>>519
>>520
>「合理的」ってこういう風に誰のどんな利益に対して「合理的」だったかを考えなきゃならないし、

おや、キミはまだ「合理的」にこだわっているのかね?
こちらはとっくの昔に「国益に叶う」にバージョンアップして主張しているのだから、ちゃんと「国益」で論じてくれたまえ

>「行動原理の根底にあるのは利益」というのが正しくても、その利益の中身を見ないと意味はないよ。

不要、なぜなら何が利益なのかは人によって国家によって異なるのだから
共通しているのは各々が「それが自分(もしくは自分が大切にしたい他者)にとっての利益だ」という動機で行動しているということである

その中で、より多くの国家が選択していると言うことは、大統領制の方がより多くの国家の国益に叶う蓋然性が高い、
より多くの国家が大統領制の方が国益に叶うと考えているという蓋然性が高い、ということである
より多くの国家が、王様を解雇して立憲君主制をポイしても国益を損なわないと考えている蓋然性が高い、ということである


>「植民地の過去との決別」「バルバドス人元首の希求」

すでに独立を果たした主権国家にとって、これは具体的な中身の無い「主観的価値」「主観的利益」と言えよう
一方で、「大統領制への移行コストと、その後の定期的で多額な選挙費用」とは現実に発生する具体的コストである

「主観的利益」しかなく、多額の具体的コストが実際に発生する、それでも立憲君主制を簡単にポンと捨ててしまえる
バルバドスの国民にとって、立憲君主制とはその程度の価値しかなかったのである

世界は王様を必要としていないのである