【翳りの歴史のために】蓮實重彦2【仮死の祭典】
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大衆向けとかいう考えの根底には、大衆が自ら求めるものを探し出してるような誤解があるが、全然違うから
大衆に自主性なんかまるでない
流行らせることができる人間が重要
このインフルエンサーを分析する方が大衆文化に対する理解が深まる 吉本みたいな自分よりアホが書いたものなんか読めるか 吉本の本なんか読んでないお里の人間を想像してみりゃ、いかに自分の発言がバカ丸出しかわかるはずなのにな 何故いきなり道徳や意味になるのだろうか
ゴダールやストローヴ=ユイレが映画を通して思考したことは愚かな道徳や意味に過ぎず我々は文体、形式だけだけ見てればいいと言うのだろうか?
カフカやジョイスやベケットやピンチョンや大江も然り? よくさー
「まるでゴダールなど存在しなかったかのように映画を撮る」みたいな言い方あるじゃん?
あれ、超うざいなw >>855
足りない頭で「想像」とか
そういう図々しいことをよくも言えるものだと
悪い意味で感心するよ
だからお里が知れるというのだよ
そしてバカ丸出しなのは君だということを
決して忘れるな
そうでないと周りのものが迷惑するからだ
だいたいこっちは「じゃあね」つって
これ以上話さないつもりでいたのに
未練がましく2レスもするような輩だから
もうレスすんなつってもバカだから理解
できねえんだろう
情けないことだ インフルエンサーとかw
男はつらいよとかマルサの女とかラピュタとかトトロとかもののけ姫(初出時)とかエバンゲリオン(初出時)とかの時代にインフルエンサーなんかいねーよw
ネットがねーんだからw
全ての時代にネットがあったかのような思考しかできないネット脳のガキンチョは引っ込んでろw >>856
まず形式が最優先
意味はそのあと
形式が面白くない作品の意味など無価値だ
ゴダールとストローブ・エ・ユイレは形式「も」面白い作家の代表格だろ カフカなどという三流作家はともかく、ジョイス、ベケット、ピンチョン、大江はまず形式からしてしっかりいているのである インフルエンサーとか関係ねいよ
大衆は自らの意思に於いて選択する主体なのである
そのことを見ずしてファシズム批判はない
集団心理に責任を転嫁するのは誤ちである ドイツ国民は自らの意思でヒトラーとナチスを選択したのである
すべてはここを押さえておかねばならない このスレでまかり通っている通俗的な分析は社会学という通俗的な学問の領域であって哲学や映画とは無関係である
社会学とは何よりも意味を最優先として形式を不問に付す
通俗的な学問にほかならない
哲学と映画はもっと非効率的/非経済的で無駄なもの=不純物を孕んだものなのである × 哲学と映画はもっと非効率的/非経済的で無駄なもの=不純物を孕んだものなのである
○哲学と文学と映画はもっと非効率的/非経済的で無駄なもの=不純物を孕んだものなのである (アホ諸君は)(おれから)学べよ、盗めよ by ビートきよし師匠 メモれ! テプれ! コピれ!
スマホれ! タブレットれ! PS5れ! 山田洋次とか伊丹十三とか宮崎駿とかアンノなんとか?とかの本質的にファシズム的な作品がウケてしまう土壌は日本にあり極めて憂慮すべきである 内容と様式をくらべれば、主題と形式をくらべれば、様式や形式のほうがずっと重要であることなど、わかりきっている。
それなのに、文学批評や芸術批評や文化批評の大半は様式や形式、すなわちスタイルというものを語るスタイルをもってこなかった。(中略)
スーザン・ソンタグが30歳そこそこで気がついたことは、スタイルこそがラディカルな意志をもっているということだった。
これは世の批評の怠慢がいかにひどい体たらくだったかということを告げるとともに、一人の才女が何かの理由で一挙に気がついたことが、
どれだけ世の中の新たな芸術感覚や表現感覚にとって慈雨のような潤いに満ちているかを告げた。
(松岡正剛「千夜千冊スーザン・ソンタグ) 吉本隆明「アフリカ的段階」は、英訳されなかったことが悔やまれる本田ではないか。
ブラックパンサー党は、かつてはマルクスに依拠した活動方針をとっていたが、
あるころから「マルクスの思想にはアフリカ文明を考察する観点が無い」ということで、 ↑の続き
マルクス離れを起こし、今日に至っている。
「アフリカ的段階」がアメリカで読まれていれば、
黒人運動に結構な影響を与えた可能性がある。
現在のようなポリティカルコレクトネス一辺倒ではない、
70年代の労働者・農民運動としての黒人運動を踏襲する形がありえたかもしれない。 872の訂正
×ブラックパンサー党は
〇たとえばブラックパンサー党などは ≫浅田浅田彰が呼んだ「土人」に大向こうウケ
日本が吉本隆明のいう「ハイイメージ段階」にさしかかっているとすれば、
「アフリカ的段階」のいわば「土人」の文明が、テクノロジズムによって
「ハイイメージ段階」において回復(復興)されるというかのような
吉本的アフロフュ―チャリズムには説得力があったと言えないか。
はたして映画だと「ブラックパンサー」みたいなかんじになるでしょうか?
ちなみに「ブラックパンサー」は、最近では、アメリカ人の選ぶ
映画史上の傑作20とか30とかに入っているケースが多い。 なお柄谷・浅田が、昭和天皇崩御の際に
皇宮前広場で拝跪している日本人について遣った「土人」という言葉は、
三島由紀夫「北一輝論」にある
「北は、天皇について、土人の酋長くらいのものとしか考えていなかった」といったような
文章(北一輝本人がそう言ったかどうかは不明)の孫引き?です。 三島が土人という言葉を使ってたのを浅田も真似たみたいなキテレツなこじつけには驚いた。「土人」という言葉はいつから三島の専売特許になったんですか?www 中上が、柄谷との対談(「歴史の終わりを超えて」所収)で、
柄谷・浅田が昭和天皇崩御の際に「土人」という言葉を使ったことに
文句を言ったのです。
それにたいして、柄谷が「土人というのは、北一輝が言ったことなんだよ」
と言ったということがあるのですよ。
しかし、柄谷が北の本を読んだとは思えないので、三島の「北一輝論」の受け売りだろう、
と考えるわけです(当時柄谷は三島の著書を読み返していた)。 訂正、
「歴史の終わりを超えて」に所収の対談は、柄谷・浅田のもの
柄谷・中上の対談は、「ダイアローグ3」に所収だったと思う・ インフルエンサーという言葉と、それに相応する存在の区別もつかないバカが蓮実を語ってるとか、さすがに蓮実も気の毒だな こんなこといいながら何レスも書き込むアホ
811 脈打つダンカン ◆RoWesEnmGs [sage] 2021/02/05(金) 20:55:04.35 ID:9wvW6QUS
このスレのラヴェルは際限なく下がっていくなあ
書き込む気が失せるわ 吉本も浅田も柄谷も蓮實や西部邁以下なんだから語るだけ時間の無駄
アホだらけなスレだなほんと 宮台に毛が生えた程度の浅田や柄谷を論じるこのスレの教養の低さには反吐が出るな ちよっと考えたらわかること。
蓮實がそんなにすごいなら
欧米で著書が翻訳されまくってるはずだろ?
韓国じゃなく欧米な せめて小林秀雄や福田恆存、岡潔くらい語れる知的教養を身につけたまえ 知ってる名前を全部言ってみる大会が始まったかwww お客様の中に
浅田彰が登場する前から
ドゥルーズやデリダを読んでた方は
いらっしゃいますか?w ドゥルーズはキャッチーだからウサン臭い
造語みたいなものを多用するコピーライターみたいな奴だな
同語反復みたいなんでウジウジやってるデリダのほうが面白いし信用できる デコンストリュクスィヨンは、キャッチーなつもりはなく、ハイデガーのDestruktionの訳語として消極的に、なんの気なしに使い始めたら、アメリカでウケたから自分の看板みたいにしたんだろう
知らんけど >>881
>インフルエンサーという言葉と、それに相応する存在
なら、男はつらいよとマルサの女とラピュタとトトロともののけ姫(初出時)とエバンゲリオン(初出時)の時代の「インフルエンサー(中略)に相応する存在」を具体的に説明してみせろよ
固有名等を挙げてな
できないんだったら無意味なハッタリをぶっこくんじゃねえっての CUREのBDと蛇と蜘蛛とニンゲンのDVD買っちゃったよ
BDレコーダー/プレーヤー持ってないのにw >>892
インフルエンサーは一般人に紛れてるのだから、個人名なんて特定できるわけない 宮崎駿だって最初に持ち上げたアニメマニアがいるが、そいつは当然一般人だ 2回目の特別定額給付金出たらレコーダー買うか
それとも来冬にノースのバルトロライトジャケット買うか 一般人の中から同時多発的にインフルエンサーが発生し、そこから中心に大衆に広がっていく >>897
おれはアニメマニアでは全然なかったしおれ自身インフルエンサーでは当然なかったけどテレビでコナン見てたしアニメージュでナウシカ見かけたことあったし映画館でナウシカもラピュタもリアルタイムで見た
当然インフルエンサーなんていなかったし知らんそんな奴は
宮崎は初期から商業的にメディアの波に乗ってた
インフルエンサーが波を作るのではなく、(当時は)メディアが波を作ってた >>900
マスメディアが宮崎駿を取り上げる過程を想像してみろよ池沼 >>901
お前が世の中の仕組みを理解せずに踊らされてるアホな典型的な大衆ってだけ 他人が言ってたことをどっかで聞きかじって、それをさも自分が考え出したみたいに思い込む典型的なアホな大衆 小津のお正月映画って動員はどんなもんだったんだろ
ジョン・フォードも封切り当時はただのハリウッドの娯楽西部劇の巨匠でしょ いつものオコチャマくんか
君はいっつもズレてるなあ
ゆとり教育って哀しいね
ま、図書館に足繁く通いなさい、ぐらいしか云えない 世界にピカソの絵の良さを
本当に本当に本当にわかってるやつは何人くらいいるんだろうな? 本から学ぶやつはアホ
まともな知性があれば経験から学べる フィルムノワールとかスクリューボールコメディとかハリウッド映画好きだけどやっぱり娯楽映画として見てるな
ホークスが特に好きだけどあまり監督はもはやそんなに関係なく
日本の娯楽映画も戦前戦後を問わず見るし面白いし時折ハッとする場面もあるけどね
しかしそれは文学でいうとフォークナーを読む感じじゃなくチャンドラーを楽しみとして読む感じに近い
逆にゴダールはやはり同じようには見れない
シネフィルは同じものとして見るんだろうけどね 宮崎に明らかに固有の文体があったからメディアの波に乗れたんだよ
インフルエンサーなんちゅうのが当時あったら都市伝説かオカルトのたぐいだな
ネットが存在する今ならいざ知らず
つーかインフルエンサーがどうとか下らなすぎる
「インフルエンサー」なんて恥ずかしい単語を真顔で口にする人初めて見た
そんなこっ恥ずかしい人実際にいるんだ
リュウチェル?とか吉本芸人?とかキム・カーダシアン?とかのSNS見過ぎだろw >>910
頭悪いなお前
インフルエンサー=有名人って発想しかできないのか?
単なる友達だって、そいつから影響受けるなら、その友達はお前にとってインフルエンサーなんだよ フォードとホークスは別格ですわ
あえて陳腐な言葉で云うなら、神 蓮實重彦の信者ってこんなにアホばかりなんですかね?標準的なコミュニケーション能力さえ持たず
頭が悪い癖に気取った白痴ばかりで驚愕。結構いい年いった風俗が趣味のこじらせ中高年男性が多いんだろなぁ。 「絵画の理解」ということになると、
なにかとピカソが持ちだされるということ自体が理解できない。
別に悪いとも思わないが、ただ当時の「先鋭的」な絵画としては、
あか抜けないところのある作品群である。
マチスの作品群と見比べれば、その垢ぬけなさがわかると思う。
いわば民芸品みたいなところがある。
また、私はニューペインティング世代なのもあってか、
ピカソの絵画から、
なにかしら「理解しがたい」というような感じを受けたことが全然なく、
むしろ平凡さしかかんじない。
かたや、マチスの絵画も同様に平凡さをかんじるものだが、
どうじに「センスいいな」とも思う。 そんならそれを「インフルエンサー」って言う必要ねーわな
友だちでいい
友だちのこと「インフルエンサー」なんて馬鹿にしたような言い方したら友だちに失礼だろw
ウケ狙って言うのか?
とにかく馬鹿馬鹿しいから「インフルエンサー」談義はそのへんにしろっての!
お前、つまんないよ
ジャンジャン! >>918
頭悪いなお前
インフルエンサーって概念の中に、有名人だの友達だのマニアだのの外延が存在するんだろ 機能が同じだからインフルエンサーって概念でまとめてるだけ お前乃木坂なんとかのファンなのか?
「インフルエンサー」ってその時の流行語をネタに歌詞を書くことがウリの秋元康がネタにするような恥ずかしい言葉だぞ
「セーラー服を脱がさないで」とかと同義語な
これ、普通の感覚があれば常識な 知らねーけどおニャン子?とかエーケービー?とかなんとか坂57?とかの曲のタイトル検索してみ もういいわ
インフルエンサーの話は飽きた
このコの相手は常にとてつもない徒労感あるわw
おれって優しいからいつもある程度付き合ってあげちゃうんだよなw インフルエンサーというのは、感化力が強い人、というほどの意味だから、
それはむかしからいるでしょう。
大はトランプ前大統領から、小は幼稚園のませた子まで、
どれもインフルエンサーには違いない。 蓮實批評のいいところはアイドル映画だろうがなんだろうが属性は関係ないとこなのに おれはパンツの穴の1作目もタンタンタヌキ?もコータローまかり通る?も映画館で見た漢だぞw
お前らとは “格” が違うんだよw 話はずれるのですが、
宮崎アニメをアメリカの映画関係者がほめたのは、
陰謀なんではないかと思うことがある。
日本人に手描きアニメに固執させて、CGアニメへの移行を遅れさせるため、
ディズニーあたりの仕組んだことではないのか、とつい疑ってしまうのだ。
CGアニメ技術は、むかしは日本のほうがアメリカよりも進んでいたところあったはずだ。
それが、いつの間にか、はるかに水をあけられている。
アニメならば、人種的に不利ということがないので、技術的に勝っていれば、
いくらかは国産がアメリカ製に太刀打ちできたかもしれないのに、
残念である。 「俺は田舎のプレスリー」評なんて、蓮實重彦にしか書けない。
山田洋次系統のダメさ加減と、「画面の映画」としての素晴らしさを共に具体的に語っている。
でもこういうのばっか書いてたら一部の映画ファンからは好かれてもマイナーどまりだっただろう。
森崎東「釣りバカ日誌S」は恥ずかしくてキツい部分(出演してはいないけど前半が吉岡秀隆的)と無自覚な活劇性を併せ持つ厄介な(面白い)作品だが
ビートたけしの「菊次郎」や「龍三」にこんな(あれこれハズしても固有のパワーで巻き返す)魅力は無い。 宮崎駿もしょーもないけど、アメリカのアニメはもっと駄目だ
ヒーロー物もあかん
古い人間と言われるかもしれないが、これが正直な感想
どうも、馬鹿馬鹿しくってまともに見れない 森崎東の初期の青春物は渥美清はなかなか面白いけど見ててやっぱキツかったなw
ヒモ天国は最高に面白かったけどw 浅田彰じゃないけど、アニメは押井守で “ギリ”
アンノ?はエバンゲリオン?に納得のいくオチ(結末)をつけられたら、評価の土俵に乗せてもいいけど、25年ぐらいやってても、思いつかないんだから、ムリだろう 鈴木則文の受け止め方にしても、中原昌也や柳下や中野貴男や山根らよりは蓮實の方がずっと上で
年間ベスト1にした作品にせよトラック野郎シリーズ(クライマックスになると弛緩)にせよ吼えろ鉄拳の扱いにせよ、変に持ち上げたりせずに納得いく評価をしている。
桂千穂「ほとんどの優れた監督には必ず女々しいところがあるけれど、則文さんは男らしい人だった」
澤井「助監督についていて最初は、凡庸なカットを平気で積み重ねているのにオッケー最高と言ってるのに呆れていましたが
だんだんこの人はすごい人なのではないかと思い直しました」 コータローまかり通るの原作漫画ははるか遠い昔読んでたことがあったんだけど、舞台の高校の敷地がとてつもなく広い、という設定が面白かった 喜劇特出しヒモ天国の芹明香は山中貞雄の丹下左膳に匹敵する。
本人はいつものままなのに爆笑させるという意味で。 たぶん今度のエバンゲリオン?の映画も、オチ(結末)丸投げで、10年後ぐらいにリブート作品を作るんだろう
で、それのオチも......(r
以下延々ループ なんかホークスの赤ちゃん教育なみにしつこい映画でねw コータローの原作、扉絵でやたら作者自身のロックバンド(5¢)の宣伝してた事ぐらいしか覚えてない。
当時のマンガでは作者が好きなアイドルだのロックミュージシャンだのをしつこくアピールする行為がよくあった(鴨川つばめ江口寿史秋本治小林よしのり…)けど、本人のバンドってところが図々しいというか微笑ましいというか。 ヒーロー物はバートンのバットマン2作が “ギリ” だな
ダークナイトになるとかなりしょーもない
ライミはハスミヤンは嫌いになれない監督だからスパイダーマンはそこそこだけど
おれ実はジョーカー見てねーんだわw コンイチカワ的なタイポグラフィーや岡本喜八的なカット繋ぎもあったけど
ファイヤーフォックスとかキャプラとか >>940
ファイブスター物語?の人とかバスタード?の人とか喜国雅彦?とかのメタラー系の人は今でもそういうのやってますね ダークナイトはコンイチカワの映画みたい
見づらいアングルと照明のコマを高速で繋いでて何が映ってるのかさっぱりわからん 神代辰巳は赫い髪の女が傑作と言われるけど好きじゃないな
神代の作風にあの脚本は合わない エルガイムのヘビーメタルはカッコ良いと思ったけど、永野護のマンガはきちんと読めない。
プログレ知るより前にアトールやアシュラテンプル(ペル)などの名前を知らされた思い出がある。
バスタードはモテないデブのオタクがマンガ内でデイブリーロス気取りしてるような感じにまったく乗れず。 憂歌団の主題歌が合いすぎてるのがダメという青山真治に珍しく同意。
土木作業場面の撮り方もカサヴェテスに劣る。
武田一成の「おんなの花道・濡れた海峡」は大した作品じゃないかもわからんがもう一度観てみたい。
野糞シーンのあるロードムービーとしてヴェンダースと並び、いちおう原作は田中小実昌。 エルガイムを漫画にしたやつ最初のほう読んでました
ちらりとウィキ見たらまだ連載してるんすね
バスタードも昔読んでたなあ
つか(谷崎を大(おお)谷崎と呼んだ中上に習って呼ぶなら)大富野翁(おおとみのおう)は癌駄無のラインよりザブングル〜ダンバイン〜エルガイムの三部作のラインが素晴らしい 70年代の泥臭くも白けた作風で神代は生きる
赫い髪の女は単につまんない映画に思えた
女たち猥歌になるとやっぱり神代はいいなあとなるw レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。