>>306
>御前は學校で古文を習つてゐないの歟(嗤)。

わたしが挙げた用法は現代の用法。現代人同士の会話でなぜ古文の話が出てくるわけ?
アホですか?

逆に言わせていただきますと、「○○なる者」「○○なる人物」という言葉に
「○○という名の者」「○○という名の人物」という意味があることを“知らなかった”あなたが
本当に日本で国語の勉強をしたのか、本当に普段から日本語で会話をしてるのか、甚だ疑問なわけですね。

「なる」の誤用を発見した“つもり”になって、揚げ足取りの材料を見つけた“つもり”になって、
大喜びで突っ込んだモノの、あっさりと「辞書にちゃんと載ってる用法」であることを示されて大恥。
で、その「恥」を何とかして取り繕うために「古文」などという苦し紛れの言い訳を展開。
現代人同士が現代語で会話してるのになぜ「古文」が出てくるのか、もう支離滅裂なんですけどね。

>最う何十囘も同じ説明を繰返してゐるがね(嗤)。

してません。嘘は駄目ですね。
「した」のであれば、同じ説明を今ここでもできるはず。でも、できないでしょ?

>最高裁の判例だつたらが正しいとする根據は如何。

正しいと見なしてその判断に沿った措置が行なわれているという「現実」があるから。
「学者の意見」とは異なり、法的な強制力・拘束力のあるものだから。

で、「学者の意見」の法的根拠はどこに?


じゃ、楽しい楽しい週末旅行に行って参ります。
あなたはどうか知りませんが、わたしは四六時中、ネット掲示板には貼り付かないので♪