いるのは間違いです。後ろめたいことがあって「もう一度行くには抵抗がある」ことを表します。
【悲報】誤用警察さん、擬似科学の仲間入り 那須文学9号(1970年)7ページ「失格者の弁」より文庫本未収載箇所抜粋
「絶対自由なんて求めたのが
そもそもの間違いの始まりだったのでしょうか。
あなたは言った。
トウソウダノ コッカケンリョクダノ
ナンダラコッタラ イッタッテ
タバコダノ サケダノ ノミスギテ
カラダヲ コワシタラ ナンニモナラン と。
絶対自由を求めれば求めるほど
自己は破滅堕落へと進んでいく。
プチブルの存在である私を
ぶっこわせ!!
自己解体だ!!
(69・5・18のメモ)」
これがあの娘の遺書だと思うのです
・・・・・・・・・・抜粋以上 >>1スレ立て乙
>>6も未公開箇所乙
6の日にちって中村さんと一夜を過ごす前じゃない?
あなた=自分のことのような気がする あー、ごめん。
意味間違えた
最初の2行はカッコちゃん自身の言葉だね。
あなたは言ったの、あなたは中村さんのことかな。
カタカナに部分は、中村さんが言った言葉のようだ。
その後は、また自身の言葉に戻ってる。
これは勝手な想像だけど、
カッコちゃんと中村さんはおそらく同年代。
大学生でお嬢様で闘争家のかっこちゃんに対して
中村さんはたぶん高卒or専門学校を出て国際ホテルに
就職したんだと思う。
その時点で、ブルジョアのお嬢様と本物の労働者の中村さんとでは
わかり合えない深い溝があったと思う。
そして中村さんはそういう闘争には興味はありながらも
どっちかというと傍観者的な感じだったと思う。
だからこそカッコちゃんはアナーキズムを無理矢理渡そうとしたが
闘争なんかより目の前のパンの方が大事な中村さんとは
相容れないものだったと思う。
それでも「かっこらしくない」とか「体を大事に」とか
気を遣ってたと思う。
カッコちゃんはそんな目の前の優しさに目は行くけど
中村さんの本質を知ろうとはしなかったと思う。
原点後半には「愛して欲しい」ばっかり。
相手を理解しようとか与える愛なんて、どこにもない。
カッコちゃんは自分が労働者になれば愛されるかもと考えて
自分のプチブル性を否定しようとするけど出来なかった。
それが彼女の弱さであり恋愛がうまくいかなかった原因で
自殺にまで繋がったと思う。 中村とのリレーション
4・27、5・13、5・19
ということで2回あったあとだね >>9
ありがとう
じゃ情熱的な一夜を過ごしたあとだね。
しかし、よく短期間にこれだけ好きになれるなぁw >>7
6月2日に日記に「中村とのリレーション。4・27、5・13、5・19、御所で2回あい、テレを数回。」とあり、
このメモの日付(69.5.18)からすると、すでに中村と関係を持っていた時期なので、
「あなた=中村」の可能性が高い。 >>8
そのへんのことは、部落研で悦子さんの先輩だった方が>>2のリンク先で、
かなり深く考察している。 言えるえることは
1:この時期にはカッコちゃん確実に壊れてた
2:お父さんの言葉悲しすぎる 中村さんにしてみれば
日記に一方的に「好き好き好き好き」って書かれた上に自殺。
更に親が日記を読んで「会いたい」と言ってきても
そりゃ拒否するだろうな >>13
壊れたというより
全てが思いとおりにいかなくて自暴自棄になってただけでは? >>14
しかも「体壊すなよ」とか「カッコは自分を見失ってんじゃないか」とか極めてまっとうなアドバイスまでして、
それでもアナーキズムの本渡そうとしてくるから、「んーちょっと新興宗教っぽくね?」と思って居留守使ったら自殺しちゃった。
その後お父さんが栃木から「お会いしたい」と来る。「こりゃやべ」といってまた居留守使うのは一般労働者男性としてさほど不自然な対応ではない。
その後数か月して新潮社から核ミサイル級の文章が飛来してきたのはびっくりしただろうな。 しかし本当に核ミサイル打ち込むのは小林であるべきと思うよ。〇野。 ごめん
自殺後のこと、いまいち理解してないけど
自殺直後、両親上洛。その後那須文学に発表されたののは半年後で
新潮社から出版されたのが3ヶ月後くらい? ちなみに那須文学9号69頁に
小林のイニシャルは H となっている。
例のNHKの動画で確認できる名前と一致する。 かっこちゃん、男好きだから
中村さんがだめなら小山田さんにすぐ心移せば良かったのに。
小山田さんとも良い関係のようだったからな >>18
那須文学が1970年12月。これはローカルな同人誌だが、文芸春秋だかに毎回最新号を送っていた。
それをみた新潮社が目を付けて1971年に全国版を出版。 >>22
ありがとうございます。
とすると、没後1年半くらいで全国に出たんですね。
そりゃ中村さんも居づらくなって転職するわけだ。
しかし未だに沈黙を守ってる
小山田さんと牧野さんはどう思ってるんだろうか。
案内サイトの管理人は突撃してるだろうに。 >>24
お二人とも那須文学では実名で登場してるよ。言わないけど。 >>25
どこで見たか忘れたけど
真実を知ってる小山田は無言を貫いてる、と
書かれたサイト(ブログ?)を見た気がする。
小山田さんに近しい人らしいけど >>25
前々スレ辺りに
小山田さんか中村さんか、どちらか分からないけど
実名は下○○さん、と出てましたよ ワンゲルだの闘争だの男だらけの所にホイホイ付いていくのもよく分からんな
それでこんな重い日記を書かれて周りも面倒だよ >>27
実名が3文字の人は、単行本中の仮名も3文字になっています。
これでお分かりでしょう。 >>29
なるほどw
最高のヒントをありがとう
ところで
このスレの★1を読むと、まぁ個人情報が出まくりですなw
どこまで本当か分からないけど
たぶん国際ホテルで中村さんとカッコちゃんに近かった方らしいです。
中村さんが高校時代プール競技の選手で国体に行ったとか
甲状腺癌で亡くなったとか、出身地は関西のN市とか。
中村さん側も出版されて色々思うところがあったのでしょうね・・・ >>30
まあ遊んで捨てたのは事実だから、こうなるリスクはあったわけで、仕方ないとは思うよ。
でも、ここでの一連のディスカッションや、部落研の先輩のネット記事を通して、中村さん被害者説もかなり本気で信じるようになった。
あの世でカッコちゃんも「中村さんを責めないで」と言っているかもしれない。 もし中村さんも亡くなったのが本当なら
中村さんにも合掌したいです。
中村さん、安らかに眠ってください。 小娘が死後、すごい教祖になってしまった・・・みたいな・・滑稽だね 過去スレの☆ 「二十歳の原点」Part2 ☆
https://book.5ch.net/test/read.cgi/book/1007221766/
の850あたりから映画「二十歳の原点」のシナリオが小分けで投稿されている。全文と思われる。
かなり創作入ってるけど、なかなか面白い。 特にココ
116労学総決起集会
機動隊乱入。投石してつかまる悦子。
117京極通り
祝日の雑踏・・・
繁栄と平和に満ちあふれた通りを、頭に包帯をまいた悦子が歩いてくる。
118ある古本屋の中
悦子の辞書と古本をひきかえに、千円札が一枚出される。それをつかんで、出て行く悦子。
119雨の中
公衆電話ボックスで話している悦子。
悦子の声「あの・・・中村さん・・・あ、そうですか」受話器を置く。
ボックスから出て雨の中をかけ出して行く。
120下宿の部屋(夜)
机の上にノートをひろげ、煙草をすっている悦子。灰皿にたまる吸殻。
ノートに日記を書く悦子。
ウイスキーをのんでいる悦子。
ペンを走らせる悦子。
ふらふらになって煙草を喫っている悦子。 121悦子の家・茶の間(夜)
テレビのニュースが大学の闘争を伝えている。熱心に見ている三郎、昌之、アイ。
悦子が入って来ると急に、テレビを他のチャンネルに変えるアイ。
悦子、頭に包帯を巻いて、湯上りらしくユカタの上に茶羽織を着ている。
悦子「(ちらりとテレビを見て)あーあ、さっぱりしたわ」
急に新聞を読みはじめる三郎。
悦子「(昌之に)勉強、がんばってる?」
昌之「(父と母をみながら)まあな」すぐに白けてしまうその場を取りもつように
昌之「友達の奴、現役でK大入ったもんだから、親から十万円まき上げたんだって」
悦子「高いお祝いね」
昌之「浪人したらその倍はいる、その上、親の精神的苦労を計算したら安いもんだって、
おやじを脅迫したんだって」
三郎「(新聞から目をはなし)近ごろの若い者のすることは・・・(ちらりと悦子を見て、
何かいいたそうにする)」アイが素早く見てとって、目で三郎に、
アイ「(何も言うなと言う様に合図して)悦子、お前知ってるだろ、ヒロ子の親友だった
坂田さん、この間赤ちゃんが出来たんだよ、早いもんだね」
悦子「へー、あのチビの坂田さんが・・・、じゃ、お姉さんもそろそろお見合い
くらいしなくっちゃね」
アイ「お話はいろいろあるのにね、ちょっとも、その気になってくれないんだよ」
悦子「お父さんがいいって言う人なら間違いないのにね、私がお姉さんに
話してあげようか」
三郎「それより悦子はどうなんだ」
悦子「今度帰ってきた時、お見合いしてもいいわよ・・・心配ばかりかけて、ごめんなさい」
悦子の眼に涙がうかんでいる。 ウェブスター辞典って、今の金額にすると
当時いくらぐらいだったんだろう
分厚いようだから5千円〜1万くらいしそうだけど unabridged版のハードカバー原書がアマゾンで1万3千円で売ってる 今の価格で1万3千円?
当時だと2万くらいしたのかな
カッコちゃんち裕福過ぎる ちなみにこのウェブスター含めてきょうだい3人分の辞典やら何やらをお父さん一気買いして当時の価格で20万円だからね。
序章2月21日に記載あり。 当時で20万だと、今だと100万くらい?
上流階級だよな
お父さん、県庁の管理職とはいえ
そこまで給料は無かっただろうから不動産収入か?
そんな家庭で育った子がブルジョア性の否定と叫んでも
片腹痛いだけだなw そういえば
彼女の実家には車があったよね
それすら当時はかなり高額だったと思う
まだ車自体、持ってる家庭は少なかったと思う >>41
当時の20万ということは、今の200万ぐらいか。書籍類だけでそれだけ使うとは、なかなか強烈な爆買いだな。
家に置くために英語の百科事典を買ったと書かれているけど、ブリタニカの原書でも買ったのかな。
全部で30巻近くあるから、普通の図書館ではまず置いてないような代物。
ちなみにウェブスターはアメリカ英語のネイティブ向けの英英辞書だから、日本人の普通の高校生・大学生が
使いこなすのはかなり難しい。おそらく本棚の飾りになっていたと思われる。 ちなみに当時はバイト先のホテルの従業員の初任給が1万8千円(69.3.29の日記)。
悦子さんの実家からの毎月の仕送りが2万5千円(69.3.30)。 原点も金銭から読み解くと
また違った見方が出来るかもね
ホテル従業員の給料を今に換算すると
18万くらい
一方、仕送りが25万くらいか。
今の時代でも、中々25万仕送りする家庭は珍しいよ
しかもひろこちゃんにも同額くらい仕送りしてただろうし
高野家の経済力は恐ろしすぎる >>44
そう、本棚の飾りになって、挙句古本屋に売られてしまったんだろうね。
お父さんの情熱、空回りしちゃったね。 しかし、そういうブルジョアなご家庭の出身だからこそ、あの日記が書けたのでしょう。
当時の「普通」の子には無理ですよ、あれは。 那須文学10号(1971年)「集録 高野悦子さんを囲んで」
同じ下宿の友人と思われる大学生の証言
『雪が降った日のこと、多分43年冬の初めて雪が降った夕食後のことでした。
窓の雪をみて彼女は、彼女の幼い頃のメルヘンを語りました。とても幸せでロマンチックな話でした。
皆「高野の十八番が始まった」と思いながら耳を傾けていました。
感受性の強い彼女は、すべてを美しいものステキな言葉に変えてゆきました。
彼女は詩人でした。感受性も強く想像力の豊かな詩人でした。
映画を見るにしても自分で創造してしまいます。
それだけに自分の思った内容と違うとトテモがっかりして
映画のパンフレットをマジックで真黒に塗りつぶしてしまったりします。』 >>51の続き
『・・・3人で花背にある立命の山小屋に行こうと話していました。
例の調子で「静かでそれはステキなんだからー」。とたんに「無計画で無鉄砲なんだから危険よ」と水をさされて、彼女はニガ笑い。
私達が見ていてハラハラするような事を彼女は何度かしています。でも私は、彼女の無鉄砲さが好きでした。
詩人というものは感じたことはズバリ行動してしまうのでしょう。
夏の合宿でアルプスへ行くとか言っていたとき、
お母さんに電話で「・・・大丈夫よ、大勢で行くんだし経験済の先輩も一緒なんだから」と説得しているのをきいて「ウマクいった?」と尋ねると、彼女はニヤリ。』 51,53を読むと
よく言われる「大人しい人」というのは虚像で
実は無計画で喜怒哀楽が激しい人のようですね
たぶん、こちらが本当の悦子さんなんでしょう
この証言から察すると
小林との一件はさもありなんですねw 映画のパンフレットをマジックで真黒に塗りつぶすっていうのが普通じゃないよね。
映画も男性も政治も、妄想→幻滅→破壊を繰り返すタイプなのかね。 >>51
この証言をしたの
もしかしたら牧野さん? 51です。
牧野さんではありません。
なぜなら証言中に「こんなこと言うと牧野さんに怒られそうですが」という箇所があるからです。 もちろん那須文学では「牧野」ではなく本名(と思われる名前)が出ていますが 感受性が強いんではなくて思い込みが激しいのだと思われる 那須文学10号(1971年)「集録 高野悦子さんを囲んで」 73頁
ワンゲル部で一緒だった大学生の証言
『・・合宿に行きたいメンバーは募集期間に名前を書いて申し込むことになっている。
43年最後の旧人合宿が計画されパーティーが10近くできたが、俺はその時どこへ行くか決めていなかった。
友の一人がためらっている自分をみて俺の名前を書いてしまった。
俺としては自分が行くつもりだったから何とも思わずにいたら丁度そばにいた彼女が「ナゼ書カヘンノ!自分デ書キ!」
短い言葉だった。何のために生きるのか何のためにワンゲルをやっているのか?
俺は答えることなく答える努力をせずにこの告発に対し忘却という名で捨て去ってしまってよいのであろうか。・・』 >>57
なるほど
原田さん下宿では牧野さん以外にも仲のいい人が
いたんですね
大山さん証言とかを読むと、牧野さんべったりだったように見えるけど。
>>60
関西弁で話してるのは悦子さん?
関西弁での会話が出てくるの、これが初めてだね ところで
那須文学を都内で読める所、ありますかね?
国会図書館の蔵書にもなく、近代文学館に数冊あるだけのようだけど
全巻はやはり栃木まで行かないと読めないのかな 国会図書館にすらないものが、栃木に行けばあるのか? Q
日本で出版された本はすべてあるのですか?
A
日本国内で発行されたすべての出版物は、国立国会図書館法に基づき、
国立国会図書館への納入が義務付けられています(納本制度)。 那須文学10号(1971年)「集録 高野悦子さんを囲んで」 69頁
同じ下宿の友人の証言(>>53の続き)
『彼女は頼まれてイヤと言えない人でした。
同宿の〇さんが私に引越しを頼んで帰省してしまったことがありました。
私の身にあまり、彼女に相談したところ、即座に立ち上がって荷造りをし、
原田さんの子供用の自転車でメモを頼りに下宿先を尋ねあててくれたこともありました。
夜などダベリに部屋を訪れると、彼女はどんなに忙しくても快くむかえてくれました。
だから彼女の部屋には人がよく集まりました。』 このサイトの文書を読んでいて本当に悲しくなった。
K氏といい、吉江さんといい、
なぜ「二十歳の原点」が出版されたかが分かっていない。
「部落研=民青」批判で出版された訳ではないと思いますよ。
自殺防止以外での批判は無用かと思います。
K氏・「案内サイト」にご意見があれば、別の方法がいいと思います。
「高野悦子さん」、立命・部落研・ワンゲルの有名人かもしれません。
ただそれは本人の意思とは全く関係のないことです。
本人は名もない一人の女子大生・私人として亡くなりました。
まさか日記が出版されるとも、それで評価されるとも思っていなかったでしょう。
「鈴木元さん」と同列に扱うべきではないと思います。
また自殺で大切な家族を失った家族のことも少しは考えた方がいい。
「部落研」とは一体何なんでしょうか。
もし「部落研」が人の尊厳や人権を大切にする立場なら
別のやり方があるのではないでしょうか。
「仏作って魂入れず」 >>70
>>2のリンク先の文章について書かれたのでしょうが、
悦子さん本人の気持ちや出版を決断したお父さんの意図はともかく、
公の出版物として世に出た以上、著者や著書の内容が様々な評価に晒されるのは
いたしかたないことであり、悦子さんやご家族の人格や名誉を著しく傷つけるものでない限り、
少々批判的な評価であっても、それは受け入れるべきだと思います。
むしろ悦子さんの言動や「原点」の内容について批判すべきではないということのほうが
不自然かつ危険な発想ではないでしょうか。少なくとも>>2の文章は、
興味本位で悦子さんを貶めるために書かれたものではなく、できるだけ客観的かつ具体的に、
悦子さんと同時代を生きたいち個人の意見を述べたものであり、むしろ一読に値すると思います。 変に神格化するのは辞めようよ
そんなこと悦子さんも望んでないと思う
出版された「公のモノ」である以上、批判だって当然ある
当の悦子さんだって日記の中では
結構、批判的に書いてる人が居るんだから 部落解放運動の失敗の証左として高野の死を引用するということが度々行われてきたんだよ。 そんなことよりさ、メルヘン語るのが大好きな純情カッコちゃんが、嫌われること覚悟で何とかという奴にアナーキズムの本を渡そうとするの、いじらしいと思わんか?
完全に壊れたメンタルで、僅かに燃え残ったエネルギーで、あの大作「旅に出よう」を書き上げたカッコちゃんすごいと思わんか? >>75
「旅に出よう」の詩は死の直前に書いたモノではないよ
(時期的には近いかもしれないが)
ラストに持ってきたのは、父三郎さんの意図 まあそうだけどさ、かなり最後に近いのは間違いないでしょ。 俺としては彼女を神格化するつもりないし、未熟であることを全く否定しないが
がんばったな、最後まで本当によくがんばったな、とは言ってあげたい。事実だから。 >>78
そんな当たり前のことを改めて言われても。
そもそも未熟であることの認識を自身の原点とした人だぞ。 那須文学10号(1971年)「集録 高野悦子さんを囲んで」 70頁
同じ下宿の友人の証言(>>69の続き)
『・・・よく散歩をしました。フラリと自転車で出かけますが、いつも大覚寺の大沢の池でした。
よほどあの池が好きだったのでしょう。部屋にいないと思うと松尾公園の芝生の上に寝転んでいました。
ブランコに揺られているのがとても似合う人でした。下宿の大きなコリー犬「ジョン」を連れて歩いたり、
走りっこをしてジョンがじゃれて洋服を泥だらけにされても平気でした。夕暮、芝生に寝転んで童話の本
「ネ。お話よんで」を大きな声で読んでいた姿、とても純粋で可愛くて忘れられません。・・・』 お父さんによると思われる単行本の「高野悦子略歴」に記載があるが、
カッコちゃんの心臓に最終的に「問題なし」と診断を下したのは東京女子医大の榊原仟教授。
当時日本で間違いなくナンバーワンの心臓外科医であり、カッコちゃんが当初疑われていた先天性心臓弁膜症の世界的権威でもある。
この医師の診察を受けるには相当なパイプが必要だったはず。栃木の田舎からなら尚更。 普通に予約して診てもらえるんなら、あっという間に教授の外来はパンクするよ。
普通は部下の者が診て、VIPや特殊な症例だけ教授に回す。
まして当時の女子医大心臓外科なら尚更そうだったでしょう。 学生運動に影響された当時の学生達は可哀相としか言いようがない。
歴史というのは、後で考えると本当にアホらしいことが起きたり流行ったりする。
しかし、悦子さんの自死は、学生運動やその価値観も関係しているものの、彼女の
個人的な性格や対人関係、事情が深く絡み合った結果として起きた可能性が高い。
大学に入学して、どこかの時点で良い彼氏が出来ていたら自殺に至るような状況
にはなっていなかっただろう、と言ったら、単純過ぎるだろうか?
更に、可愛い彼女になぜ彼氏ができなかったのだろうか?
周りに男がいなかった、偶然に恵まれなかった、運が良くなかった、
あるいは、美人過ぎて近寄れなかったとか、含めて彼女の中に何か原因があった、
のか? ワンゲルも部落解放も男ばっかりだわ。
ていうか、理想としていた奥浩平を現実の男性に投影いていただけだから、
どんな男が現れても失望しただろ。 >>6無名草子さん2018/11/07(水) 22:34:57.14
那須文学9号(1970年)7ページ「失格者の弁」より文庫本未収載箇所抜粋
「絶対自由なんて求めたのが
そもそもの間違いの始まりだったのでしょうか。
あなたは言った。
トウソウダノ コッカケンリョクダノ
ナンダラコッタラ イッタッテ
タバコダノ サケダノ ノミスギテ
カラダヲ コワシタラ ナンニモナラン と。
ここの、>> あなたは >> 「青春の墓標」の奥浩平ではないだろか?
もしくは、もう1人の自分自身、鏡の中の自分自身。 トウソウダノ コッカケンリョクダノ
ナンダラコッタラ イッタッテ
タバコダノ サケダノ ノミスギテ
カラダヲ コワシタラ ナンニモナラン
この言葉を中村が悦子さんに言ってたとしたら、中村を評価し直さなければならない。
遅ればせながら、>>1 さん、スレ立てありがとうございました。 >>89
そんなこと今更w
本文にも「かっこは自分を見失ってる」って言葉が出てるのに >>「絶対自由なんて求めたのが
>> そもそもの間違いの始まりだったのでしょうか。
この時代に高校と大学生活を迎えたことが、悦子さんのような人には不幸だった。
彼女のような賢く、正義感でいっぱい、なによりも純粋で思い込みが激しく、そして
青く幼く弱い田舎娘には1969年の大学環境は残酷な時代となった。
そして、奥浩平の「青春の墓標」を読んだことから間違いが始まった。
大学に入学してからもこの本を読んでいたらしい。
思想と恋愛がセットになった大学生活を夢見ていたのだろうか?
そしてセットにはもうひとつ、自殺という隠れアイテムが潜在していた。
周知のように奥浩平は自殺している。そして残された手記が本として出版された。
その本を読んだ悦子さんの心の奥底に、奥浩平の死と手記と本出版の流れが、無意識
下にあったかもしれない。
そのことがどこかにあって、日記を処分せずに残した、と考えたら過ぎるだろうか?
彼女は日記に書く、学生運動の宣伝ビラをどうしようか、そして日記をどうしようか、
と。ビラはどうなったかは分からないが、日記は処分されずに残された。
この日記は、もうひとりの私、本当の私だとも書いている。
日記上の本当の?悦子さんは残され、現実ではあるが本当ではない、あるいはもう
ひとつの悦子さんは死に、二つの悦子さんの時間はそこで止まった。
本当の私とそうではない私、理想の私とそうではない私、あるべき私とそうではない
私。彼女の内部には行動上での葛藤や対立が常にあり、苦しんでもいた。
そして、あるべき私は、いつも現実の私に負け、あるいは汚され続けた。
本当の私を残し、汚れた現実の私を消そう、その行為が自殺という結果になった。
そして、偶然と運命が、そして何よりも彼女が自分の内面を描く筆力が、彼女の日記
を「二十歳の原点」という本にし、憧れの奥浩平を超える存在としてしまった。
誰しもが、本当の自分と現実の自分の分列と対立に苦しんでいる。
人生は重い通りに行かない。否、思い通りには行かないのが人生。 >>92
スクリーンの上下を見て下さい。
宣伝だらけでしょ。
チラシそのものではありませんか? 青春の墓標は絶版となり、二十歳の原点は出版社は違う印刷され続けている。
どちらも悪書、有害な書物の部類だ。
自殺者の日記や手紙などどう考えても有害だ。
書くだけ書いてその後自殺をした人の文章には独特の病的なものがあり、
影響されやすい青少年にとってはとりわけ害となる。
二十歳の原点は、彼女と同じような経験をした世代が読むのはいいが、若い人
が読むべきではない。
今の若い人が読んでもなにも得ることはない。一切ない。害有るのみ。 >>88
その言葉が奥浩平だとしたら、ぜひオリジナルのほうをここに引用してください。見比べてみたい。 >>89
>この言葉を中村が悦子さんに言ってたとしたら、中村を評価し直さなければならない。
いや、中村さんは普通の見習いコックだから、マルクスとかアナーキズムとかどうでもいいわけで、
まさにこのようなことを言うのが普通のレスポンスじゃない? それにしても
カッコちゃん、振り向いてもらえない相手に何故あんなに執着したんだろう。
中村さんは高卒or専門卒の国際ホテルの従業員。
育った環境も考え方も180度と言っていいほど違うだろう。
中村さんにとってはデモもアナーキズムもほとんど無関係。
中村さんはごく普通の会社員だったのに
何がそこまで彼女を思い詰めるものがあったのか。 あと、これは個人的な考えだけど
日記には出てないだけで、小山田さんと何かあったんじゃないか。
小山田さんはホテル内の闘争に関わってたから
かっこちゃんの意見も理解出来たと思う。
実は小山田さんに振られた腹いせで
中村さんに執着したのでは。 そりゃあ、授業料支払わず大学生としての自己を否定して、(資本主義)社会も否定して、
家族とも決別して、何のよりどころもないところに自分を追い込んでいるんだから、
どこかにいるはずのsomeoneを求めるのは当然。 既成の価値を疑うこともせずに、ぬくぬくと日常性に埋没して生きている人間に
彼女の追い詰められたギリギリの焦燥感は決して理解できないだろう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています