アントニイ・バークリー Part2
再読すると、初読時には地味に感じた最上階や地下室の渋い面白さが
わかる。ストーリーのひねりもキャラ立ちも程良く決まっているという感あり。
傑作・代表作と言われる毒入りチョコや試行錯誤は、確かに面白いのだが、
狙い過ぎたあざとさがあり、鼻について来るんだよね。 最上階は分かるが地下室は再読しても面白くねーよ
つーかあれイマイチだろ >>92
一応、我らがシェリンガム先生が迷探偵ならぬ名探偵の務めを果たす作では
あるが、探偵小説ファンからすれば、ラストの一行がトンデモなんである。
これだけに限らず、意外に面白い作。
つまらないと判断した理由を聞かせて欲しく思う。 地下室は前半のモーズビーによる捜査の辺りは面白かったが、シェリンガムが学校に乗り込む辺りからいまいち面白くない
シェリンガムの草稿で話を進める手法も上手くいっているとは言い難い。
展開も平坦だし、犯人の意外性もないし、バークリーにしてはユーモアもない
はっきり言って一度読めば充分なのである では、まず「地下室の殺人」に関する俺の論考から紹介しよう。
>>96とは、殆ど真逆かな。
アントニイ・バークリー「地下室の殺人」を読む。
なんだか、我らがロジャー・シェリンガム先生の手になる第二部だけ読みたく
なるような作。
解説では基本名探偵譚であり、バークリー流のツィストは無いという評価の
ようだが、果たしてそうだろうか?
ラストの一行(「そして、そうなったのだった」)は、
おい、おい、ロジャーそこまでやるかという恐ろしさがあるような、
ある種のフィニッシュストロークと言えるのではなかろうか?
意外や、才人バークリーの手になるクロフツ風警察捜査小説のテーストも
あるファン必読作とは言い得よう。
「最上階の殺人」にも、落語「水屋の富」みたいなオチをわかり難いと批判する向きも
あろう。ただし、あの説明し難いが何となく(ロジャーの)気持ちがわかるという人間心理の
描き方が絶妙なんだな。 第二の銃声や最上階の殺人みたいな隠れもない、
傑作中の傑作書くこともあれば、
地下室みたいな凡作やジャンピングや殺意みたいな駄作も書くのが、
バークリーのクオリティ。
駄作や凡作はその後のミステリーの歴史の中でいくらでも、
代わりになる作品があってわざわざ取り上げるほどでもない。 俺は絹靴下とパニックは定評どおりのNGだとは思うが、
ウイッチフォードなら、はしゃぎ過ぎな面があるからこそ面白いという人が
いてもOKかと思う。
この他の長編はキャラも立っており、再読してもまじで面白いものばかり
かと思う。
アントニイ・バークリー「第二の銃声」を読む。
現在では完全終息した感があるが、90年代末から新世紀の初めにかけての
海外古典ミステリ翻訳ラッシュの口火を切った1作と言い得る。
ジョンと親友だったと知った時は、意外感も抱いたのだが、
本作のおとぼけ銃撃トリックを見ると、成程、ミステリにおける遊び心の面で
気が合ったのがわかるものあり。
刊行当時に読み、いまだに犯人像が鮮明だったゆえ、再読は躊躇するものが
あったのだが、巧みな伏線に感心させられると共に、
ビビッドな人間群像を描く見事な筆遣いに魅せられるものがあった。
この作者と比較すると、御三家、アガサの登場キャラは平板であり、
エルは血が通わない操り人形(無論、本格ミステリはこれで良しとの見解も
あるが)、ジョンは大袈裟で漫画ちっくとの批判が出ても仕方あるまい。
いずれにしろ、90年代中盤になって、
やっと完訳されたのが不思議なぐらいの黄金期を代表する本格ミステリの傑作なのは、
間違いなかろうかと思う。 第二の銃声のどこがビビットな人間群像を書いてんだよ
最上階や試行錯誤でなら分かるがな
第二は人間描写が類型的過ぎる。
だからプロットが面白い割りに読んでて盛り上がらない
バークリー作品においても上位ではなく中間程度の評価なのはそのためだろう >>101
もっと具体的に書かないと駄目でしょ。
最上階や試行錯誤と比較して第二の人物描写のどの辺が駄目とね。
あの時代で事件の根本の動機が、
誰かを助けるためでもなく、恨みがあるでもなく、
ただ殺す機会があったから殺したって犯人像は斬新すぎるだろ。
セカイ系を完全に先取りしてる。戯事遣いを予告してる。
事件起こしたが制御できずに荒波に揉まれながら、
僕はここにいていいんだと祝福され愛も勝ち取る犯人とか。
どんだけ先取りしてんだとw
社会のシステムの中に追いやられ疎外感感じても、
別に明確な敵や目的があるわけじゃない中で、そのこと自体への、
反抗としての殺人。
思いついたから、ただやりたかったから、
自分の能力を発揮して衆人監視の前で、やってのけてしまったが、
そのことにまるで意味のない殺人。
今の時代ならバークリーのやろうとしたことが手に取るようにわかる。
しっかりしてくれよ。
それに比べたらジャンピングとか、全然証拠に基づかない、
意味のない悪ふざけしてるだけの駄作。
バークリーの悪い癖で探偵がわざと殺人を隠蔽したら、
面白くね。で思いついたら書いてしまうたぐい。 自己の信念>遵法主義。
これはバークリー作品に一貫して見て取れる思想性であって、
「第二の銃声」はこれが顕著な作ではある。
ただし、例えば「試行錯誤」はより極限な設定で、ミステリ展開中に
この思想性が明言されており、この点で第二のみ特筆すべきものではない。
ミステリという評価基準で見ると、黄金期の作家とはいえ、
アンチミステリ、パロディ的要素も濃く、通常のフーダニットではない
バークリー作品には、各作品ごとに作者の主眼が
異なっており、その成功の可否を論じるのであればともかく、
殊更に、一作品のみを取り上げて賛美すべきものではないと思う。
この点は、毒チョコや試行錯誤であっても同様。
読者個人の嗜好を表明するのであるならともかく、
主眼が異なるものをダイレクトに比較しても、意味がないのである。 >>105
全然駄目。本作は、クリスティの作品に対してのアンチテーゼは明白。
パロディなぞといっていることだけで、バークリーの作品が全くわかっていない。
出直して来い。 >>106
荒らし目的であろうが、根拠を明示しない3行レス書き捨てで大威張り(w
「恥」というワードを知っているなら、自省したまえ。
今更、第二ネタでアガサとか当たり前過ぎて話にならんものあり。
>>107
駄目駄目。ちゃんと論考してこい。
本作は、バークリーなら、客観性をきちんと担保するとした、アンチテーゼ。
ここに論考できない馬鹿は素人。やめとけ。 >>107
ほら、ちゃんとんといってみろよ。どの部分がクリスティと違い客観性を担保してるのか。
英国推理作家協会で、バークリーはずば抜けて頭が良かったと、なぜクリスティが
本作にて脱帽したのかいってみ。