【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る29
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旧日本軍の火砲全般を語りましょう。 ● 火 砲 と 無 関 係 な 雑 談 ( 政 治 話 な ど ) や 脱 線 は ご 遠 慮 下 さ い 。 ● >>980 に 達 し た ら 次 ス レ が 立 つ ま で の 間 は レ ス を 控 え ま し ょ う 。 【重要】 荒らしの相手をする者も荒らしです。 スルーを心掛けましょう。 過去スレは>>2 ■前スレ 【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る28 https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494250599/ ■関連スレ 【6.5mm】旧日本軍歩兵火器総合【7.7mm】 https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1518851180/ 要塞・重火砲について語るスレU http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1331303784/ 【陸軍】旧日本軍の陸戦を語るスレ6【海軍陸戦隊】 http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1342350654/ >>598 えー、1932年の英国の乗用車生産台数は17万台なのに、年3万台売って四割? ちなみにイギリスは世界最大のブロック経済圏を構築できた国なので、一番国内産業の保護に成功した国でもある。 大恐慌前の1929年と32年比の乗用車生産台数で、 アメリカ 460万→110万 イギリス 18万→17万 フランス 21万→14万 ドイツ 12万→4万 イタリア 5万→3万 日本は1000の桁で四捨五入すると0万→0万である意味一番無敵とも言える(言えない) >>600 1933年の数字だもの。初期だけ売れて終わりなんてわけじゃないしな >>601 「最盛期はイギリスの市場の4割を占めた」って言うけど、その最盛期っていつ? そしてその四割は、その年の販売台数? それとも保有台数に占めるシェア? 1936年から自動車製造事業法でバリバリ国産優遇した日本でさえ、 1937年は国産1.8万台に対して、輸入車と輸入組立車が3.2万台。 38年になっても2.4万台対2.1万台だしなぁ。 四割はアメ車が占めている。 >>593 ブロック経済圏がわかってねぇな 当時は不換紙幣で 国同士で適当にお金を刷りまくっていて コンピューターの無い時代でそんな事やったから 交換レートが弾き出せなくなっただけだよ だから外国から大事な物を購入する場合 ゴールドとかしか無理になっただけだ こういう時、生産設備はゴールドと同じ働きをするし 車も同じだ 車も生産設備も輸出入はゴールドで取引になる 車の輸入が減れば、国のゴールド輸出は防げるし 車を輸出できればゴールドが手に入る >>602 Ford UKのHPによると1937年 1937 – At it's peak the Model Y captured 41% of its market sector. >>597 イギリス・フォードはトラクターも作ってるから 食料生産にもかなり貢献してるんだよ しかもこの後、戦争が始まったら360,000台の各種車両と 34,000基のロールス・ロイス マーリンエンジンを生産したから、とんでもない貢献をする事になる マーリンエンジンは週400基生産と言われ、これは元のロールス・ロイスの月単位の生産に匹敵するとか しかも品質は本家ロールス以上の仕上がりで この辺の生産お化けは、やはり車メーカーならでは >>604 日英が金本位制やめたの1931年だし。 アメリカは1933年で、世界恐慌のせいでだろ。 フランスは1936年まで粘った。 >>605 どっちかわからないけど、出荷に占める割合と仮定して。 1937年のイギリスの乗用車生産は39万台。 これの41%と言うと、16万台だ。 イギリスにおけるフォードY型の生産数は、1932年〜37年でダーナム工場とコーク工場計で16万台。 これ累計を一年に盛ってるよね? やっぱ高校、大学で乗馬部を補助金で支援するとか 主要観光地の巡回路線を馬車にするとかして馬に接する機会を増やすのが 豊かな国のあり方じゃないかな タイの象に乗るアトラクションとか人気あるし、馬に接するのは情操教育に良いと思う 日本の馬術界ってどんなもんやろ 秋山好古と西竹一のお二方しか知らんわ 航空関係はグライダー部とか作って普及を図ってたな。 馬は……一部田舎だと家にいた勢もそこそこいた時代ではあるけど……。 家で馬飼ってた人は優先的に砲兵とか輜重、歩兵でも歩兵砲隊に回されるとかあったのかね? シャバで土方だった人は優先的に工兵に回されたそうだけど。そのせいで工兵は気が荒いといわれていた。 自動車運転技術、料理人、医療薬学関係者辺りは入営前の職業が考慮された話を聞くけど 馬の扱いはどうだろうなぁ 20歳徴兵じゃなくて戦時の召集は社会人経験ある人多いから、色々考慮されたり 考慮されなくて不満覚えた回想記があったりするな 川と海でヨット部、ボート部を支援 現代日本がイマイチ幸福感や一流国としての豊かさが感じられないのは アンティークな工業品の趣味、乗馬、ヨット辺りが弱いからかな 米国のクラッシック機やスポーツフィッシング、ヨット、カヌー、エクストリームスポーツとかアウトドアの多彩な趣味が裏山 戦中、早稲田に野砲班なるものあったごとく、大学に砲術部でも助成金でつくればいいんだよ! 夏休みに陸自に体験入隊とかな(笑) ストレス発散で155mmぶっぱなしたくて勤め人の有志も殺到しそうだ 下っ端は当然撃たせてなんかもらえない。ひたすら砲弾を人力搬送と砲弾磨き、煙突掃除人よろしく 砲腔清掃だ 精神と肉体を鍛えたのを万人に認められて修了証が与えられる 資格ゲットのセレモニーは発砲時、紅白に綯った拉縄をひいて、さめざめと感涙に咽ぶつー 寸法だ >>607 幾らなんでもブロック経済知らなさ過ぎ 1929年から、通貨切り下げ競争が起きて 結果として金本位を維持できなくなったんだよ 何で金本位できなくなったかちょっとは考えろ >>600 そもそもイギリス フォードは国内生産だし あと、フォードYってのはイギリスの馬力規制税制に合わせた 小型車で 当時の主力A型やB型の直4の3.3 Lでは大きすぎたので 1Lの直4にまで下げたもので 日本で言えば、フォードが軽自動車作って売った的なモデル 一つ上の1.2LのモデルCすらイギリスでは今一売れなかった >>616 むしろ最後まで金本位引っ張ったフランス・オランダ・ベルギーの一群は ゴールドブロックって言われていたけどな。 >>617 むしろ工場名まで出てるのになんで国内生産じゃないと思ったの? そもそも当時イギリスで販売台数的に主力だったのは小型車だからな。 29万台を売ったオースチン7なんて0.75Lだぞ。 >>608 日本なんか戦前でマックス合計10万両くらいしか車両作れん勝った 戦争計画の失敗は鉄鋼生産増強ー自動車製造増やすとかの措置が 海軍建設より後回しにされた。これが敗因 馬鹿海軍が暴れて軍拡するからアメリカに警戒されて競争不利になる 開戦や衝突が不可避なのはりかいできるが、海軍のミスが不利な驚異論と警戒包囲網を大きく誘発しつつ 工業近代化を事実上遅滞させてしまった これ多大なミスなんだよな。海軍は幼稚に派閥×軍産複合体主義に走って結果ミスリードになった もっと自動車×弾丸×製鉄にリソースさいてほしかった。 日本の自動車生産が少ないのはエンジンの供給が少ないからで、それは航空機と 被るからでもあるからなぁ。 鉄の問題じゃない気がする。鉄なんて輸送船一隻作るのやめたら何千トン単位で浮くんだし。 NHKでノモンハンやってるが当時の映像あったんだな。 俺も今見終わった。 しかし関東軍参謀連中や小松原師団長の稚拙な指揮はまだしも、対戦車戦闘において20mm自動砲が更なる集中配備されていれば歩兵の肉薄攻撃をゼロにして損害を千名減らす事も可能だったろう… 九x式徹甲弾の時代は破甲榴弾並みに炸薬が入っているものが多く、その時点での九四式速射砲の貫徹力は実は自動砲と大差ないため対戦車戦闘においては下位互換に過ぎなかった 後に一式徹甲弾で巻き返すが せやろか? 20ミリ自動砲が集中配備されていたら、壊滅が数日伸びただけで損害は変わらんのではあるまいか? 20mmって徹甲弾でBTの正面装甲抜けたっけ? 歩兵相手には牛刀をもって鶏を割くの類で、しかも破片威力には期待できんから、まあ中途半端よね もそっと大口径の対戦車砲と92重機の充足をってことになると思うがねえ 自動車にリソース割きたくても 何十万台も保有するには国内産業と国内市場が必要だし 短期的には鉄道とかち合うんで、これまた政治や製鉄とぶつかるし モータリゼーション化は国内土木産業ともぶつかるし、これまた人が余ってるから機械化とぶつかるしで まあ一気にいろいろ塗り替えるには戦争に負けて全部パアになるぐらいの衝撃が必要だし それがあっても未だにいろいろ身動き取れないものは多数あるしで だいたい全部当時の人も思いつきはしたけど出来なかったことだよねえというオチである >>625 九四式速射砲と大差無いという日本軍の記録があるよ その九四式が抜けたのだからやらないはずはないと思われる 火砲過去スレより 0479 名無し三等兵 2017/09/16 07:49:09 昭和十五年初め頃三十七粍砲廃止論が一部の人の話題となり、 その理由とする所は九四式の本砲の徹甲弾は、九七式二十粍自動砲の徹甲弾に比し鋼板貫通力大ならざる点に在りとす。 其の時私は三十七粍砲の九四式徹甲弾は名称は徹甲弾なるも実際は如何なる土地にても作用する如き大きな信管を有し、 相当の炸薬量を充填する破甲榴弾にして、之を鋼板貫通専用の徹甲弾とすれば貫通威力を増加し得るものなりとの説明を試みたり。 然るに廃止論者は「貫通威力を増加すると云ふが如き抽象論にては満足し得ず、幾程威力を増大するや」との質問をなし 私は「四十パーセント位は増加可能なり」と回答せるに「四十パーセントとは如何なる意味なりや」との再質問を受け、 「今射撃距離500米にて貫き得る鋼板を700米にて貫き得るものなり」と答ふ、「それだけの威力があれば三十七粍砲も棄てたものに非ず」との結論を得たるを憶ひ出す、 かくの如くにして、新に三十七粍徹甲弾の研究は熱心に開始せられたり。 此と併行して新火砲として現はれたる四十七粍砲の徹甲弾の研究をも実施す。 どうやら砲弾の方に問題があったというべきだね >>623 アスペ全開だなぁ 駐在武官がソ連内で戦車の大移動を見て報告したのに 対戦車兵器とか飛行機を寄こせって提案を 上層部が握りつぶした話だろ 何でいきなり20mm自動砲の話になるの 病院行けよ なんでそんな食ってかかる様な攻撃的態度しか取れないんだろうねぇ…心に余裕が無いのかな 20ミリ銃は単発でええやろ 15キロぐらいに収めろ 大学に火縄銃愛好会を立ち上げてガン愛好家を増やすのがよろしい >>499 実はね、連隊砲になった四一式山砲の砲身には「(歩)」って彫ってあるの…。 日本の山砲のスペックに慣れた軍オタからすると各国の山砲のコスパがうんこすぎる そりゃ射程長いのはいいけどその為に増えた重量でかすぎでしょという 逆に野戦重砲とかは重量/スペックが諸外国に比べて微妙なのにね 日本は山砲だけ突出してる 他の国は山砲にリソース突っ込むぐらいなら迫撃砲にするからな いや81mmと120mmに関しては各国ストークブランのパクりみたいなもんしょ >>637 驢馬騾馬戦力化できなかったのが大きい 小柄の割に力持ちの家畜 車両通行できない急峻で山砲兵がつかうの他国では常識だったのに 仏教の日本は肉食文化が傍流でももんじとかいわれていたし、牛馬も妊娠中に酷使したりして 早産して産まれた子が小柄で虚弱とか益畜育成技術が西洋どころか支那、朝鮮にもずっと劣る水準だったからな 偏見なしにこれは事実 日本はそういった悪条件が重なって、驢馬騾馬のかわりに山砲兵が重量100kgの砲身やら担ぐ場面が他国にくらべやたら多かったわけ 山本七平は日本陸軍の山砲兵がもっとも辛酸嘗めた兵科とか書いてた 育成技術的にはそこそこ高かったと思うけどな。 日本は近代に至るまで、馬の去勢技術がなかったのが問題。 去勢していない馬は気が荒くて扱いにくい。 なので江戸時代までの日本では馬を扱えるのは一部の専門職だけだったし それだけに扱う技術自体は高かった。 >>643 うーん、けして言いたくはないけど、優秀な雄馬だけ種にしなきゃダメでしょ的な ナチスの優性思想みたいで、おれが人非人みたいでヤだけどさぁ… たいしたことないオスの扱いで右往左往兵隊の時間と精神、労力を消耗してるのは やはり国防的にはいかがなものか?てことだろうね 西竹一のウラヌス号ほどの逸材なら暴れ馬を御す甲斐あるだろうけど >>644 うん。だから馬の去勢技術がなかったのが問題だったって言ってるじゃない。 メッカチって徴用去勢雄馬の話は大陸の戦記でよくでてくるよ 椎名誠のモンゴルエッセイで馬の去勢の話あるし、大陸に浸透した1930年代には日本に普及 してた模様だ マレー作戦ではトラックに鶏積んで進撃 完全栄養食である卵を随時補給 もちろん鳥も食う これは捕虜になった英軍兵士も感嘆してたぐらいだから、小さい生き物にはそれなりに理解があるんだろうな日本陸軍 基本的に大型・高額の生き物の扱いは二流になる >>641 小さく生んで大きく育てるのがいいという信仰があったからな 鶏は中世から飼ってて、ほっといてもミミズつついたり雑草ついばんでて、キツネやらイタチの害獣 対策してればほぼ放置プレイで殖える 犬や猫は大昔から日本人との親和性も半端ないんだが、たしかに牛馬は中世から関わり あるんだけど扱いがめちゃくちゃ下手みたいだな 大名の馬なんか特別誂えで体格、見目麗しさやら扱い水準も半端なかったみたいだが、一般の水準はクソといって よかろう ガダルカナルでめずらしく日本軍撮影四一式分解輸送してる写真があるね 車輪かついで丸太一本橋渡ってる 重いのもそうだしバランス感覚必要でまるでサーカス団だよ オーストリアやイタリア軍はアルプス擁してた関係で山頂ワイヤーで繋いで砲移動とか サーカスまがいのこと一次大戦で平気でやってたけどな… 当時は人が分解して担げる投射兵器では迫撃砲か山砲が射程と威力で最強だったと思う ロケットや無反動砲が普及するのはそれよりあとの時代 日本のは本場ドイツ・オーストリアとかの山岳猟兵部隊には使役ノウハウの関係上実力としては敵わないんかね 実際に日本軍、そういう地形だと散々やし 野砲兵だけど長沙作戦とか苦戦したし、シンゼイワ包囲戦とかは山砲もあまり有効に活用できてないし まあ戦国時代から山越えして攻めるってのは相当敵有利ってのが分かり切ってはいるんだけども オーストリア併合でのドイツ軍事上の最大メリットは有力な山岳部隊を自軍に編入できた という話はあるね 山を超えて攻めるのはいくら人海戦術でカバーしようとしたソ連軍でも辛いものがあるんだろうか コサックはそういうのお家芸でソ連軍も斥候や山岳戦で重宝した ドイツ軍も連中の能力評価してさかんに懐柔してたね 山岳少数民族以外の一般のソ連兵はそういうのは苦手 沼沢地徒歩浸透突破みたいなのは得意だったみたい そもそも日本軍は満州の広野でソ連軍と大規模会戦する気だったから比率としては貧弱な山岳師団より重砲を盛んに装備した野砲兵師団を志向したんだと思うけど それが思わぬ地域に配置される事が多く、貧弱な補給力の方が耐えきれず、結果として実態は山岳師団並みに火力が落ち込む事になる(沖縄などを除く) まあー、九四式山砲×24と九九式十糎山砲×12混成の36門編成の一般的な山岳師団を主力に据えて、大規模会戦では足りない火力は流動的な軍砲兵(十五糎榴弾砲、十糎加農)を逐次配備するじゃいかんのかね… ちょうど宮古島の第28師団とかが近いね 歩兵隊は日露戦以来の精鋭だし、足りないとあらば軍砲兵の配属を受けてるしな >>641 国産馬がだいたいにしてラバみたいなもんだろ うーん 駄載に関していえば驢馬が国産の糞雑魚に負けるわけがない 元来ロバはパワー、馬はスピードだった はるか後に人間が登場した重種の馬は別としてだが 日本は北海道を除いて重種があまり手に入れられないので、あまり縁が無い話だ ただ小さいだけの馬より驢馬の方が駄獣としては上 日本は軽い馬車や農耕具を引かせる軽種ばかりだったので力もなかった そのせいで三八式十五糎榴弾砲は事実上8頭ばんえいは不可能だった(10頭ばんえいでは大半のカーブを曲がりきれない) 山砲にも厳しい制限が課せられた(しかしこれはそれが転じて傑作砲を生む原動力となった筈) えー、パワーもスピードも馬のが断然上だろ。体格からして全然違う。 ロバの利点は、大人しくて従順で扱いやすい事と、粗食に耐える事。 あとは荒れた山道に強い事。 で、馬とロバを掛け合わせていい所取りしたのがラバ。 馬に迫るパワーがあって従順、粗食に耐えて山道にも強い。 ただし、完全な異種交配なので繁殖力はない。 ライオンとトラを掛け合わせたライガーとかと同じ。 すまん、小柄でパワーある、という意味だ 小さい国産馬はでかいロバよりちょっと重いぐらいだろうし、ロバの方が総合的に良かったと思う そりゃ、でかい馬に比べれば遥かに貧弱 ロバでもラバでも駄載量は100kg前後で馬との差なんか無いも同然 それに駄載は毎日積み下ろししないといけないんで 結局人間側の腕力や作業力も問題になるのじゃな 駄載量は移動距離によるけど、陸軍の目安だと若い馬で 体重の30%、年行った馬で20%。時速四キロで四時間歩いて休憩。 当時使っていた軍馬は体重400〜450くらいのが多かったので、 80kg〜135kgが目安。 ロバやラバは中国現地で買ったり、御者ごと雇ったりして使うケースが多かったけど、 その駄載量の目安はロバが120斤、ラバが1.5倍の180斤。この斤は中国斤(市斤)で、 1斤=500gなので、60kg〜90kg。速度は馬より遅い。 ラバが馬に並ぶ性能を発揮できるのは、荷車を曳く場合。駄載よりこっちの方が得意らしい。 >>649 江戸時代中期までの人口大激増期に、農村で牛馬の数を減らしてそのためのリソースを耕作地化してるのよ 牛馬を食わすにゃ大量の草地が必要だが、灌漑の出来るところなら可耕地でもあるんでな んでこれまで牛馬にやらせてた労働を二足歩行する生物が代替するブラック農業伝説、と その過程で、それまで農村に保有されてた使役動物管理のノウハウも消失までいかないでも細っていったという なんか何でも現状を民族性とか文化人類学的なものに求めるような風潮があるけど、実は歴史的選択の結果でもあるんだな >>663 の指摘する通りなんだよな。 歴史人口学等によれば、江戸時代初期までは、それなりに農村に牛馬がいるのだが。 江戸時代中期以降になると平和に伴う人口増加を養うために牛馬の代わりに人間を使うという ブラック農業が日本では当たり前になる。 諸外国ならその人口増が植民地開発に向かうのだが、日本の場合、鎖国したので植民地開発に その人口を向けようがなかったという哀しい現実が。 植民地開発に向かうと言うか、隣国への進出に向かうパターンがほとんどだな。 明治以降の日本もそう。 あー和民屋ですかい。人口増加で蒙昧の民を低賃金タダ同然で牛馬以下コストで泥まみれ田んぼ、畑で 四つん這いに「死ぬまで働け!」でガツガツに働かせると… 陸軍でも将校 下士官 軍馬 兵隊の扱い序列差であったけど、けして笑えない事態だよねぇ なんだ、江戸時代の環境と西欧ではラバロバが担う山砲部品を日本軍では山砲兵がみずから 背負ってた、基本的な構図はなんらかわらんのな… それで九九式十糎山砲評判が極端に悪い 嫌いという当時の山砲兵が多いとか 戦車マガジン「知られざる日本の兵器」連載だが、竹内昭さん佐山さんやら後生の研究家以外に実際砲に接した 、とか本人に聞いた人が書いてる記事がある 分解重量では日本軍基準で駄載、人力搬送で限界値だったんだろう シュナイダー製であるためか当時の兵隊の話で防盾形状が好きになれないとかも書いてる 配備状況本来の山砲兵装備というより、>>656 の記述のように離島防衛用の軽榴弾砲 扱いとして使用用途変更されたものらしい 残念ながら、この記事はグランドパワー再録本に載っていない どのみち暑い南方ではお馬様は無駄に死ぬだけで、モーターリゼーションなにそれの 貧乏国は兵隊がかつぐしかねえんだよ。で結局最強火力は兵隊がかついて運べる92式重機に往々にしてなるのだ 十糎山砲は第一次大戦のやつをこちらでちょこまかと再設計したものだからなー…左右射界が狭い 最も重い砲身重量は119kgなので、100kgの壁を余裕オーバーしてしまい、とうとう一人で担げなくなってしまったし しかし十糎榴弾の制圧力は十二迫が無い大概の日本軍にとっては有難いんじゃね 代用品的なものとして しかし日本軍って75mm×24+105mm×12の編成が好きだよな野砲兵も山砲兵も 理想的な比率は十糎と逆にしてそこに十五榴加える48門だが 砲身重量100kgで1900年代四一式、1930年代九四式で射程2km伸びたのは自緊法の技術 革新だけど、人力ではこの100kg重量が越えられない壁なんだろうな この砲身重量枷では当時の技術で究極の砲設計してる 九四式は20.8口径長、四一式は18.4口径長だけど両者ほぼ100kgなので、単位砲身長あたり1割以上軽く作れる計算になる てことは四一式を自己緊縮法にすれば90kg未満に砲身重量を抑えられるのか いやむしろ同じ砲身重量で砲身長一割強長く出来る出来ると考えるべきか 四年式十五糎榴弾砲の砲身を一割延長すれば、初速も上がって射程が延伸され、ブラストも低減されて砲架への衝撃荷重も和らぐ 改造四年式の装薬は非常に強力だったという事だし 自緊砲身造れる設備は日本の場合、とくに限られるんすよ だから旧式砲の砲身改良より新式製造ラインにすべて投入したほうが吉という寸法 旧式設計だと性能は据え置きで従来ラインで焼き込めなり内管交換式砲身生産したほうがいいということになる もちろん理想的な形でないのは自明だけど 旧式兵器をアップデートして戦力増強するのが王道であるね というか第一次大戦のドイツの15cm sFH 13を調べていたら17口径長で2.2トンか…異常なまでに軽いな 四年式は12.6口径で2.7トンだというのに しかも射程は改造4年式と大差ないが砲弾重量42kgあるから、弾重を考えれば改造四年式より長射程の砲に相当する 36kgの九二式榴弾使えば射程は10km届くか届かないかのところまでいくだろう 分解結合機能が無いと、ここまで軽量長砲身化出来るのか… 自己緊縮砲身を使っていないのなら、そこで更に軽量化あるいは長砲身化できそうだし ともあれこれを参考に2トンちょいで射程10kmの十五糎榴弾砲が達成出来そうな件 そしたら他国の同級榴弾砲のスペックは何なんだって話なのでやはり何かオチがあるのかな? sFH13はもともと短砲身だったんだけど、途中で「ランク」って英語でロングの長 バレルに換装してる それが、結果的にもとの砲架のままで軽量て現象生んでるでは? 一次大戦のドイツ砲10.5cmカノン、21cm臼砲も長射程化でランクバレルに換装してるよ >>675 他国の十五糎を嗤うかの様な謎スペックこそ第一次大戦のドイツ軍重砲兵火力の一因といえるな… いやマジでチタン合金使ってんのかってレベルで比重スッカスカやなぁ 命中精度を重視したドイツ軍だからロクに当たらんと言うことは特に聞かんし 砲身長いから却って砲架への衝撃荷重が減ったのかね? あとドイツ語ウィキペディアだと39.17kgの砲弾だと8900mだった 36kgだと10キロは行かずともそこそこ行きそう 15cm K16が射程22km達成してたりね 当時としてはすごい値 GPF 155mmが19kmなのに 要塞攻略の立役者41cm榴弾砲、パリ砲が射程100km越えとか天本演じる死神博士みたいなすごい神エンジニアがクルップにいたらしい 馬は過重労働や過積載で直ぐ死ぬよ 日本軍のようなブラック企業軍隊は馬を 過重労働や過積載で無駄死にさせまくった無能軍隊で インパール作戦でも軍票で集めた馬は平均以下しか持たなかった ・騾馬:73日 ・中国馬:68日 ・日本馬:55日 ・ビルマポニー:43日 方やイギリス軍は 途中の目的地までは自動車で戦略物資を運搬し、軍馬は裸馬で連行 自動車の運用が困難な山岳地帯に入って初めて駄載に切り替え 日本軍のような馬の短命の無駄死にはさせず 高い継戦能力を支えた そういや第二次大戦でも17cm K17とかいう、何故かうちの九六式十五糎加農より射程長くて遥かに軽量な超火砲作ってたなクルップ 満州国皇帝にしてやるから日本来てくれよってレベルの火砲エンジニアだな 誤字った17cm K18ね 15cm sFH 13は評価に値すべき砲だと思う 第二次大戦の独師団砲兵は射程不足・数量欠如・運用稚拙の三重苦だったな >>680 目をつけられて戦後賠償でほとんど戦勝国にもってかれたらしい 臥薪嘗胆で再軍備にそなえて秘匿してたドイツ国内の砲をわざわざアルケット社がフランス軍の装軌車に架設して ロレーヌ・シュレッパー自走砲となった それ考えると15cm歩兵砲(sIG 33)はドイツにしてはフツーの出来だな 500kg軽いだけで射程半分だし やはりラインメタルだからか? 同じドイツの会社でもクルップとラインメタルで格が違うんだろうな 重砲得意なのは歴史あるクルップ、対戦車砲と高射機関砲で新機軸進取に富むラインメタル とそれぞれ得意分野がある ラインメタルの旧社名はエアーハルトか 砲架はクルップ、砲身はラインメタルの15cm sFH18とか ブルムベアの砲はシュコダ製15cmやら ビスコンティ「地獄に墜ちた勇者」どもはクルップ財閥の人物をモデルにした映画だったり したね 7.7cm FK 16で3020門以上、10.5cm le FH 16は知らんが15cm sFH 13の生産数3409門とある これで全然足りて無い、というのだからまさに砲兵と馬の時代だったんだなぁと ドイツ帝国軍主力と真っ向からやる羽目にならずつくづく良かった(あり得ない話だが) 日露戦期の日本陸軍を想起させる、(というと規模・時代からして語弊があるが、)かつての日本軍の考えるかくあるべき姿というのをつい投影してしまう そういえば日本も日露戦で馬の貧弱さを痛感して、ペルシュロンとかいう普通の馬の倍の重さの重ばん馬を導入決定したんだよな フランス原産でナポレオン軍も使ってた最大最強クラスの馬 ミニドイツ帝国軍みたいなのになりたかったのが、いつからか色んな国のインスパイアが混ざり過ぎてそこに国産オリジナルの思想も多分入って、色んな意味で個性的な所帯になったが >>678 インパールは馬も使い捨て前提で過積載して、潰れたら食料の ジンギスカン作戦だから。 モンゴル人の方のジンギスカンが元ネタだからな。 ある意味馬は一番ピッタリ。 白燐弾?だかを砲弾の焼夷弾として撃ち込むと支那兵は火傷の苦しさに耐えかねて堪らず外に出てくるそうだ そして他の兵員も心理的なパニックに陥り撤退が起こる そこを攻撃すると成功しやすい 米軍も日本軍陣地に度々行なっている 日本軍が鬼畜に徹すればインパールの戦果はもっと増えただろう 壊滅的損害は免れないが史実の様な負け方では日本民族末代までの恥だ せめて英軍の三分の一を抹殺してコールド負けは防ごうではないか? 何、トチ狂ってんの、こいつ?… ちっともわけわかんねェんだけども 火傷の痛みは半端ねえから もう少し酷いと皮膚移植だった経験有り 傷も治り痛みも無いが皮膚は斑のままだ! インパールって英軍も結構損害出してるよな? 日本より多いんじゃなかったっけ? >>683 歩兵砲だから長射程は要求されてない 平凡な設計だが、性能的に無理してない故か堅牢で戦後1960年代まで接収した東欧諸国で 運用してた 射程は短いが砲弾威力が捨てがたかったとみえ、1号2号チェコ戦車車体に搭載されて 自走砲化に熱心だった 銘機ってのは必ずしも高性能のことだけでないよ 15cm Ig33はッパロ条約の再軍備前に秘密裡にソ連むけに設計した砲をベースに改良したとか 3.7cm PAK35/36も原型はtak28という名称で戦間期にベルサイユ条約の監視のがれるため ソ連領内で運用試験してた 世界の孤児だった共産ソ連と敗戦国ドイツの蜜月時代 >>686 ついこの前、北海道ばんえい競馬やってたよね ペルシュロンぐらいのクラスになると、緩い坂なら1トンぐらい牽引出来る つまり牽引重量2トン弱の九○式野砲なら、平坦な道なら2頭で牽引出来てしまう 日本軍が二車分割式の試製九二式十五糎榴弾砲を採用しなかったのは、結合部の強度が足りてなかったのと、分解結合が困難だから これといって馬で悪いという認識はないそうだ むしろ、これで「動かせねぇ!」だったら最初から自明過ぎてむしろ日本軍は大馬鹿という事になる あの時代だから、まだ追い詰められておらずこれといって牽引出来ないという気は更々無かった よく話題になる以降の馬匹問題はペルシュロンの供給難があるんよな 頭数少ないから近親で血が濃くなるてやつかい?遺伝的によろしくない いーや、百姓がペルシュロンとそれをもとにした馬を嫌がった 餌をたくさん食わせねば働かないし、力は強いけど坂を上り下りさせるとすぐへばるしと 悪評しかなく、法律で在来場を去勢させて無理やり普及させようとしたけどうまくいくわけもなく ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる