これに対し、ユダヤの世界は
こうした《臨在感》を徹底的に排除して成り立っている(世界である)、とする。
最初、この意味が良く分からなかった。
だが、プラトン『国家』、フロイト『モーセと一神教』を読んで腑に落ちた。
プラトンによれば、自然界は常に生成・流転・消滅しているので、
――寿命を持ち、行動範囲が限られる我々一個の人間が――
自然界の“一時的な一部分の”《顕れ》に過ぎないそれら一つ一つの現象を見て、
これを絶対視してはならない。これを根拠に物事を一般化してはならない。
何故なら絶対視した瞬間に、自然界はそれとは別の状態に変移しているからだ。
これをモーセの十戒は、『妄りに偶像を創って拝んではならない』と表現している
(福島第一原発は、
『想定する津波以上の津波は来ない』という文言=偶像を絶対視して破裂した)。