三島由紀夫Part60
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三島由紀夫
本名平岡公威
1925年(大正14年)1月14日 - 1970年(昭和45年)11月25日)
前スレ
三島由紀夫Part59
https://mevius.2ch.net/test/read.cgi/book/1588773402/ 三島由紀夫ほど戦後民主主義を満喫した人間は他にはいない
腐った戦後民主主義を憂えることができるのも民主主義あってこそである
三島由紀夫はこのことを十分に知っていた
そしてさすがにこうした茶番が世の中にバレて来たので急いで切腹して証拠を捏造した ごく少数派として行動できて良かったんだろうな。
いまだったら多数派とはいえないまでも、バカ右翼の一人で終わっちゃうからね。 >>3
三島由紀夫がキルケゴールについて触れた文章はないと思うが本当はキルケゴールが最も三島由紀夫に近いと思う
あまりにも近いので自分のオリジナリティを確保するためにかえって知らないふりをするのだ 婚約解消つうたらカフカも思い浮かぶがカフカも人間的には相当類似性あるな
ただ文学における方法論は違い過ぎる >>5
キルケゴール「私がそのために死んでも良いような真理を発見するのが重要だ」 >>9
その通り
本当に真理であるのなら一人の人間が死のうが死ぬまいが変化はないはず
三島由紀夫は本当は真理などではないと十分に知っていたので切腹して捏造せざるをえなかったのだ 亡くなってるから悪くは言いたかないが
そもそもクーデターを薦め殺人未遂までしでかした人ですよね
まあそういう都合の悪いことはなるべく目立たないようにして
英雄的に祀って利用したい人達がおられるようですね >>10
婚約破棄はキルケゴールの影響受けてそう
だけど、真理の絶対性の否定はニーチェじゃね?
後、自殺願望はニーチェの活動的ニヒリズムからきてるんじゃない?
ニーチェに影響受けて三島と1歳違いのミシェル・フーコーはHIVに罹って亡くなったがワザと罹りにいったとすると三島の自決と似たような匂いがするんだよな
フーコーには吉本隆明よりも三島と対談してほしかったなあ >>12
真理の絶対性の否定って「天人五衰」だけでしょ 今日の西日本新聞夕刊の一面で三島の命日前日として紙面で話題にしてるけど結構辛辣に
三島の事を取りあげてる。
安倍元総理の憲法改正とも結びつけて、今では憲法改正派は少数派みたいな内容で。 >>14
反日バイデンが大統領になる以上憲法第96条の改正は絶対に必要 >>8
「真理」を「屁理屈」に置き換えたら三島の言になりそうw 明日発売の「芸術新調」は三島特集
しかしナビが平野啓一郎ときたもんだ 買わんなw
そもそもこの人、作品にしろ生きざまにしろ三島のきらびやかなところにだけ興味持ってる印象
「三島の」はいらんか >>13
『天人五衰』以外は既に処女作『花盛りの森』で言っている「弁証法に毒されない真実」で一貫していると思う
0012は勘違いではないか 三島ほど真理や真実に興味ない人いないよ
「私は錯覚に陥ることを一度も恐れなかったのである」 >>19
それは鹿島茂の言うところのいわゆるドーダでしょう >>18
まあ捏造された真理を自分で独占したいのならそれは既に相対的であると言えなくもない
ツァラトゥストラ前半の超人から後半の永遠回帰への移行と同じかもしれない 小谷野敦
「大江の政治的発言は、みな役割演技だと考えたいほどに、
私は大江の文学を高く評価していて、
日本文学史の三大文学者を、紫式部、曲亭馬琴、大江健三郎と名ざししたいほどである。
大江は、谷崎や川端に譲ってもいいが、三島や村上春樹に譲ることは絶対になく、
夏目漱石に譲ることもまずない。」 ピーマン食べられない子とかもいるし
好き嫌いで言ったら個人レベルではいろいろあるよねってレベルだな 今日でもう半世紀か
三島の予言通り極東に出現した醜悪な経済至上主義国家が
その悪しき種を周辺に散種し終えて壊死していこうとしている
ほんとうに良いタイミングで良い死に方をしたものだ
ある意味幸福な死だったのかも知れない
「俺についてくるものは1人もいないのか」
というのが演説最後のつぶやきだったのだが
この孤高の境地は伝説化、つまり三島の絶対化に寄与した
大江は要するに文化的荒蕪地として日本並びに日本人は見捨てられたのだ
と総括していたが
これは哀れな生存者としての生きることを余儀なくされた
大江の苦しみを吐露したものでもあるわけだ
そこまであの自殺劇を痛切に受け止めている人間は少ない
一般人はもちろん、文学者ですらね 命日か
それに合わせたと思われる昨日のアナザーストーリーズ良かった
最後に起こした行動が強烈すぎて、どうしてもそのことが印象に残る人だけど、普段は繊細かつユーモアで人間味のある人だったんだね
番組の最後、生前の彼と交流のあった元記者の方の言葉がじんときた
「三島さんには一つ欠点があって、彼は静かに老いて過ごすことを知らなかった。生きていれば、たくさんいいものを書いてくれていれば、僕らの老後がもっと豊かになったのに」
うろ覚えで、まんま原文ではないけど コロナに乗って切腹とは、今の状況を予言してたのかもなw 憂国忌か
でも俺は憂国って三島自身には自分のすべてがあったのかもしれないけど
文学としてはキワモノで作家三島の代表作ではないと思うんだよな
かといって禁色忌もマズイしなあw 自分の場合は憂国は素晴らしいと思った
英霊の声はいまいちだったけど 芥川の河童忌にしても、太宰の桜桃忌にしても、三島の憂国忌にしても
その『人』のらしさが出た作品だが同時に、
その『作家』の欠点が出ている作品でもある印象
まあそういうことでいいのかもしれないな >>29
『憂国』を「すべて」とか「代表作」とは言っていないでしょう
私の記憶では三島文学の入門に最適と自分で言っていただけだったはず >>33
私は入門用かつ最高傑作は『午後の曳航』だと思う >>33
いや「すべてがある」は言ってる 確か生前に出た短編集のあとがき
新潮文庫の「花ざかりの森・憂国」のあとがきでもほぼ同じこと言ってるが
そこをあなたは読み違えて記憶している それこそ「入門」とは言ってない
「代表作」つうのは私は三島が言ったとは言ってないし、その言葉を使った理由は
文脈として分かってもらえると思うが 三島君はあの衝撃的な自決を計算しないで行なったように見えるが、
檄に見られる稚さと、落款と、署名と短刀でのかけ声をおもうと、
抱きしめてあげたいほどの凡夫だ。精一杯、三島君はやったのだ。なんという素晴らしい男か。
虚飾の文学を、彼に冠せられていた天才の虚名を、彼はその血で粉砕して死んだ。
あの自決はナショナリズムなんかではない、文学者三島由紀夫の死だ。
〜五味康祐 http://www.audiosharing.com/people/gomi/tenno_koe/ten_04_1.htm 三島由紀夫は 「田舎の隊で検査を受けた方がひ弱さが目立って採られないで
すむかもしれない」 という父の入れ知恵により本籍地の兵庫県加古川で
徴兵検査を受けたが、結局は第二乙種で合格した。
しかし、数日前からかかっていた風邪を入営の際、軍医が肺病と誤診して、
入隊免除となり、帰宅を許された。検査場の門を出るやいなや、三島は
付き添ってきた父親と一緒に脱兎のごとく逃げ出した。「さっきの決定は
取り消しだ」 と言われはすまいかと恐れた。父親の表現によれば
「逃げ足の早さでは脱獄囚にも劣らぬ」 勢いで、一目散に駆けだし、
人目を憚りながら故郷に隠れ住んだ。
かくて、三島由紀夫は兵士として戦場に行くことなく、のうのうと
生き永らえ、晴れて終戦の日 (昭和20年8月15日) を迎えた。
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/ms/1603882321/314 三島由紀夫は漏斗胸 (Marfan syndrome) だった。
その劣等感が彼をして奇異な行動に駆り立てた。
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/ms/1603882321/326 >>24
かつて19世紀後半のロシアではドストエフスキーとトルストイが同時代に生きたが、
二人はついに逢うことはなかった
20世紀半ば、三島と大江という日本を代表する作家がいて、時々逢って意見交換した
三島は三島らしく生き死んだし、大江も大江らしく生きていて、新作はもう出ない >>32
亡き作家に縁のある当代一流の文学者や編集者が頭を捻るんだろうから
それぞれ巧いこと付けてるよね 幻冬舎新書「昭和45年11月25日三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃」がいいぞ
文壇、演劇、映画、政界、マスコミ・・・百数十人の当日を丹念に拾い、時系列で再構築、日本人の無意識なる変化をあぶり出した! ドリフは、あの日は水戸で映画ロケしてたんだなw正に、ブレイク真っ最中だったわけだが、荒井注はよく三島をよく読んでいたそうな 俺は小学校3年生だった
学校から帰ったらテレビが三島自決で大騒ぎしていた
当時はもちろん文学など読まず、アニメばかり見ていたw 今だったら、自衛隊員のスマホで即座にTwitterライブで見られるだろう、当時はラジオで知った人も多い ダイエーでは、カラーテレビのバーゲンセールをしていた 作品上の関係のみでなく、楯の会の制服や行動にダンヌンツィオの影響を見る者も多い。
三島が自決間際に、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の本部庁舎バルコニーからおこなった演説(三島事件参照)は、
フィウーメ占拠時のダンヌンツィオが取った行動の模倣であると、たびたび指摘されている。
筒井康隆の『ダンヌンツィオに夢中』は、これらの論考・指摘に基づいている。
ダンヌンツィオは思想・手法の両面においてイタリア・ファシズムの先駆であったとしばしば見做される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%AA >>34
同意します。特異性、その均衡がなんとも美しく保たれていますね。 午後の曳航は松井秀喜も薦めてたな
試合前や雨の日など、よく読書している姿を見かけるが、一番好きな作家は?
「1人選ぶのは難しいな。三島由紀夫かな。とりあえず、三島は全作品読んでいる」
�O島小説で一番好きな作品は
「『午後の曳航』ですかね。あれはいい作品だと思う。
特に男には勧めたいね。え、女性には? どうかなあ、女性にはあまりお勧めの内容ではないかな(笑)」 加藤官房長官は、三島が自決してから50年を迎えたことについて「15歳でしたが、衝撃的な出来事だった」と述べた。 三島が自衛隊の基地の乗り込んで演説した時に自衛隊員に憲法改正を訴え、自衛隊員みんなが
「おお!そうだー!」と三島の訴えに賛同してたら三島は割腹してなかったわけ? >>53
三島はそのようなことになるとは微塵たりとも思っていなかった
ただただ切腹する口実がほしかっただけだ >>54
三島由紀夫は国を憂える自分自身に酔いしれていたのでありそうした三島にとって「腐った戦後民主主義」は必需品であった >>53
黙って聞いてもらえるとは思ってたっぽいけどねえ
下から「そのためにわれわれの上官を傷つけたのはどういうわけだ」って訊かれたのに
「抵抗したからだ!」って答えたあと「抵抗とはなんだ!」ってやりかえされて
ここで心が完全に折れてしまい「諸君の中で俺と一緒に立つ奴はいないのか?
ひとりもいないんだな」って急に締めに入っちゃってる 一緒に逝った森田必勝、あの子が三島の「死の天使」だったのかもと思ってる。
先生のためなら死ねます!とか、あの仔犬のような無垢な目で見つめて言われて、引っ込みつかなくなったんじゃないかなーと。 んーでも三島にしても、こいつなら俺を死ぬところまで持ってってくれる
って思って森田を積極的に手繰りよせてたところあるんじゃないの
「ここまで来て三島が何もしないなら俺が三島をやる」って言うほどの奴ってのは
三島も分かってたと思う だったらやっぱり、変な言葉だけど「政治的情死」と言われても仕方がないね。 今日発売の芸術新潮でも平野啓一郎が「憂国」の後追い奥さんはお小姓的って
言ってたけど、森田も同じような立ち位置だからなあ
どっちにせよひとりで死ぬ勇気はさすがの三島もなかったのは事実な希ガス まあとにかく、今では考えられないほど、熱い男の時代だったんだなー昭和って >>67
いまは安倍さんやトランプさんに熱狂したり、レイプ被害者を叩いたりと、熱い男は昔より遥かに多いよ。 死ぬことにかんしては森田の方が引っ張ってた
三島が何もしないなら、自分が三島を殺すと知人に言ってた >>69
いざというときに冷静に刀を扱えたのは三島と古賀さん。
森田さんは人間らしく、緊張で刀をうまく扱えなかった。 「熱い」というすでに感情的価値判断が含まれている言葉で判断すると相対的な判断が
できなくなると思うが・・・まあ三島にしても森田にしても大日本帝国の余波受けてる人は
虚無慣れしてない気はする わしらなんて虚無慣れしすぎて「虚無は友達こわくない!」
ってなもんなんかもしれん >>69
森田必勝が本当に国を憂えていたのなら「自分だけでもクーデターする」が正しい
森田必勝は結局のところ寄生虫にして臆病者 >>68
そういうのは誰かの尻馬に乗って熱狂してるだけで、もっとこう、思想的にも政治的にも、自分の奥底から湧き上がってくる熱い想いを表現できる奴ってなかなかいないでしょう。
ヘタすると暗いとか重いとか言われて相手にされない。
今三島が生きていて同じ主張をしたとしても、老害の一言で片付けられそう。 >>74
とはいえ三島由紀夫本人も「腐った戦後民主主義」を生活必需品として寄生していたのだ >>67
昭和の左翼は全学連全共闘の後内ゲバだ山岳アジトだとボコりあってたし
確かに熱いね >>75
自民党の教育政策の勝利だね。
三島は自民党との付き合いだけは絶対に拒否してた。 「腐った戦後民主主義」なんて概念自体が抽象的で陳腐
じゃあ腐ってない民主主義にするために力尽くせよって言いたくなる
民主主義自体が腐ってるというなら全体主義は腐ってなかったのかとも
あまり三島の政治談議に付き合う気はないわ どうしても薔薇刑を思い出してしまう……嫌いな作家です。川端、大江、谷崎のほうが好き。 >>18
弁証法なくして平岡家ごときが成り上がるのは不可能 日本の文壇史、いや戦後史に刺さった大きな棘で、50年経っても抜けないのね >>82
われわれが本当にそう認識してるならそれは
三島という人間の人生が真の悲劇だったってわれわれが心のどこかで知ってるからだろうね
やっぱ暗いんだよ三島って >>83
三島由紀夫ほど幸福な人生を送った人は珍しい
三島の愛する大日本帝国が続いていたら三島など虫ケラ同然だろう
三島は「腐った戦後民主主義」のおかげで素晴らしい人生を送ることができて切腹という最高の快感を味わいつつ人生をしめくくることができた >>83
三島由紀夫ほど幸福な人生を送った人は珍しい
三島の愛する大日本帝国が続いていたら三島など虫ケラ同然だろう
三島は「腐った戦後民主主義」のおかげで素晴らしい人生を送ることができて切腹という最高の快感を味わいつつ人生をしめくくることができた 1970/11/25
我々は林を抜けてICUのキャンパスまで歩き、いつものようにラウンジに座ってホットドッグをかじった。午後の二時で、ラウンジのテレビには三島由紀夫の姿が何度も何度も繰り返し映し出されていた。ヴォリュームが故障していたせいで、音声は殆んど聞きとれなかったが、どちらにしてもそれは我々にとってはどうでもいいことだった。 >>86
国際基督教大学の創立者はマッカーサー
分不相応に広い敷地はGHQが中島飛行機から没収したもの >>85
三島由紀夫は自衛隊に乱入してクーデターを呼びかけ切腹するのではなく米軍基地に突入して戦死するべきだった
それならば三島由紀夫は評価できる お前個人が評価しようがしなかろうがどうでもよすぎる >>88
小説家の観念に過ぎないとはいえ
日本人の原点を日本人に問おうとしてなんでアメ凸すんねん
意味ないやろ ETV特集「転生する三島由紀夫」28日(土)23時〜
世代を超えて語り継がれる三島の強烈な引力に、ノーナレーションで迫る。分断と閉塞の時代に風穴を開ける、圧倒的熱量を体感する証言ドキュメント。 >>91
ありがとう
BSのアナザーストーリーは去年の再放送のやつだったし
50年の節目でもっと特番やってほしかった >>46
ドリフの楯の会、想像して笑ってしまったw
「何やってんだよ、俺は腹切ったんだから早く介錯しろよ 痛いんだからよ
わあ! ケツに刀刺してどうすんだよ このばかもんがあ!」 サッカー界のスーパースター、ディエゴ・マラドーナ氏が11月25日に死去 そもそも割腹すんなら後ろに引っ込まずに大勢の自衛隊員の前でやるべきだったんじゃね?
生ぬるい自衛隊員に本当に死を見せつけるためにも。 >>95
ナショナリズムなら、三島君はあのバルコニーで割腹しながら自衛隊員に話しかけたと私は思う。
そうすればヤジは飛ばなかったろう。目の前で腹を裂いて叫ぶ男の声を、人は聴いたろう。
三島君の名を以てすればあの場合、それはできたはずである。村上義光の最期のように。
だが三島君はしなかった、詩人の含羞みを知っていたからだ。
http://www.audiosharing.com/people/gomi/tenno_koe/ten_04_1.htm 介錯した首がバルコニーから落ちたらかなり怖い
しかも全国放送 EMMAの創刊号だっけ
介錯した首の写真を目玉にしたの 儒教だって、仏教からぱくっているからね。支那人っていうのは高級な論理操作が苦手だったから、朱子学だの陽明学だのっていうのはかなり、仏教からぱくってるんだよ。陽明学なんて、どう考えたってやっぱり仏教だからね。
https://twitter.com/gotieibot/status/1331934404302671872
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