■■■死恐怖症(タナトフォビア)38棺目■■■
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タナトフォビアとは死そのものや死に関連するものに対する恐怖症のことです。
このスレにはこんな人たちがいます。
1. 意識の喪失による無が怖い人
2. 死に伴う孤独や痛みが怖い人
3. 悲惨な目や災害にあって死ぬのが怖い人
4. 生や死そのものの不可解さが怖い人
5. 死んで人から忘れられるのが怖い人
6. 永遠が怖い人
7. 身近な人の死が怖い人
8. 生きる事やこの世の全てが無意味に感じるのが怖い人
これらのことを考え出すと思考が止まらなくなり、恐怖・発狂恐怖に陥る人。
タナトフォビアの類義語としてネクロフォビアがあります。
しかしタナトスはもともと死を擬人化した神の名を、ネクロは死体を指すので、
ネクロフォビアというと死体、つまり他者の死を意味するときに使う習慣もあるようです。
(ただし海外では同義語として扱われています。)
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前スレ
■■■死恐怖症(タナトフォビア)37棺目■■■
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/utu/1593095291/ あまり深く考えない方が良いですよ
宇宙とか存在とかそんなこと考えても無意味です
それより日常生活のことを考えましょう >>31
体動かないのは想像を絶することだろうけど
ブログ続けてくれてるのは嬉しいね
未解明の病気だから発信は役立つことも多そう
>>33
なるほど「お守り」なんだね
自分も持病で悩んでやっと
ALSのブログを読むに至った でも少しずつ。
ALSの本も怖がりながら1冊だけ読んだ
なんとか議論が進んでほしいな
>>35
受診はどうだったか気になります
もし告知されたら最初のショックがあると思うので
心身大事に、少しでも自分が楽なように過ごしてほしいな >>46
ブッダの言ってた通り
われわれは生きている間は苦しみから逃れることはできない
これからも苦しみ、そしていつか死ぬ
人間とはなんてはかない生き物なんだろうか >>48
まぁ人間特有の悩みだよね
知能が発達したことで未来のことまで考えてしまう
他の動物は未来のことや死は考えない
天敵に襲われた時に漠然と死の恐怖を感じるぐらい
人間みたいに考え過ぎて病気になることもない 死ぬのが怖いっていうのは良いことだと思うし普通の感覚
それだけ生きたいってことだから
死にたいよりマシ
竹内結子や三浦春馬は死の恐怖より死にたいという気持ちが勝ってしまった
ああいうのが本当に病んでる人達 >>50
人間だって農耕が始まるまで未来の概念がなかった。知能だけの問題ではない。
アフリカ等にいる現代の狩猟収集民も未来の概念は薄い。未来が無ければタナトになりようがない。現代人は先の事をあれこれと考えすぎなんだよ。 >>52
自分が死んだ後にも世界が続いていくのが悔しいし
百年後の世界がどうなっているか見る事ができないのも無念だ
なまじ科学が発展してる時代に生まれてしまったからこその苦しみ
未来を想像や予想できる時代に生きているからこその虚しさ
原始時代に生まれた原始人ならこんな悩みを抱えずに生きて死ぬ事ができただろうに
2045年にシンギュラリティが起きるそうだがこれからさらに科学技術が進化して、
SF映画に出てくるような道具や娯楽が作られていくのだろう
物理法則も超越してドラえもんのひみつ道具みたいな物もいつか作られるかもしれない
でもその時代に、自分はもういない
電気も自動車も飛行機も知らずに死んでいった江戸時代の人達
テレビゲームもパソコンもインターネットもスマホも知らずに死んでいった幕末時代の人達
それらの過去の時代に生まれた者たちと同じ運命を自分も皆も辿るのだ
それが、たまらなく嫌だし、凄まじく悔しい >>52
いやあったでしょ
まぁ現代人ほど考えないっていうのは同意だけど
もっと言えば未開の部族とかはもっと自然的に生きてる
神や精霊の存在も信じてる >>53
確かに、人類の科学の最盛期と衰退、滅亡まで知りたくはなるよな
でもそんなのは絶対に無理だからSF小説とかSF系のゲームとかで偽物の未来を体験してるよ 滅亡論者のように「今が人類のピークで徐々に衰退して100年以内に滅亡するぞ」
って言っておけば見られずに死にゆく自分の惨めさを完全に忘れられるからお勧め 惨めさとかはどうでもいいな
肉体が無くなるのも全く怖くない >>53
新しいスマホとか欅坂よりもっと可愛いアイドルとか空飛ぶ自動車とか惑星間旅行とかそういう今より進歩した世界を味わいたいみたいな欲はタナトじゃないんじゃね?
そういうエゴってある程度歳とると薄まってくるな、俺初めて海外旅行したのは21の学生の時にバイトした貯めた金でグアムに友達と行ったんだけど(ちなみにタナト発症は4歳頃)、
最初は初めての海外旅行と蒼い海と南国情緒で浮かれていた、でも夜ホテルのベットで寝てる時に友達は先に寝ちゃって俺ひとりだけ起きててふとホテルの天井見ながら思ったんだよね
俺今グアムのヒルトンホテルの部屋でベットに寝そべって天井見つめてるけど、これっていつも一人暮らししてる高円寺のワンルームで寝ながら天井見つめてる状態と結局一緒やん・・てね
うまりどんな高級な体験や目新しい体験しても結局俺の中からは抜け出せないってこと
その時に何か得ることによってのエゴ的な快楽ではほとんど充足感は得られないって思ったわ
今30代後半だけど案の定車買い替えたり何か新しい生活の変化が起きてもエゴ的な快楽は若い時の10分の1くらいしか続かなくてこの先もっと鈍化してくだろうな
つまりタナトの恐怖はそうやって感性が鈍化してゆく事と最終的にグアムのホテルで客観視して自分を感じたその俯瞰的意識さえも最後には無に還るってことだわ・・ >>54
農耕がもたらした変化の中で、最も現代人への影響が大きいのが、時間感覚の変化。
農耕を効率的に進めるには、長期的なタイムフレームが必要。種をまき、育て収穫する。一年近く先の事を考えて行動する習慣はそれまでの人類にとって全く未知のもの。初めて人類は未来を思い描かねばならなくなった。 狩猟収集民は今現在に神経を集中する。行動を決めるのは目の前の獲物であって、またの機会を待つ、あるいは長期的な戦略に立って意思決定を下すことはない。
当座の欲求を求めている狩猟収集民は彼らの時間認識と不可分である。
今現在に関心の焦点をあわせると、過去と未来はそこを起きている事象を迂回する。言い換えると、狩猟収集民はすべてを現在と捉えることで時間を超越するのだ。 つまり、狩猟収集民のタイムフレームは、あくまで、いまここがメイン。現代人のような数年先を思い描かくことはないため、未来の感覚が生じないのだ。
永遠の現在を生きていれば、遠い未来の不安に悩むことは無い。時間の超越とはそういう事。 タナトに有効なのは、抗うつ剤(うつからくるタナトの場合)か森田療法だけだな 皆無になる事を知りながら生きている。
皆霊やあの世や生まれ変わりが無い事を受け入れている。
宗教に入らずタナトにもなっていない一般人は皆そうだ。
そして皆、いつか訪れる無を考えないようにして生きている。
…本当にそうか?
考えないのでも受け入れているのでもなく、既に諦めているのではないか?
科学の粋を極めても医学の果てに至っても、物理法則には敵わないと匙を投げて
全ての人類が真剣に不老や不死を研究していないだけではないのか?
皆寿命を伸ばす事よりも、無を回避する事よりも
目先の利権や快楽ばかりを追っているから何も変わらないのではないか?
この世の全ての人類、全ての国家が総力を挙げて不老不死の医学を研究したら…?
少しは寿命が、命が、今よりも伸びていたのではないか?
と、初老にかかる年齢になると叶わぬ願いや想像ばかりをしてしまう。 >>58
俺も昔、誰もいない狭いゲームセンターで体験したことあったな
一時的な離人症だろうか?
なんか俯瞰的になるというか精神が自分から離れる気分だった
自分を客観視していて宇宙の片隅にはこんな変な生物がいるんだなって笑えた 詳しくなぜ笑えたのかっていうとね
誰もいないから脱衣マージャンやってたら何か急に俯瞰的になって
自分が餌が確率で出るボタン押し続ける猿みたいに思えた
確率ボタン押す猿なら餌という実利を得られてるけど、
このアホがやってることは金払って無意味な作業して絵がちょっと変わるだけだからね
この生物しょーもねぇって思ってしまって面白かった >>64
人類を過大評価しすぎでしょう
猿から毛がなくなって寒いから服着た程度でしかないと思うよ
さらに残念だけどもし仮に数十光年ぐらいは行動範囲内にしてて、
他の恒星系に殖民しているような人類より高度な文明があったとして、
寿命延ばす程度はできても死は克服できないんじゃないかな? 漫画やアニメでも全てを手に入れた奴が最後に欲しがるのが不老不死だけどさ
やっぱり実現不可能なんじゃないかな 不老不死なんて
生物である以上はね >>69
「不老不死」のニュアンスにもよるけど、少なくとも「不老」というところに関しては、将来的には確実に可能になると思うけどなァ…
つーかもう既に「寿命で死ぬ」って部分はクリアしてる生き物なんて存在してるし、「いつか死ぬ」という要素はあくまでも偶然の要素であって、原理的でも必然的なことでもなんでもない
そして神聖なことでも素晴らしいことでも人間的な要素でもない
ただただ物理的な1要素として人間に付随してるだけ Twitterで書いても誰も共感してくれなくてビビったんだけど、死それ自体よりも「死後の永遠の無(の原理的な終了不可能性)」がめちゃくちゃ怖い
地球が壊れても銀河が壊れても宇宙そのものが壊れても時間や空間という概念的な云々は永久に残り続けるという構造が怖い(物理的存在としての時空は厳密には消えるらしいけど、そういう次元の話ではなくて) >>71
>死後の永遠の無
自分もこれが一番怖いよ
真剣に考えると怖すぎて脂汗が出てくるぐらい
「いつまで死に続ければ」、「終わり」が来るのか?
仮に輪廻転生があるとしたら、
「何回生まれ変わりをすれば」、「終わり」が来るのか? いつか宇宙自体が無くなるのが怖いとか永遠の輪廻転生が怖いとかそんなのは死んだら恐怖からなにから認識できないんたからどうでもいいんたけど
タナトって結局一言で言ったら「自我」が消滅するのが恐怖であり理不尽すぎるってことたよな
かりに不死が実現しても何らかのアクシデントで生きてきた記憶が全部なくなったとしたらそれはケンシロウのお前はすでに死んでいる・・と同じことだもんな 科学を信奉するしかなく、見た物だけを信じるしかなく、死は無だと覚悟するしかない。
これが現代の先進国に生まれた罰であり、宿命であり、呪いなのだ。
若い頃あれほどまでに唾棄し、憎んでいた宗教に傾倒する人々が今では羨ましく感じる。
こんな苦しみに囚われるくらいなら未開の地の土人と揶揄されようとも、猿呼ばわりされ蔑まれようとも
神や生まれ変わりを信じたまま生きられる発展途上国や宗教国家に生まれたかった。
過去に生まれれば霊の存在が否定されずタナトフォビアになる事なく一生を過ごせただろう。
未来に生まれれば不老が叶ったり自我の消滅を回避する手段が見つかっているかもしれない。
今はそのどちらでもない。死に救いがない事が分かる程度の科学や医学技術はあるが
それを解決するほどの科学力も医学技術もない。最も絶望的な時代なのだ。 >>74
宗教という仮想のものをみんなで信じることによって文明は発展したとホモデウスにあったな
死におびえながら前に進むことなんてできないから多分正しいと思う
宗教を信じられない奴が増えてくるのなら文明の発展もここらへんで止まるかもしれない
もしくは世界規模の核戦争でも引き起こして一旦リセットするか 俺みたいな馬鹿でも神なんていないとわかっちゃうもんね今の日本って
小学校の授業すら覚えてるかどうか中学校すら卒業してるかどうか怪しい連中だって
霊なんていないというリアリストになっちゃうからね今の時代って
ホント万々歳だよなあ、オカルトを否定してくれる科学も常識を教えてくれる教育も
それらが高水準で整っている日本という国もさあ・・・
日本に日本人として生まれたってだけで、もれなく唯物論者や無神論者になれるってわけだ
そしてその中の僅かな人達が俺たちみたいなタナトになるってわけ
神や幽霊を信じれる国に生まれてたらタナトになる訳がないからなあ
あ〜夢も希望もねえよ・・・死んだら地獄でもいいから意識が続いてほしかった
どんな環境だろうが無よりはマシだ・・・ただ生きていたいだけなのによ・・・ 恐怖が極まり過ぎて科学も宗教も永遠に死について結論は出せない!もっと別の世界が死後にはある筈!と思えるようになれば死後を楽しみにできると思ったけれど、無理がある・・・。一応科学の時代に生まれてきたから思考がそれに規定されて非合理的なものや根拠のないものを受け入れ受け入れられなくなっているのかもしれない。宗教的な環境で育った者にも言えることだが。所詮人間は自分が生まれ育ち、勉強した範囲内でしか想像力を働かせられないのだろう。我々は死なない限り死について真相を知ることはないし、死んだ者と生きている者は交流できないとされているので情報交換も不可能だ。私が恐れているのは死後の無というよりは死の不可解さなのかもしれない。無だと証明されているなら何らかの対策が現状立てられる筈だ。 スレチかもしれんが、タナトフォビアの克服って思想的方法じゃなくあくまでも物理的(認知的)方法で行うのが妥当だと思う
中島義道も死への恐怖から半ば強迫的に哲学を続けてきたらしいけど、心理的問題の克服を目的に哲学や思想に耽るってのは病をメタ的に捉えきれてない(=病の内部で苦しみ続けている)状態に感じる(例えば、強迫性障害の患者が集まって「どうすればドアノブを完璧に除菌できるか?」「高精度のドアノブ清浄機がある世界に生まれたかった!」みたいなのをずっと考えてるのと同じ感じ)
だからまァ余計なお世話かもしれないけど、日光をちゃんと浴びるとか、栄養をきちんと摂るとか、高名なカウンセラーを探して相談するとか、そういった実際的なアプローチが必要なんじゃない?
ただ俺はここでの議論や皆さんの思想的云々を知るのがとても楽しいし、1日の部分的な時間でそういうことを考えるのは問題ないと思う(というかしてほしい)んだけど、ガチでそれで悩んでる人は1度方向を変えて対処してみるのも良いと思った(もうしてるのかもしれんけど) つまり完璧な最強ドアノブ清浄機が生まれる前の時代(つまり現代)でも、ドアノブ恐怖症を治す方法は(少なくとも不安や恐怖心そのものを薄める方法は)存在するのでは?という風な趣旨
もちろん全て分かった上で吐き出し的にここで書いてるならアレだけど、どうしても恐怖や不安に呑み込まれて思想の病理的側面をメタ認知できなくなってる可能性を感じてしまって(失礼だったらすまぬ)一応ここに書いといた
何の意味もないレスなんで適当にスルーしといてくれめんす >>76
君よりはるかに唯物論者で歴史に残るような研究と実績を残した科学者達が神を信じているわけだが?
国連がある面白い統計を発表しました。
現在から過去に遡って300年の間、世界における素晴らしい科学者300人を対象に、神を信じる人が何人いるのかについて調査しました。
すると、8〜9割の科学者たちが神を信じていることが分かりました。
300人の内、神を信じないと示した人は僅か20人でした。
一方、神を信じると明確に示した人は242人で、世界的に著名なニュートン、エジソン、X線を発見したヴィルヘルム・レントゲン、
電池を発明したアレッサンドロ・ボルタ、アンドレ・マリ・アンペール(電流のSI単位のアンペアはアンペールの名にちなんでいる)、
ゲオルク・オーム(電圧と電流と電気抵抗の基本的な関係を定義付けた)、キュリー夫人、アインシュタイン等々がその中に名を連ねています。
https://www.epochtimes.jp/2016/10/26258.html >>78
何もわかってないな
タナトフォビアと〇〇恐怖症みたいなその他のフォビアと決定的に違う点があるわけよ
例えばドアノブ恐怖症(潔癖症)なら人間は元々いろんな菌やヘルペスのようなウイルスと共存しているとか認知の歪みを理解すれば克服できるかもしれない
飛行機恐怖症は飛行機さえ乗らなければ恐怖は避けられるし閉所恐怖症は狭い場所に行かなかればいい、あるいは潔癖症みたいに認知の歪みを理解すれば治る可能性もある
が、タナトがそれらの〇〇フォビアと決定的に違うのは、人間最後は必ず死んで「無」になるということ、これらは単なる認知の歪みじゃないぞ?
眠りにおちいるまえにおれは恐怖におそわれるのだ。死の恐怖だ、おれは吐きたくなるほど死が恐い、ほんとうにおれは死の恐怖におしひしがれるたび胸がむかついて吐いてしまうのだ。
おれが恐い死は、この短い生のあと、何億年も、おれがずっと無意識でゼロで耐えなければならない、ということだ。この世界、この宇宙、そして別の宇宙、それは何億年と存在しつづけるのに、おれはそのあいだずっとゼロなのだ、永遠に!
おれはおれの死後の無限の時間の進行をおもうたび恐怖に気絶しそうだ。おれは物理の最初の授業のとき、この宇宙からまっすぐロケットを飛ばした無限の遠くには<無の世界>がある、いいかえれば<なにもない所>にいってしまうのだということを聞かされ、
そのロケットが結局はこの宇宙にたどりつくのだ、無限にまっすぐに遠ざかるうちに帰ってくるのだ、というような物理教師の説明のあいだに気絶してしまった。
小便やら糞やらにまみれ大声で喚きながら恐怖に気絶してしまったのだ。
(大江健三郎 小説「セヴンティーン」より) いつか死がきて無がやってくる意識が喪失してなにも認識できない哀しい >>81
?
>飛行機恐怖症なら飛行機さえ乗らなければ
これってうしろの「」
例えば「高所恐怖症」だって、恐怖症に繋がる何らかの原体験や過敏さがあって、それによって「過度に」不安を感じてる状態でしょ?
それと同じ構造で、「死後の無」への恐怖だって、その恐怖に繋がるような何らかの原体験や過敏さが隠伏してると考えるのが妥当じゃ 死体の画像はどんなグロ画像見ても平気なのに、
それが動画になると耐えられない。
転んで頭を打った人間がピクリとも動かなくなる動画や
屋外で感電死する動画を見て吐いた記憶がある。
一瞬前まで生きていた人間が、まさに瞬間で即死するその刹那が怖い。
生から死に、人から物に、有から無になるのが耐えられない。
さっきまで笑って遊んでた人間が…生き物が
数秒でただの物体に…巨大なタンパク質の塊になってしまうのが嫌なんだ。
他人の動画ですらここまで嫌なのに
自分の両親の死を看取る瞬間がいつか来るだろうと思うと気が狂いそうになる。
この前も病院でピーピー鳴っている心電図や親の瞳孔に光を当てて
死亡確認している医者の姿を想像して泣き叫んだ。
でも近い将来それは必ず現実になるんだ…。 いつまでも続くと思ってた日常がとつぜん終わるなんて哀しいなあ 急アルで死にかけた事あるけど、凄く安らかだった
死がこうなら、多分怖くない 最後は全部焼却されるからね
結局は
そこら辺のゴミと同じ コロナ禍で鬱や自殺者が増えてるそうだが
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210115/K10012815241_2101150508_2101150509_01_03.jpg
タナトの自分にとっては自殺なんて一度も考えた事はない
貧乏だろうが虐められようがどんなに苦しくても地獄のような生活でも
死ぬという選択は選ばないし選べないであろう
でも、生きていてもつまらないし楽しくもならない
いつか必ず死ぬという思考が根底にある以上
ただ死にたくないから生きているだけだし、生に渇望や面白さを見出せないのだ
このまま心の中に霞がかかったような状態で自分は一生を終えるのだろう
生きながら死に、死にながら生きるゾンビのような心境で… コロナ以前から、ずいぶん前からずっと憂鬱だからな
何が起きても起きなくても
ただこうして存在しているだけで憂鬱だから鬱にならないんだ >>90
://youtu.be/cJK4dqtmDig しばらく発作がなかったのに急にきた
随分と長いことなかったのに
今妊娠してる
それから生と死を考えて恐怖する機会がまた増えた
こわい 栄養と睡眠と運動で突発的な激しい急性発作はだいぶ改善するよ
慢性的な鬱々とした気分はどうすればいいか知らんけど
少女終末旅行でも見てせいぜい絶望と仲良くしな 自分の死や死後を想像してしまい、今怖いのが問題なんだよな。 >>97
その通り、死が怖いのは当たり前。しかし死が目の前にも無いにも関わらず、未来を考え怯えているのがタナト。
今だけを考え、未来の概念がない狩猟収集民はタナトはいないし、またタナトを自覚しているホリエモンは意識して未来を考えないようにしているようだ。
以前、インタビューで余命宣告されたらどうしますかとの問いに、余命宣告をされることは全く考えないと頑なに言っていたな。 死について、1つだけいいなと思うのは
自分は火葬の国で良かった
骨壷に入るのも怖いから森に撒いてほしいのに
肉体ごと土に埋められるとか想像するだけで怖い >>98
まさか自分達には余命がないと思ってるのか?って返せばよかったのにな
あと余命3年→悲惨、絶望、もう何もできない、死ぬ準備するだけ
あと余命30年→勝ち組!余裕wほぼ無限だw何でもできる!!!!
なぜなのか?
原典忘れたが、
普通の人生はどう生きるかを考え、哲学者の人生はどう死ぬかを考えるだけって言葉あったな >>99
彼らのゾンビ信仰って土葬から来るんだろうな
死んでも動けるようになってほしいという願望 >>81
えーと、ID:pdgYOpl7君の主張ってのは、
@潔癖症や高所恐怖症は、論理的に納得(説得)可能な非妥当な認識(=「本来は至る所に菌が付着しているのにドアノブだけ怖がるのは妥当ではなく、他も大丈夫なのだからドアノブだって同じ理屈だ!」と打ち消せるような「本来的に非妥当な認識」)に基づいているので、その場合は現実的に治療可能
(ここには出てないが、例えば「飛行機で墜落する確率は車や電車よりも低い(ので落ちるかもと怖がるのは非妥当」というような論理的回路が存在するように)
Aしかし、タナトフォビアの場合は「死後は無になる」という端的な現実を認識しているだけなので(=論理的に非妥当な把握をしているわけではないので)現実的に治療不可能
というニュアンスで合ってる? 途中送信が萎えすぎて画面閉じたらそのままずっと忘れてたンゴ申し訳ねーー
3日以上返信なかったらとりあえず>>103の解釈で返していくから適当に返しといてクレメンス 一応誰かがなりすましてたらアレだからちょっと時間開けてまた返すわ
まァ最終的には確証なんて取れないんだけど(あまりにも早すぎるので一応) >>107
タナト以外のフォビア(恐怖症)は何らかの回避術だとか認識の変更でどうにかなる可能性もあるけど
タナトの場合は誰にでも絶対訪れる死と無は避けられないってこと
認識の変更で言えば一神教みたいな天国的な死後の世界を信じる事で回避できるかもしれんが
そもそもタナトになる人って唯物論者がほとんどだから宗教とかスピリチュアル的な事を信じないでしょ >>1の2(死に伴う苦痛)以外は統計学、心理学、哲学、宗教でどうにかなるかもだが
2だけは回避できん、現行法制度では
本当に現行法は糞!! >>108
今の文明が物質文明だからね
昔みたいに精神文明に戻ればいいんだよ 昔だって唯物的な悩みに取りつかれていた人はいただろう
そしてそれを分かり合える人もそうはいなかった めちゃめちゃ死ぬのが怖い。今も震えてた。僕は逆に死ぬのが怖くないってひとが信じられない。精神科で薬もらっても問題を先延ばしにしているとしか思えない。 まあ大部分の奴にとっては、死は小説や映画やドラマの中の世界の話
俺も信じられんが、それが現実 >>114
なるほど…すごいわかりやすい例えですね…。
僕は不老不死が生きてるうちに来るんじゃないかと思ってなんとか毎日生きてます… >>115
子ネコの頃って猫じゃらしはおろか指をカサカサって動かしただけで飛びついてじゃれてくるけど
大人ネコになると思いっきり猫じゃらし振っても「フンっ」みたいに一回だけシッポを降るだけでガン無視される
何か言いたいかというとネコでさえ人生経験積むとたいていのことは経験済みで無気力ににっていく
人間がもし不老不死になればかならずアパシー(無気力/感情鈍麻)になる、もしくは気が狂う
アパシーを回避にするには今までの人生経験や思い出を全て初期化するような薬なり装置が必要だけど、とれって結局「死」と同じでは? 脳の耐用年数がどうあがいても150年くらいらしいので、
不老になってもどっち道ボケると思われ いくら死を恐れても無になるから怖がるだけ無駄
普通の人は合理的にこう割り切ってるだけ、何も考えていないわけではない
タナトは普通の人より生への執着が強いくせに合理的に割り切れない業の深い存在なわけだ 他にタナトになる人の特徴を挙げるとすると、どうせ無になるのなら人生は無意味だと考える点かな
人生の意味を担保するのに不死性が必要だと考える人の事
自分はこれだな、結局無に帰すのなら何もかも無意味だと思えてしまう
最近は逆にどうせ無意味ならいつ死んでもいいかとさえ思えるようになってしまった >>119
自分も貴方と同じです…完全に>>1の8に該当します
必ず無になると思うと自分の人生も、他人の人生も、全ての人類の人生も
人類が生まれてからの全ての歴史もこれから紡がれる地球の未来も
この世の全てが無意味に感じて仕方がないのです
どうせ無になるのに何故努力するのか?
どうせ無になるのに何故勉強し、何故偉くなり、何故稼ぐのか?
どうせ無になるのに何故偉人になり歴史に名を残そうとするのか?
自分は小学生の頃から既にこの思考に囚われていて全ての事柄にやる気を見出せません
幽霊になれればと何度思った事か、死んだ後にも意識が続いて
自分の生涯の功績を自分自身で噛み締められればこんな思考には陥らなかったのに…
自分の葬式を自分で見る事が出来れば、自分の葬儀に出席した人達を知る事が出来れば
自分の為に葬儀場で泣いてくれる知人を見る事が出来れば
自分の墓参りに来てくれる家族を自分で見る事が出来ればどんなに素晴らしい事か!
そうならばタナトフォビア以前に>>1の8になり努力を怠り人生をドロップアウトする人も減るはずです
しかし現実は己の葬式すら己で知る事も出来ずに無に還るだけなんです…これが一番つらい >>114
寝て起きて銀行行ったらなぜか大金持ちになってる
寝て起きたら別人になって意味不明な別世界にいた
そんな話全く信じられんわな
現実があまりに連続的で現実的過ぎるからね
だから明日から死んで「無」になってるなんて非現実は到底信じられるわけない >>119
中島義道?
自分は無意味とは思わないんだよな…
生きることに目的はないと思うんだけど
目的はないけど現実的にこうして肉体と自我はあるし、目の前の時間は流れているので
人生を楽しみたいとは思ってる(ま、実際は病気を患って居たり、家族もいなくておさき真っ暗、欝々として日々を送ってるけどw)
自分は無限時間への恐怖だから「死後の時間」がまだ訪れていない「現在の時間」を実感している限り
恐怖を何とかごまかせられる部分はある
例えば脂ギトギトのラーメンを食べている瞬間とか
>>1のどこに恐怖の対象があるかによって脳の思考の違いが結構あるかも >>120
朝から何も食べてなくて腹がグーグー鳴ってる時に目の前に揚げたてのマックポテトLとビックマックとコーラ出されたら
タナラーでもその時は一瞬タナトな自分を忘れて右手にビックマック左手にポテトを掴みかぶりつくだろ?
その時の美味しさとか満足度には色即是空的にはまったく無意味だけどタナトじゃない普通の人はせめて死ぬまでの間そういった一瞬の快楽を味わい続けたいってことじゃね?
どうせ無になるから何やっても意味ないわ・・じゃなくて逆にどうせ最後はみんな無に還るんだから五感があるうちにいろいろ味わった方が勝ちみたいな考えなんだろうな普通の人は >>118
>普通の人は合理的にこう割り切ってるだけ、何も考えていないわけではない
それで死の間際に全く恐怖もせず怯えもしないのなら大したもんなんだが
そんな風に合理的に死後の無を考えている一般人だって
末期癌を告知されたら絶望するし通り魔に襲われたら恐怖するし
ヤクザに拉致られて埋められる直前には泣き叫んで死にたくないと怯えるんだろう?
タナトフォビアと一般人の差なんて、無の恐怖に気付くのが早いか遅いか
常に意識しているかしていないか程度の差でしかないよ
癌になったり事故から生還したり半殺しの目にあったり
誰だって切っ掛け一つでタナトフォビアになる可能性がある
そこに思考が合理的かどうかは些細な問題でしかない
むしろ死の直前まで死の事を考えずに生きるなんて
それこそいざ死ぬ時に取り乱す以外の選択がない、
覚悟すら持てない(自分が死ぬと思って生きていないのだから当然)
最も愚かな思考だと個人的には思う
念の為に言っておくとこれは一般人の考え方を馬鹿にしてる訳でも
タナトフォビアの考え方が偉いとか思ってる訳でもない
あくまでも死生観と覚悟の問題 一般人だって無の恐怖に気付いているよ。死を目の前にしたら大抵の人は恐怖に怯える。ただそれまではしっかり生きようと思っているだけさ。
それに対しいつ来るかわからない死に絶えず怯え、今を生きて無いのがタナトフォビア。 >>125
無を恐れて四六時中怯えたり無気力になるよりも
目の前のアツアツのステーキや
https://i.imgur.com/myzxIqy.gif
給料日前でステーキ食う金なかったら立ち食いソバの美味しさがわかるリアリティだけを素直に信じろってこと?
https://i.imgur.com/SjubHPx.gif >>122
人生は無意味だと書いておいてなんだけど、自分も人生は全く無意味だとは思わないかな
オカルトチックな意味でだけど
生命の意義が遺伝子の存続であるとして、実は進化の意味が意識を生み出すことだったとしたら?
宇宙が自身を知るために意識やクオリアを生み出したんじゃないか、そう考えてる
だとすると人類はやがてさらに進化しいずれは肉体を捨て、精神だけの世界に移行するんじゃないか、とも思える
(コンピューターに意識をアップロードするなりして)
それとあなたが言うように時間が無限なら、試行も無限だからやがて生滅するどこかの宇宙で
自分が生前の記憶を持ったまま復活するかもしれないし、高次元の存在として生まれ変われるかもしれない
…という妄想はよくする >>125
>一般人だって無の恐怖に気付いているよ。死を目の前にしたら大抵の人は恐怖に怯える。ただそれまではしっかり生きようと思っているだけさ。一般人だって無の恐怖に気付いているよ。
自分と一般人との違いは生の意味が不死性に担保されないところなんだよね
一般人は今を一生懸命に生きようとする、死んで無になるから人生無意味とは考えない
でも>>120の方みたいに自分と同じ無気力者も多いのかなあ テレワークで引きこもる事増えてからまた寝る前に症状出てきて気が狂いそうになる事増えたわ
会社定期的に言ってた時はあんまり出なかったんだけどなぁ
やっぱ外でないと悪化するのか >>129
間違いなく悪化する
自分がそう
在宅がどんどん増えて鬱っぽさが増加した
上司からお前の仕事は在宅で出来るハズなのになぜ会社に来たがるんだと疑われてるが
多少無視しつつ出社するようにしているよ
出社後の帰宅時は疲れているハズなのに在宅時より調子がいい 全ての人類が唯物論者かつ無神論者になって
全員が現実主義者かつ合理主義者だったら
今よりタナトフォビアやニヒリスト、ペシミストが増えて
間違いなく社会が破綻する。
宗教は救い以前に社会を円滑に進める為のシステムに過ぎない。
神も霊も生まれ変わりもなく、死は永遠の消滅で、
この世の全てに目的はなく、誰もが何もかもが偶然作られただけで
地球も宇宙も偶然作られただけの無意味な存在
だと言われて自分一人の力だけで立てる人だけがこの先の未来を生きる事ができる。
正しい事を正しく事実を事実として伝える事が正しいとは限らない。
少しでも無に怯えたりこの世に虚しさを感じたら
もう普通に生きる事はできないからだ。
宗教もオカルトもその為のモルヒネであり、
恐怖や絶望を誤魔化し癒やす為の麻酔薬なのだが
それらを否定してタナトフォビアになった人にはそれは通じない。
唯物論者だからこそ、現実主義者だからこそタナトフォビアになったのだから。
無から逃げる事も目を背ける事もできず、恐怖を恐怖のまま受け入れるしかない。 どうせ死ぬのなら最初から生まれて来なくても一緒の気がする 人生どころか世界や宇宙にすら意味がないのは辛いよな。
俺は神というか、この世を統べる絶対者みたいなのが存在して
生も死も全て監視・管理していてほしかったんだ。
この世に本当に天国やら神や天使がいたら
人類は全員永遠に神の奴隷だって言われるだろうけど、
俺は一生神の奴隷でも構わない。
意味も目的も理由も動機もなく勝手に生み出され、
何も知らず分からず悟れず理解も出来ぬまま無に還るよりは絶対にマシだ。 若いうちはわからないかもだけど、歳をとるにつれて避けられなさを痛感する
これから沢山病気になったりして、苦しんで、
最後に火葬されることを考えると怖い
というか人間って、死がわかっていながら、よく狂わずに生きれるな
そういう意味じゃみんなある種の狂人なんじゃないか >>134
毎日コロナやら戦争やら殺人事件やらと
ニュースで他人の死を見ておきながら、
死を対岸の火事だと思い込んでいる人間って本当に多いんだよ
上で一般人も死の恐怖は解っていると書いている人がいるが
自分はそうは思わない
死の恐怖を解っている上で意識せずに生きている一般人よりも
死の恐怖を解っていない、正確には
死を意識すらした事がなかったり
本当に全く自分が死ぬと思っていない層が多いのではと考えている
いつか人は必ず死ぬ事は解っている
死んだら無になる事も理解している
なのにそれが自分にも当て嵌まるとは考えない
死を理解しているのに死の本質を理解していない
現実を理解しているのに現実を直視しない
どこまでも他人事で、どこまでも現実逃避
その手の輩は家族が死んだり自分が命の危機に陥らないと理解できないのだろうか…? >>135
私もそう思いますね
なのでタナトはー大変不思議なことだけどー理解されない少数派になる タナトフォビアほんとにきつい。。。できることなら一日中膝抱いて寝てたい。 出産は犯罪とかいう主張があって、昔はそこまで言うかと思ってたけど
最近はわかるようになってきたわ
生れた子供は瞬間から四苦八苦を歩まされるわけだし たしかに。あと、この世は地獄説ってほんとかなって思うこともある 逆に物理法則は神の存在を肯定する
宇宙にそうしたきちんとしたルールが存在してるってことはね
光速や宇宙の膨張スピードさえコントロールされてる
これらの定数が少し違っただけで
生命は存在出来ないし宇宙も崩壊する 自分は特別だという思考がタナトを生むのかな
仏陀がヴィパッサナーで悟ったのは自己は特別ではないということではないか >>142
何度も繰り返された話だけど、
タナトは自分が特別ではないと気付いているから、先人と同じく死ぬと理解してる。
一般人は自分が特別だと感じているから、死を他人事のように思う。
って説もあるよ。 当たり前だけど全員必ず死ぬ
そうしたら仕事で怒られることも、パチンコで負けて悔しがることも、ラーメンを食うこともできない
全て貴重な気がする 貴重だとか無意味だとか、良かったとか悪かったとか全て存在しない
無→有→無が異常であり
常に私は無だ 火葬に立ち会った人はわかると思うけど
結局のところ散々悩んだ脳みそは燃やされて
骨だけが残って最初から何もなかったことになる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています