>>837
 英國は「君臨すれども統治せず」、日本は「統治すれども親栽(親政)せず」であつて、當然雙方共に相違はあるけど、法制を考へるに當つて全く英國からの影響を無視すると云ふのは決して妥當とは云はぬ。
樞密院の設置に關しても英國をモデルにせるのは明かである。
 各國立憲君主の統治權の態様は其々の國家の歩んできた歴史、其迄に積上げられてきた政治的慣習や傳統文化等々に依存するのであつて、英國は英國、日本は日本、他國は他國なり立憲君主體制、法制、民主主義的體制が其々あつて宜い筈なのに、
戰後以前の體制の否定論者は何故か日本丈が世界に比して特別で特異で唾棄す可き體制であつたと偏つた偏見に滿ちてゐる(笑)。

> 人権もそう

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「英國の法律にして臣民の權利を定めたる者は孰も皆其々特別の原因に依り、『既に存在せる權利を確認し、亦は解釋したる者』に過ぎず、
「マグナカルタ」すらも毫も新なる權利を包含せる者に非ざるは英國法學の大家サー・エドワード・コークが論證したるが如し。
 英國の法律は決して一般人の人權を承認せむと欲したる者に非ず。
 米國の權利章典は啻に國家組織の或主義を定めむと欲したるに止まらず、亦實に國家と個人との閧ノ限界を限らむと欲したる者なり。
權利章典に依れば――
「個人は國家に依りて初めて權利主體たる者に非ずして、自然に於て既に權利主體たり。
不可讓、不可侵の權利を有する者なり」――
 是は英國の法律の全く夢想せざる所なり。
英國の法律は決して恆久、天賦の權利を認めむと欲したる者に非ず、唯先祖より繼承したる「英國國民の舊來の疑ふ可からざる權利」を承認せむと欲したるのみである。」
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